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HEAVEN!へヴン!HEAVEN!4  作者: coconeko
13/31

生まれの差ってなんだろね

「ルキ!ルキはどこです?」

 背後にそびえる城の方角から、甲高い女の声が響いた。

 聞き覚えのあるこの声は、たしか、閉じ込められていた部屋で、最初に聞いたあの声だ。

 そっと、セインは振り向いた。

 まるまると太った女が、スカートの裾を掴みあげ、こちらへ向かって走って来るのが見えた。

 それは、やはりあの不遜な女だった。

「冗談じゃない!」

 ここであの女に捕まって、また訳のわからない要求をされるのは真っ平だ。

 セインは車椅子の車輪を掴む腕に力を込めた。先ほどよりは、腕に力が入る。

 無理やり飲まされたあの薬のようなものは、確かに眩暈と喉の痛みを和らげてくれているようだ。

 車輪は徐々に勢いを増して回転する。

「お待ちくださいませ」

「うわ!」

 背後から車椅子を抑え込まれ、急停止させられて、身体が車椅子から転げ落ちそうになった。

「危ないですよ」

 無表情のままセインの身体を支えて、車椅子からの落下を防いだのは、先ほど投げ飛ばしたあの青年だ。

 車椅子は、その青年と、前掛けの少女の二人掛かりで抑えられていた。

「危ないのはどっちだ」

 全員の意識が、多分この城の主であろう彼女に集中している隙に、出来るだけ遠くに逃げたかったのだが、慣れない車椅子ではそうもいかないらしい。

 舌打ちしたい気分で、セインは背もたれに凭れかかった。

「何をしているの!剣術の稽古はどうしたのです?!」

 怒鳴り声にもう一度振り向けば、怒鳴られたというのに、ルキがあの女に手を振っている。

 まるまるとした彼女が、遠くから眼を剥いて走って来る姿は、なかなかに迫力があったが、あのボールのような体形は、転がった方が早いかもしれない。

「お袋!どうしたの?」

「どうしたの、じゃありませんよ、ルキや。お前に剣術の教師を見つけたのです。良く先生の言う事を聞くのですよ」

 そんな親子の会話を背後に聞きながら、セインは呆れながら頬杖をつく。

 いったい、いつ自分はこの馬鹿息子に剣術を教えるなどと承知しただろうか。ちなみに、彼女がこの城の主で間違いないなら、この地域一帯を統べる領主、だということになる。

「やれやれ」

 思わず深い溜め息が出た。

「これ。そこのお前。こちらにお出でなさい」

「・・・・・・」

 どこまでも不遜な態度に、セインは無言で応える。もちろん、振り向きもしない。

「呼んでいるのが聞こえないのかえ?足だけでなく、耳も不自由なら、家庭教師は務まらないではないか」

「・・・・・・」

 無視を続けていると、少女がセインの袖を軽くだが、引っ張った。

「な、何?」

 思わず声を出す。

「何じゃ?妾に向かって何だとは」

「失礼ながら、パンナ様に言った言葉ではございません。この者は、私に言ったのでございます」

 不機嫌さを隠そうともしないパンナと呼ばれた、おそらく領主に、少女が深々と礼を取る。

「妾の呼び掛けには答えず、使用人には応えると言うのかえ?」

 パンナの言葉に、セインは思わず振り向き、ぼそりと呟いた。

「あのさ。僕、あんたが誰なのかも知らないし、あんたの息子の家庭教師になる事も承知した覚えはないんだよね」

 すると、パンナは心底驚いたようで、使用人の二人を怒鳴った。

「なんと!まだ説明もしていなかったのかえ?!」

 人を拉致して閉じ込め、歩けないのを承知で鎖で拘束しておいて、説明をする、しないの問題でもないと思うのだが、彼女はそうは思っていないらしい。

「こういう事は、気付いた者がすれば良い事ではないか!まさか誰も気付いていなかったのかえ?」

「えー・・・」

 セインは今すぐ、この場所から逃げ出したくなった。

 先ほどからの、この、世間ずれした、というのか、可笑しげな発想は訳が分からない。天然であるのは間違いがなさそうだが、理解し難いし、したくもない。

「どうでもいいんだけどさあ、お袋」

 そこへ、どこまでもマイペースな声が響く。

「もうすぐ六時だぜ?お袋の大好きな家族団らんの時間なんだけど、いいの?」

「・・・は?」

 何だ、その、家族団らんの時間とは。

 さらに訳が分からなくなっていると、リーン、ゴーンと、大きな鐘の音が響く。見れば、この城の正面に大きな時計塔が誂えられていて、仕掛け時計が巨大な花を開かせ、中から人形たちが行進を始め出していた。

 その中の一体が、中央の鐘を鳴らしている。

 パンナと使用人二人は慌て出した。

「パンナ様。只今五時でございます。我等はお暇させていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ。仕方あるまい。家庭教師を元の部屋へ戻してから、早よう帰って親御さんを安心させてやるが良い」

「ありがとうございます」

「それでは、失礼いたします」

 わたわたと、そんな会話を交わしたかと思えば、相変わらずセインの事情はどうでもよいらしく、さっさと車椅子をくるりと回転されて、元いた部屋へと連れられて行く。

「え?え?え?」

 考える暇もない。どうなっているのかと問いただそうとすれば、車椅子を押す少女から、ひっそりと耳打ちされた。

「今はおとなしく従って下さい。パンナ様とルキ様のいない場所で、詳しく説明致します」

「え?」

 結局、脱出するどころか何も出来ないまま、最初に目覚めた部屋へ連れ戻される。ぱたんと扉が閉まり、足も鎖に繋がれた。

 もちろん、抵抗しなかったわけではないが、青年だけならいざ知らず。女の子を投げ飛ばしたりするわけにもいかないので、結局、振り出しに戻ってしまった。

 連れて来られた当時と違うのは、車椅子に乗っている事と、彼ら二人が、かいがいしく世話をしてくれる、というところだろうか。

 あの、パンナという領主に、暇を告げていたのだから、セインを部屋へ閉じ込めたら、すぐにいなくなってしまうのかと思っていたが、彼らはセインの食事の準備までしてくれた。

「さて。まずは名前を聞こうかな。僕はセインというんだ。君らは?」

 小さなテーブルの上に置かれたスープとサンドイッチを前にして、セインは二人を見上げた。

 少女の方が、こくん、と小さく頷くと、青年を見上げ、青年も、彼女の瞳を見やってから、やはり頷いた。

 口を開いたのは、青年だ。

「俺はカールと言います。こっちは、妹のラル」

「兄妹か」

「はい」

 彼らはパンナの夫、クロムに拾われてこの城の下働きをしているのだという。

「この街は、パンナ様の理想の上に建っているのです」

「理想?」

 彼女の父が、彼女の幼いころに他界した事が始まりなのだという。

「パンナ様は先々代の領主の子供、九人兄弟の末娘なのです。父君が早くに他界し、寂しい思いをした上に、姉君達は結婚し、兄君達は先代である母君から領地を分け与えられ、この城を次々に去りました。ただでさえ末っ子で甘やかされて育ったパンナ様には、耐えられない事だったのでしょう」

 最後に残った自分がこの領地を任され、母親と二人で暮らすうちはまだ良かった。母親に甘えていられたからだ。しかし、結婚すると夫に依存するようになり、子供が出来ると、子供に執着するようになった。

「最終的には、家族というものに異常な愛情を示すようになり、自分と同じ末っ子のルキ様を、非常に甘やかすようになったのです」

 そこまで一息に説明すると、カールは悲しそうに眼をふせた。

 多感な時期に、仲の良かった兄弟達が家を出て行き、だだっ広い城内で母と二人きりで過ごすというのは、いかに使用人が大勢いても、寂しい事だったのかもしれない。

 そこで、セインはあの、五時に鳴りだした時計塔の鐘を思い出した。

「待ってよ。あの鐘が五時に鳴るのって、どういうこと?六時に家族団らんの時間がどうのって、ルキって奴が言っていたと思ったけど」

 あんなに大きな、街中に響き渡るような鐘の音が、五時になるまで一度も聞こえなかったという事は、自分が気を失っていた事もあるのかもしれないが、他の時間は鳴らさない、ということだ。では、何故五時に鐘を鳴らすのか。

 今度は、カールに代わってラルが話し出す。

「あの鐘は、五時の終業時間を伝える知らせなのです」

「は?」

「・・・まだ、貴方はご存じないのですね。この街は、いかなる理由があろうとも、特殊な職業を除き、五時には仕事を終わらせます。飲食店然り、雑貨店然り」

 それは、一番の稼ぎ時に店を閉めているのではないだろうか。

「それは、酒場も?」

「それだけではありません。役所も市場も病院も、ほとんどすべてです」

 役所は、普通二四時間営業だ。いつ、ヘッドハンターがハントした賞金首を連れて来るかわからない。ここにはそんな賞金首やヘッドハンターは近寄らないのだろうか。

 つい、キャルの仕事を中心に考えて、セインは首をひねった。

「理由は?」

「簡単です。六時に家族全員で食卓を囲まなければならないからです」

「・・・・・は?」

 思わず、セインは眉間に皺を作った。

「この街は、朝六時と、夕方六時に家族全員そろって食事を摂らなければならないのです」

 ラルは、噛み砕くようにゆっくりと繰り返した。

「条例で決められているのです。もし、これを守らなければ、行政から指導が入り、罰則を科せられます」

「念のために聞くけど、誰が、何のためにそんな条例を作ったのかな?」

「パンナ様が、家族を持つ領民が家族を大事にすれば、領地は発展し、犯罪も減ると判断して制定しました」

「・・・・・・へえ」

 答えは予想通りだったが、なんと馬鹿馬鹿しい。

 家族を大事にすることは確かに大切だが、それと食事を家族一緒に六時に摂ることとは、大きくズレている気がする。

 そもそも、余計なお世話である。

「言いたいことは分かるんだけど・・・」

 そこで、セインはハッとして、目の前の二人を見上げた。

「あれ?じゃあ、君たち帰らなきゃ!」

 家族そろって食事を摂らねば罰則を受けるというのなら、先ほどの庭でのやり取りを見れば、城に勤める使用人たちも例外ではないという事だ。

 しかし、ラルは首を横に振った。

「私たち兄弟は、いいのです。親がいませんから」

「あ・・・。ごめん」

 それでは、兄妹だけの、二人きりの家族なのか。

 思わず口を衝いて出た謝罪の言葉に、ラルは首をかしげた。

「何故謝るのです?貴方の方が、私たちよりもひどい扱いを受けているとい言うのに」

「あぁ、いや、だって」

 もごもごと口の中で、言葉をつぶしていると、無表情だった彼女は、ふわりと笑った。

「お優しいのですね」

 年相応の、少女らしい笑みに、セインもなんだかほっとして、つられて笑った。

「そうかな?良く、ヘタレだって言われるけど」

 そう言えば、兄妹でくすくすと笑う。

「やっぱり、お優しいんですよ」

 カールにまで言われて、セインはへらりと笑った。

 先ほどまでの無機質な表情は、兄妹がこの城になじんでいない証拠にも思えた。

「君たちが、二人きりの家族だって、パンナは知らないみたいだったけど」

「はい。私たちはこう見えて、クロム様の密偵なんですよ」

「へえ?そんな重大な事、僕なんかに喋っちゃって良いの?」

 話を促し、スープに手をつけながら、セインは二人にも夕食を摂るように勧める。

 自分だけ、彼らの目の前で食事を摂るのは気が引けた。幸い、サンドイッチは一人で食べきれないほど量がある。

 しかし、二人は顔を見合わせて、話が終わってから食べると言う。一応、セインはこんな扱いを受けてはいても、領主の息子の家庭教師。使用人より地位は上なので、使用人の自分たちは食卓を共には出来ないのだそうだ。

「その、家庭教師って、僕のほかにも居るのでしょ?」

 あまり納得はできなかったが、彼らを困らせてしまうのも不本意なので、セインはおとなしく自分の腹を満たす事にした。

「今は、科学の教師と、語学の教師が居ますが・・・」

「パンナ様は、普段は良き領主様でいらっしゃるのですが、非常に思い込みの激しい方でいらっしゃいまして」

「僕みたいなのを、無理やり連れて来て、勝手に家庭教師にしてしまうと?」

「有り体に申し上げれば、その通りです」

 セインの食事を世話しながら、兄妹は申し訳なさそうに眉をよせた。仕草が似ているのは、やはり兄妹だからだろうか。

「数学は、クロム様が直々に教えていらっしゃいます。少しでも、被害を減らすためと仰って」

 ラルが眉間のしわを深めた。

「と、言う事は、領主の旦那様は、快くは思っていないんだね」

「それはそうです。こんな、人を攫って無理やりに言う事を利かせるなんて。恐ろしい事ですもの」

 いかに自分の息子が大事で可愛いと言っても、やり過ぎだ。

 幸いにも、パムルの夫は、きちんとそれを理解しているらしい。

「やめさせることは出来ないの?」

「それが出来れば、こんなに苦労はしません」

「それもそうか」

 ふう、と、溜め息がセインの口からこぼれた。

 明日また、きっとあのルキとやらに、剣術を教えろ、という話になるに違いない。もし、今日のように部屋から連れ出してもらえれば、逃げられる算段がつく。

 そんな事を考えていたが、兄妹は先ほどの溜め息を違うように捉えていたらしい。

「大丈夫です。貴方は、私たちが責任を持って、城の外へお連れします」

「・・・へ?」

 突拍子もない事を、カールが笑顔で口にした。


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