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K

作者: Red Cap

 柿谷は、自分の第一印象は、他人に比べて良いものだと自覚している。生来のものか、これまでに培ってきた処世術かはわからないが、道化を演じながらも一目置かれる存在として、23になる今日まで生きてきた。

 自分の誕生日をだしに開催された今日の飲み会は、柿谷の普段のストレスを吹き飛ばした。時刻は23時。帰り道、蒲田へ向かう電車の中でお気に入りのバンドの曲を聴く。車内では、青白い光と、流れていく住宅街の薄明かりが交差していた。バイト帰りらしい大学生や、飲み会帰りのサラリーマンで座席は埋まっている。なんてことのない光景ではあるが、飲み会終わりの独特の虚無感と、脳内を流れるギターのサウンドとが相まって映画のワンシーンのように見えた。

 音楽は偉大である。イヤホンをすれば、脳にフィルターがかかる。柿谷は酒に酔っているのか、音楽に酔っているのか、自分に酔っているのか分からなかった。他人よりは音楽に詳しいという自負がある。

 柿谷自身も大学生の頃はバンドを組んでおり、その当時の無茶を思い出した。タバコを始めたのも軽音サークルがきっかけだった。憧れはなかったが、狭い集団ではステータスの一つであった。その頃は飲み会の度に吸う程度であったが、今となっては数時間おきに吸っている。銘柄にこだわりはなく、電子タバコも拒むことはなかった。

 今回の飲み会は随分と大人びたものだったなぁ、と思う。記憶を失くすことも、吐くことすらなく、軽い千鳥足で駅に向かったのを覚えている。飲み足りないこともあり、柿谷は途中でスミノフを買ってしまったくらいである。

「なんでバンド続けなかったん?」

そんなことを聞かれた気がする。

「続けてたらさ、皆俺の音楽以外聴かなくなっちゃうだろ?」

冗談めかしてそう答えはしたが、自分に才能がないということは初めから分かっていた。正直もてたくて始めたものであったし、一日の大半を費やして練習するなど考えられなかった。ライブに向けて練習こそするが、卒業するまで、そこそこ出来るやつ、という立ち位置だった。

 いつしか話題は好きな音楽の話に移っていた。柿谷が丁度5杯目のレモンサワーを飲み干すところだった。

「最近でたあのバンド知ってる?」

何故流行りものを聴かねばいけないのだろう。そうは思いながらも柿谷はしっかり流行をチェックしている。

柿谷の好きなバンドを知っているものは、周りにはいない。たまに詳しい人がいても、流行りのジャンルの中での話で、音楽という先人たちが築いてきた奔流に、僅かではあるが巻き込まれてきた柿谷にとって、音楽は特別なものであった。

 5月に別れたばかりの彼女と仲良くなったきっかけも、とあるマイナーなバンドであった。柿谷自身もそうかもしれないが、少数派が信仰する音楽は、どこか排他的であり、結束が強い。そのわりに有名になればたちどころに結束の輪はなくなってしまう。希少性のあるものに価値を見出してしまうのは人間の悪い癖ではあるが、柿谷の彼女もそうした先人の悪癖を受け継いでいた。真に良いものなど20数年しか生きていない俺たちにどれだけわかるだろうとも思うが、現時点で良いと思うものは良いと思っていいとも柿谷は思う。

 ただ、まるで自分が特別かのように音楽を語る元彼女の姿を思い出して、柿谷は少し口角を上げた。自分が酔っていることに柿谷は気付いた。いつも人目を気にしている(決して悪い意味ではなく、人を楽しませようという意味で)柿谷は、人から自分がどう見えているかという、他者の中の自分を自分の視点で見るということが身に染みている。彼女を思い出して一人で笑うとか、酔ってんだろ、と柿谷は自虐した。

柿谷は履いている青のジャージに染みを発見し、顔をしかめた。ああ、まただ、と柿谷は思う。顔をしかめる必要はないのに。この空間に他人はいるが、他人にすぎない。俺の表情を誰が見る?

「柿谷ってまじおもしろいよな」

「知ってるわ」

「柿谷ってなんでこんな話しやすいの?」

「知ってる」

「柿谷って落ち込むことある?」

「あんまないなー」

 他者の評価と自己の認識がずれている。他者にどう思われるかに合わせてしまう。柿谷は心底自分が良いように思われていることに感謝した。他者か自己か、どちらが先かは分からないが。

「次は、蒲田。蒲田」

 アナウンスを聞いて、柿原はカバンからスミノフを取り出した。この路線は治安がいいが、稀に飲食をするものがいる。例えここで少し飲んだとて、会社をクビになることもあるまい。

 柿谷はスミノフを一口飲み、蒲田で降りなかった。

 次の駅で自嘲しながら電車を降り、残った酒はトイレに捨てた。

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