カランの森
「…きゃくさん…お客さーん!」
呼ばれて目を覚ます。懐かしい夢を見た気がする。
「お客さーん?」
「あぁ、悪い。」
俺は体を起こす。どうやらいつの間にか眠ってしまったみたいだ。
「ここがカランの森の入口でさぁ。」
「ありがとう。」
運転手に金を渡し車を降りる。
カランの森というのは、魔王領にほど近い森だ。魔物の多く住むこの森に来たのは、魔物の生活を知るためだった。贖罪のためにもまずは魔物について知ることが何よりも大切だとそう考えたのだ。
意を決して森の中へと歩みを進める。息を殺して魔物に襲われるのを避けてどんどん奥へ進んでいった。
ひときわ大きなパキッと枝を踏み分ける音を聞き、そちらをうかがうと大きな猪がそこにいた。
「…あいつ、弱ってる…?」
その猪の牙は片方折れ、体のところどころに矢が刺さっていた。
弱弱しい足取りで進んでいたイノシシはドタンとその場に倒れ伏した。
じっくりと目を凝らす。矢じりには魔族特有の意匠が凝らされているのがわかる。そちらを注視しているとふと視界の端でこちらにとびかかる影があることに気づいた。
「まず…ッ!」
「ーーーーーー!」
私に襲い掛かった何かは私を抑え込み知らない言葉で何かを話している。
振りぬきかけた拳から力を抜き、その存在に目をやる。
姿は人間の女性に近いが、頭には人間にない角のようなものが生えている。
「ーーー!ーーーーーー!」
(…殺しに来ない?)
私が森に入ってきたからではない。なら、即座に私の首を取ろうとするはずだ。
転職によって得た”魔物言語”のスキルを起動する。
「ーー!ーぜ戦わない!」
(戦わない…?)
「貴様!今なぜ拳を止めた!」
(…あぁ、なるほど)
どうやら私が殺さないように拳から力を抜いたことが彼女の逆鱗に触れたようだ。
「貴様!強者だろう!?貴様となら胸躍る果し合いができると思っていたのになぜだ!」
私を知っているようだ。そのうえで殺されることもいとわず襲い掛かってきたようだ。
「もう私は戦うものじゃない。」
「なに?」
「私はあなたと話がしたい。」
そういうと彼女を見返した。こちらを睨み据えていた彼女はそれを聞くと大きくため息をつき、私を解放した。
「悪いが腰抜けと話すことは何もない。話を聞きたきゃ他を当たれ。」
そういうとイノシシの方へと歩き去ろうとする。
「…なら力を示せば話を」
瞬間、彼女がとびかかる。延ばされた腕をつかみ地面へと投げる。
「…聞いてくれるかい?」
彼女の目が見開かれるのが見えた。