4話 悪夢は続く
直感だけが知る、恐怖の知らせ。
たとえ記憶になくても。意識の奥に眠る本能は騙せない。
日常の中に潜んだ違和感が流れ込む。常識を貪る偽りの存在は視界に映らない。しかし研ぎ澄まされた感覚は騙されず、路地裏の奥で待ち受けていると、その正体の形に感付いた夜弦は途端に目の色を変える。
「これは、なんだ……?」
おぞましい気配の波に息を呑む。思わず拳を作る。
精神を削る負のイメージが肌身を伝う。五感を蝕む正体不明のエネルギーが濁流のように押し寄せて、立ち向かう意思を挫こうと行く手を阻む。
今にも逃げ出したい。
そんな心の露呈が筒抜けになってしまうのに。
対して、得体の知れない感覚の対面に、夜弦は逡巡の意味など要らなかった。
寧ろ。一人の少年は。
真実の烙印を激しく求めていることを。
―――空気の彼方に伸ばした手はちっぽけな光を掴み取った。
「そこに神隠しはあるのか……?」
届く恐怖よりも先に。
差し掛かる光を浴びる少年はゆっくりと前に突き進む。
最も近くて。最も遠い。
無限に沸き上がる興味が、夜弦に変化を遂げた。
狭い路地裏へ歩む。
違和感との距離が縮める度に濃霧は嫌がって逃げていく。
まるで影に潜んだ弱い自分。逃げてばかりの結果にうんざりして、それでも自身の弱さを受け入れた、今の『自分』がいることを忘れてはいけない。
無謀をチャンスへ変える志。それは。
理解を拒絶する恐怖さえも、迷宮入りした謎さえも、真実を求め続ける探究心は誰にも止められはしないのだ。
見失った記憶を見付ける旅。
思い出せない夢の続きを探す旅はきっと簡単には終わらないだろう。
それでも。夜弦は幻想を抗い続ける。
「手を伸ばせば、見える世界が変わるのなら、神隠しは俺を呼んでいる……!」
有り得ないけれど。信じられないけれど。
確かにあの夢は意識の狭間にあった。その性質は異常そのものだった。
言葉には表せないほどの、とめどない恐怖によって目覚めた夜弦はありもしない疑念を抱いたまま、夢の正体を探している。混沌とした様は理解不明で、シュールを含んだ不気味な世界は偶然生み出したものじゃない。
外部の影響によって呼び起こした『悪夢』の証拠そのものだ。
「神隠しがあれば、伝説は具現化する!」
証明する理由が欲しい。
たったそれだけの願望が、恐怖を越えた。
逆光で前が見えない。けれど現実と幻想が隔たる壁はすぐ側にある。
執念は覆らない。失踪事件の真相は一体何処に委ねるのか。足りなかった刺激と共に。日常に潜むオカルトの領域を迷いなく踏み込んだ。
心を強く持つ。やがてそれは力となって。
そして自分を信じ続けた夜弦は、真実の向こう側を目の当たりにする。
―――待ち望んだ答えは、予想を裏切る形として幕を閉じた。
隠された悪夢はまだ続いていることを。
夜弦に笑みが消えた。
「こんなの、絶対に有り得ない……」
驚愕は上の空。一歩後退する姿勢と共に、否定の言葉は濃霧に溶け込む。
結果は左右される。証明の代償として夜弦の精神は削られた。だがそこには憂いは無い。あるのは背かれる事実に対して、意識が追い付かないこと。受け入れる為の思考力が不足していたこと。
唯一当て嵌める『霧』の正体というのは。奇禍が具現化した有害物質であった。
ケミカルに彩る球体の加湿器。硝子細工のように通る透明感。
核心部を宙に浮かすのは、ホバリング機能として支える金属のような装甲を纏う両翼。無機質に整ったそれはジェット機のタービンを備えて、音を立てずに回転する。何よりも歪なのは上下左右に浮遊する車輪。車輪から噴く無色の水蒸気は霧を発生し、晴天だった雨上市に混乱を招く原因となり、人類に対する敵に等しいほどの未知なる存在は常識を置き去りにしてしまう。
ここに顕然するのは。紛れもなく違和感の頂点。
新たな非常識が平凡を支配していく。