妹との同棲が報じられたんだが
俺は今日も聞き慣れた煩い電子音で、覚醒する。
そこからも慣れた朝の支度を済まし、リビングへ向かうと妹が出来てから毎日が楽しみな朝食が、待っていた。
今日の朝食は鯖の塩焼きに味噌汁、キャベツ、目玉焼きとウインナー白米だ。
昔は毎日目玉焼きで朝食を済ませていた俺からしてみれば、とても豪勢な朝食。
俺は軽快な口振りで、頂きますと一泊を置いてから合掌、箸を動かし始める。
俺はキッチンに近いダイニングテーブルで食べているのだが、少し離れたところに、テレビの前にもまたテーブルが置かれている。
そこに美咲が座りテレビを眺めながら白米を口に運んでいた。
俺の視線に気づいたのか、美咲はこちらへ視線を向けると、睨みつける様な鋭い視線を送る。
「美咲、後どれくらいで準備が出来そうだ?」
俺の質問に対してこちらへ顔を向けるまでもなく、箸を進めながら口を開いた。
「......あと少し。朝は話しかけないで」
「じゃあ終わったら教えてくれ。俺はもう食べ終わったら終わりだから」
相変わらず俺の言葉に耳を傾けているのかわからないが、俺は美咲の事は気にせず食事を再開する事にした。
キッチンでは今日も雪が忙しそうに皿を洗っており、朝から全てしっかりしている。
俺なら朝出した皿なんて帰宅してから片付けそうなものだが。
雪はそう言う手抜きが許されない性格なのだろうか。
俺は食べ終わったら皿を雪の元へと運び、それらを手渡す。
「無理はしなくていいんだぞ。お前も学校があるだろ?」
「高校生とは違って私は少し登校時間が遅いので、康太くんや美咲の分は任せてください。こう言う家事って、負担が少ない人が率先してやるべき事ですから」
「わかった。キツかったら遠慮なく俺に言ってくれ」
俺はそう言い残してリビングを出るのだった。
それからしばらくして、雪からスマホに美咲の支度が終わったと言う旨を伝える連絡が入った。
俺は部屋から荷物を持って廊下に出て、玄関に向かう。
そこには既に靴を履き、玄関にある大きな鏡を見ながら前髪を整える美咲の姿があった。
俺が来た事はわかるだろうが、気にすることなく櫛で髪を整える美咲。
俺は靴を履き、美咲の方へ視線を飛ばして言葉を発する。
「準備出来たみたいだし、行くぞ」
そう言って俺は扉を開き、外の地面へと足を踏み出した。
......いつもなら玄関を出て見える近くのバス停に友達らが待っているのだが、しばらくは一緒に登校するのを止める事にした。
友達は既に仲良いが、美咲は損な事は全くない。
そのため優先度として友達よりも美咲が上に来たのだ。
恐らく友達と行った方が楽しいに決まっているだろうが、美咲と仲を深める為なら仕方ない。
俺は少し足を進め、一旦振り返ってみると俺の後ろを美咲はゆっくりと歩いて付いてきている。
俺は立ち止まり、美咲が追い付くのを待ち、近くに来てから言葉を放つ。
「もっと速く歩いてくれ。この調子だと登校時間に間に合わないし、合わせるのが面倒だ」
「わかってる。でも康太の隣を歩くのは嫌」
「俺も好きでやってる訳じゃないだ。お前が昨日道に迷うからこんな事になってる。恨むなら自分の方向音痴だな」
「なんか腹立つ」
そんな誰が見ても仲が悪い会話を繰り広げながらも、美咲は俺に合わせたペースで歩く様にはなった。
隣とまでは言わないが、決して遠くない距離感で美咲は歩いている。
「部活とかもう大体目星は付けたのか?」
本来なら部活はとっくの昔に決まっている。
だが美咲は転校生なため、所属する部活動が定まっていない。
そのため新しく入部する部活動を探す必要があるのだ。
「......勧誘がうざかった」
「入りたい部活はないのか? 俺が知っている範囲内から色々と答えられる」
「部活に入る予定ない。めんどいし」
「まあそんな決めつけないで色々見学してみたらどうだ? 面倒な運動部が嫌なら最近存在感が大きい新聞部なんてどうだ? 噂によると楽だし楽しいらしい」
「......普通に考えて楽しくないでしょ。私新聞部とか作るのも読むのも無理」
パッと横に視線をやると、美咲はスマホを触りながら俺と話していた。
こうも話している時にスマホを弄られるのは気分が悪い事なのかと、今日初めて実感した。
美咲に質問をしたのは俺だが、話すと何故か疲れてしまい、話す気力が削がれる。
「学校の近くになったら離れて歩いて。他の人に見られたら嫌」
ずっと奥の方に学校の姿が微かに見えてきた頃、美咲は唐突に口を開き、そんな事を言う。
俺も好きで歩いている訳じゃないと言い返したいところだが、ここはグッと心に抑えておく。
ここで反論したところで、更に仲が悪くなるだけなのに加え、ストレスが溜まるだけだ。
俺は何も返答せず、歩くペースを上げ美咲との距離を大きくするのだった。
学校に着くと普段通り俺の隣の席に座る麻美の近くに、女子が群をなして集まっている。
俺の机の近くまで干渉してくるため、邪魔だなと内心思ってはいるが口には出していない。
俺は荷物を机の上に置き、教科書等を机の中に入れ、支度を始める。
「おっはー。正直昨日ズル休みでしょ?」
隣から威勢のいい大きな、透き通る声が俺の鼓膜に伝わる。
俺は少し笑みを浮かべてから、麻美を見て口を動かす。
「ズル休みっちゃズル休みだな。めちゃくちゃ良い一日を過ごす事が出来た」
「はー何それ。私達は昨日も地獄の授業受けたのにさ。昨日の国語とかまじで眠かったよねー」
周りの女子は麻美の言葉に、ねーと賛同する。
リーダー格の麻美には逆らえない様な雰囲気を女子から漂って来る。
まぁ俺は男だから関係はない訳だが。
「じゃちょっといつもの所に行ってくる。また後でな」
「はーい。美咲ちゃんと仲良くね」
「俺何故か嫌われてるからなー」
俺はいつものメンバーの所へと向かいながら、美咲にそう言葉を返すのだった。
それから時間は過ぎていき、昼食の時間が訪れた。
この時間では食堂や屋上、中庭や外のベンチなど様々な場所で誰とでも昼食を摂る事が出来る。
俺達はいつも屋上で談笑しながら飯を食べるのがお決まりだ。
そのため今日もその通りにしようと思っていたのだが。
ふと急ぎ足で教室から出る美咲が目に入った俺は友達に先に行くように伝え、追いかけていた。
俺はガッツリ後ろを尾行していた訳だが、美咲は急いでいるのか後方を気にする様子もなく足早に歩を進める。
辿り着いたところは旧校舎で、進入禁止と言う看板と共に誰もいない不気味な雰囲気が漂っている。
美咲は立ち入り禁止だと言うのを諸共せず、立ち入った。
「おい美咲。そこは進入禁止だと書いてある筈だ」
俺の少しばかり大きな声に、美咲の背中がビクッと震える。
まさか誰かが付いてきているとは思いもしなかったのだろう。
俺はバリゲードを跨ぎ、旧校舎へと立ち入って美咲に近寄る。
「何してんだよお前。昼飯食べないのか?」
「ここで食べる」
「は? 何言ってる──」
確かに美咲の手には弁当袋が吊り下げられていた。
そして近くには階段があり、ここで座って食べるつもりなのだろう。
何故そんな事をするのか、俺には理解が出来なかった。
「教室に女子達は固まって飯食ってる。そこに混ぜりに行っていけばいいだろ?」
「人と関わるのが嫌。一人になりたい」
美咲は喋りながら風呂敷を解いて、中から弁当箱を出している。
もうここで何度言おうが誰かと食べる事はないだろう。
......確かに美咲はなんと言うか麻美と話している時も冷たいと言うんだろうか。
話に盛り上がりがないと言うか、そんな気はしていた。
この学校には話せる人間は多くいるため、話して面白くない奴は早々に切り捨てられる。
そう言った奴がどう言う末路を辿っているのかは知る由もないが、美咲は打ち解けてはいない様子だ。
俺は手に持っていた弁当箱を開け、階段に座る美咲の横へ腰を下ろす。
「......飯食うか」
美咲に返されなかった俺の言葉は、独り言の様になってしまった。
俺は気にせず雪が作ってくれた弁当を頬張る。
「雪の飯は美味いな。この卵焼きなんてふわふわで甘い。正直俺の前のお母さんよりも美味い」
「......前のお母さんに失礼」
いきなり美咲が反応し、それを予想しなかった俺は驚いて少し噎せてしまう。
「お母さんはもういいんだ。昔のことなんだしな。それより雪の弁当が最高だ」
「仏壇に毎日線香焚いてるの? ......あと、雪は私の妹だから料理が上手いのは当たり前」
「毎日線香はやってる。あとその言い方は雪が料理上手いなら勿論お前も上手いんだろうな」
「......うざい。喋らないで」
「でも隣にいてはいいんだな」
俺の少しばかり気持ちの悪い言葉に美咲は否定も肯定もしなかった。
それから俺と美咲は一言も発することはなく、美咲が食べ終わった事で俺を後にして教室へ戻って行った。
俺は美咲と居たとバレないように少し水を飲みながら、時間を潰そうと思っていたのだが。
パシャッ、と何処からか眩いカメラのフラッシュが俺に向けられた。
急いで身体を立たせ、周囲を見渡すが誰かがいた痕跡はない。
荷物をまとめて新校舎側へと行ったが、そこにも誰かがいた気配はなかった。
俺は何か嫌な胸騒ぎを感じながらも、午後の授業に臨むのだった。
その日の放課後も美咲と帰路を辿ろうとは思ったが、気が付けば姿を消していた。
仕方なく普段のメンバーと帰り道を共にした訳だが。
その間も昼休みから続く変な胸騒ぎは止まることを知らなかった。
家に着くと既に美咲は帰宅しており、迷子にはならなかったみたいだった。
俺は少しそれに安堵しつつ、リビングから漂う香ばしい匂いに釣られ、急ぎ足で匂いの元へと向かう。
今日の晩御飯は雪が作ったカレーのようで、これはもう絶品だった。
その後一番風呂に浸かり、バイトもないフリーな今日を満喫していた俺だったのだが。
やはり気がつくと胸がソワソワと落ち着かない。
気を紛らわすためイヤホンを付けて音楽を聴いていた、その時だった。
肩にポンポンと軽く振動が伝わり、俺は少し驚きながらもイヤホンを外し顔を向ける。
「ちゃんと毎日忘れないんだな」
「そりゃそうですよ。毎日どうだったのか康太くんには報告して貰わないといけません」
気がつくと雪は俺の隣へと腰を下ろし、話をしていた。
やはり距離が近いとそれだけ信用されているのだと、実感する事が出来る。
「美咲はなんか言っていたか?」
「いえ私には何も。ですが私も聞きに行ったわけではないのですが......。少なくとも向こう側から私に何か言うということはなかったです。今日の朝はどうでしたか?」
「あんまりいい感じではなかったな。会話は弾まないし。......まぁでも昼飯は一緒に食べた。と言うか俺が美咲近くで勝手に食べていたと言った方がいいかも知れないが」
「それ本当ですか!? お昼を一緒にするだなんて中々信用がないと出来ないですよ? 美咲なら数々の暴言を吐いて離れそうなものですが......」
「俺もそうだと思ってはいたんだが、強制的に離れさせるとかはなかったんだ。ただ、喋るなとは言われたが」
「ははは、美咲らしいと言えばそうですね。まぁでも美咲は本当に難しいお姉ちゃんだと思うので、辛抱強く頑張ってくださいね。私はもう寝ますのでこれで」
「ああ、今日もありがとうな。いい夢見ろよ」
俺のそんな言葉を聞きながら雪はまたも扉をゆっくりと閉めるのだった。
次の日の朝も、いつもの電子音で覚醒し雪の豪勢な朝食を摂る。
準備が終わると昨日と同じく美咲と共に家を出て、学校までの道のりをほぼ無言で辿った。
学校付近になると俺がペースを上げ、一緒に登校しているのを悟られない様にする。
そんな事をしながら着いた学校は、普段よりも騒がしさを増していた。
転校生の美咲が来た時のようなざわめき様は、何か面白い事が起きているのを示している。
俺は何が起きたのかと急ぎ足で教室へと足を向かわせていた......のだが。
「おお! 本人のお出ましだぜ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、廊下にいた大勢の人が俺へと視線を飛ばした。
俺は何が起こったのか理解が出来ず、呆然とするしかない。
「今日の新聞部のやつ、見た?」
突然麻美が俺に声をかけ、ハッと意識が鮮明になる。
「新聞部? 何があったんだ?」
「いいから見てみて」
普段は緩やかな表情をしている麻美も、何か硬い顔をしている。
周りの人間は俺に注目を向けたまま、コソコソと話を展開していた。
......なんだよこの居心地の悪さは。
そう内心文句を垂れながら、新聞部が出す掲示物の場所へ辿り着いた俺は思わず目を疑った。
「佐藤康太、転校生の絶世の美女と同棲か──」
思わず記事の見出しを声に出して読み上げてしまう。
見出しの大きな写真には家から俺と美咲が二人で出ていく写真が貼り付けてあった。
また読み進めていくと、昨日俺と美咲が旧校舎で昼食を食べている場面に加え、美咲が去り一人水を飲む俺の写真も掲載されている。
そこの部分には『康太さんは美咲さんから愛想尽かされたかのような場面も見受けられており、決して良好な関係とは言えないだろう』と根も葉もない事が書き綴ってある。
「何だよ、これ──」
俺はポツリとそう呟く事しか出来なかった。




