九話 トクベツガガガ
ねず子とケンケン、そして俺の三人で連絡先を交換したその日の夜。
自室のベッドで寝転びながら、スマホで世界中の美女達のおっぱい写真を楽しんでいると、突然ディスプレイが真っ暗になって「ねず子」という名前が出てきた。ねず子からの電話だ。
正直こんな時間にねず子から電話が来るとは思っていなかったので──連絡先を交換したとはいえ、向こうから連絡が来る事はないだろうと勝手に思い込んでいたからだ──スマホの画面に映っている自分の驚いた顔に苦笑しつつ、俺は通話ボタンをタップした。
『あ、もしもし。トラ先輩ですか?』
「この電話番号は現在使われておりません。ご用件のある方は『ピー』という発信音をお入れください』
『ピー! ピー! ピー! ……って何させるんですか! メッセージの代わりに着信音を入れる理由がわかりませんし、そもそも現在使われていない電話番号なら、留守番電話サービスなんて必要ありませんよね!?』
そこまでわかっておきながら、最後まで俺のボケに合わせてくれるあたり、ねず子も大概芸人体質だよなあ。
「で、こんな夜更けにどうした? バナナでも欲しいのか?」
『なんで急にバナナ……? 私、バナナが欲しいって一言も言ってませんよね?』
「夜更けと言えばバナナだからな」
『い、意味がわかりません……』
俺もよくわからない。じゃあなんでいきなりバナナなんて言ったのか。
『というか、もしかして今から眠るところでした? まだ夜の九時過ぎなので、電話しても大丈夫と思っていたのですが……』
「いや、まだ起きているつもりだったし」
なんなら、俺のムスコもオッキしていたところだ。まったく虎介さんチのムスコさんは、こんな時間にまでオッキして〜。元気なムスコさんね〜。
『それを聞いて安心しました。今日中にお礼だけでも伝えたかったので』
「お礼って?」
『剣斗先輩の連絡先を聞くのに協力してくれた件ですよ』
「ああ、あれか。いやなに、俺は何もしていないさ。あっはっはっ」
『いやほんと、実際何もしてませんが。むしろ邪魔しかしなかったような気がしてなりませんが、それでも結果的には連絡先を交換できたのは事実なので、お礼くらいは言っておこうかと思いまして』
「なんだ、それでわざわざ電話してきたのか。つーかそれくらい、律儀に電話しなくてもメールだけでもよかったんだぞ? メルアドを書いた紙、渡したはずだろ?」
『確かに受け取りましたけれど、LINEで慣れてしまったせいか、いちいちメルアドを登録するのがちょっと面倒で……。それにこういうのは、ちゃんと口で伝えたほうがいいかと思いまして』
現代っ子だなあ。まあ俺みたいにLINEじゃなくメールでやり取りする方が逆に珍しいか。ケンケンはもちろん、未だに家族と連絡を取る時もメールか電話で済ませちゃうし。
『それよりも、トラ先輩はどうしてLINEをしないんですか? 部室で連絡先を交換した時は、トラ先輩が空気椅子ですっかりバテてしまっていたので、あえて訊きませんでしたが』
「なんで何も、面倒くさいからだよ。逐一スマホを気にして生活なんてしてられんだろ。いちいち何度も返信を書くのも手間だし」
『私達女子高生にしてみれば、LINE無しで生活するなんて死活問題にも等しいんですけれどね。うっかり既読スルーなんてしたら、その日から私という存在を友達からスルーされてしまいますよ』
なにそれ怖い。それだけでスルーされるなんて、今時の女子高生の交遊関係ってどうなってんの? いや女子高生に限った話じゃないかもしれんが。
「それを聞いたら余計LINEなんてする気にならんわ。そもそもLINEが無きゃ関係を絶たれるくらいなら、そんな友達いらんとも思うけどな。俺なら」
『……世の中トラ先輩ほど、強い人ばかりじゃないんですよ……』
なんだか、妙に実感のこもった言葉に聞こえた。
ふうむ。なんかよくわからんが、似たような経験でもあったのだろうか。ちょっと地雷っぽいので、こっちから訊いたりこそせんけども。
『それにしても、さっきのセリフを聞いて、不覚にも少しだけ感心しちゃいました。トラ先輩にもそういうカッコいいところがあったりするんですね』
「あっはっはっ。苦しゅうない。もっと褒めい〜」
『まあ、単に友達がいないだけかもしれませんが』
「んな!? バッカお前、友達くらい俺にもいっぱいおるわ! ケンケンはもちろん、愛とか勇気とか……なんかそんな感じの友達が!」
『愛とか勇気とかの概念を友達扱いをしているあたりで、交遊関係が浅い事を露呈しているようなものだと思うんですけれど……。というより、本当に剣斗先輩くらいしか友達がいなかったんですね。なんかすみませんでした……』
「おいやめろ! そういう少し可哀想な人みたいな言い方は! ちょっぴり涙が出ちゃうでしょ!?」
確かに、はがない(この略称が今の十代の読者にどれだけ伝わるのだろうか)俺ではあるが、それは量よりも質を選んでいるだけで、決して友達が作れないとか、そういうわけではないのである。友達を作ると人間強度が下がるとも言うし。
まあ、あれだ。つまるところ、友達を百人作るよりも百人分大事に出来る友達を見つけろってやつだ。
いや、この際俺の事はどうでもいいとして──
「それよかお前、ケンケンと連絡先を交換したはずだろ? 俺と違ってLINEのIDも交換していたはずだし、さすがにもうメッセージは送ったんだよな?」
『い、いえ。それはまだですけれど……』
「なにやってんのお前……?」
あんなにケンケンの連絡先を欲しがっていたのに、まだ連絡せずにこうして俺と電話で話しているとか、色々と本末転倒じゃね?
『ち、違うんですよ! 最初は剣斗先輩にLINEでメッセージを送ろうと思っていたんですけれど、よくよく考えてみたら勉強中かもしれないし、迷惑かもしれない気がしちゃって……』
「そんなんで迷惑がるほど、ケンケンは器の小っちゃい男じゃねぇよ」
なんせ見た目も中身もイケイケメンメンな男だからな。そのイケメン力をオラにも少し分けてほしい。
「つーかさ、なんで俺の時だけあっさり電話してんだよ? もしかしたら俺だって勉強中だったかもしれないだろ?」
『だってトラ先輩ですし。どうせスマホでエッチな画像でも見ていたんでしょう?』
ばれてーら。
「じゃあタッチな画像だったらよかったのか?」
『なぜそこで唐突にあだち充……?』
最近アニメで「MIX」を観たせいかな?
「まあ、それはいいや。とりあえずお前、俺とこうして電話してないで、さっさとケンケンにメッセージを送ってみろ。ケンケンも邪険に扱ったりはしないはずだから。親友の俺が保証してやる」
『わ、わかりました。今から送ってみます』
「おう。もっとも俺の保証は、次に会話した時にはとっくに期限が切れてるけどな」
『いやそれ、結局責任は取らないって言っているようなものじゃないですか!』
そうとも言う。早見優。
☆★☆★
翌日。
「美女のおっぱい吸いたい」
「うん。できたらそれ、昼食中には聞きたくなかったなあ」
そんなわけで学校の昼休み。いつも通りケンケンの席で弁当を広げながら願望を口にした俺に、購買で買ってきたメロンパンをちぎりつつ、ケンケンはそう苦笑混じりに返した。
「おバカぁ! ご飯を食べながら美女のおっぱいを吸って水分を取るのがいいんでしょうがあ! 特に巨乳だったら最の高でしょうがあ〜!」
「でも母乳って美味しくないって聞くよ? それに栄養価も高いからあんまり飲み過ぎると体調不良を起こすみたいだから、水分補給には向いていないと思うなあ」
「マジンガー!? 俺よりもおっぱいに詳しいなんて、さてはケンケン、お前おっぱいマイスターだな?」
「たまたま知っていた情報を口にしただけだし、それにトラのおっぱいへの情熱に比べたら、僕なんて足元にも及ばないよ」
「まあ俺のおっぱいへの情熱は、そこらにいるおっぱい好きとは格が違うからな。勝ったなガハハ!」
「ちょっと! さっきからいい加減にしてよねっ!」
と。
俺が勝利を確信(何の勝負だったっけ?)して高笑いしていた中、例によっていつもケンケンの席に近くにいるギャルグループの一人が、急に立ち上がって声を荒げた。
「お昼を食べている時に下品な話をしないでよ! ご飯が不味くなるでしょ!?」
「ほんと勘弁してほしいかも〜。おっぱい魔神は辺境に隔離すべきかも〜」
「それな。マジでそれな」
こいつら、相変わらず俺に対する態度が最悪だな。おっぱいはでかいのに。おっぱいはでかいのに!
「ごめんね。ご飯の邪魔をしちゃって。なるべくトラには静かにしてもらうようにするから、ここは僕に免じて許してくれかいかな?」
「許す許す! 滝沢君の頼みならいくらでも許しちゃう! むしろ滝沢君ならいくらでも『おっぱい』とか言っていいから! いっそ私のおっぱいも揉んでいいから〜!」
「ウチは挟ませてほしいかも〜! 滝沢君の顔をおっぱいで挟ませてほしいかも〜!」
「それな! マジでおっぱいそれな!」
ひどい差別の現場を見た。
なんでこうもケンケンだけ特別扱いされるのか。あれか、イケメン無罪ってヤツなのか。
その半ケツもとい判決、異議あり!
「てめぇら〜! ケンケンばっかり特別扱いしやがって! そんなに母乳ブチ撒けられたいのかゴルァ!!」
「「「だからまだ出ねぇつってんだろ」」」
出る可能性も微レ存であるかもしれないでしょ!
「トラ。許してくれるって言ってるんだから、少しは落ち着きなよ。僕らが騒いでいたのは事実なんだからさ」
「ちっ。命拾いしたな」
「完全に三下の悪人って感じのセリフだねぇ」
捨て台詞を吐く事で溜飲を下げつつ、俺は自分の席に座り直し、苦ケンケンは苦笑しつつメロンパンの摂取に戻る。
あ、そうだ。今まですっかり忘れていたが、ケンケンに聞きたい事があったんだった。
「なあ、ケンケン。昨日ねず子から連絡が来たりしたか?」
「根津さんから? うん。昨日の夜にLINEが来たよ。『今日は連絡先を交換してくれてありがとうございました』って」
「え? そんだけ?」
「さすがにそれだけってわけではないけど、まあちょっとやり取りした程度かな。勉強の合間に休憩を取っていた最中だったから、本当はもうちょっと話していてもよかったんだけど、根津さんの方から『あまり勉強の邪魔をしてはいけないので』ってメッセージが来て、それでやめちゃったんだよね」
「ねず子の奴……」
俺に協力させてまで想い人と連絡先を交換できたというのに、自分から話を切り上げるなんて、本当に何やってんだアイツは。せっかくケンケンも休憩中でメッセージをやり取りするだけの余裕があったというのに。
なんて、思わず眉根を寄せる俺に、何故かケンケンが嬉しそうにニコニコ微笑んでいた。
「なんだ? どうかしたか?」
「うん。トラって、なんだかんだ言いつつも後輩思いだよなあってね」
「確かに、ねず子の生理は重そうではあるが……」
「そっちの『重い』じゃないんだけどなあ」
と。
そんな会話をしている間に、ポケットに入れていたスマホは不意にブルッた。
スマホを取り出して画面を開いてみると、ねず子からメールが届いており、そこにはこんな文面が書かれていた。
【昼食後でいいので、体育館裏に来てもらってもいいですか?】
体育館裏? なんでまた急に?
なんだかよくわからないが、どのみち暇なので、ねず子に【ブラジャー】とだけ返信しておいた。
ちなみに自分もLINEはやっていません。
いやほら、あれって選ばれし者(リア充)にしか扱えないものだから……。所詮自分は、時代の負け組じゃけえ……(白目)。