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ほぼ魔王。2 〜《異世界転移編》〜

作者: ぎょっぴー

我が名はグレゴリウス。

魔族だ。


今は訳あって、人間どもが作りあげた凶悪な組織『冒険者ギルド』を壊滅させるべく、先日、長年勤めた魔王城をあとにしている。


いつの日か、魔族が笑って過ごせる世界の訪れを夢見て……。





「腹が、減った……」


魔王城を出立して二日。


我はようやく魔王領と人間領の国境である魔の谷デスバレーまで来ていた。


魔の谷デスバレーの底の見えない崖っぷちに腰を掛け、我は束の間の休息を取ることにする。


「そう言えば、この深い谷の底は『異界』に繋がっているなどと言われていたな」


どうせそんなもの、臆病な人間どもが作り上げた、くだらない噂話だろうが。


我は『ふん』と鼻を鳴らす。


「しかし、人間どもから『地獄のグレゴリウス』と恐れられたバンパイアロードであり、魔王軍の近衛騎士団長を長年務めた魔貴族の筆頭公爵である我が、まさかこのような殺風景な場所で羽を休めることになるとはな」


まぁ、こういうのもまた、旅の一興ではあるのだが……。



ーーぐるるぅうぅぅーー


「それにしても、腹が減った……」


我は飢えていた。


辺りを見渡しても、魔猪ボアはおろか野うさぎ一匹いない。


明日には国境を越え、人間どもの街にたどり着ける。

そこなら、冒険者の血肉にありつけるはずなのだが。


空腹。

冒険者の怯える悲鳴。

恐怖にゆがむ顔。


最高の食事ではないか!!


もう少しの間の辛抱、である。


ーーぐるるぅうぅぅーー


そんな想像をしながら、我はいつの間にか、暗い谷底に誘われるように、深く眠りに落ちていった。





「……じちゃん。おじちゃん」


「……ん……む?……ここは、どこだ?」


旅の疲れが祟ったのか。

どうやら我は、いつのまにか眠りに落ちていたようだ。


「あ! おじちゃん生きてたよ、ママ!」


「ほんとだ、よかった。私たちがこの"公園"に来た時から、ずっとこのベンチで寝てたから、死んでるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんです」



……?


様子がおかしい。

我はたしか、魔の谷デスバレーで休憩をしていたはずだが。


寝ぼけているのか……?

それとも寝返った際、深い谷の底に落ち、頭でも打ったのか?


あるいは、人間のかけた幻術かもしれない……。


ふん、姑息な人間の考えそうなことだ。


「ここは、どこだ?」

「きゃはは。おじちゃん、寝ぼけてるの? ここは公園だよ」


なぬ、公園だと?


……ふむ。

確かに、緑の生い茂った広場のようだ。

人間どもには居心地の良さそうな場所であるな。



「大丈夫?白い顔して、顔色悪いよ?」


「お前は……誰だ?」


見たところ人間の親子、母と娘のようだ。


……と言うか、この親子は我を、バンパイアを知らんのか?

バンパイアの肌は、もともと凍るような白さなのだ。

それを顔色が悪いとは……。


いくら子どもとは言え、魔貴族筆頭公爵の我に対して無礼ではないか。


それに意図せずとは言え、この人間の親子は、我の眠りを妨げたのだ。


いい度胸をしているな、人間め。


ちょうどいい。腹も減っていたところだ。


子どもの罪は親の責任。

子どもは生かしておいてやるが、母親のほうは、我の腹の足しにしてやろう。


旬は過ぎているだろうが、まだまだ美味そうな女ではある。


「聞くがいい、人間ども。我が名はグレゴリウス。元魔王軍近衛騎士団長であり『地獄のグレゴリウス』と恐れられ……」



ーーぐるるぅうぅぅーー


うっ、い、いかん!


腹が減りすぎて、口上の途中で腹が鳴ってしまったではないか!


「おじちゃん、お腹すいてるの??」


うっ……!


魔族は食わねど高楊枝。


こ、ここは一つ、三叉魔狼ケルベロスの鳴き真似でもして誤魔化すか。


「グ、グルルルウゥ」


「あははは。よかったら、私たちと夜ご飯でもご一緒しませんか?悪い人ではなさそうだし、娘も気にしてるようなので」


「なぬ、ご飯だと?」


「ええ。近くに行きつけの焼き鳥屋があるの。ご迷惑じゃなければだけど」


「やったー! 行こうよ、行こうよおじちゃん!」


ーーぐるるぅうぅぅーー


「…………」





「へい、らっしゃ……って、誰かと思ったら、久しぶりじゃねえか、ネエちゃん」


「こんにちは、お久しぶり大将」


「なんだぁ? しばらく見ねぇと思ったら。こんないい男引っ掛けてやがってよ。ちょっと顔色悪いが、なかなかイケメンじゃねぇか?」


「あはは。そんなんじゃないわよ」



ふぅ……我としたことが。

人間に気を許したつもりはないのだが、あれよあれよと言う前に、こんな所に連れて来られてしまった。


なかなか強引な女である。


まぁ、魔族であれ人間であれ、女という生き物は強き男と交わり、子孫を残したいと願うものだ。


我を誘惑したくなるのも、無理はない。


宿命とは言え、モテる男とは辛いものだな。



「ここの焼き鳥屋のネギマ、超おいしいのよ。大将、ネギマ3人前、それからあれとこれと……」


「あいよぉ!」



しかし、この親子も店主のオヤジも、バンパイアロードである我を見て驚かぬのか。


もしかすると此奴らは、相当腕に自信のある冒険者かもしれぬ。

あるいは、我を油断させておいて、どこかに潜ませた仲間に我を狙わせる……そんなところだろう。


ふっ。

隠れるのが上手い冒険者のようだが、今回は相手が悪かったな。

我はかつて魔王の右腕であり、魔王直属近衛騎士団長にして、『地獄のグレゴリウス』と恐れられたバンパイアロードだ。


たとえSランクと言われる冒険者であっても、我にとっては、捻り潰すことなど造作もない!


「……念のため、もう一度言っておくぞ。我が名はグレゴリウスだぞ」


「グレ…ゴリ?」


「あぁ。グレゴリウスだ」


「ふーん。あ、私ユキナって言います」


なっ…………!

ば、ばかなっ……?!

我の名を聞いても顔色一つ変えぬとは?!


コヤツはかけ出しの初心者冒険者なのか!?

それともただの馬鹿なのか?!


い、いや、違う……。

我が名を聞いても、まったく動じないこの余裕は、まさか……まさか……!!??


勇者!!!??


「フ、フハ………フハハハ!そうか、そういうことか!女であることに騙されておったわ!女勇者よ、正体見破ったり!」


「へ??ちょ……どうしたの、急に?」


「グレゴリおじちゃん!あたしの名前は麻央(まお)って言うの!」


「なっ!?ま、ま…………」


魔王だとおぉおおぉぉぉ?!!


な、なんだこの小娘はっ……?!

畏れ多くも『魔王』を語るなど、正気の沙汰ではない!


「う、うん。ま……麻央(まお)だよ」


つまらぬジョークだ!

勇者の娘だからと言って、冗談半分で『魔王』を僭称するなど、命知らずにもほどがある!


それ相応の報いを受けさせねばならぬっ!!


「き、ききき貴様!一度ならず二度までも魔王と……」


「へぇー、麻央(まお)ちゃんかい?大きくなったねぇー!前に来た時はもっとおチビちゃんだったのに」


「え〜?麻央(まお)全然覚えてないよ〜?」


「ガハハハ!そうかいそうかい。へい、お待ち!ネギマ3人前ね!」


「さあ、どんどん食べてね!グレゴリくんも遠慮なく、さぁさぁ!」


「グ、グレゴリ……くん?!」


母親の女は手をパチンと合わせて、我の前に皿を差し出す。



ーーぐるるぅうぅぅーー


「お、女勇者よ。我は食にはうるさい方だぞ………」


ふん、ネギマとか言ったな。

どうせこれには、毒でも入っているのだろう。


だが甘いな、女勇者よ。

我に人間の作った毒など、効きはしないのだ。


よし、ここからは我のターンだ!

見えすいた罠だが、ここはひとつ、引っかかってやるとしよう。


そしてこの女勇者とその娘を油断させ、腹の内を暴いてやるのだ!


パクッ、モグモグ……。


ふははは、パクッパクッ、どうだ、勇者よ、パクッパクッ、甘かったな!


我に毒は効かぬぞ?

パクッ、どうだ?!



「どう?おいしいでしょ?」


モグモグ、甘い!!

甘いわ、勇者よ!

ふははは!!


モグモグ、甘い!


あま……う、うま……?

あ、うまい……


え……?

うま……


モグモグ……。



「どうだ。うめぇだろ。うちの焼き鳥は。地鶏を炭火で焼いてるし、秘伝のタレを使ってっからよぉ。さぁ、どんどん食ってくれ」


「……うまい」

「でしょー?! ここのネギマは最っ高なのよ!」


「あ、ああ、悔しいが、うまい……ロック鳥よりうまい」

「あん? ロク腸? どこの部位だぁそりゃ?」


む?

もしやここの店主のオヤジは、ロック鳥を知らないのか?


「ロック鳥だ。食ったことないのか?」

「さぁ……聞いたこともねぇな」


魔王城の北方に高くそびえる山脈の頂上。

そこに生息するロック鳥の丸焼きは、人間世界でも超がつくほど有名なはずだが。


見たところ、人間の60歳ほどの店主だが……気の毒なことだ。

60年も生きておきながら、ロック鳥を食べたことがないだけでなく、存在すら知らぬとは。

無知とは恥ずかしいものだな。


「しかし、このネギマと言うものも、なかなかに美味であるぞ。魔王城の宮廷料理長ヴェルヌーブに教えてやりたいぐらいだ」



「あん?ゔぇる……な、なんかよく分かんねぇけど、気に入ったならよかった。どんどん食ってくれ。へい、泡盛お待ち!」


ふん。


どうせ、ネギマとやらを沢山食わせておき、我の動きを鈍らせたところで、隠れていた仲間に我を襲わせる作戦なのだろう、女勇者よ。


モグモグ……むぐっ?!!


「うっ……!!」

「ど、どうしたの?喉に詰まったの!?」


わ、我としたことが。

ネギマとやらのあまりの美味しさに、ついつい喉に詰まらせてしまったではないか。


ハッ!

こ、これがもしや、女勇者の策略なのか!

恐るべし、女勇者!


「く、苦しい……か、貸せ! その水を、我に寄越すのだ!」

「あっ! それは泡盛……」


我は女勇者が持つグラスを奪い、中の水を一気に飲み干した。


「ゴクッゴクッ……うっっ?!」


バタンッ…………。





時刻は午後11時過ぎ。


明日からは平日である。

そのせいもあってか、人気の焼き鳥屋であっても、客の引けは早い。


ユキナは勘定を済ませると、いつの間にか眠ってしまった麻央を抱き上げる。


「まぁ……女手ひとつで、色々と大変かもしんねぇがよ。麻央ちゃんを大事に育ててやんな」


「はい。ありがとうございます、大将。ご馳走さまでした」


「またいつでも来なよ!」


ユキナは店主に丁寧に頭を下げ、店を後にした。



「あれぇ? やきとりはー?」


店を出てすぐ、ユキナの腕の中で目が覚めた麻央は、不思議そうに顔を上げた。


「あら。起きたのね、麻央」

「うん。やきとりおいしかったね!また行こうね!」


「うん、おいしかったね。ホントに……おいしかった……」


「あれ?ママ、泣いてるの?」


麻央が心配そうにユキナの顔を覗き込む。


「うううん……」

「どうしたの?ママ、何で泣いてるの?」



「あの焼き鳥屋ね、あの時、あの人と食べたあの味と、全然変わってなかったから……」


ユキナは涙を拭いながら、麻央に微笑みかける。


「あの人ぉ? あの人ってだぁれ? パぁパー?」


「……うううん。何でもない。また来年もお墓参りに来たときに、焼き鳥食べに来ようね!」

「うん!」


ユキナは麻央をギュッと抱きしめた後、優しく下ろして手を繋いだ。


「あれぇー?ママ、グレゴリさんはー?」


「グレ……ゴリさん?」

「うん、グレゴリさん」


「うふふ。グレゴリさんって、誰かしら?」

「えー?グレゴリさんだよー。ちょっとだけ顔色が悪いけど、イケメンで面白いヒトー!あれぇ?どこ行ったんだろ……」


(うふふ。麻央ったら。何か楽しい夢でも見てたみたいね)





「う……ん?ここは……魔の谷デスバレー?」


目が覚めると、我は深い谷の淵で横になっていた。


夢か……。

夢だな。


どうやら我は、おかしな夢を見ていたようだ。


ふん……。

魔族に対し、あんな親切な人間がいるはずがない。


ましてや、あの女は勇者。


魔族である我にいつ攻撃を仕掛けようかと、ずっと期をうかがっていたはずだ。


だが、なぜだ?


夢からは覚めたはずだ。


なのになぜ。

我の『心』と『腹』は満たされたままなのだ……。


不思議な夢である。


「女勇者よ……。ネギマ、美味であったぞ」

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