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八話 ぼくたちは連携ができない



「へえ。急に足腰を鍛えたくなって、それで空気椅子なんてしてたんだ」

 ケンケンが文芸部の部室に戻ってきてから、しばらく時置いて。

 当然のごとく空気椅子をしていた理由を訊ねられた俺は、事実を一切隠して、急に思い立って足腰を鍛えたくなったと、ケンケンに対しであれやこれや嘘八百を並べていた。

 まあ、馬鹿正直にねず子の胸を揉んだなんて口が裂けても言えないしな。言ったら絶交とまではいかなくても、絶対零度の冷たい眼差しを向けられる事は可能性は十分にある。ケンケン、直接的なセクハラには厳しい面があるしなあ(小さい頃は見逃してくれていたのに!)。

「てっきり僕は、またトラが根津さんに失礼な事でもして罰を受けているのかと思ったよ」

「ま、まっさかー。あははー。あははのすけ〜」

 鋭い! さすがは俺の幼なじみだけの事はある。

「で、あとどれだけその体勢でいるつもりなの?」

「えっと、あと十五分くらい?」

 もうやめていい? という意味で椅子に座っているねず子を横目で窺うと、「べーっ」と俺の正面にいるケンケンからは見えないように小さく舌を出された。

 おのれねず子め。あくまでも空気椅子を維持しろというのか。もしもこの罰のせいで足腰が悪くなったら末代まで祟ってやる。男にとって足腰はかなり重要なんだぞ! ピストン運動的な意味でな!

「根津さんの方は、僕が来るまで何をしていたの?」

「あ、えっと、私は読書感想文用の本をスマホで調べていました」

 嘘です。ちょっと前まで俺と乳繰り合ってました。

「そうなんだ。何か良い題材は見つかった? 今回送るコンクールは人間関係がテーマになっているから、少し難しいかもしれないけども」

「……そう、ですね。今日まで色々探してみたんですが、私は綿谷りさの『蹴りたい背中』にしてみようかと」

 おっ。ねず子の奴、もう読書感想文用の題材を決めていたのか。『蹴りたい背中』というのがどういった本なのかまでは知らんが。SMクラブの女王様のお話かな?

 しかし、読書感想文かー。今日の自習の時にもケンケンと話はしたけど、俺もそろそろどうにかしないとなー。でないと、なちゅやちゅみもとい夏休みの課題が増えてしまう。

 いっそ『快楽天』にでもしようかな。エロ雑誌だけど、愛さえあれば関係ないよねっ。

「『蹴りたい背中』かあ。僕も読んだ事があるけど、良い作品だったよ。芥川賞に選ばれた事だけはあるっていう理由もあるけど、主人公が僕達と同年代だから共感しやすいんだよね。きっと根津さんも気に入ると思うよ。良い感想文が書けるといいね」

「はい! 頑張ります!」

 ニコリとケンケンに微笑まれて、快活に返事をするねず子。

 さすがはイケメンスマイル──あっさり好感度を上げやがる。こんなのが恋のライバルだったら、絶対勝てる気がしないね。俺がモテないのはどう考えてもケンケンが悪い(言いがかり)。

 まあイケメンはイケメンで大変とも聞くけどな。なまじケンケンは成績優秀で運動神経抜群。それでいて人格者とまで来ているのだから、そりゃ周りにいる女子も放っておきませんわ。常時、恋の嵐が巻き起こってますわ。英語で言うとスカイラブハリケーン。

「剣斗先輩は、確かもう題材を決めてらっしゃるんですよね?」

「うん。僕は太宰治の『人間失格』にしたんだけど、空いた時間に少しずつ感想文も書き始めてるよ。有名な作品だから、題材としてはありふれているし、僕の文なんかじゃあ、他の投稿作品に埋もれてしまうかもしれないけどね」

「そんな事ありませんよ! 剣斗先輩が書く文章、私は素敵だと思っています! きっと入選だってしますよ!」

「乳腺とな!?」

「いやそっちの乳腺ではないですから! 話をややこしくしないでくださいよトラ先輩!」

 あっさりねず子に見抜かれた。

 ていうか、よくわかったな。発音はほとんど変わらないはずなのに。やっぱりこいつ、超能力者なんじゃね? レベル5なんじゃね?

 と、あれこれ考えていた内に、ねず子がおもむろにウインクしてきた。それもケンケンにはわからないようにさりげなく。

 負けじと俺もカッターシャツのボタンを外して、勢いよく胸をはだけてやった。

「って、いきなり何してるんですかっ!?」

「(ビクッ)き、急にどうしたの根津さん?」

「ああいえ、なんでもありません。剣斗先輩、少しだけ席を外していいですか?」

「え、うん。いいけど……」

 困惑しながもそう頷いたケンケンに、ねず子は「ありがとうございます」と言って席を立った。

 そして、そのまま俺の元へと歩んで──



「バカですか! トラ先輩バカなんですか!?」



 なんでか、いきなり悪罵を叩かれた。

「なんだよー、藪からスティックに。小声だからケンケンには聞こえてないみたいだけど、あんまり妙な真似をすると変に思われるぞ?」

「それはこっちのセリフです! なんでいきなりカッターシャツを脱いだんですか!?」

「え? だってあのウインク、『乳首相撲をしようぜっ』って合図だろ?」

「全然違いますよ!? 私が『乳首相撲』なんてするわけないでしょうが!」

「じゃあねず子、乳首相撲しようぜ!」

「やりませんから! そんな『磯野ー、野球しようぜー』みたいな言い方されても絶対やりませんから!」

 ひとまずカッターシャツを着てください! と声を潜めながらも怒気を込めて言うねず子に、俺は「ちぇー」と唇を尖らせながらズボンを下ろした。

「なぜ! そこで! ズボンまで脱ぐ!?」

「たまには下半身の通気を良くしないと、ムスコの元気に関わるからな」

「今しなきゃいけない事じゃないでしょう!? いいから早くシャツもズボンも直してください! 目のやり場に困りますから……っ」

「そこまで言われたら仕方がないな」

 言われた通りカッターシャツを着直して、ズボンを上げる俺。いくさの時は引き際も肝心とも言うからな。なんの戦だったのかな?

「ほんとにトラ先輩は! どうしてそう突拍子のない事ばかりするんですか! まさか私との約束を忘れたわけじゃないですよね!?」

「あたぼうよ! ほら、あれだろ? お前を甲子園に連れて行くって話だろ?」

「どこの上杉達也ですか! トラ先輩にそんな無謀極まりない事を頼んだ覚えはありません!」

「愚か者が! 俺が連れて行くと言ったのは、甲子園球場の売店の方だ!」

「予想の斜め下だった! というか愚か者はどっちですか! そこは嘘でも高校野球の地区大会で優勝して連れて行くとか言ってくださいよっ!」

 ていうか、そんな事はどうでもよくて! と苛立だしげに頭を掻いたあと、ねず子は言葉を続けた。

「私の言っている約束というのは、剣斗先輩との恋を手伝ってほしいって件です!」

「あー、そっちね。うん、完全に覚えてたわ」

 完全に忘れてたわ!

「本当ですか? なんかいまいち嘘くさいんですけれど……」

「マジだって! 俺に任せろ! 完璧にフォローしてやっから!」

「……じゃあ、今から剣斗先輩に話しかけるので、どうにか携帯番号を交換できるように話を合わせてくださいよ?」

「アイ・イェー!」

「本当に大丈夫かな……?」

 一抹の不安を残しながら(主にねず子が)、俺は空気椅子の状態を維持したまま、一方のねず子は元の席に戻った。

「すみません剣斗先輩。余計な時間を取ってしまいまして……」

「ううん。何かよくわからないけど、なんだか楽しそうだったし。どんな話をしていたの?」

「特に大した事は……。窓際にいるトラ先輩の体調が気になったものですから」

「ああ、今日も日差しが強いもんね。トラ、ずっと空気椅子を続けたままだけど、暑くはないの?」

「おう。俺はいつだってエターナルフォースブリザードだからな」

「大丈夫だって」

「そうみたいですね」

 二人して俺のボケをスルーしおった。そんな俺の心がエターナルフォースブリザード。

「あの、剣斗先輩。話は変わるんですが、剣斗先輩は夏休みに何か予定はあったりしますか?」

 予定? とねず子の言葉をオウム返しに呟いて、ケンケンは「うーん」と考え込んだ。

「基本的に塾ばかりかな。部活もあるし、あまり遊びには行けないかも」

「そう、なんですか。勉強、大変なんですね……」

 ケンケンは国立の大学──それも法律学部を目指してるからなー。成績はかなり良い方だけど、それでも生半可な努力で行けるところではないのは確かだ。

「根津さんは、何か予定はあるのかな?」

「あ、はい。友達と遊ぶ日もありますが、家族旅行に行く予定もありまして」

「へー。いいね。僕も遊びに行くとしたらトラと一緒に近場を回るくらいかなー。他にも友達はいるけど、トラといる方が気楽だしね。連絡も取れやすいし」

「あー。トラ先輩、変態だから友達少なそうですもんね。夏休みの課題とかもしそうにないですし」

 なかなかに失礼な事を言ってくれる後輩だった。

 た、確かに友達は少ない方だが、これでもクラスの男子どもにおっぱい魔神様として密かに崇められているんだからな! 女子からはドン引きされてるけど!

 と、そうこうしている内に、ねず子の方からまたウインクで合図があった。ここで連絡先を交換できるように話を合わせろってわけか。ちょうど連絡だのなんだの話題が出たところだしな。

 よっしゃ! 胸を揉ませてもらった以上は、ちゃんと約束通り協力しないとな。俺が華麗にアシストしてやるぜ〜。

「なあ、ケンケン」

「なんだい、トラ」



「今からここにいる三人で、乳首相撲しようぜ!」



「タイム! 剣斗先輩、タイムをお願いします!」

 そう口早に言ったあと、ねず子はドドドドと鬼気迫る勢いで俺の元に駆け寄った。

「アホですか! トラ先輩アホなんですか!!」

「アホかアホでないかと言えば、坂田ではあるな」

「いつからアホの坂田になったんですかっ! ていうか、そうやってふざけて話を誤魔化そうとしないでくださいよ! 何でまたここで乳首相撲なんて言っちゃたんですか!?」

「作戦だよ作戦。乳首相撲から連絡先の交換へと話を繋げる予定だったんだよ」

「乳首相撲から連絡先の話まで繋がる気が微塵もしないんですけど!? そもそも私、乳首相撲は絶対やらないって言いましたよね!?」

「安心しろ。乳首相撲なら絶対に連絡先を交換する事ができるって、俺の未来予知サイドエフェクトがそう言っている」

「そんなゴミみたいな未来予知、今すぐ捨ててくださいっ!」

 それをすてるなんてとんでもない!

「とにかく! もう乳首相撲は禁止! 他の話題で私と合わせてください! いいですね!?」

「オーー!」

「本当に頼みましたよ!?」

 そう最後に念押ししたあと、ねず子は元の席へと戻っていった。

「お待たせしました」

「おかえり。だいぶ白熱していたみたいだけど、もう話はいいの?」

「はい。今年大流行したタピオカについて、ちょっと熱く語りたい気分になりまして」

「ああ。鬼殺隊の中で水柱さんが一番カッコいいよなあ〜」

「トラ先輩は黙ってください」

「アッハイ」

 ボケたのに……。せっかくボケたのに……。

「ところで話を戻しますが、剣斗先輩はご家族の方とお出掛けしたりはしないんですか?」

「両親共、仕事で忙しいからね。顔を合わせる事すら普段からあんまりないんだよ」

 ケンケンの家は親父さんが医者で、お袋さんが弁護士だからなー。しかも両親共に有名みたいだし、なかなか家族が揃うのも難しいそうだ。

「では、連絡を取り合ったりはしないんですか?」

「お互い、たまに近況を報告するくらいかな。まあ小学生の時からずっとこんな感じなんだけれどね」

「そうなんですか……。それはちょっと寂しいかもしれませんね……」

「まあ、小さい頃はね。でもトラがよく隣にいてくれたし、今はもう平気だけどね」

「へえ。トラ先輩もたまには役に立つんですね」

 あははは。こやつめ、言いおるわ。

 なんて会話している内に、またまたねず子がウインクで合図を送ってきた。

 よーし。今度こそ連絡先の交換ができるように頑張っちゃるぜ!

「なあケンケン」

「なんだい、トラ」



「テレクラって、最高だと思わないか?」



「…………」

「…………」

「…………」

 ザ・ワールド──時が止まった。

 まあそれは嘘なんだが、何故か空気が凍ったのは確かだった。

 あれ? 俺、ちゃんと話を繋げたよな? イメクラだけに、ちゃんと電話繋がりで話題を振ったよな?

 なんて、俺が怪訝に首を傾げていると、

「…………トラ先輩」

「なんだ、ねず子」

「トラ先輩は、いつになったらお空に打ち上がるんですか?」

「死ねってか!?」

 しかもそれ、あとで絶対「きたねえ花火だ」とか言う気だろ!?

 遠回しに嫌味を言ったつもりかもしれんが、それ、「今すぐお星様になれ」って言ってんの変わらねえからな!

「あのさ、根津さん」

 と。

 俺とねず子が睨み合っている内に、ふとケンケンがさりげなく挙手をして間に入ってきた。

「もしかしてなんだけど、僕と連絡を取り合いたいのかな?」

「えっ。ど、どうしてそれが……?」

「いや、妙に僕の予定を知りたがるから。僕とどこかに遊びに行きたいって雰囲気でもないし、連絡先でも交換したいのかなって」

 おおー、さすがはケンケン。ここまでの会話でよくそこまで気付けたな。こっちとしては察しが良くて非常に助かる。

 いい加減、ねず子に協力するのも疲れてきたしな! なんだか「お前が言うな」という空耳が随所から聞こえてきたような気もするが、気にしない事にする。

「まあ、あと一か月もしたら夏休みだしね。突然部活が休みになったりするかもしれないし、今の内に連絡先を交換しておこうか」

「あ、はい。よろしくお願いします!」

「ほら、トラも。いつまでも空気椅子なんてしてないでこっちに来なよ。部員三人で連絡先を知っていないと意味がないし」

「ん? おう、そうだな」

 ちょうど罰も終わる時間だったしな。

 何はともあれ。

 なんだかんだで、ようやく連絡先を交換する事が出来た俺達。まったく、やたら手間が掛かってしまったぜ(ほぼ俺のせいで)。

 しかし、まあ、あれだ。

 ねず子もやたら嬉しそうにしていたし、とりあえずこれで良しという事にしておこうかね。




タイトルを変えた事で、少しだけアクセス数とブックマークが増えました!(日本在住 男 十七歳と◯◯◯◯日)


……あれかな。そんなに前のタイトルが悪かったんかな……。


まあそれはそれとして、これからも感想、評価、レビュー、ブックマーク等、どしどしお待ちしております。

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