妹と夜空を見たんだが
その後は様々な人から質問攻めに晒され、俺は頑なに交際を否定する流れがずっと繰り返されていた。
そんな中、誰かが声を上げ一気に周りの空気が熱気を帯びる。
見れば美咲が学校に着いたみたいな様で、周りには大勢の人が集まり、あれやこれやと様々な言葉が行き交う。
美咲は困惑しながらも誰からか事情を教えてもらったのか、俺を認めると早歩きで向かって来る。
俺の近くには新聞部の記事が掲示されており、俺の近くに来ると俺が見ていた記事に美咲も目を通し始めた。
少し経ってから美咲は目を丸くして俺に向かって口を開いた。
「何これ。どう言う真似?」
俺を確実に軽蔑する目だった。
まるで俺が黒幕だと決めつけているみたいだ。
「俺が聞きたい質問だ。もう学年中でこの話は広がっている。......全部、新聞部のせいだ」
「新聞部......。こんなことしていいわけ?」
「常識的には駄目だろうが、この学校の新聞部は話題作りになるなら何だって手段を問わない奴らだって事が今証明された」
「......ごめん、頭痛い。保健室行ってくる」
「俺も付いて行くよ。全てにおいて訳が分からないな」
俺は美咲の後を追いながら、周りを囲む外野に対して無視を貫くのだった。
保健室に着いた俺らは先生に事情を説明し、ベッドに身体を横にする事になった。
それから一向に美咲の体調は良くならず、俺も付き添いということで早退する事になった。
荷物は先生が教室から取って来てくれた為、再び外野からしつこく追求される事態は回避出来た。
その日の帰り道、俺は歩く気になれず学校から少し離れた場所にタクシーを呼び、美咲と二人でそのまま帰路につく。
乗車している間も俺と美咲の間には沈黙が訪れ、一切口を開く事はなかった。
それは帰宅してからも同じで、美咲は無気力に自室へと向かい、俺も自室に籠る事にする。
ベッドと毛布の間に身体を挟み込んで、仰向けに天井を見上げながら新聞部への憎悪を燃やすばかりだった。
美咲とは妹だと言うことも、同棲していると言うことも全て学校側には言っておらず、それは友人も例外ではない。
そのため今回の様な形でそれが明らかになるとおんな風な騒ぎになるのは必然か。
にしても新聞部はやる事が人としてどうなのか。
美咲は転校してから日も浅く、不安もあったであろう中での出来事で、登校拒否になってしまう可能性もある。
そうなった時俺はどう行動すればいいのか。
......俺だってもしかしたら登校拒否になってしまうかも知れない。
だが二人が不登校になっても事態は良くならないし、何しろ俺と美咲の人生が狂う。
だが今の俺の気持ちとしては、
「学校に行きたくないな」
これに尽きる。
「康太くん? 何があったんですか?」
重い瞼を開くと視界全体は雪の整った顔で埋め尽くされていた。
俺は枕元に置いてあったスマホを手に取り、時刻を確認するともう外は鼠色に染め上げられる時間帯を指している。
俺は上半身を起こし、俺のベッドの前に困惑した表情をして立ち尽くす雪に目線を上げる。
「......大変な事になった」
「美咲の様子を見たら長年の勘で只事ではない事が起きたのはわかりました。ですが美咲は話してくれません。康太くん、話してくれませんか?」
正直に言えば今はまだ寝て、今日あった出来事をこのまま忘れていたい。
思い返して雪に話すのは中々気が向かない事だが、内心話さないといけないと言うのは理解している。
だが、口は思うように開かない。
「わかりました。今から支度してください。連れて行きたい場所があります。......私の、大事な場所」
雪の表情は硬く、少し悲しそうにも見えた。
取り敢えず俺は言われた通りに寝癖を整え、歯を磨き服を着替えて何とか外に出る体勢は整える。
玄関では着替えた雪が俺の事を待っており、俺が靴を吐き終えるとゆっくりと口を開いた。
「こう言う時は一度外の空気を吸って、感じるといいんですよ。少し遠いですが静かに付いてきてください」
それから雪は軽快なステップで地に足を踏みつけた。
外に出てからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
あれから駅まで自然や都市を眺めながら、ゆったりとした歩みで足を進めた。
電車に揺られ、少し田舎な街へと俺と雪は運ばれた。
俺は黙ったまま雪の背中を追い続け、一つの廃墟ビルの目の前に辿り着いた。
周りは田んぼが広がっており、その四階建ての劣化の激しい廃ビルは周りに溶け込んでいない建物だ。
穴が開きまくり、錆は至るところに侵食していて、地震が来れば一番先に倒壊しそうだった。
建物の中は何もなく、蔦が所々に伸びていたり、蜘蛛の巣があったりと自然にかなり侵食されている。
最上階である四階に着くと天井は大きく穴が空いており、外の月明かりが射し込んでいた。
「ここで寝転んでみて空を見てください。ここは自然豊かで風が肌を撫でてくれて、よく見える星々と月がパワーを与えてくれますよ」
そんな事を雪が言うので俺は素直に従い、硬いコンクリートの床に寝転んでみる。
背中は痛いが仰向けになった眼中に広がる光景は思わず息を飲んでしまう。
時折吹く静かで暖かい風は自然を揺らし、雲一つない空は星々がその存在を誇示する様に光り輝いている。
満月はその中でも圧倒的な存在感で、俺に安らぎを与えた。
宇宙は広いのだと改めて実感すると、俺の悩みなんてちっぽけな事にすら思えてしまう。
──それくらい、この壮大な空には感化されるものがある。
「......なぁ、何でこんなところ知ってるんだ?」
少し元気を取り戻した俺はそんな些細な疑問を雪にぶつける。
こんな辺鄙な街に、田んぼの広がる中に廃墟ビル。
しかもその中の最上階に広がるこの光景を、雪は知っている。
普通に生きてきたのであれば、出会うはずも気づく筈もない場所。
「──逆に、何でだと思います?」
普段とは違う、少し大人気のある声色だった。
落ち着いていて、奥深いような。
「単純に、この近くに住んでいたとかか?」
「半分正解、という事にしておきます。私の事は今じゃなくていいので。それよりも今はお姉ちゃん、美咲の事です」
「ああ、確かにそうだな。美咲の件に関しては俺はどうしたらいいのかわからない。俺ですら精神的に来るものがあった」
「美咲はああ見えて繊細な人です。今回の様な事が起きてしまえば必ず心が折れる弱い人間なんです。......だから、無理強いはしたくないんですが、康太くんには美咲を助けて欲しいんです」
「助けるなんて大袈裟だな。......ま、今回の件は何とか弁解を試みてはみるが......。少し俺にも休息をくれないか」
ここ最近は衝撃的な出来事が多すぎて、俺の心が追いついていない感じがするのだ。
少し整理する時間が今は欲しい。
「休息は確かに大事ですね。......期待してますよ、康太くん。後はこの景色を私と同じように焼き付けましょう?」
少し、今まで見た雪とは違う気がした。




