ちょっと行ってみようと思い立ち
「なんだ。もう終いかよ」
不満そうなギャンガルだったが、一番乗りで外へ出て、あちらこちらと壁を触っている。
「ギャンギャン、今の状況わかってんの?」
「お?もちろんさ。俺が外出たって何にもねえ。周り見たって誰もいねえ。壁の上だって壁と空しか見えねえぜ」
キャルに睨まれても、ギャンガルドは楽しそうだ。
全員が、馬を牽いて街の外へと出ると、ラルが深々と頭を下げた。
「皆さま、ご達者でお過ごし下さい。我が主になり替わり、この度の事は深くお詫びいたしま、イタ!」
最後まで言い終わらないうちに、下げた頭に小さな衝撃があり、思わず舌を咬んだ。
「私たち、このまんまお世話に成りっ放しじゃすまないわ!」
顔を上げれば、キャロットが小さな胸を反らして仁王立ちしている。
「え?で、でも」
どもるラルに、キャルはさらに眉を吊り上げる。
「セイン!」
「はい?」
呼ばれて側に立ったセインの腹に、思い切り拳を埋め込んだ。
「!!!!!」
よける事も出来ずに食らったセインが、うずくまって泣き出すのもかまわず、キャルはラルに向かってにっこりと可愛らしくほほ笑んだ。
「今回は、セインが攫われたりしなければ、貴方たちに助けてもらう事もなかったし、こうして苦労する事もなかったのよ。お世話になったのはこちらの方だわ。ね?そうよね。セイン?」
「う、はい、そうで、すね。ごふっ…、ううぅ」
よろよろと立ちあがるセインの口端に、血が滲んで見えるのは気のせいだろうか。
「あ、あの、怪我人にあまり無体は」
「大丈夫、足じゃなくてお腹だから」
「そういう問題か?」
昨夜まで車椅子や松葉杖を利用しなければ、歩く事も出来なかったセインである。流石に気の毒に思ったのか、ラルやギャンガルドが口をはさむ。
しかし。
「いいのよ、セインだから」
とどめを刺された。
「旦那、元気だしなよ」
「ありがと。うう」
タカに支えられながら、新しい涙がセインの頬をつたった。
「実際、僕が油断していなければ、こんなに君たちに苦労をかけずに済んだのは本当の事だし。それに、さっき僕言ったでしょ?壁の外に出たら、詳しく教えてくれるのかって」
久々に食らったせいか、いつもよりも痛む腹を撫でながら、セインはラルに、何とか微笑んで見せた。
「あ、それは」
馬で移動しながら、何か叫ばれて、とにかく急ごうと、適当に返事をした。そういえば、そんな事を言っていたような気がする。
「なーんか、引っかかるんだよね。あの執事」
曲がった眼鏡を掛け直しながら、セインが唸った。
「そうなのよねー。私も気になっていたのだけど」
キャルも、セインに並んで眉をひそめる。
「アレじゃね?例のバカな連中雇ったの、執事だろ」
ギャンガルドがどーんと大声で普通にのたまった。
「そのものズバリを言わないでよ」
「疑問に思っていても、口には出さないでよね」
セインとキャル二人に、同時に睨まれても、ギャンガルドはにんまりと笑って受け流す。
執事と出会う前。ジャムリムの町に立ち寄った一行は、変な刺客と遭遇した。一部はそれなりにプロなのに、下っ端らしい連中は、自爆してみたりなんだりと、間抜けな盗賊だった。
おかげでセインは両足に大怪我を負い、散々な目にあったのだ。
「まあ、ここに来る前に色々あってねー。その首謀者が、あの執事、カントじゃないかなあー、と」
「色々ですか?」
「まあ、間抜けな連中だったから、身ぐるみ剥いでポイしてきたんだけどね」
ラルに、大雑把で簡単な説明をして、セインがポリポリと頬を掻いた。
「そういう事だから、恩返しついでに、仕返しもしたいんだよね」
「そうそう。仕返しは倍返しって、基本よね」
セインとキャル。
二人とも顔は笑っているのに。
「眼が笑ってないね」
「実は怒ってたんスねぇ」
「・・・くわばら、くわばら」
海賊二人とその愛人は、二、三歩下がって二人を遠巻きにしたのだった。
「こほん」
セインが、一つ小さく、うやうやしく咳払いをする。
「と、いうことで、作戦を練ろうと思うんだ」
さわやかに笑ったものの、曲がった眼鏡の奥の瞳は、やっぱり笑ってはいなかった。
「なぁーんでこんな事になってんのかしらね」
「仕返しするって言ったの、キャルじゃないか」
「そりゃそうだけど。だからって、何でこんな格好しなきゃいけないのかって話よ!」
馬を走らせながら、二人は先ほどからこの調子で言い合いをしているのだが、他の三人は後ろでにこにこと上機嫌で、やっぱり馬に揺られている。
「良いじゃない。似合っているよ」
「あんたは思いのほか似合ってないわね」
一行は、現在いつもとは違った格好で、とある街を目指していた。
「可愛いんだから、いいじゃない」
にっこりと、心の底から褒めれば、小さな拳が確かな威力をもってセインの顎を掠った。
「あひゃあ?!」
「避けんじゃないわよ!」
ごいん
言いざまに飛んできた二発目は避けられず、結局痛い目を見たセインは、ずれっぱなしの眼鏡を胸のポケットにしまいながら、痛む顎と、星が飛び交う眼を押さえて呻く。
それを、やっぱり後ろで残りの三人がにこにこと見ているのは、ちょっと気味が悪かった。
「いつもの調子が出て来たんじゃねえか?」
「ああいう、元気なお嬢を見ると和むっすねぇ」
「キャルちゃん、可愛いねぇ」
それぞれがそれぞれに、ばらばらな感想を持ちつつ、目の前に繰り広げられる二人のやり取りを楽しんでいる。
「いいじゃない。いつもの服も可愛いけど、今日みたいなフリルいっぱいのシックなドレスも似合うよ、うはあ!」
セインの鼻先すれすれを、またもやキャルの拳が通り過ぎた。
「やれやれ。賢者もいい加減懲りればいいのに」
「お嬢のせいいっぱいの照れ隠しっすからねぇ」
「照れてない!」
クレイの背中に、セインと一緒に跨ったまま、キャルはいつもと違ってかさばるスカートの裾を手繰りながら、後ろの海賊を睨んだ。
「ギャンギャンに懲りるって言葉を諭される日が来るなんて…」
セインはセインで、がっくりとうなだれた。
「でも、本当に可愛いじゃない?」
器用に馬を操りながら、ジャムリムがクレイと自分の馬の馬首を並べた。
キャルの現在の服装は、セインの言う通り、普段の動きやすいものとは違い、色合いもアンティーク調にまとめられたローズ系で、スカート丈も長く、フリルやレースがふんだんに使われ、背中は大きく編み上げられて、いわゆるお貴族様の着るような服なのである。
ついでに言えば、セインもベージュでまとめられ、袖にはレースのカフス、刺繍の施されたジャケットと、こちらもそれなりに貴族で通る服装だった。
眼鏡を除いて。
「ジャムリムだって、凄く綺麗よ」
「ありがと」
ジャムリムは黒っぽいレースのバッスルドレスで、こちらも生地も仕立ても上等だ。大きく開いた胸元が白く強調されて、それはもう色っぽい。
手にはレースの手袋を履き、ドレスに合わせた色のレースで作られた日傘を差している。
どこから見ても貴婦人で通るだろう。
そしてギャンガルド。
派手好きの彼は真っ赤なコートに金の刺繍飾り、黒いズボンにベストとジャケット。下に着ているシャツは袖口も襟元もレースびらびらだ。
「君のはなんていうか、それこそ海賊だよね」
似合ってはいるものの、貴族には見えない。
「あ?俺様海賊だしな。良いんじゃねえか?」
「…うん。まあ、良いんじゃないかな」
「キャプテンかっこいいっす!」
自分の船長を絶賛するタカは、それなりに整った服装だが、如何せん禿げ頭と欠けた前歯が災いしてか、はたまた生来の物か。
「お前は似合わねえなあ」
「その前に早く脱ぎてえです」
自分の着ている服をつまんで、タカは眉間に皺を寄せる。
馬に乗りつつ、一行はちょっとした仮装行列と化していた。