城壁の町
ざわざわと賑わう広場のそばに、停留所は設けられていた。
行き交う人々の邪魔にならないように、馬車は器用に停車する。御者の腕はさすがといったところか。
「さ、着いたぜ。お客さん方。王都方面へ行きなさるんなら、出発は明日の朝八時にまたここへ来てくんなせえ。切符はこちらに」
説明しながら、御者はバタバタと乗客の下車の準備をする。
荷台の後ろの幌幕を全部上まであげて、折りたたみのタラップを設置すれば、お年寄りでも楽に馬車の昇降ができる。
乗客一人一人に丁寧に挨拶をし、切符を確認して、女性や子供、お年寄りには手を貸す御者は、この仕事が本当に好きなのだろう。
「おや、最後はお前さんかい?」
「ええ、どうも。足を怪我しているので、上手く動けなくて。ご迷惑をおかけします」
タカの肩を借り、ゆっくりと馬車から降りるセインの移動に、御者も手伝ってくれる。
「ああ、こりゃ、確かに馬が必要だわ」
馬車から降りて、クレイの背に跨ると、包帯だらけのセインの足に御者が気づいて、ひとり納得しては頷いた。
「ありがとうございます。明日もまた、利用させてもらいますね」
「そりゃあ、毎度あり!でも、明日からは別の御者になりますんで、残念ですが、俺とはここまでですよ」
「それは残念」
そんな会話をしていれば、タカがわざとらしく咳払いをして見せた。
「ああ、いけね!忘れるところだった!」
ぺちん、と額を叩いて停留所の受け付けに走った御者は、すぐに引き返して来て小さな巾着をタカに渡した。
「これ、用心棒代。あと、こっちはオマケ」
にこにこと手渡されたそれは、王都までの人数分のチケットだった。
ほかの乗客たちは足早に去ってしまった後だったが、誰か見てやしないかと、タカは一瞬きょろきょろとあたりを見回してしまった。
「い、いいのかよ?」
こっそりと耳打ちすれば、景気よくばしばしと背中を叩かれ、タカは眉をしかめた。
「あんな見事なもん見してもらったんだ!見物料だよ」
「そうかい?じゃあ、もらっちまうぜ」
「持ってけ!それに、あんな別嬪、滅多に見れないしなあ」
でろりと鼻の下が伸びた御者の視線の先にいるのは、なるほど。
「ジャムリムの姐さんか・・・」
美人にゃ滅法弱いのは、誰でも一緒ということか。それでも貰えるものは貰っておくのが海賊根性。
「じゃ、遠慮なく」
本当に遠慮なく、タカはチケットと巾着を懐に仕舞い込んだ。
「何からなにまで、ありがとうございます」
「危ないところを助けてもらったんだ。あんた方は命の恩人だよ。お礼を言うのはこっちの方さ」
セインが頭を下げれば、御者が手を差し出した。セインも、手を伸ばして御者と握手を交わす。
「また、いつかお会いしましょうや」
「またいつか」
にこやかに手を振って御者と別れを告げ、一同は広場へと足を踏み出した。
大きな日時計を中心に、広場は人々に憩いの場を提供している。その広場につながっている一番大きな通りには、市が立っていた。
「へえ。大きな町だけあって、さすがに物資も豊富だね」
セインの顔が、心なしかほころぶ。
「見てみたいものが沢山あるわ!これは無駄使いしてしまいそうに魅力的だわ」
キャルは、セインの腹にすっぽり収まる形でクレイの背中に跨っていた。久々の賑やかで華やかな街並みにご満悦である。
彼女の鞄は、現在タカが運搬している。車輪が付いているので、キャルの鞄の上に自分たちの荷物を載せて歩けば、楽なのだそうだ。
「とにかく、先に宿だろ。駅馬車は明日まで動かねえんだから」
ギャンガルドがもっともな提案をした。
「ふうん?君のことだから、このまま飲み屋にでも直行するのかと思ったのに。案外考えているんだねえ」
馬上からセインが、疑うような視線を向けた。
「俺だってこれでも一応、船の長だぜ?優先すべきは優先するさ。まずはあんたの足だ」
「はいはい。足手まといは宿屋でおとなしくしてますよ」
まだ疑っているらしいセインに、ギャンガルドは大げさに溜息をついてみせる。
セインはそんなギャンガルドから視線を外し、ジャムリムに笑いかけた。
「ジャムリムさんは?休憩しなくても大丈夫?」
長い間馬車に揺られていたのだから、疲れも溜まっているだろう。
「そうだねえ。セインさんの足もそうだけど。ちょっと休憩したいし、やっぱり宿屋は探しておいた方が良いんじゃないかな。酒屋がくっついてりゃ、ベストなんだけど」
「なるほど」
酒屋付きの宿なら、ギャンガルドがどこかへ行ってフラフラとあちこちの女性に手を出す心配もなくなるということか。
「行動が読まれてますぜ。キャプテン」
「お前は黙ってろ」
ギャンガルドが、タカの頭をぺしりと叩いた。