全員ほぼ集合
就寝時間を知らせる八時の鐘の音が、辺りに響き渡る。
眠る時間はせめて自由にしてもらいたいところだが、この町には就寝時間さえも決められている。
「まあ、結局夜に活動できないので、店なんかも早朝に開きますから、みんな自然に寝るのが早くなります」
ゆったりとしたソファに腰掛けて、みんなでセインの淹れる紅茶を楽しんでいる。
「それにしても八時って早くないかい?」
「私だって起きている時間だわ」
「今起きてるしね」
現在、城の一階の奥にある、小さな使用人用の客室で、密会していたりする。
「お母様が八時には眠ってしまわれるので、それに合わせているのです。それに、八時以降は外へ出られないようにして、集会を開かせたりしないようにする抑圧的な意味もありますわ」
喋りながら、パムルの視線はセインに向けられている。
なんとなく、視線の意味は分かっているのだけれども、面倒なのであえて気付かないふりをしているセインだった。
が。
「あ!」
ラルが大きな声を上げた。
どうも、パムルの視線の先に気付いたらしい。
「そう言えばセイン様!」
「…はい?」
「お御足のお加減はよろしいのですか?」
ごまかせるなら誤魔化そうと思っていたのに、無理だったらしい。
「ラル、今気付いたの?」
キャルが呆れたように言う。
「いえ、あの、色々あって、違和感はずーっと感じていたんですけれど」
「私も、昨夜お会いしてからずっと気になっていましたわ。どう聞いたものか考えあぐねておりました」
ここぞとばかりに、パムルが身を乗り出した。
全員の視線がセインに集中する。
「え、えっとね?もともと治りかけだったんだよ、僕の足。ただ、立ち上がると痛みがあってなかなかね?あの、森の隠れ家でゆっくりさせてもらって緊張も取れたっていうか、えっと、…気合いで!そう、気合いで立てるようになったんだ!」
だらだらと冷や汗を流すセインに、海賊は笑い、キャルは眉間に皺を寄せた。
「む、無理あり過ぎだろ賢者さんよ」
「う、うるさいなっ!説明しにくいんだから仕方ないじゃないか!」
「えーっと、ようするに?」
呑み込めないラルが首をかしげる。
「要するに、体力馬鹿なのよセインは」
キャルが紅茶を口に着けながら、出されたお茶菓子のビスケットを取った。
「体力がありあまっていると、お怪我も治るのですか?」
「何て言うかな。セインのは元々病気じゃないし、骨が折れているわけでもないし、ちょっと足をつぶされただけで、内出血とか酷かったのよ。でも体力があるから、寝れば治りが早いのよね」
足がつぶされたのはちょっとなんてものではないような気がしつつも、とりあえず納得してみるパムルとラルは、お互いの顔を見合わせて、互いに首を傾げたりしている。
「ほら。緊張すると治るものも治りにくいでしょ?でも、パムルに助けてもらって隠れ家でずいぶんリラックス出来たから、もう爆睡しちゃって、朝起きたらなんとなく歩けたっていうか」
それも凄い話だが、パムルとラルは、本人が言うならと、無理やり納得することにしたらしい。
「はあ。そうですか」
「良かったですわ」
などと言って微笑んだ。
「う」
「どうした」
「良心の呵責が…」
紅茶のポットを抱えたまま、そそくさとおかわりを淹れに、使用人部屋を抜け出るセインの後ろ姿に、ギャンガルドがにんまりと笑う。
「面白がっているでしょ?」
「だって面白れぇもん」
ぽかりと、キャルに頭を叩かれた。
そこへ、遠慮がちに扉をノックする音が響いた。
「誰?」
ラルが声を上げる。
城の主人一家であるパムルが、使用人用の客室などに居てはおかしいからだ。
「俺だ」
声は、若々しい男の物だった。
「兄さん?」
ラルが嬉しそうに扉に駆け寄った。
一旦部屋の中を振り返り、一同に扉をあける同意を求め、パムルがうなづくのを確かめてからそっと扉を開いた。
「無事で何より」
「お互いさまよ!」
兄妹で、ひしと抱き合った。
「早くお入りなさい」
兄妹の水を差すように、パムルが二人を促す。
叔父や叔母たちの権限で、カントは隔離されて謹慎中とはいえ、何があるか分からない。
彼女は慎重だった。
「ふむ。その心構えは感心ものじゃな。お前は全く良い娘を持ったものだ」
「いえ、私に甲斐性がないもので、苦労を掛けております」
カールの背後から、そんな声が聞こえる。
「お二人をお連れしました」
さ、とカールが扉から身体を寄せて、室内に新たな客が訪れた。
「お父様!それに、トルム様も!」
驚くパムルに、二人ともに笑顔を見せた。
カールは二人が室内に入ると、廊下に誰もいない事を確認し、ぱたんと扉を閉め、鍵をかける。
「この度はお手柄だったね」
ソファを老体に譲り、全員で新たな客を取り囲む。
「お手柄なんて。私ではありませんわ。全てはこの方々の尽力に寄るものです」
にこりと、パムルがキャル達を差して笑う。
「そうじゃな。貴方がたには礼を言わねばならん」
「あら。それは必要ないわ。私たちは貴方たち兄妹をこの城へ呼んだだけだもの」
「ほほ。言われてみればそうかの」
「そうよ。まだあの変態、捕まっていないのでしょ?」
面白そうに笑うトルムに、キャルは眉間に皺を寄せた。
とんとん。
突然、扉の向こうでノックする音が部屋に響き、全員で身構える。
「兄さん。誰かにつけられたんじゃ?」
「馬鹿な。それは無いよ」
兄妹が、扉にそっと近づくのを、ギャンガルドが押しとどめた。
「こういうのは俺様に任せな」
にやりと笑い、扉を一気に開きざま、一閃を浴びせる。
キン!
鋭い音が響いた。
「あれ?」
間の抜けたようなギャンガルドの声に、室内にいた全員が扉の向こうを見ようと視線を集中させるものの、大男であるギャンガルドの背中が邪魔で、何が起きているのか見えなかった。
しばしの間。
「…あのさ。どいてくれない?」
ムスッとした聞きなれた声。
ギャンガルドの剣を、手にしているトレーで受け止め、大いに不機嫌に眉間に皺を寄せているのは、セインだった。
「お前さん、何処行ってたんだよ」
剣を鞘におさめるギャンガルドを無理に脇に寄せ、不機嫌を隠さずに室内に入って来る。
「お茶のおかわりの用意に、そこの簡易キッチンに行っていたんだけど?僕、君の目の前で出ていったと思ったけど?」
ずい、と、ギャンガルドの一撃をふせいだトレーを、中身ごとギャンガルドに突き出して渡す。
「まったく。トレーが金属製で助かったよ。おかげでティーポットは真っ二つだけどね!」
良く見れば、頭から紅茶をかぶってずぶ濡れである。
「あ。わり」
「へー、それで済むと思っているの?ふーん?すっごい熱かったんだけど」
紅茶は時間をかけて蒸らすので、その分火傷するほど熱くはなかったらしいが、それでも熱いものは熱い。
「セインの紅茶台無しにしたわね?」
「うぎゃ!!」
いつの間にやら足元に来ていたキャルに、気付くや否や、思い切り足の小指を踏まれて、ギャンガルドが飛びあがった。
「ポットがなけりゃ、おかわりも作れないじゃない!」
「怒るとこ、そこ?」
もう少し、自分をいたわって欲しいセインだった。
「ほっほ。愉快、愉快」
「笑い事じゃないわ、おじいちゃん!」
三人のやり取りに、老人は笑いが止まらないらしい。
「ちぇ」
ふてくされたようにギャンガルドが舌をうち、再び扉をぱたりと閉めた。
「このような状況で、まったく大胆不敵。ミスターセイン、この辺には誰もいないかね?」
急に名指しされ、キャルの鞄からタオルを探し出しながら、セインはトルムを見やった。
「え。いえ。数名の気配はありますね。いらしていたんですか」
思わず身構えるこの城の住人に、セインは安心させるように笑って見せた。
「たいしたことは無いと思います。覚えのある気配でしたから」
頭や顔、眼鏡を拭きながら答える。
「覚えがあるって事は、あいつら?」
キャルが呆れたように溜め息交じりに聞くので、セインも困った顔をしてしまう。
「まあ…そうだね」
「いい加減に諦めて欲しいものだわ」
「覚えのある気配という事は、あの」
顔を青ざめさせたパムルに、二人同時に振りかえる。
「大丈夫。たかが知れている連中だわ」
「自爆するような連中だから。気にしなくて良いよ」
きっぱりと言い切った。
「あれだろ?このジーさんたち兄妹の邪魔してた連中だろ?」
「僕たちの邪魔もしてくれてたけどね」
タオルを肩にかけ、セインが壁際の椅子を引っ張り出して座ると、その膝の上にキャルが乗っかった。
「で。そちらの状況はどうなのかしら」
セインの膝に納まって、キャルが腕を組む。
クロムが、ちらりとトルムに目配せをすれば、快活な老人は重々しく頷いた。
「まずは、私たちの執事が、不快な思いをさせてしまった事をお詫びする」
クロムが、深々と頭を下げた。
「それは、貴方の領民に後で言えば良いわ」
キャルの容赦ない言葉に、クロムはさらに頭を下げた。