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第十五話 後輩と俺と、時々、オカン




 そんなこんなで、ケンケン共々ねず子に弁当を作ってもらうようになってから早一週間。

 最初は遠慮がちだったケンケンも、一週間もすればさすがに慣れてきたのか、今では自然にイケメンスマイルを浮かべて弁当を受け取るようになった。俺はどうかって? んなもん当然イケメンスマイルで弁当を受け取っているに決まってんじゃんよ! あ、クレーム等は一切受け付けておりませんのでご了承ください。

 ちなみに、これからねず子に弁当を作ってもらえるようになった事を母ちゃんに告げてみたら、

「おろろろ〜ん。息子はもうママンの作るお弁当をいらないなんて言うのね? ママーンのハートは開けたばかりのルマンドのようにボロボロだわ〜」

 などと意味不明な供述をしており、ルマンドよりもあんたの方がずっと扱いづらいよママーン。

 しかしそのすぐあとに「まあいっか。弁当を作る手間も省けるし。このまま老後の心配も省けるような素敵な嫁を連れて来てくれたら言う事なしだけど。チラリチラリ」と熱い視線をオレに注いでくれる程度には強かな母親なので、特に問題はないと判断した。

 まだ結婚できる年齢にもなっていない息子に一体何を期待してんだあのオバハンは。こちとらまだまだ遊びたい盛りヤリたい盛りなんだよ! そんなわけで俺とギシギシアンアンしてくれる素敵な女の子、絶賛募集中でございます。

 とまあ、そんな一悶着(?)ありつつも、それ以外はつつがなく日常を過ごしていた。ねず子の作る弁当もなかなか美味いしな。そのまま俺と子作りもしてくれたら言う事は無いのだが、いかんせんねず子の奴、おっぱいは揉ませてくれても秘密の花園には一切触れさせてくれないんだわ、これが。ぶっちゃけありえない。

 とまれかくまれ、なんだかんだありつつも、ねず子によるケンケン籠絡作戦は着々と進んでいるで何よりと言ったところであるが、ねず子にしてみればまだまだ準備段階に過ぎないらしく、これから放課後、部室で落ち合う事になっていた。



 もちろん、ねず子と二人きりで。



 二人きりと言っても、例によってケンケンが委員会で遅れるだけで、あとでどうせ顔を合わせる事になるのだが、とはいえ、その間はねず子と二人きりでいるのには変わらないわけでして。

 これは、あれか。神が俺にねず子のおっぱいを揉めと御告げを出してくれているのか? いっそおっぱいを吸えとGOサインを送ってきてくれているのか!?

「悩ましい……実に悩ましいな……」

 なんて、ねず子に知られたら絶対キレられるであろう卑猥な妄想でムフフしながら、文芸部の部室に向かっている最中の事だった。



「……と、………………く」

「……る。……つ、い………………さ」



 という女子の話し声を、通りがかりの階段の踊り場付近で偶然耳にしてしまった。

 しかも何やら声のトーンからして陰口を叩いているようで、こうしてなんとなく立ち止まっている今も、憎々しげに悪罵を吐いているようだった。

 おー、怖や怖や。君子危うきに近寄らずの教訓に習い、ここはさっさと通り過ぎてしまおう。本当はここの階段を使った方が近道なのだが、急がば回れとも言うし、たまには別の道から行くのもいっか。

 そうして、別のルートから行こうと踵を返したところで、



「──あのクソネズミ、さっさと消えてくれたらいいのに」



 という、やけにはっきり聞こえたその一声が、なんとなく気になっていつまでも頭の中で木霊していた。



 ☆★☆★



「そろそろ攻め時だと思うんですよ、私は」

 放課後の文芸部部室。

 約束通り、ケンケンが来る前に早めに部室へと来た俺に、ねず子はゲンドウポーズ(机の上で手を組むあれ)を取りながら、神妙な面持ちでそう口火を切った。

「布石は隅々に打ちました。ここからは徐々に相手を詰ませていくだけ……幸いなんとか剣斗先輩の胃袋を掴む事はできましたし、次はハートをがっちり掴む番です!」 

「なるほどな」

 頷きながら、俺はいつも使っている机の上に鞄置いて、言葉を継いだ。

「つまりねず子は、正常位よりも騎乗位の方が好きという事か」

「はい。……………………。いや違いますからね!? ついうっかり肯定しちゃいましたけど、別にどっちが好きというわけではありませんからね!?」

 というか! とねず子は声を荒ぶらせながら、俺を勢いよく指差した。

「私の話、ちゃんと聞いてましたかトラ先輩!?」

「ああ、聞いてる聞いてる。俺もどちらかというと行為中は腰を振る方が好きだから、気持ちはわからんでもないぞ」

「だから、そんな話は一切してませんから! だいたい、トラ先輩はまだ未経験のはずでしたよね? だったらなんで好きな体位とかわかるんですか!」

「俺が夢精した回数が夢の中でほぼ正常位だったからだよ?」

「知りませんよそんなの! そもそもいつからそんな話になったんですか! はい! この話はもうおしまい!」

「え〜? もっと夢精の話しようぜ〜。ねえ、知ってる? イルカって夢精するんだよ?」

「どこの豆しばですか! もう下ネタは禁止!」

 ちぇ〜。ねず子はつれないな〜。もっと遊びたいのに〜。

 まあでも、下ネタをやめるつもりはないがな! 要所要所でぶっ込んでやりますよガハハのハ!

「……あ。その目、まだ下ネタを諦めてませんね?」

「ばれてーら。おっぱいなら上だからセーフかなとは思ってた」

「エッチな単語は全部禁止!」

 なん、だと……? それではまるで、俺に呼吸をするなと言っているようなものではないか!

 しょうがない。じゃあ代わりに光合成(隠喩)しよう。なにが隠喩なのか皆様のご想像にお任せします。自家発電の方じゃないよ?

「んもう。トラ先輩と話していると時間だけが無駄に過ぎちゃってイヤになります……」

「まあ無駄話をさせるなら俺に任せろと、俺の中で有名だからな」

「それってトラ先輩の中だけの知名度って事ですよね? 知名度で言えば地の底ですよ? いっそ致命度って感じです」

「あっはー。こいつぁ一本取られたぜ〜」

 そのまま、俺の童貞もぜひとも奪ってくれないかな〜。ドアも窓も開けっ放しにしている昭和の一軒家みたいに奪い放題なんだけどな〜。

「で、結局お前の話ってなんぞ?」

「さんざん脱線しておいてその口振り……」

 ビキビキと額に青筋を浮かべるねず子であったが(あらやだ奥さん、怒るとシワが出来ましてよ?)、一旦気を鎮めるように長めの溜め息を吐いたあと、ゆっくり口を開いた。

「トラ先輩を呼んだのは他でもありません。かねてから予定していた作戦をそろそろ実行に移そうかと思ったからです」

「かねてから予定していた作戦?」

「ええ。それは──」

 と、ねず子は不意に椅子から立ち上がって、さながら戦地に赴くがごとく、凜然と握り拳を掲げてこう告げたのであった。



「私と剣斗先輩の、初デートです!」




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