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三話 俺の後輩がこんなに可愛いわけがない




 今日も今日とて元気に部活動。自分の仕事が終わったからと言って、他の人の仕事を強制的に回されて残業させられる社畜のように、学生だって授業がすべて終わってもすぐ帰れるというわけではないのだ。

 そんなわけで放課後。用事があって遅れるというケンケンの代わりに部室の鍵を預かり、文芸部のある特別練(本校舎の裏手にある建物)に向かって歩いていると、ふと見るともなしに眺めていた窓から、ねず子の姿を見つけた。中庭にある大きな木のそばだ。

 んん? よく見ると、ねず子以外にも人がいるな。しかも男子で、いかにも陽キャラって感じの。

 間違いなく、あれは将来浮気しまくって彼女を怒らせるタイプだな。そんで刺されたり、バラバラにされたり、最後は首だけになって彼女の胸に抱かれながらボートに乗ったりするのだ。ナイスボート。

 閑話休題。様子を見るに、どうやら告白されているみたいだな。ここらはひと気が少ないとはいえ、オレみたいな通りすがりもいるのに、ずいぶんと大胆な。

 それだけ自信があるという事なんだろうが──まあまあイケメンではあるし──ありゃ玉砕確定だな。だってねず子の反応がイマイチだし。

 残念だったな陽キャラくん。世の中ショッギョ・ムッジョ……実際の告白はそう容易くないのだ。

 なんにせよ、このままここにいるのはよくないな。野朗の方はどうでもいいが(だれかに見られるのを覚悟してここで告白したんだろうし)ねず子の事を考えたら、さっさと離れた方がいいだろう。いつも生意気な後輩ではあるが、だからと言って、告白してきた相手を振る現場なんて、だれにも見られたくないだろうし。

 そうして俺は、何も見なかったにしてその場をあとにした。榊虎介はクールに去るぜ。



 ☆★☆★



「ほほう。『おっぱい』という言葉の起源は、お腹いっぱいの『いっぱい』が転じた説があるのかー」

 文芸部の部室で、スマホをいじりながらケンケンとねず子が来るのを待つ俺。

 文芸部なんだから本を読めよという話(実際部室にも色々本はあるけど)ではあるのだが、ほら、これだって一応文字を読んでいるのに変わりはないから。媒体が本からスマホに変わっただけだから。

 それにしても、おっぱいという言葉にそんな逸話があったとは。そういうば小学生の時に引っかけ問題で「いっぱい」を十回言わせたあと、「い」を「お」に変えさせてわざと「おっぱい」と言わせるやつ(ちなみに正解は「おっぱお」)があったが、この引っかけ問題も先の起源が元になっているのかもしれないな。

 え? その時俺はなんて答えたのかって?

 そりゃもちろん、元気に「おっぱい」って十回言ってやりましたよ。おっぱいがいっぱい!



「……お疲れさまでーす」



 と。

 そうこうしている内に、疲れたような表情をしたねず子が、これまた覇気なく部室のドアを緩慢に開けて入ってきた。

「おう、ねず子。相変わらず暇かー?」

「暇ならこうして部室に来ませんよ……」

 呆れた表情で応えながら、持っていた鞄をそばの机の上に置くねず子。ねず子の上に鞄を置いたらおかしな事になってしまうからな。何の話だっけ?

「って、トラ先輩しかいないようですけれど、剣斗先輩は?」

「ケンケンなら用事で遅れるって言ってたぞ?」

「そうですか……。うん、これはある意味かもチャンスかも……?」

 何やら意味深な事を呟くねず子。何がチャンスなのかは知らんが、まあ俺には関係のない事だろう。ねず子は俺になんて微塵も興味がないはずだからな。

「それで、トラ先輩は本も読まずにスマホでずっと遊んでいたってわけですか」

「失敬な。真面目にスマホでおっぱいの起源を調べておったわ!」

「やっぱり遊んでいたんじゃないですか。ていうか、いい加減女の子の前で『おっぱい』とか口にするのはやめましょうよ。恥ずかしくは……ないんでしょうね。トラ先輩の事ですから」

「俺の辞書に羞恥という言葉はないからな」

「……その辞書、落丁なんじゃないですか?」

「便秘の時にケツの穴に挿すやつかな?」

「それは浣腸です! って、女の子に何を言わせるんですか!?」

 えー……。そっちが勝手に言っただけなのに〜?

「ほんとにもう……。ただでさえ疲れているのに、トラ先輩と話しているだけでさらに元気が吸い取られそうです……」

「世界でただ一つの吸引力だからな」

「そんな吸引力、嫌過ぎます……」

 と、溜め息混じりにツッコミを入れるねず子。さっきからツッコミばかりで全然生意気な事を言わないし、どうやら本当にお疲れのようだ。

「なんだねず子。そんなに疲れるような事でもあったのか?」

「……ええ、まあ。思っていたより相手がしつこくって……」

「しつこい?」

「ああいえ、何でもありません。気にしないでください」

 ふむ。察するにあの陽キャラ男子に何度も迫られたってところか。そりゃ好きでもない相手に何度も告白されたら疲れもするわなあ。ねず子自身も話したくはないみたいだし、あえて口には出さないけど。

「そりゃ好きでもない相手に何度も告白されたら疲れもするわなあ」

「ふぇ!? 何で知ってるんですか!?」

 しまった。思いっきり口に出してしもうた!

「あー、いや、部室に来る途中で、ねず子が告白されているところを偶然見かけてな」

「そ、それって、もう剣斗先輩や他の人には話しちゃいましたか!?」

「まだだけど? え? ユーチューブとかに晒してよかったのか?」

「やめてくださいよ! ていうか、撮影までしていたんですか!?」

「俺のゴーストがスクープを撮れと囁いたのでな」

「そんなふざけた魂、今すぐ消してください! ついでに撮影した記録も!」

「注文が多いなあ。お前は又三郎か!」

「…………? ああ! それを言うなら宮沢賢治ですよ! 又三郎は宮沢賢治の別の作品です! 一瞬なんの事だかわかりませんでしたよ!」

 うん。自分でもなんかおかしいなとは思ってた。仮にも文芸部員なのにね!

「安心しろ。さっきの話は冗談だ」

「じょ、冗談でしたか。んもう、性質たちの悪い冗談はやめてくださいよ。心臓によくない……」

「動揺していたみたいだから、肩の力を抜いてもらおうって思ってな」

「逆に力んでしまいましたよ。まあ、どのみち恥ずかしい現場を見られていたのに変わりはありませんけれど……」

「自慰かな?」

「違います! 私が告白されていた方の話です!」

 なんだ、そっちか。てっきり自慰の方かとばかり思ったぞ。今まで一度も見た事ないけど。

 ってあれ? 自慰そのものは否定しなかったな?

 という事は、もしかして、もしかしちゃうのか!?



「私が恥ずかしいと言ったのは、人を振るところを見られた点ですよ」

 ややあって、俺が悶々としていた間に、ねず子が椅子に座って嘆息混じりに口を開いた。

 くっ! 自慰の件を問い詰めるチャンスだったのに、妄想が捗るあまり、すっかり失念していた。俺のデカチン! じゃなかった、バカチン!

 しかしまあ、今回は諦めるか。ねず子も疲れているみたいだし、余計な詮索は下手に怒りを買いかねないしな。

「別に恥ずかしい事でもないだろ。人を振るところなんて」

 仕方なくそう話を合わせると、正面にいるねず子は皮肉たっぷりにフッと鼻で笑って、

「トラ先輩ごとき下々の人間に、可愛くてスクールカースト上位の私がだれかに頭を下げているところを見られるなんて、屈辱以外にも何ものでもないという話ですよ」

 前言撤回。こいつ全然疲れてねぇわ。いつも通り生意気だわ。

「それと、疲れているのも本当ですよ。ほら、私ってすごくモテるじゃないですか」

「いや、知らんがな」

「すごくモテるんです。めちゃくちゃ可愛いので。だからこれまでにも色んな男子に告白されてきて、正直うんざりしているというか……」

 ああ、それで部室に来た時にげんなりとしていたのか。

「まあ、トラ先輩のバカ面を眺めていたら、だんだんと元気が出てきましたけど」

「ついさっき俺と話していたら元気が吸い取られるって言った奴はどこのどいつだ」

「話す以上にトラ先輩のバカ面が傑作だったという事です。その証拠にホラ、だんだんといつもの私らしくなってきたでしょ?」

 どうやらそのようで。願わくば、以前の元気のないねず子にいてもらいたかったものだ。おかげで、さっきまでビンビンだった俺のムスコもヘナヘナだよ!

「略してビンヘナだな」

「……? 急に何の話ですか?」

「ムスコの話だけど?」

「え? トラ先輩にお子さんなんていました?」

「いないけど?」

「えっ」

「えっ」

「「???」」

 お互いに首を傾げる俺たち。一体何を言ってんだ、こいつ?

「……なんだかよくわかりませんが、とりあえずトラ先輩のお子さんの話は置いといて」

 こほんと小さく咳払いをしたあと、ねず子は言葉を紡いだ。

「このままだと、私はこれからも男子に告白されかねません。なので、ここで提案なんですが──」

 と、ねず子はそこでチェシャ猫のようにイタズラっぽい笑みを浮かべながら、次にこんな事を言った。



「トラ先輩、私の胸に興味はありませんか?」




次からは週一、もしくは月一更新になる予定です。すまねぇ、もうストックが切れてしもうたんじゃ……。


更新の間隔は空いてしまいますが、その間も感想、評価、レビュー、どしどしお待ちしております。おっぱいへの道はもうすぐだ!(少年漫画の次回予告風に)

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