夏の終わり
誰かの暇つぶしにでもなればいいなぁと勝手に思っています。
暑い夏の日だった。
蝉の鳴き声が煩わしい。あまりにも騒々しくて、こちらも声を張り上げて対抗してやろうかと思った。
一番最初に鳴く蝉は勇気があるな、とふと考える。何もない静寂で最初に鳴く勇気は少なくとも俺にはない。
不思議なものである。蝉の声が恋しくなる冬、いざ蓋を開けてみればただの騒音。俺の脳みそはだいぶ都合がいいらしい。
「窓を閉めても聞こえてくるね」
ぽつりとベッドの上の少女が言う。夏が始まったみたいだ、と続けて言う。
「なんて、普通すぎた表現だったかな」
何か照れ臭くなったのか、顔を背ける。少しして
「君ならなんて表現する」
なんて、聞いてきた。あわよくば巻き添えにするつもりなのだろう。
「夏の始まりを?」
「そう、夏の始まりを」
少女はニヤリと口角を上げる。俺が困るのを楽しみにしているのだろう。一体いつからこんな風になってしまったのか。
「そうだな」
生憎俺に豊富な語彙はない。夏と聞いて思いつくのも高が知れている。
「冷やし中華、始めました。とか」
自分で言ってて恥ずかしくなる。学校教育は必要ないと聞くことも少なくないが、こう言う時のために必要なのだろうと思った。そしてもっと勉強しておくべきだったとも思った。俺をはめた悪党は腹を押さえて笑っている。
でも、高らかに笑うわけじゃない。
静かな、過呼吸が落ち着いてきた頃のような、そんな笑い。
「はー、はー、そうだね。君はそういうやつだった。ありがとう。こんなに笑えたの生まれて初めてだよ」
目尻の涙を掬いながら少女は残った笑顔を出し切った。
「次までにもっと気の利いた言葉を考えておくよ」
俺が不貞腐れた態度を取るとごめんごめんと謝ってくる。一瞬の沈黙。蝉の喧騒だけがこの場を支配する。正直ありがたい。何かしら音がするだけで沈黙が肯定されるような気がするから。
そしていつの間にか息を整えた少女は微笑みながら言う。
「考える必要はないよ」
微笑みの中に寂しさを感じる。きっとこれから言うことは特別な意味を持つのだろうと直感した。
「それはなんで?」
意味のない質問。
「君は優しいから。多分ずっと変わらないと思う」
——蝉の声がおおきくなる。
「私が死んだ時、それが夏のはじまりになるんだよ」
合唱が止んだ、気がした。