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パラレルワールドの君に恋をした

作者: ふるなる

 この世に瓜二つと同じ人間は存在してはいけない。それが自然の摂理として成り立っている。


 しがない大学生が独りパソコンに向き合ってキーボートを打っていく。提出期限ギリギリのレポートを完成させる作業が精神をすり減らしていた。手元の珈琲を啜って凝りきった脳を軽く解す。いつもは鬱陶しい無数に重なる喋り声などカフェの戯言も今ではそれすらも耳には届かなかった。だが、「ガシャン」との何かが壊れる音は見逃せなかった。

 砕けた皿やコップ。そのすぐ下の床には黒い液体が漏れている。

 制服姿の若い女がその場に倒れていた。店員、きっとアルバイトのその子が運んだ商品を転んで落としてしまったのだろう。せかせかとゴミをちりとりに押し込み、すぐさまモップを取り出してきた。慌ただしいその姿を見ていて、動かさなければならない指は止まった。

 客と見られる二人の女子学生がそこを通り過ぎようとしていた。ゆっくりと足を動かして、モップがかけられるそこを避けていく。

「ユアちゃん。気をつけてね」

 後ろの一人が前の子を気にかけて声をかけた。それ自体、なんら不思議なことではない。だが、すぐ側にいたバイトの子が「はい?」と返事をした。元々、話しかけられるはずだった子は戸惑っていた。

「あっ、すいません。名前が同じだったものですから」

 すぐに気づいたのか言い訳しながら顔を見上げる。

 二人のユアが顔を鉢合わせる。その顔はまさに瓜二つであった。

 周りが余計にうるさくなった。もしかしてドッペルゲンガーじゃないのか、そんな話題でカフェ内部は持ち切りだ。

 突然、学生のユアの体が透け始めた。戸惑う間に透明度は高まっていく。

 このまま死ぬのだろうと思ったが、彼女は「死にたくない!」と言いながら、もう一人のユアを押し出した。瞬く間に体は透けなくなったが、代わりに押された方は透明になった。そして、完全に透明となりバイトの子は姿形が見えなくなった。

「死んだか。お気の毒に──」

 そんな言葉を投げかけるだけという薄情な態度をとっていた。

 消滅のトリガーは誰かにドッペルゲンガーの存在を知られた時。瓜二つの相手でも、そうじゃない第三者の人間でも、疑いかけられた瞬間に消滅しかける。その間に、瓜二つの相手に触れれば消滅状態を押し付けることができる。「この世に瓜二つと同じ人間は存在してはいけない」という自然の摂理を維持するためなのか、様々な説はあるが、この現象の仕組みは未だに分かっていない。

 そんな現象がもう一年半は続いている。この光景に見慣れてしまっているのか、再びキーボートに触れ始めた。



 コンクリートの塀に並行して歩く。その塀が途中で途切れている。その間の中へと吸い込まれるように入っていく。そして、佐藤翔(さとう かける)は自宅に辿り着いた。

 玄関前に立ち鍵を差し回す。ガチャッ。その合図とともに取手を手前に引いた。今度はガチャンと鳴る。当たり前のように靴を脱ぎ捨て適当にリビングの中へと入っていく。

「お、おかえりー」

 ソファで自堕落に陥っている一人の女、塩谷天梨(しおたに そらり)。うつ伏せになりながらスマホをひたすらいじっている。

 生意気で自分勝手で行動が読めない。例えば、性格をアリとキリギリスに分けるとしたらソラリは典型的なキリギリスだ。かくいう自分もキリギリスの分類であるものの、その自由度には負ける気はしない。

 彼女は居候である。ある日、家のすぐ近くのコンクリートにもたれかかり、力尽きて倒れていた。心の中の良心が彼女を家へと招き入れた。とりあえず出した飲み物を飲んだら、すぐに横になった。そして、目を覚ましては、成り行きでこの家に住まうことになっていた。

 ソラリの帰る家はこの世界には「ない」に等しい。

 だからこそ、彼女は住まう場所が必要だったのだ。そして、何としてもこの家に住まおうとしたのもそれが理由だ。

 何故帰る家がないのか。その理由を語るためには、現在の変わり果てた世界観を説明しなければならない。


 約一年と半年前の話になる。一つの異端な研究チームが「平行世界」俗称「パラレルワールド」の研究をしていた。その研究が実を結んだのか、それとも失敗したのか、僅か一瞬だけこの世界とその世界が繋がってしまった。

 二つの世界が重なる。そして、再び元に戻るように離れる。その過程の中で何人かが超常現象によって行方不明となった。また、何人かが向こうの世界からこちらの世界へと迷い込んだ。

 パラレルワールドからこの世界へと迷い込んだ人間を仮に"偽物"と名付けよう。本物となる存在が死んだり行方不明になったりしていたらなんら問題ないのだが、もし本物がこの世界にいた場合はとても厄介な状況が生まれる。

 本物と偽物。文字で見ると区別できるが、実際は区別すら難しい瓜二つの人間がほとんどだ。そのせいで、この世に同じ人間は存在しないという常識に矛盾が生じる。この矛盾を解決するかのように地球上に現れた現象が消滅化だった。午前中に見たカフェの店員と女子学生の客に生じた現象がまさにそれである。二人が出会い、ドッペルゲンガーと気づかれたら、どちらかが死ぬのだ。


 迷い込んできた彼らに住まう場所などない。彼らは招かざる客なのだから。それに、下手に動いて本物に鉢合わせる可能性だってある。

 偽物にとってここは窮屈な世界なんだ。

 シオタニソラリもまたパラレルワールド出身の誰かの偽物である。不幸にも帰る場所はなかったのだ。


 母とソラリの会話は俺を置いてきぼりにして、その会話の成り行きで彼女を介抱することになった。こうしてソラリが居候として住まわせて貰うことになったのだ。

 住まわせて貰っているという自覚がないのか、元から自身の所有物のように振舞っている。よく言えば、溶け込むのがはやい。悪くいえば、感謝の気持ちが足りていない。その姿にため息を吐きながら、自分の部屋へと閉じこもって、レポートの続きを書き始めた。

 薄暗い部屋の中で文字を起こしていく作業を繰り返していき、ようやく目的を達成した。

 椅子の背もたれを十分に使って背筋を伸ばし、力いっぱい体に力を入れたり抜いたりした。ノートパソコンを閉じた。そこから出ていた光が途切れ、部屋の中は天井にくっついている薄明かりだけが照らす。

「お疲れ様。ようやくレポート終わったんだ」

 背後から現れ、両手が肩上から回される。ソラリが肩上から覗いていた。この部屋にまさか俺以外に人がいたとは思いもしておらず、トキメキなどよりも驚きの方が断然強く勝っていた。

「勝手に入ってくるなよ」

「ちゃんとノックもしたし「入るよ」とも言ったよ。気づかなかったのはそっちじゃん。それに、私達は恋人同士なんだしいいでしょ──」

 カケルとソラリは恋人同士である。初めはこの家の者と居候という関わりの薄い関係であった。けれども、一つ屋根の下で過ごしている内に、また年齢が同じで話が合うお陰で、距離感は遠くはなかった。

 彼女が提案した「カップルのように過ごしてみようよ」という、酒に酔った勢いから始まったおふざけだったが、何故か今も続いている。いや、もう遊びではなく本気になっている。

 今では居候ではなく同居人というところだろうか。

「そうだ。夜ご飯の準備が終わったよ」

「あっ、そうなんだ。ありがとう」

 二人で机を挟んで食事を取る。まさに夫婦のような、そんな情景がそこに写っていた。

 父は単身赴任。母は夜遅くまで仕事。夜ご飯はいつも近所のコンビニで買ったレトルトを独りで食べていたのだが、彼女が居候してからは彼女の手料理を二人で食べている。

「けどさー、結構大きな声で入るよって言ったのになー」

「レポート作成が忙しすぎたからな。仕方ない」

「前日までに溜めとくからじゃん。地道にやってこればこんな大変な目にあうことはなかったじゃん」

 その通りである。しかし、その言葉によって体の中でムカッとする気体へと変わっていた。ラブラブカップルにはなれない。少なくともこのムカムカを抱えている限りは。

「学校が終わったらさ。デートに行こうよ。とっておきの遊園地があるんだ」

「それは思い出の地? それとも、調べて行ってみたい所?」

「調べて行ってみたい所だよ。どうせ、思い出の地なんて言ったら取り下げられるんだから、例えそうでも調べて行ってみたいって答えるけどね」

 彼女はこの現実世界の住人ではない。もし瓜二つの存在に出会して死ぬなんてこともありえる。特に、思い出の地ならば出会す確率も上がる。そうならないように俺が守るんだ。大切な人を守るために、そのために、思い出の地なんて場所には行かせる気はない。

 スマホを差し出してきた。そこにはとある遊園地のホームページの中に入っている。そこは人が多く出会す可能性もほんのり高そうなため却下した。

「えー、お願い。一生のお願い」

 却下しても、何度も何度もそれを無視する。ついに、俺は諦めてそこをデート場所として認めた。余程嬉しいのか、無邪気に喜んでいる。その無邪気さを見ていると、さっきのムカムカも忘れさられていくような気がした。





 遊園地は賑やかさをまとって、その場の人々を童心に帰らせていく。その場の空気に身を任せて、軽々とした体でその場を翔ける。すぐ右側には、優しく触れている大切な人がいる。

 ジェットコースターは高い位置から急速に落下し上昇するを繰り返す。風の抵抗がどこか気持ち良い。

 お化け屋敷の中では、カッコイイ姿を見せようと張り切っていたが、彼女はお化けなど興味がないのか、お化け屋敷の無駄遣いをしていた。

 これでも童心に帰ったように心から楽しんでいるのに、隣ではそれ以上の無邪気さを振舞っている。これには勝てない。そう思って微笑んでいた。

 ベンチに座ってジュースを飲む。彼女の飲む姿はとても微笑ましかった。

「私ね、遊園地は小二以来なの。久しぶりの遊園地、楽しい」

 独り言のように嘆いていた。その瞳はどこか虚しく光っていた。

「毎年のように遊園地に行ってたんだけど、小二の時にさ、パパが私の代わりに轢かれて亡くなったんだ。それからはママが一人でパパの分まで働いたから、遊園地どころじゃなかったんだ。こんな贅沢、できないと思ってたから、すごく嬉しいんだ」

 優しく俺の手を強く握る。

 温かいのは間違いない。けど、どこか冷たい箇所があるような気がした。

「お金を貯めてお母さんと二人で遊びには行けなかったの?」

「うん。ママね、遊びに行く前に過労で倒れてさ、これ以上養えないからって親戚の家に引き取らせたの。それからはもう遊びに行くことはなかったな」

 これ以上過去を掘り下げてしまえば、彼女を深く傷付け、この楽しい空気は消えてしまう。気づかれないように話題を変えなければ。

「そういやさ、次のアトラクションどこにする?」

 瞬く間の隙間の後、少し遅れを取り戻すような慌てようで話に合わせていた。それ以降は気持ちを遊園地に委ねて、心を通じ合わせていった。

 彼女の握る手はとても冷たく温かいという不思議な感触をしていた。

 俺にだけ秘密をさらけ出したのだ。俺にしかしらない真っ裸のソラリの心。気持ちはソラリの方へと思いっきり傾いていった。その気持ちを伝えるように優しく握り返した。





 遊園地デート。あの後、ドッペルゲンガーが現れることもなく、無事にデートを終えられた。その心配もなくなり、残った思い出はソラリとの楽しい時間だけになっていた。

 ラインの待ち受けにいる二人で撮った写真が輝いてみえる。

 今のところ平穏な日々が続いている。だけど、必ず通る道の先にどこか不穏な空気があるみたいだ。嵐の前の静けさ。今のこの状況を言い表すに十分な言葉である。

 心配が心配を増進させる負のスパイラル。その気持ちが抑えられず言葉にしていた。

「ソラリ。お願いだ。一人で外に出ないでくれ。危険だから」

「なによ。そんな窮屈な思いしたくない」

 一人で出かけようとする彼女を無理やりでも止めようとする。無意識の束縛に耐えかねた彼女はそれに猛反発する。

 どこか亀裂が入ったように思えた。

 美しいソレを神は気に入っていたのに、ひびのあるソレになった瞬間に見放す。運命の歯車は嫌な方向へと回り始めたように思えた。それを伝える耳鳴りがする。

 玄関での喧嘩。さっきまで強く結ばれていっていた赤い糸がほぐれていくみたいだ。

 無理やりでも外に出ようと靴を履く。その時だった。扉が開いて、そこから母が入ってきた。いつもならもっと夜遅くに帰宅するはずだった。

「あら、ソラリちゃん。どこかお出かけ?」

 その後ろからは背筋が真っ直ぐなスーツの男が入ってきた。父だった。

「今日はパパが久しぶりに福岡から戻ってきたのよ。だから、今日の夜は豪華な食事にしようと思ってるの」

 楽しそうに話す母と、それを見ながら優しく微笑む父。

 バタン。その様子を見たソラリは硬直し荷物を落とした。彼女だけ時間が止まったようだ。

 フリーズ状態。よく見ると、体は動いていないが、体の機能は関係なく動いていることに気づいた。頬から垂れ落ちる涙が玄関口のタイルにこぼれ落ちていた。

「パパ──」

 どういうことか理解できなかった。父は彼女にとっての義父という認識はできる。しかし、なぜ涙を流しているのか分からなかった。

「二度と会えないと思ってた。私のいない世界線だから私の記憶がなくて、そもそも他人の関係なのは分かってる。分かってるけど。生きて、会えて良かった」

 ソラリは父の服で顔を隠していた。そんな彼女を優しく抱きしめる。その姿はまさに本物の親と子の関係のようだ。

「何があったのか分からないけど、辛い時はお互い様だからね」

 その一面が切り取られた。時間が途切れ途切れで止まっているような。理由も何も分からないのに、ただ無性に感動を巻き起こす。

「ソラリ、って言ったっけ。何か奇遇だな。私達に子どもができたら、男の子なら空を翔けるという意味を込めて翔。女の子なら空に関連して天梨って名前をつけようとしていたんだ」

 そこでふと気づく。

 ソラリってもしかしたら。

「翔と天梨って、もしかしてドッペル? な訳ないわよねー」

 母もまた同じことを考えていたようだ。そして、それがトリガーとなる。

 図星だった。

 ソラリの体が透け始めた。誰かにドッペルゲンガーだと認識された瞬間に、地球の自然の摂理によって一人だけ消える。この時にようやく俺たちが同一人物であることに気づいたのだ。

「やっぱり翔くんはこの世界での天梨だったんだ。性別が違ってたから、姉か妹かかと思ってたけど。まさかね」

 本当に、まさか、だった。

 パラレルワールドでは俺は女で産まれていたのだ。そこでは、父は車に轢かれて亡くなっていて、母は父の分まで働いて体を壊した。そして、もう養えないと親戚の家に託す。きっと託された家は塩谷という苗字なのだろう。そこで遊ぶ余裕もなく人生を過ごしていく。女として産まれていたら、そんな人生を歩んでいたのだ。

 優しく抱かれている彼女の体は透けていく。徐々に人間越しに父の全体像が見え始めていた。

「すまない。まさかこんなことになるなんて」

「謝らないで。私はパパに会えただけでも嬉しいから」

 はやくしないと消えてしまう。自分を急かして何か言おうと思っても何も浮かばない。

「さっきはごめん」

 ようやく出た言葉は、さっきまでの喧嘩の謝罪だった。今となっては遠の昔の話のように思えてきた。

「気にしてないよ。だって、私のことを思って言ってくれたことだし。それよりも外に出ない?」

 彼女の提案で狭い空間から離れた。

 カラッとした風がどこか寂しい。

 家の前の灰色のコンクリートの壁。彼女はその壁にもたれかけて座った。

「私達、ここで初めて会ったんだよね。思い出の家に辿り着いても入れなくて、ずっと待ってたら野垂れ死にそうになってた。懐かしいな」

 見上げる空。そこは青色よりかはとても薄くて、水色よりかは濃かった。清々しい空が広がっている。

「楽しかった。二人の時間は宝物だし、最後にプレゼントも貰ったし。私はもう満足なんだ。今までありがとう──」

 ねずみ色のコンクリートに立つソラリに軽く吹く優しい風。この時は今まで以上に、今まで見たものよりも、ソラリが輝いて見えた。

 もう消えゆく命。死はすぐそこまできている。姿さえ捉えることが難しくなりつつある。

 彼女はきっと全てを伝えた。それなのに、俺は何一つ伝えれていない。こんなの嫌だ。もう二度と会えなくなるなんて嫌だ。せめて何か伝えたい。

 その一心が心を支配する。

 きっと正気じゃない。自分でもおかしいと思ってる。それでも突き動かされる感情に逆らえなかった。

「馬鹿っ──」

 透明になりつつある体なのに温かみは何も変わってない。

 本能のまま抱きしめていた。すぐ近くにはソラリの顔が見える。本能が囁く。もう最後の機会なのだから本能のままに従えばいい、と。

「天梨のことが好きだ。誰よりも──」

 ソラリの唇を奪う。唇って、こんな感触なんだ。

 ドッペルゲンガーがバレて消え始める体。そうなってから死なない方法は一つ。それはもう一人の自分に押し付けること。そして、そのための方法が、もう一人に触れることであった。

 押し付けられた訳ではない。単に触れるだけで消滅化が移ることを俺は知らなかった。まさかこの瞬間、ソラリの代わりに俺の体が消滅し始めていることに気づかなかった。

 キスから感じる甘酸っぱい味。触れた体から感じる温かい感触。瞳にはソラリしか映らない。匂いだってソラリの匂いしか感じない。優しく包むような風の音が他の音を遮断しているみたいだ。

 ああ、体が暑い。

 必ずどちらかが死ぬ。そんな悲劇なはずなのに。極寒の寒さが臟を凍らすような絶望の時間なはずなのに。

 今この瞬間、とても幸せだ。この瞬間が切り取られて、時間が止まればいいのに。そんなこと考えている間にも時間は容赦なく過ぎ去っていった。





 地面には透明な板があるのだろうか。美しい空にかかる透明な道。両端には綺麗に整えられた綺麗な花が並べられている。

 名も無き紫の花。青色の花。白色の花。鮮やかな道が続く。

 ある程度進むと花は途切れ、今度は木が両端を埋めていた。その木には白色の小さな丸い実をつけていた。

 ゆっくりと歩いていく。

 ふと白い実が赤色に染まっていくのに気づいた。赤色になると重くなったせいか地面に転げ落ちる。いくつかの実が透明の地面に落ちて赤い道を作っていた。クワの木は何かを報せるために赤い「クワの実」を落としているみたいだった。

 背後から誰かがくる。透明な床を強く蹴って走ってくる。無邪気さの漂う気配を放ちながらやってくる。誰なのか確かめようと振り返ると、走ってきていたのは天梨だった。

「一人で勝手に行かないでよ。もう。これからはずっと一緒だからね」

 二人で手を繋いで赤い桑の実が落ちている道をひたすら歩いていく。

「驚いたなー。まさかいきなり抱きついてきて「好きだ」なんて言っちゃうんだもん」

 もう二度と会えないから。だから、そのような無茶ができた。しかし、振り返ればまさに黒歴史だ。恥ずかしさで頬が真っ赤になる。

「今度は私の番ね。いいでしょ?」

 その切り返しは予想していなかった。

「結婚しようよ!」

「うん。そうだね」

 いつの間にか即答していた。ほのずっぱい道を歩いていく。

 どこに繋がるかも、どこまで続くのかも分からない。二人で、ただひたすらに。

 天の道を翔けていった。

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