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神様との約束

プロローグ 【出会い】


「たくまー、森に行くぞー。」


悟宇さとるは玄関を勢いよく開けて怒鳴るように拓真を呼ぶと


返事も待たずに、森に向かって歩き出した。


「まってー、おとるにいちゃん。」


拓真は慌てて中二階から階段を転げるようにとびでてくると、


くつのかかとを踏んだまま悟宇を追いかけていく。


「まってよ、おとるにいちゃん。」


悟宇は追いついた拓真を振り向きもせず


「今日は昨日よりもっと奥まで行くぞ。」


「うん。」


森は二人の家の前の通りの突き当たり、40mくらいのところにポッカリと


その入り口を開いて子供たちの訪れを待っているかのようだった。


造成され残された森は建て売りの団地より少し高くて、土を道路にこぼしている。


森に入った場所は踏み固められ、下草もなく明るく、子供たちの格好の遊び場になっているが奥は木々の間にも明かりが認められないくらい深く、高学年の子供たちでも一人では入ってはいかなかった。森向こうには昔からの村があって大抵は農家を営んでいた。


その村の神社がこの森の向こう側に接していて、神社裏の細道をたどってくると二人の家の


前の通りに出てきた。もちろん人気もなく、大人の足でも10分くらいはかかり、途中別れ道もいくつかある。森はその奥行きよりも幅の方が広く、獣道のように脈絡もなくからみあったその細道を間違えてしまうとひょっこり想いもかけない通りに出ることもあった。


森向こうの村とこちら側の新興住宅街を結ぶ通りは軽トラックがやっと通れるくらいの通りが東と西にひとつずつあって、自転車を使っての行き来もここを使ってされていた。


森は通称「ろっけん山」と呼ばれていたが、その名前の由来は分からなかった。


昔むかしからこどもたちのあいだでは、「熊が住んでいる。」とか「狼の声がする。」とか「二度と行けないお稲荷さんがある」とか「小人が住んでいる。」などといううわさがあった。


悟宇と拓真は森の入り口辺りで遊んでいるともだちを見向きもせずに神社の裏へと通じる


細道へ入っていった。


悟宇は今年、初めて5年生の兄に連れられてこの道を森向こうまで歩いた。このコースは


兄たちのカブトムシとりのコースの一部なのだった。その時カブトムシを取った樹液の出ているクヌギの木を横目に悟宇は真剣な面持ちで細道を進んでいった。


拓真は森が怖いというよりも、悟宇に置いていかれることが心配で、脇目も振らずに兄の後


をこ走りについていった。途中、道の先を山鳥が横切ったり、ちょっと離れた木の上から山鳩が飛び立ったりする度に二人は立ち止まった。山鳩のボボッボーボという声とツクツクホーシというセミの声の他に聞こえるものはなかった。


「あっ、カブトムシだ!」


拓真が大声で傍らのクヌギの幹を指差した。


見ると、太いクヌギの樹の幹にカブトムシが2匹樹液を吸っている。おまけに大きなスズメバチまで2匹いる。拓真の大声でスズメバチは飛び立ったが、樹液の周りからまだ離れてこない。


悟宇はあわてて拓真の手をとると走り出した。しばらく走ると


「ふー、もう大丈夫。たーちゃん、スズメバチは怖いんだよ。刺されたら死んじゃうんだよ。」


「でも、あーちゃんカブトムシ欲しかったんだもん 。」


「 じゃあ刺されてもしらないからね。」


「 やだー。」


「 じゃあ大きな声出しちゃだめだよ。」


「 うん、わかった 。」


やがて二人はポッカリと開けた明るい場所に出た。そこは高い松の木が多く椎の木や櫟の木も混じってはいたがみな下枝が払われていた。


低い木々は二人の背たけほどもないくらい若いものだった。兄たちの言う小人の森だ。低い木々はその名の通り小人にとっては森に違いないが、二人には胸くらい、中には目線を遮るくらい育った若樹もあった。


道を間違えたのだ。兄たちにとっては知れた場所だが、悟宇には初めて見る風景だった。


悟宇はどうしていいか分からずに、ただ明るく開けた森を眺めていた。引き返すより他ないと思って拓真を振り返ると拓真はずっと先の方をじっと見つめている。


「おとるにいちゃん、なにかいる。」


拓真の見つめる先を目で追うと20Mくらい先で何かが動いている。それはゆっくりと左から右の方へ低い木々を揺らしながら移動している。二人は恐る恐るも近づいて行く。


それはちょっとこんもりとした藪の中で動かなくなった。


「静かにたーちゃん。」


悟宇は拓真の手を取りゆっくりとしゃがみこんだ。逃げられてしまったのか、その藪は音もなくひっそりとしていた。と、拓真が指をさした。そこには濡れた落ち葉のような色をしたちょっと大きな猫のような背中が杉の若樹の間に見えていた。怖くてそれ以上近づくこともできないし、それを見たいという気持ちもあつて二人は固まったようにじっとその背中を見つめていた。拓真は悟宇の手をしっかりと握っていた。


なにを思ったのか悟宇は立ち上がるといきなり


「おまえはだれだ!」


と怒ったように言った。大声ではなかったが、決して臆病につぶやいたのでもなかった。大きな目をこれ以上開けない程大きくして、毅然と、けれども極度の緊張感に声は少しふるえていた。するとそれはゆっくりと背中越しにその顔をこちらに向けた。悟宇に負けない大きな目に細い緑色の瞳、真っ黒な鼻に白くて太いひげ、もこもこの毛に隠れて口は見えない。耳は 耳は変に大きくて頭の両脇に垂れ下がっていた。色は落ち葉の濡れたような濃い茶色のようなそれでいてコケのような深い緑色にも見えた。体は濡れたように毛が張り付いているようだったが、頭だけは茶宇茶宇のようにモコモコしていた。目があってしまったとたん二人は逃げるに逃げられなくなってしまった。背中を向けるのが怖くなってしまったのだ。拓真は悟宇の腕にしがみついた。その悟宇の腕はぶるぶる振るえていた。


悟宇も拓真も動物が大好きで、兄から譲られた動物図鑑はボロボロになるまで眺めていたが、こんな動物は見たこともなかった。


こちらを見つめていたそいつは


「グヴッ」


と声とも思えぬ音を出して落ち葉の山をかき分け始めた。その後ろ姿は大きなモグラのようにも、またその仕草は虫のオケラのようにも見えた。そいつは枯れ葉を舞いあげながら落ち葉の山の中に消えてしまった。悟宇がほっとして拓真を見ると拓真は枯れ枝を拾って悟宇の顔を期待を込めて見つめている。それは拓真がいたずらをする時に悟宇に向けるいつもの顔だった。その枝でそいつがもぐっていつた跡をかき分ける許可を悟宇が与えるのをわくわくしながら待っているのだ。しかし、悟宇はいつもと違って慎重だった。


「だめだよ、たーちゃん。ここがあいつの巣かも知れないから、噛まれたらたいへんだよ。」


「だってね、あーちゃん見たいんだもん。」


悟宇がいつものように一緒にやろうとしないのが不満そうに拓真は言った。


もちろん見たいのは悟宇も同じ。でも怖いのも確かだった。悟宇はポケットからしわくちゃのハンカチを取りだしてそれを落ち葉の山に投げつけた。拓真はびっくりして悟宇の顔とハンカチを見比べて見た。


そのハンカチはおとうさんが4人兄妹におそろいで買ってきたそれぞれ柄の違うお揃いのキャラクター物だった。悟宇はそれを投げたのだった。


拓真は拾いに行こうとしたが


「だーめ、あのハンカチは目印なんだから。また今度来た時にあいつの巣がわかるようにしておかなくちゃだめなの。」


と拓真の手を引いて道を戻り始めた。拓真はハンカチが惜しくて振り返り振り返り悟宇に引きずられていった。


「おとるにいちゃーん、あれなあに。」


「わかんないよ‥。」


「あーちゃん知ってるよ、大アリクイだよ。」


「ちがうよ。」


♪あーのくいは あーりをたべる ♪


拓真は小さな声で一人で歌いだした。


「ち か゛ う よ 。アリクイは口が長くてしっぽも長いんだよ。」


悟宇は足元を見ながら怒ったように言う。


拓真は歌をやめて


「じゃあね、オーストラリア大ねずみ。あーちゃん図鑑で見たもん。」


「ち が う よっ。」悟宇はやはりうつむいたまま怒ったように言う。


怒られたせいか、拓真は


「もう あーちゃんつかれた。」


悟宇はあわてて拓真をふりむくと


「もうちょっとだからがんばろうね。」


「もう あーちゃん歩けない。」


「じゃあ お家帰れなくなっちゃうよ。」


道をひきかえしていたつもりだったが、また道を間違えたようだった。


拓真はしゃがみこんでしまうし、道はわからなくなってしまうし、空は見えないけれどもうすぐ暗くなり始めるみたいだし、悟宇はどうしていいかわからなくなってしまった。


きっと悟宇一人だったら、とにかくずんずん進んでどこか森を抜けた場所で通りががりの人に声を掛けてもらうだろうが、拓真は悟宇に甘えて動かない。置いて行く訳にもいかないし、途方にくれたように辺りを見まわした。ツクツクホーシの声も小さくなってカナカナの声が混じり始めていた。

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