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第4話:不思議な距離

コンコン、


 再びノックの音がしてドアが開いた。先程の女性が入ってくる。その手にはトレーがあり上には水差しとグラスが乗っていた。そしてセインの傍まで来るとグラスに水を注ぎ、セインに手渡す。セインもありがとう、と水を受け取ると俺に差し出した。この距離でこのリレーって…。いや直接俺に渡せば良くない!?そう思っても何も言えないため大人しくグラスを受け取り一口飲む。氷が入っているわけでもないのに冷えた水がとても気持ちよく、染み渡る感覚に俺は相当喉が渇いていたのだと知る。グラスの水を全て飲み干したところでセインが手を出してきたので素直にグラスを預ける。


 「もう少し飲むか?」


 俺は首を左右に振り要らないことを示す。いつの間にか水差しはベッド横にあったサイドテーブルの上にあり、セインはそこにグラスを置いた。先程のメイドはといえばドアの前で綺麗な礼を一つして退がっていった。足音が全然しないことに驚いてしまい、俺はドアの方から目を離すことが出来なくなっていた。


 「どうした?」

 「いえ…。なんていうか、とても静かだったので」


 そう言葉にした俺にセインは眉を寄せた。俺は何かまずいことを言っただろうかと思った。


「ひょっとして、覚えていないのか?」


何を、と聞く前にセインは言う。数年前から俺が彼女を拒絶していること。理由はセインも知らないようだが、それからずっと彼女は俺の前では極力言葉を発さないようだった。あの時、少年、基、カインと記憶の共有をした筈なのだが何も思い当たるものがない。思い出そうとするとモヤがかかったように曖昧になる。まるで思い出すことを身体が拒否しているようだ。つきりとした痛みが走り思考が重くなる。


「すみません、まだ本調子じゃないようで、もう少し寝ても?」

「ああ、そうだな、起き抜けに色々すまない。少し休め。何かあればちゃんと呼ぶ」ように」


過保護かと言いたくなるほどに優しい声に俺は罪悪感を覚える。本当のカインではないから。席を立つと再度俺の頭を一度だけ撫でてから部屋を出て行った。灯りはそのままで、俺は室内をぐるりと見渡す。シンプルなのに豪奢感がある。壁は上部が白で下部が木造の茶で、温かい色合いの作りになっているからか冷たさを感じない。何畳あるのだろう。我が家よりずっとずっと広い。そもそも住んでいたのは3LDKのマンションで、それだって俺には十分広かった。それに慣れているためにこの広すぎるこの空間がとても寂しいものに感じ始めてしまう。恐らく家具がベッド、サイドテーブル、二人掛けの小さめのテーブルしかないせいな気がした。壁に絵画一枚さえ飾られていないこの部屋はいやに殺風景だ。何故部屋にテーブルがあるのかと少しだけ疑問はあったが。ベッドが無駄にでかいのも、寂しさを感じさせる要因のひとつな気がした。

俺は張り詰めていたものを解すように一度深呼吸し、そのまま勢い任せでベッドに横になる。取り敢えず今の状況を整理しよう。


あれは夢ではなく、俺はカインと入れ替わったのだろう。小さな身体、高い声。そして知らないこの部屋と、兄。話し方に違和感はなかっただろうか。案外自然に言葉が出たことには俺自身驚いていたのだが。そして先程のナンシーというメイドのこと。あのメイドのことを俺は覚えているはずなのに、何故思い出せないのか。

 そこまで考えて、ふと何かが引っかかった。それはカインの記憶のナンシーとあの女性が微妙に一致していないこと。カインが記憶しているナンシーはもっと柔らかい雰囲気をしている。だがそれだけではない。もっと、違う違和感がある。

俺は頭痛が増すのを耐えて必死に記憶を掘り起こしていく。そうして気付く。

カインが記憶しているナンシーの顔は、確かにあの女性と似てはいる。似てはいるが、そこまで大人びた雰囲気ではなかった。見た目で言えば今のセインと同い年ぐらいか、それよりも少し幼ないくらいか。


「あれは、ナンシーじゃない…。ナタリエだ…」


 その言葉を呟いた瞬間、鮮明に記憶が蘇る。ナンシーは4年前に亡くなっている。彼女は、双子の姉、ナタリエだ。思い出した途端鼓動が速くなり、呼吸が苦しくなる。喉が狭まり、ひゅ、と浅くなった呼吸音が響く。次第に俺は意識が遠のいてそのままブラックアウトした。

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