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HEAVEN!へヴン!HEAVEN!4  作者: coconeko
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ちょっと行ってみようと思い立ち

「なんだ。もう終いかよ」

 不満そうなギャンガルだったが、一番乗りで外へ出て、あちらこちらと壁を触っている。

「ギャンギャン、今の状況わかってんの?」

「お?もちろんさ。俺が外出たって何にもねえ。周り見たって誰もいねえ。壁の上だって壁と空しか見えねえぜ」

 キャルに睨まれても、ギャンガルドは楽しそうだ。

 全員が、馬を牽いて街の外へと出ると、ラルが深々と頭を下げた。

「皆さま、ご達者でお過ごし下さい。我が主になり替わり、この度の事は深くお詫びいたしま、イタ!」

 最後まで言い終わらないうちに、下げた頭に小さな衝撃があり、思わず舌を咬んだ。

「私たち、このまんまお世話に成りっ放しじゃすまないわ!」

 顔を上げれば、キャロットが小さな胸を反らして仁王立ちしている。

「え?で、でも」

 どもるラルに、キャルはさらに眉を吊り上げる。

「セイン!」

「はい?」

 呼ばれて側に立ったセインの腹に、思い切り拳を埋め込んだ。

「!!!!!」

 よける事も出来ずに食らったセインが、うずくまって泣き出すのもかまわず、キャルはラルに向かってにっこりと可愛らしくほほ笑んだ。

「今回は、セインが攫われたりしなければ、貴方たちに助けてもらう事もなかったし、こうして苦労する事もなかったのよ。お世話になったのはこちらの方だわ。ね?そうよね。セイン?」

「う、はい、そうで、すね。ごふっ…、ううぅ」

 よろよろと立ちあがるセインの口端に、血が滲んで見えるのは気のせいだろうか。

「あ、あの、怪我人にあまり無体は」

「大丈夫、足じゃなくてお腹だから」

「そういう問題か?」

 昨夜まで車椅子や松葉杖を利用しなければ、歩く事も出来なかったセインである。流石に気の毒に思ったのか、ラルやギャンガルドが口をはさむ。

 しかし。

「いいのよ、セインだから」

 とどめを刺された。

「旦那、元気だしなよ」

「ありがと。うう」

 タカに支えられながら、新しい涙がセインの頬をつたった。

「実際、僕が油断していなければ、こんなに君たちに苦労をかけずに済んだのは本当の事だし。それに、さっき僕言ったでしょ?壁の外に出たら、詳しく教えてくれるのかって」

 久々に食らったせいか、いつもよりも痛む腹を撫でながら、セインはラルに、何とか微笑んで見せた。

「あ、それは」

 馬で移動しながら、何か叫ばれて、とにかく急ごうと、適当に返事をした。そういえば、そんな事を言っていたような気がする。

「なーんか、引っかかるんだよね。あの執事」

 曲がった眼鏡を掛け直しながら、セインが唸った。

「そうなのよねー。私も気になっていたのだけど」

 キャルも、セインに並んで眉をひそめる。

「アレじゃね?例のバカな連中雇ったの、執事だろ」

 ギャンガルドがどーんと大声で普通にのたまった。

「そのものズバリを言わないでよ」

「疑問に思っていても、口には出さないでよね」

 セインとキャル二人に、同時に睨まれても、ギャンガルドはにんまりと笑って受け流す。

 執事と出会う前。ジャムリムの町に立ち寄った一行は、変な刺客と遭遇した。一部はそれなりにプロなのに、下っ端らしい連中は、自爆してみたりなんだりと、間抜けな盗賊だった。

 おかげでセインは両足に大怪我を負い、散々な目にあったのだ。

「まあ、ここに来る前に色々あってねー。その首謀者が、あの執事、カントじゃないかなあー、と」

「色々ですか?」

「まあ、間抜けな連中だったから、身ぐるみ剥いでポイしてきたんだけどね」

 ラルに、大雑把で簡単な説明をして、セインがポリポリと頬を掻いた。

「そういう事だから、恩返しついでに、仕返しもしたいんだよね」

「そうそう。仕返しは倍返しって、基本よね」

 セインとキャル。

 二人とも顔は笑っているのに。

「眼が笑ってないね」

「実は怒ってたんスねぇ」

「・・・くわばら、くわばら」

 海賊二人とその愛人は、二、三歩下がって二人を遠巻きにしたのだった。

「こほん」

 セインが、一つ小さく、うやうやしく咳払いをする。

「と、いうことで、作戦を練ろうと思うんだ」

 さわやかに笑ったものの、曲がった眼鏡の奥の瞳は、やっぱり笑ってはいなかった。


「なぁーんでこんな事になってんのかしらね」

「仕返しするって言ったの、キャルじゃないか」

「そりゃそうだけど。だからって、何でこんな格好しなきゃいけないのかって話よ!」

 馬を走らせながら、二人は先ほどからこの調子で言い合いをしているのだが、他の三人は後ろでにこにこと上機嫌で、やっぱり馬に揺られている。

「良いじゃない。似合っているよ」

「あんたは思いのほか似合ってないわね」

 一行は、現在いつもとは違った格好で、とある街を目指していた。

「可愛いんだから、いいじゃない」

 にっこりと、心の底から褒めれば、小さな拳が確かな威力をもってセインの顎を掠った。

「あひゃあ?!」

「避けんじゃないわよ!」


 ごいん


 言いざまに飛んできた二発目は避けられず、結局痛い目を見たセインは、ずれっぱなしの眼鏡を胸のポケットにしまいながら、痛む顎と、星が飛び交う眼を押さえて呻く。

 それを、やっぱり後ろで残りの三人がにこにこと見ているのは、ちょっと気味が悪かった。

「いつもの調子が出て来たんじゃねえか?」

「ああいう、元気なお嬢を見ると和むっすねぇ」

「キャルちゃん、可愛いねぇ」

 それぞれがそれぞれに、ばらばらな感想を持ちつつ、目の前に繰り広げられる二人のやり取りを楽しんでいる。

「いいじゃない。いつもの服も可愛いけど、今日みたいなフリルいっぱいのシックなドレスも似合うよ、うはあ!」

 セインの鼻先すれすれを、またもやキャルの拳が通り過ぎた。

「やれやれ。賢者もいい加減懲りればいいのに」

「お嬢のせいいっぱいの照れ隠しっすからねぇ」

「照れてない!」

 クレイの背中に、セインと一緒に跨ったまま、キャルはいつもと違ってかさばるスカートの裾を手繰りながら、後ろの海賊を睨んだ。

「ギャンギャンに懲りるって言葉を諭される日が来るなんて…」

 セインはセインで、がっくりとうなだれた。

「でも、本当に可愛いじゃない?」

 器用に馬を操りながら、ジャムリムがクレイと自分の馬の馬首を並べた。

 キャルの現在の服装は、セインの言う通り、普段の動きやすいものとは違い、色合いもアンティーク調にまとめられたローズ系で、スカート丈も長く、フリルやレースがふんだんに使われ、背中は大きく編み上げられて、いわゆるお貴族様の着るような服なのである。

 ついでに言えば、セインもベージュでまとめられ、袖にはレースのカフス、刺繍の施されたジャケットと、こちらもそれなりに貴族で通る服装だった。

 眼鏡を除いて。

「ジャムリムだって、凄く綺麗よ」

「ありがと」

 ジャムリムは黒っぽいレースのバッスルドレスで、こちらも生地も仕立ても上等だ。大きく開いた胸元が白く強調されて、それはもう色っぽい。

 手にはレースの手袋を履き、ドレスに合わせた色のレースで作られた日傘を差している。

 どこから見ても貴婦人で通るだろう。

 そしてギャンガルド。

 派手好きの彼は真っ赤なコートに金の刺繍飾り、黒いズボンにベストとジャケット。下に着ているシャツは袖口も襟元もレースびらびらだ。

「君のはなんていうか、それこそ海賊だよね」

 似合ってはいるものの、貴族には見えない。

「あ?俺様海賊だしな。良いんじゃねえか?」

「…うん。まあ、良いんじゃないかな」

「キャプテンかっこいいっす!」

 自分の船長を絶賛するタカは、それなりに整った服装だが、如何せん禿げ頭と欠けた前歯が災いしてか、はたまた生来の物か。

「お前は似合わねえなあ」

「その前に早く脱ぎてえです」

 自分の着ている服をつまんで、タカは眉間に皺を寄せる。

 馬に乗りつつ、一行はちょっとした仮装行列と化していた。


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