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3話  不穏の知らせ

 簡単な身支度を済まし、夜弦は淡々と周囲の清掃を進める。


 学生服を身に纏い階段を下ると一階にあるダイニングルームからは『おはよう』と両親の明るい声が歓迎する。温かい食事と共に一杯のコーヒーで嗜み、液晶画面を眺める夜弦はなんとなく天気予報を確認したかっただけなのだが、内容は相変わらず机上の空論。特に怪奇事件に関しては信憑性が欠けていた。


「神隠し……?」


 巷で疑念されている連続失踪事件。


 現在日本各地で事件が起きているというのに。裏付ける証拠が乏しいのか。それとも全く手掛かりが見付からないのか。


 世間の厳しい声を抑えようとして。オカルトチックに特集されている。


 不謹慎というか早朝に放送するのはあまりにも相応しくない。実際に行方不明者が今日も報道されていて、実名は伏せてはいるが、他人事の危機感を間違った報道を全国で流すのはどうも感覚が麻痺しているように見えなくて。


 大体。そもそもの時点で。

 夜弦はこういった迷信めいた超常現象を信じていない人間だった。


「ひと括りに纏めた信憑って、関連性は皆無なんじゃ……」


 否定する理由。至極簡単。

 今まで生きてきた中で一度も幽霊とは遭遇したこともない。UFOや宇宙人がいたらその以前の問題として隠す必要もないのだ。世界中が混乱に陥っても構わない。空想によって具現化されたキャラクターに振り回される人生が嫌なだけ。


 あるべき事実は真実を語らなければ。散りばめられた意味に価値など無い。


 たったそれだけの自分勝手な答えだ。


 意見は差異する。こうして生まれるのは、無駄な争い。

 存在しないと否定する人も居れば、相対するように、存在すると信じる人も居る今日のご時世。お互いの執念は相容れることは決してないだろう。


 答えに辿り着かない論争は口を噤むだけで収拾が付く。

 言葉は災いと等しく。迂闊に形にしてしまえば災いを招き身を滅ぼす。


 世の中が平和にならないのと同じように。


 双方の正義は争いの糧となる。


 ―――争いの誘惑であるSNSは、既に冷たい無法地帯と化していた。


「ネットが使いにくい、世の中になっちゃったな……」


 片手にあるスマホは冷たい。

 電源を落としてしまえばただの端末だ。余計な情報を遮断した毎日を送る。天気予報だけは唯一間違えない。混雑とした誰かの言葉を傾けるよりも、息抜きが出来る一日を過ごした方がよっぽど有意義かもしれない。


 知らない人のSOSは他者を苦しめる。

 そして自分の主張は風と共にすり抜けていく。


 歪み始めた意識は知らずに自分自身さえも罪を重ねる。絶対的な責任の連鎖が続く形のない世界に、夜弦は相手が誰であろうと楯突くつもりだ。


 限りのない否定こそが、自分自身の試練を課す存在なのだと。


 神栖夜弦は理解している。





 食事を済ませた夜弦。両親に見送ってもらい、行ってきますの挨拶を交わすと、登校の行程をなぞっては目的地に向けて進んでいく。


 しかし、何か気掛かりなのか、歩くのを止める。


 濃霧に包まれた雨上市。

 足元に伝う煙は行く先を忘れて。宙に漂うだけで消えていく。

 たった一本の道を進んだだけで人の気配と叡智で築いた生活音が失せる場所は、いつも見てきた景色とは異なっており、一方で目視できる細い道には太陽の光が微かながらも溢れるように差し込む。


「……昨日。雨、降ってたっけ」


 思い出そうとしても。

 頭痛が走って、昨日の記憶は心に辿り着かない。


「確かに、夢を、怖い夢を見たんだ……。なのに、全く思い出せないなんて。それほど重要なものじゃないけど、昨日の記憶が、俺が何をしていたのか、当たり前のことなのに忘れている……」


 驚きは声と共に大きくなる。

 夢を見て一部だけが記憶喪失になってしまったのか。


 潜考する時間に限りはあるが焦るほどじゃない。どのような原因で夜弦は一体何を恐れていたのかを。それを突き止めなければ何も始まらない。


 まずは、目的地である学校に行かないと。


「難しいことは置いといて……、とりあえず、学校に辿り着こう」


 気分転勤に大回りしようかと悩んだ。

 吐く白い息は相変わらずのようで、使い捨てのカイロをお手玉のように弄ぶが、飛んでいたカラスに奪われてしまった。


 愕然としながらも、夜弦はきちんとマフラーを首元に纏う。


「……嘘でしょ」


 邪魔するように行く手を阻むカラスの強い羽ばたき。いつの間にか集団に囲まれていたようだ。それでも夜弦は構わずに道を選び、使い捨てのカイロを摂理のままに捨てることを決意してさっさと歩く。


 冷え込んだ冬の澄んだ空気。葉のない街路樹は少し寂しい。


 連なる街灯は未だに光を灯す。

 バラバラに設置されている一灯式信号は不気味に点滅を繰り返す。

 雑音の少ない場所は太陽の日差しがまだ弱い。覆う霧を手で裂いてみれば、目の前に広がった青い空は手が届きそうなほどに、どこまでも続いていた。


「ここだけが、星が見える……」


 まるで。夜とトレードしたような、不思議な感覚に誘われる。


 どこか心が浮いてしまうような。

 身に覚えのない、懐かしさに浸る切ない感覚が思い出す。


 風が吹かない街並みでは数え切れないほどに並べられた風見鶏は踊らない。黙々と流れる電光掲示板だけが、世界情勢を詳しくピックアップ。主な内容は、気候変動によって各地の四季が変化して異常気象を来していること。


 そして注目すべき点。それは、日本では神隠しが全国で発生していた。


 横へ振り向いてみると。

 夜弦は黄色いテープで遮られた路地裏を見付ける。


「立ち入り禁止?」


 そこには『通行禁止』と書かれており、至る中に張られたテープの数の多さに自然と不気味さが身に染みてきた。無駄な想像が膨らむ。


「……やっぱりだ。何も思い出せない。でも、事件が起きていたのは確かだから、この痕跡が証拠に繋がる。だけど、これは報道されていなかった」


 記憶に自身がない今、考えられるものは見識力だ。


 黄色いテープを手に触れる夜弦は思い澄ます。しっかり張られた黄色いテープには損傷といった箇所はなく、至って真新しいものだと確認できる。人の物音が少ない路地裏では何らかの事件が勃発し、簡易的ではあるが、失踪事件は猟奇がもたらした愉快犯の仕業だと推測する。


 これほど興味が冷める物事というものは。案外心が幻滅しているからなのか。


 ―――夜弦は黄色いテープを強引に引きちぎった。


「……誰かのイタズラだ。趣味の悪い、下劣なイタズラなんだ」


 防犯カメラが壊されている。欠けた部品が地上に飛び散っている。


 便乗した悪さが過ちを犯す。犠牲のいない悲劇を生じたダウナーの時代背景。孤独なイタズラだろうが、許されるものではない。倫理を崩す邪心の結果に、夜弦は義憤し、黄色いテープを回収した。


「一体、何が楽しいんだが」


 証拠を隠す。時間が経てば頭の悪い犯人は特定されるだろう。

 呆れて首を左右に振る夜弦に用事は無い。


 沈んだ感情を晴らす為には此処を離れるしかなく、憤りは躍進の起爆となって、まだ見えぬ目的地へ進もうとした。



 ―――その時だった。



 路地裏の奥で、水が跳ねる音が響いた。


 耳に障る僅かな音。拡がる波紋は見えないのに、身の毛をよだつ緊迫の感覚が全身に巡る。それは危機感に近いもので、本能だけが知る違和感の知らせは、一部の記憶が欠けている夜弦に盛大な影響力を与える。


 無意識のままに。夜弦は白い息を吐きながら、ゆっくりと身構えていく。


「……不吉な予感がする」

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