氷の女王の恋模様
「好きだ」
この言葉を、今まで何回聞いただろうか。
「初めてみた時から気になっていて」
その言葉も、今まで何回聞いただろうか。
だから今日も私は、同じ言葉を繰り返すのだ。
「私のどこか好きなの?」
その言葉に対して帰ってくる言葉は大体決まっている。
「・・・美人なところ?」
ほらやっぱりね。他には?と聞くと目の前の男は言葉を詰まらせる。私ーー和泉谷 月はにっこりと笑い「お疲れ様でした」とその場を後にした。
明日からまた1週間ほど「氷の女王がまた男を振った」という噂が社内を駆け巡るんだろう。
私は心の中でため息をつき、足止めされたおかげで冷めてしまったカフェラテを飲み干したのだった。
01
昔から、女性アイドルが好きだった。
厳しいトレーニング、徹底された食事管理、体重管理。それらを日々こなし、自分を磨き上げているからこそ、輝かしいステージでキラキラ光る彼女たち。彼女たちのようになりたくて、メイクも研究したし、運動もしたし、食事にも気を遣った。どうしてアイドルになりたいわけでもないのにそんなに頑張るの?と問われたことがある。そんなの簡単だ。ライブに行った際に、彼女たちの目に少しでも綺麗に映りたいから、である。
その結果、ありがたいことに、異性から告白してもらえる機会が増えた。増えた・・・のだが。私はある日気が付いてしまった。あれ、これ、私容姿ばっかり褒められるな?と。告白してくれた男性に興味本位で「私のどこが好きなの?」と聞いたところ「見た目」と返ってきたことがあった。おや?と思い次に告白してくれた男の人にも聞いてみたら「美人なところ」と言われた。いやでもまぁ、一目惚れって言葉もあるし!と告白してくれた男性と付き合ってみたがことごとく長続きしなかった。そう、私はどうやら見た目だけの女なのである。
自分の性格はちなみに良い方ではないのは理解している。冷めている方ではあるし、何より推し同等の熱量を彼氏に持てない。しかも感情表現も下手。長続きなどするはずがなく、ならば彼氏も必要ないなという結論になり、告白されても断ることを続けていたら、会社でついたあだ名は氷の女王であった。どこぞのプリンセスと同じだね!と友達に笑われたことは今での記憶に新しい。
・・・・・・そう、私は氷の女王であった、はずだった。
「・・・・・・・んん、」
沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
カーテンの間から太陽の光が見え隠れしており、朝だということを悟る。
今日は出勤だっけ?いま何時?とスマホに手を伸ばすがいつもの定位置に見当たらない。もう少し寝ていたいが、もし今日が平日だった場合このまま再度寝てしまえば遅刻してしまうかもしれない。仕方なくうっすら目を開き、そこで私は自分の目を疑った。
そう、自分が今いる場所は自分の部屋ではなかったのである。
夢かな?と思い再度目を閉じてから深呼吸をし、再度目を開けるが、やはりそこは見慣れた景色ではなかった。
もう一度言おう。
こ こ ど こ ?
しかも何故だか頭まで痛いというオプション付きである。
ズキズキ痛む頭を押さえながら部屋を見渡し、私は再度自分の目を疑った。
私の隣で、男性が眠っていたのである。それも、見覚えのある男。幸いにも起きる気配はなく寝息を立てている。
ど う し て こ う な っ た ?
私、氷の女王。なのになぜこんな過ちを犯してしまった?いや待て、もしかしたら過ちは起きていないのかもしれない。よく漫画で読む朝チュンなる現象が起きているのかもしれないが、いや、落ち着けわたし、氷の女王。服は着ているし衣類は乱れていない。横の男も服を着ている。以上から導かれる答えは、そう、朝チュンではない・・・はずだ。
ということは、ここから立ち去れば全部なかったことになるのでは?
更に痛む頭を押さえながら、ゆっくりとベッドから出ようとしたところで後ろから声がかかった。
「おはよう、和泉谷。どこ行くの?」
タイミングよく起きるんじゃないよ!せっかく全部なかったことにしようとしたのに!
「・・・おはようございます、清水さん。とりあえずスマホを探そうかと」
「ああ、それならそっちに和泉谷の鞄があるからそこじゃねぇかな」
「・・・ありがとうございます」
今からダッシュで逃げれば逃げ切れるか?いや、そんなはずはないか。
逃げたところで、そうやすやすと逃がしてくれる男ではないことはわかっている。
清水天満ーー彼は2つ上の会社の先輩である。ちなみに同じ部署で、氷の女王というあだ名が付いている私にも分け隔てなく接してくれる数少ない会社の人間の一人でもある。
入社してすぐ色んな男にアピールされ、女性社員に遠巻きにされ、これじゃ仕事できないんですが!?いやプライベートと仕事は分けてくれよ、こっちは新入社員なんだけど!?となっていたときに助けてくれたのがこの男であった。そっと仕事のマニュアルを見せてくれたり、わからないところや間違いやすいところはフォローしてくれた。
そして、私の好きな人でもある。
いやだって卑怯でしょ。困ったときはすっと助けてくれたり、フォローしてくれて、そんなの好きになるしかないじゃん。下心も感じないし、体をじろじろ見ても来ないし、セクハラ発言しないし、連絡も必要な時だけで、「今何してる?笑」なんて送ってこない。それに、「和泉谷が仕事一生懸命なのは見てたら分かるから。冷静に周りも見えてるし、すげぇよ」って、ちゃんと外見だけじゃなく、中身も見てくれるのだ。そんな人は、初めてだった。いつだって、外見ばっかり褒められて、内面なんて「冷たい」だの「ストイックすぎて付いていけない」だのマイナスなことばかり言われ続けてきたのに。
「その様子だと、昨日のこと覚えてねぇだろ」
鞄を漁っていると、清水さんがあくびをしながら声をかけてきた。
ゆっくりと私は頷くと、彼はふっと笑った。
「昨日、佐藤と飲んでただろ」
佐藤千尋、というのは私の数少ない親友の一人だ。会社は同じだが、部署は違う。
千尋の名前を聞いて、私は昨日千尋と居酒屋に行ったことを思い出した。そして千尋と話が盛り上がりかなり飲んだことも。
「残業終わって駅に向かって歩いてたら、佐藤が和泉谷背負って歩いてるの見つけてな。話しかけたら、佐藤もかなり酔ってたみたいで、月をおねがいします!って叫んで俺に和泉谷をぶん投げて走っていってしまってな」
あれ、もしかしてこれは土下座案件なのでは?
「話しかけてもうんともすんとも言わないし、ほっとくわけにもいかないし、家近かったからそのまま俺の家に連れてきたってわけだ」
「た、大変ご迷惑をおかけしました・・・」
あとで千尋に連絡して、ともに清水さんへの迷惑おかけしましたのお菓子でも一緒に選ぼう。
そう思いながらスマホの電源のONにする。千尋は無事家に帰れたのだろうか?そう思いながら、千尋から来ていたメッセージを確認すると。
『おはよ、月!清水先輩と熱い夜を過ごせましたか?」
・・・スマホをぶん投げなかっただけ褒めて欲しいものである。
あいつ、確信犯だった。千尋は私が清水さんを好きなことを知っている唯一の人物でもあるのだ。
「おーい、和泉谷?」
「は、はい?」
こんなメッセージが来ていたなんて死んでも言えない。墓まで持っていこう。
スマホを鞄に戻し、清水先輩のほうを見る。
「そういえば、体は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫ですよ。ちょっと飲みすぎたみたいで頭は痛いですけど」
色々衝撃すぎて頭痛もほとんど吹っ飛んでいったけどね。
「いや、そうじゃなくて・・・」
「はい?」
「昨日ちょっと無理させたから」
昨日ちょっと無理させたから?
清水さんの言葉を頭の中で往復してみるが、いまいちピンとこない。
私が首を傾げると、清水さんは「いや、覚えてないなら大丈夫」と言って立ち上がる。
「俺はリビングにいるから。洗面台とか好きに使って」と言って寝室から出て行った。
昨日、ちょっと、無理させたから?
私はまさかね?と思いながらそっと立ち上がる。体の節々が痛い。いやでもまさか。そう思いながら、私は近くにあった鏡を見る。・・・鎖骨あたりが赤くなっている。いやでもまさか。そう思いながら、寝室のゴミ箱の中を覗いてーー私はその場に崩れ落ちた。
どうやら私は、清水さんと、朝チュンしたらしい。
しかも何も覚えていない。しかも清水さんは覚えていないなら大丈夫と言っていた。
私の知識では、正しい男女の基本的な順序は告白する、付き合う、そして最後に朝チュンである。
私と清水さんは付き合ってすらないのに、朝チュンである。これはホットケーキミックスを粉のまま食べるぐらい全ての順序を飛ばしているのではないか?卵と牛乳混ぜて焼かせてくれよ!
私は鞄からスマホを取り出し、千尋にこうメッセージを送った。
『朝起きたら、エンディングだったみたい・・・』
どうやら、私の恋はここでエンディングを迎えるらしい。