森の中の小休止
セインが城に呼ばれている事は、タカが御者に話をしている。それをあの執事が聞いていたなら余計に確証が持てる。
「そもそも、何であの男、あの馬車に乗っていたんだ?」
「どこから乗車したのか、誰か見てた?」
全員で首をかしげた。
「確か、あたしの街を出て、次の停留所から乗って来たように思ったけどねぇ?」
「馬車があの大雨のせいで迂回しまくったしな」
「執事って、仕えている屋敷を留守にしても良いものなの?」
「その辺はパムルに聞けば分かるんじゃないか?」
タカがキッチンにあったパスタを揚げ、砂糖をまぶして作った即席の菓子をテーブルに出し、セインが新しく淹れなおした紅茶のおかわりをしつつ、話は膨らんでいく。
「カントっつったか。あの執事」
「うん。そんな名前だったね」
カシリと、パスタの菓子をかじり、セインがタカの言葉にうなづく。
「僕らの名前はまだ把握していないようだったけれど。彼が駅馬車に乗車して来たタイミングや、駅馬車に乗っていたそもそもの理由も、雇った連中の後始末のためだとしたら、つじつまが合うけどね。とっても間抜けた強盗団の雇い主が、彼だっていうのが、なんだかピンと来ない。混じってた殺し屋っぽいのは、彼が雇ったのだとは思うけれど。もしかしたら、あの強盗団の連中は、殺し屋連中が即席で雇った可能性が高いかもね」
狡猾そうなカントの表情を思い出し、キャルが眉間に皺を寄せる。
「まあね。抜け目なさそうだし。でも、セインにまんまと逃げられているあたり、結構マヌケかもよ」
「ひどいなあ。心理を突いた僕の作戦が功を奏しただけだよ」
「何にしたって、俺たちを騙して、賢者を誰にも見られずに攫ったのはあの男だってことは間違いねぇんだ。それなりに頭は切れると思うぜ」
にやりと、嬉しそうにギャンガルドが顎の下を撫でながら、ちらりとセインを見た。
「足が不自由ってったって、あんたを攫うのは生半可な事じゃ出来ねえだろ」
「悪かったね。迂闊にも攫われて」
にっこりと、セインが微笑み返した。
「…その微笑み返しはやめてくれねえか」
「さあ?どうしようか」
じっとりと額に汗の浮かんだギャンガルドに対し、微笑むセインに軍配が上がるのはいつものことだ。
「さて」
ギャンガルドが耐えきれなくなって眼を反らしたのを機に、セインが一息つく。
「キャル、君はもう寝る時間だよ」
この発言に、当のキャルが怒った。
「何よ!カントの事もあるし、明日の脱走の事もあるのに、あたしだけ寝ろっていうの?!」
睨んだその眼の下には、うっすらとクマが出ていた。
「そんな事言っていないよ。僕も寝る」
「え?」
「だって、疲れちゃったしね」
そういえば、この中で一番疲れているのは、セインかもしれない。
「もう、くたくただよ。足も早く治したいのにさ。いろんな事ばかりあって、さっきから眠いんだ」
セインにしては珍しく、そんな事を言う。
「この家の客室はどうなってんだ?」
「へえ。さっき確かめましたがね、ツインルームが二つありやす。あとはあのパムルって人の寝室が一つ。五人はベッドで寝られやす」
ギャンガルドの疑問に、タカがテキパキと答える。
「パムルの寝室なんて、使ってもいいのかな?」
「大丈夫じゃないかねぇ?自由にしてくれって言っていたし、あの子の事だから、人数も把握してそう言っていたんだろうから」
「じゃあ、女性の部屋に男が入るのは不味いから、ジャムリムが使って。僕とキャル、ギャンガルドとタカでいいよね」
「えー!あたし、ジャムリムと寝たい!」
部屋の割り振りに、キャルが口をとがらせた。
「え」
「え、じゃないわよ。良いじゃない!男が三人もいるのよ。パムルの部屋にベッド一つ持ち込んで、女同士で寝たいわ!」
「あら。良い案だわね。でも、キャルちゃんなら一つのベッドで一緒に寝ても大丈夫じゃないかい?」
「良し!決まり!」
「えー…」
キャルの提案にジャムリムまでが賛成したとあっては、男どもの出る幕は無い。
「あー、じゃあ、俺は男同士で同じ部屋なんざ、もうごめんだから、一人で寝させてもらうぜ」
本心は、ジャムリムと同じ部屋で過ごしたかっただろうギャンガルドの声色は、なんだかしょんぼりしていた。
「じゃあ、僕とタカ?えっと、それでも良い?」
「おれっちはかまわねぇっすよ。むしろ、誰かいねえと、旦那が大変でしょ?」
「あははー。ごめんね。ありがとう」
そんなこんなで部屋割が決まると、夜のティータイムの後片付けをして、それぞれが部屋に入って就寝する事になった。
「じゃ、私らはこっちね。お休み!」
「お休み」
楽しそうに女性陣は一番小さな部屋へと入って行き、ギャンガルドはどこから持ち出したのか、ワインを片手に消える。
セインとタカも、残った部屋へと入った。この部屋だけ、他の部屋と違い一階にあるので、階段を上らずに済んで、セインはホッとした。
「旦那、剣にはならないんですかい?」
とっとと寝てしまおうと、ベッドへ潜り込めば、タカが着替えながら聞いてくる。
「んー。その方が治りも早いから、そうしたいのは山々なんだけど…。良い?」
「何遠慮してるんスか。旦那が健康な方が旅は楽になるし、いざって時に備えた方が良いっすよ」
もっともであるので、本当ならもっと先に、セインロズドの姿になってしまいたかったのであるが、今まで落ち着ける場所がなかったうえに、姿を変えても良い場面が無かったので、重い足を引きずって、現在まで来てしまったのである。
セインはセインロズドの姿になることで、大抵の怪我を素早く治してしまえる。普段「でも、治癒力は異常に高いが、セインロズドになった時との差ははるかに大きい。
相変わらず、どういう仕組みなのかは、セイン本人にもわかってはいない。
多分、ヒトの姿でいるよりも、エネルギーを使わないからだろう、という、なんとも曖昧な持論しか持ち合わせてはいないのだが、この事柄に関しては、困ったことは無いのでセインもあまり考えないようにしている。
「まあ、タカが気にしないなら別に良いんだけど」
「何がっすか?」
普段と違い、なんだか遠慮がちなセインに、タカが首をかしげる。
「見た目が物凄くシュールなんだ」
「………」
思わず、ベッドの中できちんと枕をして横になっている抜き身の剣を想像した。
「…確かに、凄い光景かもしれねえ…」
しみじみと呟いた。
「それでも平気?」
言われてみれば、そんな状態の物体と、ベッドを並べて寝るのである。
かなりシュールだ。
「で、でも、お嬢は今まで付き合って来たんでしょ?」
「そりゃあ、まね?」
八歳の女の子が耐えられたのだから、自分だって気にさえしなければ大丈夫なはず。
「旦那、今までずっとそうやって治して来たんでしょ?」
「まあ、そうだね」
「だったら、大丈夫!気にしません!たぶん!」
勢いよく胸を叩いたタカだった。
それで、安心したのかホッと息を吐き出して、セインはギャンガルドに向けるのとは違う笑顔をタカに向けた。
「ありがとう。それじゃ、遠慮なく」
ランプでうっすらと照らされていた部屋が急にまばゆく光り、思わず目をつぶったタカが、そうっと瞼を押し上げた時にには、そこにセインの長身は無く、代わりに見事な刀身をきらめかせた剣が横たわっていた。
ベッドの中に。
「こりゃ、確かに…」
シュールだった。




