乙女たちの馴れ初め ~令嬢とヒロインは恋をする~
一度はボツにした本作。
勿体ないので改稿してUPしました。
久木望愛。かつての私は何処にでもいる平凡な女性だった。
容姿も性格も普通オブ・ザ・普通と言うのがピッタリ当てはまる普通人間。
その私が世界から去ることになったのは誤って毒物を口にしてしまったから。
山に行ってキノコ狩り。シロマツタケモドキだと思っていたものが実はドクツルタケで私はそれによって内臓をやられて一人寂しく逝くことになった。
心残りは沢山あった。その中でも最も心残りなのが同僚のことだろうか。
明るく元気で人懐っこく、愛されキャラだった私の同僚。
私にも懐いてくれていて、彼女はお昼になると私を食事に誘いに来た。
社員食堂で二人で他愛もない話をしたり、彼女が夢中になっていた乙女ゲームを一緒にしたり、それが私たちのお昼の日課。
私は彼女のことが好きだった。勿論、likeじゃなくloveのほうで。
でも彼女はマイノリティではない。それは彼女の普段の言動から嫌でも良く分かり得た。
例えば乙女ゲーム一つにしても彼女と共通の話題が欲しかったから。という理由でプレイしていた私と違って彼女はゲーム内のイケメンたちに恋をして、それを成就されるためにプレイしていた。
二次元だけじゃない。三次元でも彼女の恋の対象は男性だった。
それを知っていたから私は彼女に想いを告げることはしなかった。
でも…。どうせ死ぬなら最後に言うだけ言いたかったなぁ。
ため息が漏れる。今更そんなことを思い出してどうなるというのか。
◆
私は突然蘇ってきた前世の記憶に唖然とした。
乙女ゲーム【聖女は金色に抱かれ夢を見る】。
ここはその乙女ゲームの世界。
かつて私がプレイしていたその世界が現実となったのがこの世界。
そしてその世界の私の役割は悪役令嬢。
主人公エリス・フォン・オードランを虐めて乙女ゲームの悪役の例に漏れることなく、婚約者から婚約破棄を受けた挙句に家からも国からも追放されて最後は他国に亡命しようと道中を歩いている最中、運悪く盗賊に出会い、彼らに暴行された末に殺される運命にある哀れな令嬢。
もっと早くに記憶が蘇っていたならば、その運命を回避する方法も思いついていたことだろう。
だけどもう遅いのだ。何せ現在婚約破棄のイベントまで残り一ヶ月と迫っている時期なのだから。
今から手の平を返してエリスに媚びを売ったりしてももうどうしようもない。
私がエリスを虐める現場を何人もの女生徒たちに見られている。
言い逃れはできない。私はゲーム内と同じ運命を辿る宿命にある。
呆然としつつ目の前のヒロイン・エリスを見る。
大きく丸い愛嬌のある栗色の双眸、長い睫毛、瞳と同じ色の肩よりも少し長く伸びた髪、体つきは未成熟だけどそこがまた可愛らしい。一言で言って美少女。
こんな美少女を虐めていたなんて、かつての私を殴ってやりたい。
婚約者のことなんて少しも愛してないくせに、ただ家のことを思って焦っていただけのくせに。
私は侯爵令嬢。貴族としてはそれは正しいことなのだろう。
だけど記憶が蘇った今、個人的な感情としては優秀で誰にでも好かれるエリスに八つ当たりしていただけのような気がする。
貴族令嬢のくせにみっともない。私はもっと寛大な態度でいなければならなかったのに。
(さて、どうしたものかしら…)
目の前のエリスはいつものように怯えて縮こまっている。
そんな顔も可愛い。一瞬、かつての私はエリスのこの顔が見たくて彼女を虐めていたのではないかと錯覚する。そんな訳ない。そう思うのは望愛の記憶が蘇ったからだ。
それにしても本当に愛らしい。
ゲームをしてた時もこの子いいなって思ったけど、現実に見ると尚更そう思う。
この子と友達、できればそれ以上の仲になりたい。
そしたら今までとどれだけ世界が違って見えるようになるだろうか。
でも……。この想いが叶うわけない。いや、叶えたらいけない。
だって私は彼女を虐めて来たんだから。その報いは受けなくちゃいけない。
私はエリスを暫くただ静かに眺めて、その後自分の気持ちは封印して、婚約破棄イベントの前までに少しでも彼女に贖罪をすることにした。
赦して欲しいわけじゃない。ただ前世と同じように心残りをそのままにして逝くのが嫌なだけだ。
後味悪い人生の終わりなんて真っ平御免。だから私はそうするのだ。
「今回はこれくらいにしておいてあげるわ」
エリスにそう告げて踵を返す。
普段よりも圧倒的に少ない小言。彼女はどう思ったことだろう? どんな顔をしているのだろう?
気にはなったが振り返ることなくエリスの元を立ち去る。
翌日から私は早速行動を開始した。
私が破ったエリスの教科書を私の小遣いで買ってエリスの家に差出人不明のままプレゼントして送る。
運動着や私服も同様に。
学園で会ったら小言の代わりに「ごきげんよう」と挨拶をする。
エリスは私のちょっとした変わりように、最初は私が何か企んでいるのではないかと訝し気な瞳で見ていたが、彼女は存外にお人好しなのだろう。数日同じことをしているうちに自然な態度で私に挨拶を返してくれるようになった。
そんな中、私は学園の自習室でエリスと出会う。
教科書を広げてうんうんと唸っているエリス。
さり気なく覗き込むと魔法理論で躓いているよう。
悩んだが声を掛けてみることにした。
「エリスさん」
「はい!!」
私の声で椅子から飛び上がる彼女。
そうして私を捉えた瞳はやはり怯えの色を浮かばせている。
かつての私がしてきたことを思えばそれは当然。
だけどチクリと胸が痛む。好意を持ってる子にこんな顔をされるのは辛い。
「……何か悩んでいらっしゃるのかしら?」
が態度には出さないようにする。
できるだけ優しく問いかけて彼女の返答を待つ。
笑顔を浮かべているつもりだけど、上手くできているだろうか?
彼女が目を白黒させる。そして右、左と視線を彷徨わせた後、私に困っていることの内容を告げてくれた。
「実は治癒の魔法についていまいちピンとこなくて困っていたんです」
エリスと共に教科書を見る。書かれているのは治癒の魔法が効かない場合があるとのその例。
それは例えば犬や猫、魔物に噛まれたり、引っかかれたりした傷を治癒したのに効果がなく悪化、或いは死亡してしまったとの説明がなされている。
「どうして治癒魔法が効かなかったんでしょう?」
エリスの言葉で私は思う。
この世界・この時代設定は中世ファンタジーな世界設定。
その時代にはまだバイ菌などの概念について知識が薄く、だから破傷風のことなんて知らなくて、治癒魔法が効かなかったのだろうと。その概念を知らなければ魔法内に組み込めない。
魔法は何処までも素直だ。
傷を治したいと魔法を構成すれば傷は治るがそれだけでは不十分。
バイ菌除去が含まれていないからバイ菌は体内にそのまま残る。
残ったバイ菌は体を蝕んでやがては最悪の場合死に至ったりする。
知っているのと知らないのとでは大違い。私はエリスにその概念を教える。
「それはですわね――――」
説明を終えた後、エリスは私を異様な者を見ているかのような目で見た。
教科書に説明されてないこと、恐らく先生たちでさえ知らない真実の概念。
何故そんなことを私が知っているのか。
目は口程に物を言うとは良く言ったものだと思う。
エリスはまさにそういう目で私を見てる。
どうしたものかとしばし考えたが、私はわざとそれには気づかないフリをすることにした。
「他には」
そうして次々とエリスに前世の私の知識を伝えていく。
魔法理論だけではなく他の様々な教科についても。
当然一日だけで伝えきれる筈もなく、私とエリスは朝と放課後にこの自習室で落ち合い、勉強するようになった。
そんな日々の中、私はついエリスに手を出してしまった。
と言っても暴力でもなければいかがわしいことでもない。
私が出題した問題に正解したエリスにご褒美があげたくて彼女の頭に手を置いてゆるゆると撫でたのだ。
私が手を持ち上げた瞬間はエリスは身を固くしていた。
私は彼女のことを殴ったりしたことはないが、私の…今は縁を切った取り巻きたちは彼女に手を上げることもあった。かつての私はそれを見て見ぬフリ。その恐怖が蘇ったのだろう。そうなるのも無理はない。
しかし頭を撫で始めると彼女は固かった身が解れていって徐々に徐々に蕩けていった。
「エリス、貴女は本当に優秀ね。まるで砂が水を吸うみたいに私の知識をどんどん吸収していくのだもの」
「レティシア様の教え方がとても上手だからです」
エリスの顔は何処かのゆるキャラのよう。
私に撫でられてほわほわしているのが可愛い。
私はその可愛さに小さく笑い、暫くの間彼女の頭を撫で続けた。
◇
いつからだろう。
レティシア・フォン・フェレール様に惹かれるようになったのは。
学園入学時からこれまでは、ただただ怖いだけの人だった。
私は元は平民で現在は母を亡くした後、下級貴族様の妾の子だったことが判明してその貴族様に引き取られて一応は令嬢。
だから貴族様しか通えない学園に通うことになった。
学園は初等部と高等部があり初等部は七歳から十二歳までの子が。
高等部は十三歳から十八歳までの子が所属している。
私はこの当時十三歳だったので高等部から。
令嬢と言っても最下級の貴族の令嬢。
実質平民に毛が生えた程度の権力しか持たない存在。
なので私には上の貴族様からのお誘いや雑談を断るという選択肢は無くて、仕方なくレティシア様の婚約者であらせられるカミーユ第一王子様や宰相様の子息であらせられるダニエル様、教皇様の子息であらせられるユーグ様からのお茶会の誘いや雑談に応じていた。
それがレティシア様の気に障ったらしい。
私は彼女から小言を言われるようになり、やがてそれは虐めに発展して教科書や運動着などが破られたりするようになった。
理不尽だと何度も嘆いた。貴族としての役割を果たしただけなのに、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか、断るという選択肢なんて与えられてないのに私にどうしろっておっしゃりたいのかと。
辛かった。学園なんてもう来たくなかった。でもこの学園は寮生活。私に逃げ場なんてない。
毎日毎日虐められる日々。卒業まで後一ヶ月。このまま私の学園生活は暗黒の中で幕を閉じるのだと悲しみに暮れていた頃、レティシア様のそれまでの態度が急に変わった。
私に優しくなった。挨拶をしてくださるようになったし、彼女の取り巻きから私を守ってくださるようになったし、勉強を教えてくださるようになった。
最初は戸惑いしかなかった。けれど私の隣にいてくださる時のレティシア様の優しい瞳を見ているうちに私のその戸惑いは消えていった。
「エリス、貴女は本当に優秀ね。まるで砂が水を吸うみたいに私の知識をどんどん吸収していくのだもの」
「レティシア様の教え方がとても上手だからです」
私の頭を撫でてくださるレティシア様の手の動きが心地いい。
ずっとずっと撫でていて欲しいって思う。
こんなにも慈愛に満ちた触れられ方を経験したのは初めて。
レティシア様を見る。
美しい湖面を思わせる青の双眸、さらさらとして艶のある腰まで届こうかという亜麻色の髪、絹のように滑らかで白い肌、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる抜群のプロポーション。
女性として羨ましい。ふとレティシア様のお顔の一点に瞳が集中する。瑞々しい唇。触れたらどんな味がするのだろうか。柔らかいのかな。触れてみたい。手ではなく唇と唇で。
「エリス?」
「はっ!」
レティシア様の呼びかけで我に返る。
私はレティシア様の肩に手を置いて顔を近づけようとしていたらしい。
私はなんてことを!! 体に火照りを感じる。私はそれ以上レティシア様のお顔を見ていられなくて、寮への帰宅を告げて逃げるように彼女の元から立ち去った。
心臓がドキドキしてる。私はレティシア様に……。
◆
ついに卒業式。そして私が婚約破棄されて国から放逐される日がやってきた。
滞りなく進む卒業式。その後卒業パーティの式場で事件は起こる。
リンゴの果汁が入ったグラスを口に運ぶ私の元に私の婚約者のカミーユ第一王子とその取り巻きであるダニエルとユーダが悠然と歩いてくる。彼らの動きに合わせて細やかに揺れる金色の髪が美しい。光を反射してキラキラと輝いている。さすがゲームタイトルの由来となっただけのことはある。
私と彼らとの距離凡そ二メートル。彼らはそこで立ち止まり、カミーユ第一王子が口火を切った。
「レティシア。この学園でのお前の悪事見過ごすことはできない。何を言っているかお前には分かるな?」
ゲーム内の私はそう言われてもしらを切っていた。
しかし現実の私はカミーユ第一王子の言うことに素直に頷く。
「ええ」
何事かとどよめく会場。
殆どの者が私がしてきたことを知らない故に困惑してざわついている中でかつての私の取り巻きたちはニヤニヤとこちらを見ている。
カミーユ第一王子たちに話したのは彼女たちだろう。
別に裏切りだとは思わない。こうなることは当然のことだったから。
「レティシア、お前との婚約を破棄する」
彼がそう告げた瞬間、会場の喧騒はより一層激しいものになった。
カミーユ第一王子の付き人らしき人に付き添われて彼らの元に一人の少女が連れられて来る。
勿論その少女はエリス。カミーユ第一王子はその肩を抱いて彼女に囁く。
それを見た瞬間、私の心がざわめいた。
それを誤魔化すようにグラスに残ったリンゴの果汁を一気に煽る。
「愛しのエリス。レティシアに虐められてさぞ辛かっただろう。これからは私が守ってやる。私と結婚しよう」
ゲームではここでエリスは頬を紅に染めて事実上のカミーユ第一王子からの大胆なプロポーズに「はい」と応えた。
が現実では違っていた。
「失礼ですけど、王族の方と下級貴族の私が結婚なんてあり得ないと思います。
公爵令嬢様や侯爵令嬢様、伯爵令状様とのご婚約が普通ではないでしょうか。
私は王妃教育も受けておりませんし、それに今後カミーユ殿下が陛下となられた際の他国とのお付き合いのことを考えましても、私のような下級貴族と縁を結ぶというのはおやめになられたほうが良いかと思います」
「な、何を……。エリスは私のことが嫌いなのか?」
「好きか嫌いかと申されましても、正直に言って私は殿下のことはなんとも思っておりませんが?」
「し、しかしお茶会に誘うと来てくれたではないか。それは私のことが好きだからではないのか?」
「下級貴族の私に殿下からのお誘いを断るという選択肢などありません。ですからお誘いを受けておりました。それだけです」
エリスの応えに真っ青になるカミーユ第一王子。
彼らの取り巻きと私のかつての取り巻きたちも同様。
その他の周りの目は白い。エリスが言ったことは貴族として当たり前のこと。何を勘違いしているのかと周りの面々は目で訴えている。
「し、しかしレティシアに虐められていたのは事実だろう」
旗色が悪いと見たのかカミーユ第一王子は話題を変えた。
「はい。ですがレティシア様はその行いを反省してそれまでの罪を償ってくださいました。ですのでレティシア様を責めるつもりはありません」
「エリスが良くても周りが許さないのだ」
「どうしてでしょう? 先程も申し上げましたが私は下級貴族。上の方に虐められたからと言ってこのように騒ぎにするのはおかしいのではないでしょうか?」
貴族の世界は権力がすべてだ。
ゲーム内ならば虐めは大問題になるが現実は悲しいかな、そうではない。
私がエリスにした程度の虐めは日常茶飯事。
そんなことに王族が出張って来るのは正直おかしいのだ。
とは言え今のエリスは私の支持のもと、治癒魔法を使いこなしてゲーム内と同じく王都の民から「聖女様」と呼ばれるようになっている。なのでその気になれば民を味方につけることで私を糾弾して、この国から私を追放することも可能だったりするのだが…。
人は石壁。人は城。民こそが国の財産。
この国の陛下はそういう考えで民を大切にされている方だ。
その民と聖女エリスが私の素行の調査とそれによっての国からの追放を願えば陛下は願いを聞き動くだろうから。
「ぐっ」
ついに言葉を失うカミーユ第一王子と愉快な仲間たち。
私は何やら思っていた状況と変わっていってて様子見状態。
ここで待っていたとばかりに声を上げるのはエリス。
「ところでレティシア様は婚約破棄をされたのですから、今は誰のものでもないということですよね?」
私の方を見て言うので私はそれに困惑しつつ頷く。
「え、ええ。そうね」
「よりにもよって次期陛下となられるカミーユ殿下に婚約破棄されたのですから、レティシア様の評価は落ちちゃいましたよね?」
「喧嘩売ってるのかしら? でもまぁ…そうね」
「それってつまり私とレティシア様の貴族間の権力差も少なくなったっていうことですよね?」
「それはどうか分からないけど、私は腫れ物になったのは間違いないわね。この先ずっと独身もあり得ると思うわ」
「そうですか」
私の目の前でエリスが小さくガッツポーズをしている。
彼女が何を考えているのか分からない。
首を傾げていると未だ自分の肩に乗せられているカミーユ第一王子の手を払ってエリスがこちらに歩いてくる。
「レティシア様」
「何かしら?」
「私と駆け落ちしましょう」
「は?」
何言ってるのこの娘。困惑する私を余所に私の手を取るエリス。
「レティシア様のことが大好きです。私と付き合ってください。
返事は「はい」しか聞きません。では参りましょう。レティシア様」
「え? ちょっ???」
腕を取られて引っ張られる。
会場の外に出た時、エリスは私が教えた魔法を使う。
「風よ」
地面から浮かび上がる私たちの体。
会場を何気なく振り返ると、カミーユ第一王子たちは状況が分からないようで、ただただ困惑して口をバカみたいに開けて呆然としていた。
後に聞いた話ではこの後、騒ぎが陛下の耳に入り、公衆の面前で愚かなことをしたとカミーユ第一王子と愉快な仲間たちは陛下から叱責を受けて全員学園の初等部の一年生からやり直すことになったとかどうとか。
子供の中に大人が混じっての授業。
さぞや苦痛で羞恥にまみれたものになっているであろう。
私とエリスはそれを聞いた時、二人でその様子を想像してしまい笑ってしまったのだった。
◇
どうしてこんな大胆なことをしてしまったのだろう。
私の腕の中にいるレティシア様を見ながら自身の行動に驚愕する。
あの時はなんだか気分が変に高揚していた。
それに任せていると、気が付けばこんな行動をしてしまっていた。
夜風によって頭が冷える。
とんでもないことをしてしまった――――。
どうしよう。内心焦っているとくすくすと笑い声。
その声の主は当然レティシア様。
笑いながらレティシア様は私を見つめる。
「エリス、まさか貴女がこんな大胆なことをするなんて思わなかったわ」
「す、すみません。何故か気分が変に高揚していて…。今、頭が冷えたのでどうしようと思っています」
「そうなの? 貴女もしかしてお酒を口にしたかしら?」
「そう言えば一口だけ」
「なるほど。酔っていたのね」
「え? でも一口だけですよ?」
「体質の問題でしょう。…まぁ終わったことはどうでもいいわ。それよりこれからどうするつもりなのかしら?」
「それが…」
何も考えていない。
無言になるとレティシア様は私の頭に手を置いて私を優しく撫で始める。
「そんなに不安そうな顔しないの。大丈夫だから」
「ですが…」
「あ! ちょっとそこに降ろしてくれる?」
「はい」
風の力を上手く操作して高度を下げて地面に無事着地。
着いた場所は王都から少し離れた小さな町。
レティシア様が不意に体を押し付けてくる。
私に伝わる柔らかな感触と鼻孔を擽る良い匂い。
「レ、レティシア様?」
心臓が煩い。血液が急激に全身に回ってくらくらする。
「さっきの返事だけど」
私の唇に重ねられるレティシア様の唇。
すぐに離れていき、私は思わず自分の手を唇に持っていく。
「今…」
「女同士って苦労するわよ。それでもいい?」
「はい」
「私は貴女を離さないけど、それもいい?」
「はい」
「エリス」
もう一度レティシア様から私に口づけ。
私たちはこの日恋人同士となった。
数ヶ月後。
あの騒ぎに関しては私たちに御咎めは無かった。
御咎め無しなのに令嬢二人がいなくなっても捜索隊などやってこないのは、恐らく陛下が王宮にいながら私たちの気持ちを察してくださって、それとなく手配してくださったからだろう。
あれ以来王都には行っていないので実際はどうなのか分からないけれど。
ともかくそのおかげで現在はこの小さな町でなけなしのお金を二人で叩いて借りた店舗兼自宅で私たちは喫茶店を営みつつ二人仲良く平和に暮らしている。
喫茶店業務では私が調理担当でレティシアが接客担当。
そこそこ繁盛しているので、忙しく店内を歩きまわる彼女の姿をコーヒーを淹れつつ盗み見る。
上は肩だしの服で下は膝と脚の付け根の中間くらいの長さのスカート。
レティシアは恥ずかしがっていたが、私が強引にそれに決めた。
ひらひらと彼女のスカートが舞う。もう少しで下着が見えそう。首を傾けてなんとか見えないか頑張ってみる私。
「何してるの?」
「うっ…。あははっ、なんでもないよ?」
気づかれた。ジト目で私を見るレティシアの視線を受けて変な汗が流れる。
「エリス、変わったよね」
「そういうレティシアだって」
「「ふふっ」」
笑い合う私たち。
またドアベルの音が店内に小さく響いた。
"カランカランカラン"
「「いらっしゃいませ」」
主人公レティシアは時代に救われたところもあるのかなって思います。
現代であればこうはならなかったと思います。人権的な意味で。
作者の感想でした。
2020/04/12 文章を少し加筆しました。
2020/05/31 文章を少し修正・加筆しました。