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5話  憎悪を断つ意志

 今日で分かったこと。


 常識の中にあったのは偽りばかりで。

 内側から呼吸をする者達は考えるのを止めてしまった。


 半永久的に動物園の扱いを虐げられている様を知らない。他人との関わりを断絶させる数々の洗脳めいた情報が自分を見失う為の手段だと気付かずに、のうのうと時間を潰しては無駄にしている。


 一体何が真実で。


 一体何が嘘なのか。


 分からない。分からないから人は悩み、自分なりの考えを示す。そうして人類は進化し続けて文明を発展させてきた。小さな努力と豊富な発想力によって、今を生きていることを実感させるキッカケに繋がる。先代の知恵を元に繋いだ意思は、現在も届いていたかのように見えていた。


 しかし、状況は最悪な方向へ転ぶ。

 外側の景色についてあまりにも関心がない人が増えてしまう結果に。


 想像力が足りない。

 違和感を見抜く術の思考力が足りなかった。


 そして。その一人である神栖夜弦は由々しい事態の前では、全てが無力だった。


 化物には敵わないと。


「そもそも、なんだよ、これ……。生き物なワケがない……」


 否定を繰り返す弱音は後退と共に霞んでいく。

 目に映るものに拒絶が開始する。鵜呑みできない思考を凝らしても結果は同じ。


 これが都市伝説をもたらした異形の犯人なのか。


 行方不明を出した神隠しとは何らかの関係性を持ち、引き金を引いたのか。異形の時点でこれはUMAに近い存在だと認識しても一歩が足りなかった。


 心が揺らいでいた。

 混沌と満ちた正体不明の化物に何ができる?


 無茶をしても以降のビジョンが見えなかった。濃霧に覆われている中で、夜弦は路地裏にいるに、いつの間にか黒い空間に閉じ込められたかのような、心臓が張り裂けるほどの、息苦しい境遇を目の当たりにした。


 ―――体が思うように動けない。


 感覚に亀裂が走ってしまい、硬直は解けそうにない。

 動悸はおかしくなる。呼吸がうまく機能しない。それどころか靄に邪魔されて、視界は良好ではなくなるばかり。


 だが。


「―――霧の仕業、か」


 心の衰弱の犯人。

 それは有害物質から漏れ出す霧の影響に違いない。


 焦ることじゃない。見方を変えよう。何かを見落としてはいないか。

 考える夜弦は頬を伝う透明の液体を拭う。


 霧に隠れた加湿飛行機はまだこちらに気付いていない。というか、人を認識する機能があるのか曖昧で、どのような方法で掻い潜るのか至難だった。


 今逃げれば。

 何事も生まれない欺瞞の日常に戻れる。

 逃げ出したい気持ちは嘘じゃない。正直な心は嘘を付けない。それでも非常識を求めた夜弦は都市伝説を刮目するのを止めない。


 無力だからこそ。

 自分は変われることに気付いた時。


 眼前に広がる真相は終わりを告げて、真新しいものとして昇華する。


 不敵な笑みを浮かべて、命を燃やした。


 ―――覚悟が辿り着いた。


「倒せるかもしれない……!!」


 手の震えは止まらず。無謀だと意識は自覚している。

 虚勢を張るだけの一般人は実際として勝ち目はないのは証明済み。手探りする時間は足りず、殴りかかっても反撃されるだけだ。


 ならば。敢えて近付かない。


 距離を利用した挑み方で牽制し、煙を焚きながら旋回する加湿飛行機に向けて体勢を崩した夜弦は使い捨てカイロをタービンに放り込む。狙い済ました軌道は理想を描き、呆気なくファンブレードの中に巻き込まれた。


「痛ッ!? ……どうだ!」


 凍える身体に鼓動を繋げるちっぽけなアイテムが原動力となった。


 倒れたままの夜弦は奥歯を力を込める。

 濃霧に包まれた路地裏は当然視界が悪い。背丈を匍匐することでより正確に加湿飛行機との距離は測れた。怪物に感付かれる前に不意討ちを仕掛ければ勝機は一時的に天秤は傾く。


 その一時的な勝機を調教するのが、多少の工夫が必要となる。


 まずは。動向を伺う。


 対して異物に感知した加湿飛行機にアクシデントは生じた。

 爆風を含んだ金属音が路地裏に轟く。


 思わず耳を塞ぐ夜弦が目撃したのは、ファンブレードの隙間から黒煙を立ち上ぼりながらも空中を停滞する、怪物の見に見える無欠さが浮き彫りに。


 ひと目で分かる。これは失敗したと。


「……なんでバードストライクしないの?」


 反動で空中分解を想像していた夜弦は呆気に取られた。


 効果はあったハズだ。旅客機の両翼についての死角を捉えたハズだ。なのに怪物はほとんど無傷で、それどころか弱点を突いても進展する見込みもない。


 むしろ、火難を招く事態を進歩させる展開を、不覚に繋げてしまった。


 ―――悲鳴を孕んだ火が移る。


 距離を隔離しようとしても遅い。


 蒸気を噴射する加湿飛行は熱を込める。続けて小刻みに震えた途端、高速回転を実行し、車輪からは火玉が容赦なく四方八方に散乱していく。


 怒りが見えなかった。『本体』が真っ赤に燃えている現状を見過ごせば、マシンガンの如く霧の路地裏に注ぐ熱という暴力を身に染みる結果を覚えた。被害はより深刻になって。火溜まりは空中を埋め尽くす。


 爆風の被害となったマフラー。

 吹き飛ばされた挙げ句火に取り憑かれては次第に溶けていった。


 灼熱が襲う。恐怖を抱くが思考は辿り着きそうにないらしい。

 感覚は精一杯に最善の解決策を模索するが、肝心な部分である身体は地面に這いつくばったまま、言うことを聞いてはくれない。


 その理由に関して。やっとの思いで夜弦は思い当たる節を見出したものの。


 突然、吐血を吐き出したのだ。


「が……ッ!?」


 侵食する痺れが全身に伝わり。激痛と共に神経を削る。

 呼吸が苦しい。体が焼ける痛みが広がっていく。喉の奥に詰まる不快感を拭おうと、伸ばした両手は首元を締める形に。一瞬の激痛が忘れるほどの緊迫した状況では自身に迫る危機の方が順位に優先させる。たとえそれが灼熱に囲まれて、火の海に飲み込まれる寸前だとしても。


 吐血を促した主格が加湿飛行機による、汚染された霧の影響だと知り得ても。


 目の前を覆う火玉からは逃れられない―――。


 死ぬ。


 終わる直前を実感する。完全なる絶望が未来を断とうして。


 怪物は確信を得る。

 たった一人の少年に向けて。耳を劈き、憎悪を震わせる金属音の嘲笑をした。


 嘲笑をするが。

 神栖夜弦が死ぬことには至らなかった。


 何故ならば。



「―――焔迅」



 澄み渡る。鈴の音。風鈴の音。鐘の音が波紋を辿って。

 命を焦がす全ての火を乗せた、灼熱の剣を振り翳す少年の眩いシルエットは。


 本当の朝を告げる。

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