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第9話:空っぽ

「良い兄弟愛だ」


 背後で聞こえた声に俺は驚きから息が止まるかと思った。心臓がバクバクと跳ねる。


「またお前…っ」

「我はいつでもいる。お前の魂と共にあるからな」


 まるで献身的な言い方に聞こえなくもないがそれはつまりいつでもお前を喰う準備はできてるぞ、ということで。後ろにいた影に俺はため息が漏れ出た。


「早くその魂を清めよ。でなければいつまでも思い出せまい」

「思い出す…?」

「忘れているのだろう?我が、何故お前の魂に縛られているのか」


 縛られている?こいつが?カインに?どういうことだ…?俺が、この影に蝕まれ縛られているのではなく、こいつが俺に縛られていて、それでいて俺は蝕まれている?頭が混乱しそうだった。俺はちらりと影を見る。ゆらゆらと揺れるモヤのような影。細長く、どこか蛇を思わせるその姿は暗く冷たいものに思えた。「呪」であるというこいつは俺からすればただの得体の知れない影でしかない。


「何を考えている」

「いや、なんていうか、実体化したらどんな姿なのかと思って。やっぱ蛇みたいなのか?今の形的に」

「蛇?」

「…?蛇じゃないのか?コブラ?」

「コブラはコブラ科なだけで蛇だろう」


 真面目に返されて思わず笑ってしまった。怖いはずの存在なのに、今の俺にとっては気兼ねなく話せる唯一の存在のようになっている。まだ一回しか話してなかったのに不思議なものだ。


「しかし蛇か。前のお前は我を虎と言っていた」

「虎?」

「ああ」


 それはつまり見るものによって形が変わるということか?見えている基準が分からないのでなんとも言えないが、感情の問題なのか、質の問題なのか。見え方が異なるというのは少し面白いと思った。面白い…が。


「存在的には何も面白くないんだよな」


 思わず声に出てしまったが仕方ないと思う。訂正も隠す気もない。こいつの存在は俺には面白くない。誰が好きで呪われるんだという話だ。


「何笑ってんだよ」


 表情は見えないが、なんとなく笑っている気がした。本当になんとなく、そう感じただけなのだが。不意に辺りが暗くなる。影の仕業だとすぐにわかるが、あまり暗闇が得意ではない俺は一瞬縮こまってしまう。より深まる闇にいっそう身体が竦み、意図の読めない動きに段々と混乱をし始める。そして気付く。それが狙いなのだと。気付いた時には既に遅く、俺は得も知れぬ恐怖から逃れられなくなっていた。


「お前の心は空っぽだな」

「何…」

「お前の中には何もない。思慮も、知恵も。浅はかで実に滑稽な生き物だ」

「何が言いたい…」

「それがお前の恐怖。我には微塵も美味くない。つまらん。お前ではつまらん」


 好き勝手に言われるのは慣れているが、ここまで悪意も興味もない罵倒は少々腹が立つ。土足で踏み荒らされ引っ掻き回され投げ出されるような、そんな感じに似ている。いや、まさにそれだ。カインと比べられても俺はカインを知らないし、俺は俺でしかないのだから表面が違かろうとどうにかなんて出来ない。理不尽だと思えた。


「くだらん。事実を言われ駄々を捏ねる幼子だ。我の供物にもならん」


 闇が引いていくと同時に気配も消えた。完全に言い逃げだ。誰が幼子だ。事実なんて何も指摘されてない。なんて、内心で憤っていることこそ図星を指摘されて癇癪起こすのと同じだとため息をこぼす。今日一日で俺は一体何度ため息をつくというのか。

 更にまた一つため息をついたところでノックが響いた。セインが戻ったようだ。


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