少しだけ休憩しよう
「こうゆうのを、お役所仕事って言うのよね」
腕組みしながら、城へ向かって馬を跳ばす役人たちの背中を見送るキャルに、セインは小さく肩を落とした。
「いや、彼らは行動早いと思うよ?」
「そうかしら?だいたい、町のルールがおかしくなった時点で、王都にでも連絡入れておけばこんな事態にならなかったのよ。そう思わない?」
言われてみればその通りで。
「彼ら役人は、国の規律を優先されますから、この領地の規則は彼らには採用されないのです。ですから、感覚に多少のズレがあるのでしょう」
ラルが城を見つめながら呟くように説明するので、キャルは余計に鼻息も荒く、眉もつり上がり。
「そこで暮らす人々の暮らしを支えてこその役所ってもんだわ!やっぱり、お役所仕事って事よっ!」
今は役所の外に出ているとはいえ、正面入り口のすぐ手前である。こそこそと様子を見に出て来ていた役人たちが、キャルの一言で一斉に姿を消してしまった。
「じゃー、まあ、本元に会ったら、しっかり伝えなきゃね」
「そうね!」
ひとしきり城を睨みつけていたキャルだったが、飽きたのか疲れたのか、くるりとラルに向き直ると、にっこりと笑って見せた。
「これで、明日にはあの変態執事、ヘッド・ハントの対象になっている筈よ」
それだけの確証がある。ここにいるセインとラルと、他にも生きている証拠が沢山の証言をしてくれるだろう。
ようやく、一同は今晩のねぐらとなる宿屋へと足を向ける。
今日は一日よく動いたせいか、キャルはあくびを零してはうつらうつらとし始めるものだから、セインが途中でおんぶして、先日宿泊したホテルとは違い、コテージ風の小さな宿屋に案内された。
「今日は、ここでお休みになって下さい。ホテルと違い、小さな建物の方が、ごまかしがきかない分安全でしょうから」
「ありがとう。正直、あのホテルは何だか泊まり辛くてね」
セインが困ったように眉を下げるものだから、くすくすと笑うラルに連れられて、コテージの扉を開ける。
「お帰りなさいませ!」
扉を開ければ、思わぬ人物が両手を広げて待っていた。
質素なドレスは相変わらずだ。ちょっと見なかっただけなのに、ずいぶん久しぶりに会うような気がする。
「パムル!」
駆け寄る彼女を、全員笑顔で迎えた。
「ああ、皆さんご無事で!」
「それはこちらのセリフだよ!」
ジャムリムが、パムルの額をこつんと小突く。
「途中でいきなり城に引き返しちまうんだから」
「すみません」
ちいさく、首をすくめたパムルに横から小さな影が飛びついた。
「お嬢様!」
「ラル?!」
抱きついたまま、ボロボロと泣き出したラルの頭を、パムルが優しく撫でる。
「お前にも、心配をかけさせました。カールは無事ですよ」
「本当ですか?」
「ええ」
頷くパムルに、さらに涙がこぼれるようで、ラルは顔をあわててハンカチでぬぐった。
「よかった!」
そのくしゃくしゃになった顔を、パムルも自分のハンカチを取り出してぬぐってやる。
「本当に、ごめんなさい」
「お嬢様が、謝ることではありません」
「でも、お前の兄を、危険な目に合わせてしまったわ」
「あれは、カールが勝手にした事です。それに、あの時、お嬢様を追わなければ、私が兄の尻を蹴りつけていましたわ!」
「まあ!」
大胆なメイドの告白に、二人でくすくすと笑った。
「私たち、お互いをそんなに知らなかったというのに、ずいぶんと近しい間柄に思えるのは何故かしら」
「不思議ですね」
「そうね」
傍から見れば、姉妹の様でもある二人は、本当に中睦まじく見える。
ラルが落ち着くのを見計らい、パムルが一同へ向き直った。
「ご無事で何よりです。何とお礼を述べて良いものか。本当に感謝いたします」
深々と頭を下げる。
「良いのよ別に。頭を上げてよ。そんな大したことしてないわ」
キャルがぺん、と、目の前のパムルの頭を叩いた。
「でも」
「でもも何もへったくれもない!まだ、あの変態執事、掴まってないのでしょ?」
顔を上げて、眉をハの字にするパムルに向かって、キャルは両手を腰に当ててふんぞり返って見上げる。
ふわふわの金髪が、ポン、と揺れた。
「まだまだ解決したとは言い難いわ!これからが勝負時よ。私たちにかまけている暇があるなら、お城に戻ってあの変態をふん縛ってしまえばいいわ!協力は惜しまないわよ!」
びし!っとパムルを指差して、鼻息も荒いキャルに、セインが慌てて止めに入った。
「待って待って!今日はもう夜遅いし、お腹空かないの?眠くいないの?」
「そうだなあ。腹減ったぜ。俺は」
「君に聞いてないっ!」
割って入ったギャンガルドを睨みつけ、セインはキャルの瞳を覗き込む。
ぐううううぅぅぅぅ~
大きな音が、コテージ内に響き渡った。
「あーあー、しょうがねえなーもう。お嬢はそこに座っとけ。おれっちが飯作ってやるから」
タカの言葉に、キャルの顔がぼん、と真っ赤になった。
「いひゃーっ!」
「セインが変な事言うから思い出してお腹鳴っちゃったじゃない!」
「ほえほくおへい?」
顔を見るために屈んでいたセインは、両頬をキャルに引っ張られた。
「食料はあるのかい?」
「あ、はい。キッチンはこちらに」
そんなやり取りにも慣れたもので、タカはラルを案内に、全員の腹を満たすべく出て行ってしまった。
「あの…」
ぎゅうぎゅうと頬を引っ張り、引っ張られる二人に、おずおずとパムルが進み出る。
「今日は、お母様のご兄妹がおりますから、大丈夫です。カントも、今は自身の部屋へ謹慎中の身。あとは、何とかなります。皆さまにこれ以上のご迷惑をおかけするわけには」
屈んで、キャルに微笑んだ。
「はえ?」
「キャ、キャル!?」
「いひゃーい!」
微笑んだ瞬間に、パムルは両頬を引っ張られて涙が出た。
「そういう事を言う口はこの口か!」
「キャル、そこは口じゃなくてほっぺただよ、やめなよ」
「ひゃーあ!はらひへくははひ!」
「悪いことしたあとは何ていうの?」
「パムルは悪いことしてないよ。キャルってば!」
「ごへんひゃひゃひ!」
セインが引き止めたからか、謝ったからか、ようやく手を離してもらえて、パムルは尻もちを付きながら赤くなった頬を押さえた。
「きゃーるー?」
「あいたたた!」
これにはさすがにセインも怒ったらしくキャルの両こめかみを、げんこつでグリグリと締め付けている。
「何よ!セインのくせに生意気よ!」
「うっわ、そういう事言うの?」
「だって、パムルが悪いんだもん!」
「え?」
何故頬を引っ張られたのか分からなかったパムルは、きょとんとする。
セインが深く溜め息を吐き、キャルの頭を優しく撫でた。
「君の言いたい事も分かるけどね。ちゃんと言ってあげないと、パムルは分からないみたいだけど?」
セインの言葉に、キャルがパムルを睨んだ。
思わず、びくりと身をすくませるパムルの頬を、今度はがっちりと掴んで、キャルが吠えた。
「ここまで関わってんだから、最後まで関わらせなさいよ!」
その大声に、パムルはきんきんする耳をおさえて、ぱちくりと眼を瞬かせた。
「分かった?」
「は、はいっ」
ほとんど、条件反射的に頷いたものの、目の前の小さな女の子は満足したようで、ヒマワリみたいに笑って、パムルの頬を解放してくれた。
「よし!」
満足げに両手を腰に当て、胸を張る。
その様が、いかにもおかしくて、パムルは思わずくすくすと笑いだす。
「大丈夫かい?」
そっと、ジャムリムにハンカチを渡されて、こくりと頷いた。
笑いながら、涙がこぼれて止まらない。
この人たちは、なんて。
「ふふ。ありがとうございます。私、失礼な事を致しましたわ。最後まで、どうぞ関わって下さいまし。よろしくお願い致しますわ」
スカートをふわりと広げて、礼をとる。
優しい人たちに巡り合えた幸運。
それは、今までの彼女の中にあったわだかまりを、全て溶かしてくれるようだった。
「では、食事が終わり次第、もう一仕事だわね」
「そうだな。善は急げってな」
「ギャンギャンが言うと、何だか違うモノに聞こえるね」
「これから城へ取って返して、奴の息の根止めてやるのかい?」
「はいはい、まずは腹拵えッスよ!出来たのから運んで下せぇ」
「あ!手伝うー!」
急に活き活きとし始めたのは、やはり全員腹が減っていたのだろう。
タカが作る、手早くも美味い料理に全員で感心し、早々に胃袋に収めていくのだった。