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HEAVEN!へヴン!HEAVEN!4  作者: coconeko
18/31

行き先を決めよう 1

「だいたい、何で窓にぶら下がっていたのよ?」

 もっともなことを、キャルが聞く。

 セインはちょっと天井を見上げて、ずれた眼鏡を直そうとして失敗しつつ、指を一本立てた。

「例えば」

「?」

「捕らえた相手が、放り込んだはずの部屋から消えていたら、どうする?」

 急な質問に、応えたのはギャンガルドだった。

「ま、普通、逃げたと思うだろうな」

 面白そうににやりと笑うギャンガルドにタカが相槌を打つ。

「逃げたと思ったら、追いかけるわなあ」

「ってことは、この部屋にいちいち鍵を掛ける必要もないわけで…?」

 今度はセインが満足そうに続けた。

「このとおり、部屋の扉は開けっぱなし。僕は誰にも見られずに脱走出来るでしょ?」

 えへへ、と笑う。

「まあ、君らが来てくれるなんて思いもしなかったから、助かったよ。とにかく、この部屋に長居は無用。早く出よう。僕、こんな所はもうこりごりだよ」

 言いながら、ジャリジャリと鎖を引き寄せた。

「ちょっと待って」

 鎖をまとめるセインの手を、キャルが止めた。

「何これ?」

「へ?」

 小さな指が示したのはセインの足首。

 そこには枷が取り付けられていて、鎖は枷から延びている。

「何って、なんか気が付いたらあの柱に鎖で繋げられちゃっていたから」

 ぶらりと、ちょうど手繰り寄せたらしい鎖の端を掲げて見せた。

 セインの手からぶら下がる鎖には、先ほど窓の桟につっかえさせていた壁の残骸らしきものが、鎖の金具ごと揺れている。

 セインが示した柱をみやれば、床に近い部分に、削られて抉りとられたような痕跡。

 あの凹みと、この残骸とを合わせたら、ぴったり合うのだろう。

「ふーん。足の悪いあんたを、わざわざ鎖で繋いだってのね?」

 表情を変えずに、キャルはパムルを見上げた。

「そういう事しそうなのって?」

「え?はい、あ、あの、先ほどのうちの執事だと思います。こんな、足の悪い方を鎖で繋げるなんてひどい事…。申し訳ありません!」

 セインの足の状態に呆然としていたパムルが、キャルの言葉に慌てて頭を下げた。

「君は、ここのお嬢さん?」

「はい。パムル・ヴェーダ・デュナスと申します」

 パムルは屈みこむと、セインの足をそっと取り上げて、先ほどのこの部屋の鍵を取り出した。

「兄妹から預かった鍵に、小さな鍵が括りつけられていたのですけど、多分、この枷の鍵ですわ」

 予想通り、枷に空いた穴と、小さな鍵は合致して、かちりと小さな音を発てて枷が外れた。

「助かったよ。何とも重くてね」

「礼なら、私ではなく、貴方のお世話をさせていただいた兄妹に。わたくしは貴方に謝らなければならない立場ですから」

 自由になった足をさするセインの前に、タカが車椅子を立て直して引いた。

「さて。早くこの部屋出ようぜ、旦那」

 床に座ったままだったセインだったが、ふらふらとよろけつつ、何とか立ち上がって、タカに手伝ってもらいながら車椅子に座る。

 ようやく落ち着けると、肺から空気を吐き出して、セインはパムルを見上げた。

「自己紹介が遅れたね。僕はセインというんだ。よろしくね」

 改められて名乗られ、パムルがあわててセインに頭を下げた。

「す、すみません。お察しの通り、わたくしは城主の娘です。この度は大変な失礼を」

 深々と頭を下げる彼女に、セインは眉尻を下げて顔を上げるように促した。

「苦労しているみたいだね。君も、僕たちの脱走に協力してくれるの?」

 パムルはハッとして、セインの眼を見つめた。

 たった今会ったばかりで、名乗りはしたものの、お家の事情など説明もしていないのに、この男には既に見通されているようだ。

「何故、苦労しているなどと?」

「身内を悪く言うようで悪いけれど、君の母上に弟と、僕は会っているからね。あの二人に比べ、言動から君はずいぶんと常識があるように見える。それに、こうして皆に着いて来たってことは、キャル達に協力してくれたんでしょ?なら、君自身は家の事や領内の制度の事とか、いろいろと何とかしたいと考えている。そうでしょ?」

 言いながら、セインは車椅子を動かし、廊下へと移動する。全員がそれに合わせて動き、ジャムリムが車椅子を押し始める。

「良く、お分かりで」

 車椅子の横に並び、セインを見下ろせば、にこりと微笑まれた。

「伊達に、君より長くは生きてないからね」

 パムルはきょとんとする。

 セインは確かに自分よりは年上だろうけれど。あと数年もしたら、自分もこんなに物事を見通せるようになるのかと考えて、とても無理だと溜め息をついた。

 一見頼りなさそうに見える細身のこの青年を、彼の何倍もたくましく見えるギャンガルドが一目置くのが、なんとなく分かったような気がした。

「さて、この城は丘の上に坂を利用して建てられているだけあって、ちょっとややこしい作りのようだけれど…。僕らはまず、どこへ行ったらいいのかな?」

 セインに訊ねられ、パムルは全員が廊下へ出たことを確認すると、再びセインの閉じ込められていた客室の扉を閉めて鍵を掛けた。少しでも時間稼ぎにするためだ。

「ここは、造りとしては四階になります。セインさんを連れて逃げるとしたら、車椅子を持ち上げて階段を下りなければなりません。このまま廊下を進めば前庭に出られますが、目立つので諦めた方がよいと思います。中間地点にある、使用人用の階段なら荷物用のスロープ付きですので、車椅子での移動も可能ですし、そこからなら地上に出るには二階分で済みますけれど」

 走り出しながらパムルが説明する。

 この城は丘陵を利用して、正面から奥に行くにつれ、傾斜を利用して階数が増える仕組みになっている。正面から入ると一階だが、そのまま真っ直ぐ突き進むと、いつの間にか二階になっているのだ。

 丘の斜面を平らにせず、てっぺんを正面玄関にして下り坂の上にそのまま城を建てたため、奥に行くにつれて下に階が増えるのだ。

「足の不自由な人間なら、スロープ付きの方が移動しやすいと気付かれていれば、そこで待ち構えられている可能性があるってことか」

 ギャンガルドがにやりと笑う。

「ふん。なら、このフロアの階段を下りちまおう。城の中を進むのも面倒だしな」

「その意見は賛成だけれど…」

 セインの眉間に皺が寄る。

「階段で、誰が僕と車椅子を運ぶのさ」

じろりと睨めば、

「俺様」

 と、あっさりと予想どおりの答えが返って来た。


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