表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒屋の道熊  作者: たまや
1/1

夏の終わり

誰かの暇つぶしにでもなればいいなぁと勝手に思っています。

暑い夏の日だった。

蝉の鳴き声が煩わしい。あまりにも騒々しくて、こちらも声を張り上げて対抗してやろうかと思った。

一番最初に鳴く蝉は勇気があるな、とふと考える。何もない静寂で最初に鳴く勇気は少なくとも俺にはない。

不思議なものである。蝉の声が恋しくなる冬、いざ蓋を開けてみればただの騒音。俺の脳みそはだいぶ都合がいいらしい。


「窓を閉めても聞こえてくるね」


ぽつりとベッドの上の少女が言う。夏が始まったみたいだ、と続けて言う。


「なんて、普通すぎた表現だったかな」


何か照れ臭くなったのか、顔を背ける。少しして


「君ならなんて表現する」


なんて、聞いてきた。あわよくば巻き添えにするつもりなのだろう。


「夏の始まりを?」


「そう、夏の始まりを」


少女はニヤリと口角を上げる。俺が困るのを楽しみにしているのだろう。一体いつからこんな風になってしまったのか。


「そうだな」


生憎俺に豊富な語彙はない。夏と聞いて思いつくのも高が知れている。


「冷やし中華、始めました。とか」


自分で言ってて恥ずかしくなる。学校教育は必要ないと聞くことも少なくないが、こう言う時のために必要なのだろうと思った。そしてもっと勉強しておくべきだったとも思った。俺をはめた悪党は腹を押さえて笑っている。


でも、高らかに笑うわけじゃない。

静かな、過呼吸が落ち着いてきた頃のような、そんな笑い。


「はー、はー、そうだね。君はそういうやつだった。ありがとう。こんなに笑えたの生まれて初めてだよ」


目尻の涙を掬いながら少女は残った笑顔を出し切った。


「次までにもっと気の利いた言葉を考えておくよ」


俺が不貞腐れた態度を取るとごめんごめんと謝ってくる。一瞬の沈黙。蝉の喧騒だけがこの場を支配する。正直ありがたい。何かしら音がするだけで沈黙が肯定されるような気がするから。 


そしていつの間にか息を整えた少女は微笑みながら言う。


「考える必要はないよ」


微笑みの中に寂しさを感じる。きっとこれから言うことは特別な意味を持つのだろうと直感した。


「それはなんで?」


意味のない質問。


「君は優しいから。多分ずっと変わらないと思う」


——蝉の声がおおきくなる。


「私が死んだ時、それが夏のはじまりになるんだよ」


合唱が止んだ、気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ