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HEAVEN!へヴン!HEAVEN!4  作者: coconeko
23/31

脱走中

無事退院しました。

入院中に携帯でポチポチと書いてましたが、利き手は怪我するもんじゃないですね。

「今、何か物音がしなかった?」

 キャルがスープをすくったスプーンを口に運ぼうとして、動きを止めた。

 全員が、耳を澄ます。

 遠くから、嘶きが聞こえた。

 全員の視線がセインに注がれて、慌てて首を横に振る。

「クレイの声じゃないよ?」

「ご飯あげたの?」

 セインの愛馬でありながら、キャルのお気に入りでもある栗毛の馬は、今朝も元気に草を食み、セインを乗せて清々しい早朝散歩を堪能している。

 なのに疑いの眼差しを向けるキャルに、セインはムッとして反論しようと口を開けた。

「ご飯どころか朝の散歩だってして」

ドガガン!!

 最後まで言い終わらないうちに、玄関の扉がけたたましい音と共に吹っ飛んだ。

「皆さん!今すぐお逃げ下さい!」

 馬で蹴り倒したドアを踏みつけて、馬に乗ったまま服も髪も乱して現れたのは、この家の持ち主であるパムルだった。

「どうしたっていうの!?」

 あまりの登場の仕方に流石に驚いて、全員の動きが固まった。セインだけが、辛うじて声を上げて事の次第を問い質す。

「詳しく話している時間はありません!外に馬を連れて来ましたのでお早く!道案内は彼らが」

 一息に喋って、パムルは馬から飛び降りる。彼女が指し示す外を見れば、カールとラルの兄妹が、馬を牽いていた。

「セイン様のお馬も、今お連れしますから!」

 自分の乗って来た馬の手綱をジャムリムに手渡し、パムルはひらりと身を翻し、砕けたドアから外へと飛び出していく。ただ事ならない様子に、全員が一斉に動いた。

「忘れ物はないね?」

 荷物を手早くまとめ、各々宛がわれた馬に飛び乗った。

 最後に、駆けて来たクレイにセインが乗り、全員が馬上に居る事を確認して、パムルが自身の乗る馬の腹を蹴る。

「城壁の門まで走ります!遅れなきよう!」

 彼女はスカートの裾を翻し、振り向く事なく、灰色の馬を駆けさせた。

 彼女らしい地味なドレスの下に、乗馬用のブーツが見える。急いでいるようで、何か計画があるらしい。


 リーン ゴーン リーン ゴーン


 朝靄の中を、突然重苦しい金属音が響いた。街だけでなく、領民全てに、朝食開始を告げる音。

「朝の鐘か。なるほど、きっちりしてら」

 感心したように、ギャンガルドが呟く。

 海賊王の馬にはジャムリムも乗っている。パムルの乗って来た黒毛の馬だ。

 当のパムルは、カールの牽いていた馬に跨がっていた。

 しんがりは兄妹が務めている。

 城の建つ丘を降りた所で、タカの背中にしがみつきながら、キャルは振り向いた。朝焼けに染まり、黄金色に輝く森の輪郭とは裏腹に、高台にそびえる城は黒々と日の光を遮り、徐々に離れて行く。

「お日様の光って、朝は何でも綺麗にしてくれるものだと思っていたけど、例外というのは必ず存在するものなのね」

 城から興味を無くし、キャルは前を見る。爽やかな空気で満たされた目の前の街並みには、本来なら忙しそうに行き交うはずの人々の姿は見られない。

 それはなんとも寂しい光景だった。

 城と街とを隔てる低い生け垣の前まで来ると、パムルが馬を止めた。

「私はこれまで。後は兄妹がご案内致します」

 彼女とラルが入れ替わり、再び有無を言わさず走り出す。

「パムル!!」

 セインがクレイの足を止めたのを、カールが制した。

「大丈夫ですからお止まりにならず!」

 自分だけでなく、カールまで足止めさせるわけにはいかず、仕方なく、セインは再びクレイを走らせる。振り返れば、パムルが手を振った。

 「お気を付けて!」

 そう叫ぶと、彼女は馬首を廻らせ、城へと戻って行く。彼女一人、何かあったであろうあの城に帰すのかと、カールを睨めば、彼は唇を噛みしめていた。

「気を付けるのは、パムルの方じゃないの?」

「!…」

 並走しながらカールから視線を外し、顔を見ずに尋ねれば、苦しげな沈黙が返って来る。

 セインは大きくため息を吐いた。

「僕らは良い。君はパムルの側に戻って」

「貴方がたを無事に逃がすように仰せつかっております」

 カールは思っているよりも、随分と生真面目な性格だったらしい。

「バカだな。会ったばかりの僕らと彼女、どちらが大事?」

「え?」

「君のご主人の娘で、このヘンテコな領地を立ち直らせられる数少ない人材は誰?」

 生真面目な事は別に悪い事ではないが、今、この場で頑なになる事ではない。時には融通も機転も効かせなければ。

「…」

 驚いたように眼を見開くカールに、セインは更にたたみかけた。

「何より、彼女に何かあったら、君のご主人も、君も、君の妹も、取り返しがつかなくなるのじゃないの?」

 ようやくこちらを見やったカールに、セインは微笑んだ。

「今ならまだ取り返しがつくよ。僕らの事はラルに任せて。君の妹は優秀だろう?」

 先頭を行く小さな背中からは、しっかりとした意志が感じられる。その妹の背中を見つめ、カールはゴクリとひとつ、息を呑み込む。

「ありがとうございます」

 小さく呟いた。

「何の。これでも修羅場は何度も経験している」

 馬を近づけ、子供にするように、カールの頭をなでた。

 一瞬顔を赤らめたが、すぐに厳しい表情に戻ると、馬の腹を蹴り、方向を転換させる。

「それでは、お気をつけて!」

「君もね」

 振り返らずに、一目散に城へと馬を飛ばすカールに満足し、セインは仕方がないとばかりに子供を叱る親のような顔になる。

「さて?」

 ほふ、と息を吐きだして、クレイのスピードを上げさせた。

「これで逃げっぱなしって、男が廃るってもんだろ?」

 事の有様を、真っ直ぐ前だけ見ているようで、しっかりと把握しているらしい海賊王が、にやりと笑って振り向いた。

「…全く君って、油断も隙も無いよね」

「褒め言葉として受けとっとくぜ」

「ま、私だって、あの腹の立つ親子と執事に、ひと泡くらい吹かせてやりたいのよね」

 キャルまでが参戦する。

「ひと泡どころじゃ収まんないだろう?三つ四つ吹かせちゃいなよ!」

 ジャムリムが笑う。

「おれっちもさんせーい!」

 タカはなんだか嬉しそうだ。

「じゃ、全員賛成一致ということで」

 にこやかに微笑むと、セインは先頭へとスピードを上げた。

「ラル!ちょっと相談があるんだけど!」

 一心に馬を走らせていたラルは、急にかけられた声に驚いたらしい。小さく「キャ!」と声を上げて、肩も小さくすくめた。

「城壁の外まで無事に逃げられたら、詳しい話をしてくれるんでしょ?」

「はい!ですから、今はお急ぎを!」

 まだ、兄のカールがパムルを追って城へ戻った事を知らないでいる彼女に、セインは申し訳ないと思いつつ、馬を近づける。

「うん、それでね。ラルなら、この城下町にも、城内にも詳しいだろうから、ちょっと案内を頼みたいんだ」

 それは、せっかく逃げ切れても、再び城へ戻るというのだろうか。

「状況によりけりかな?まだ、君達から話を聞いていないからね」

 セインの言葉に、ラルは眉をひそめる。

「で、ここの領主のお姉さんたちの嫁ぎ先って、遠いの?」

「あ、あの、近い方もいらっしゃいますが、その?」

「そっか、近いのもいるのか」

 にこやかなセインに、ラルはこの男が何を考えているのかさっぱり分からず、なんだか不安になった。

「君たちに迷惑はかけないし、僕らもあの城には戻りたくないし、大丈夫。何もしないから」

 それは嘘だと分かったが、ラルはとにかく、何か企んでいるらしい、曲がった眼鏡の男に頷いて見せた。

「良くは分かりませんが、出来うる限りご協力するように仰せつかっております。私に出来る事でしたら、なんなりと」

 眼鏡が曲がった原因を知っているだけに、無理にかけることもないだろうと思う。

「ありがとう。助かるよ!」

 曲がったフレームを気にしつつ、嬉しそうなセインをちらりと見やり、ラルは笑った。

「まず、眼鏡を直しましょうか」

「へ?」

 そんなに自分の言葉は意外だっただろうか。

 きょとんとするセインに、ラルはくすくすと笑った。

「やれやれ、女性って、やっぱり強いよね」

 ぽつりと、セインが呟いた言葉は、聞かなかった事にする。

「さ、皆様もうすぐです!しっかりついてきて下さいまし!」

 大通りを横切り、裏路地を行く。

 馬でこんな事が出来るのも、あの変な条例で、道に人がいないおかげだ。何が幸いするのか分からないものである。 




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