どうやら少し本気を出すようです その1
上手く長さを調節できない
町を出て、アルヴァとナンガルフは街道から少し逸れ、草原に出た。用心のためか、アルヴァは街道が見えなくなるほど遠くまで進んでいく。街道から逸れると魔物に襲われる可能性が上がるのだが、ナンガルフは何も言わず、アルヴァの後に続いた。
「ここでいいかな」
アルヴァは街道が見えなくなった辺りで歩みを止めた。少し距離を開けてナンガルフも止まる。
「ここまで離れる必要があるのですか?」
「はい」
アルヴァはもうナンガルフに対して隠すつもりはなかった。ここまで来たら開き直り、今の実力を試すのに集中しようと決めたからだ。とはいえ、他の人に知られたいわけではないので、ここまで遠くに来たのだった。そのせいで太陽が傾き始め、もうすぐ夕暮れになりそうになっているが。
「ここは魔物も出るようですが?」
「問題ありません」
「そうですか」
ナンガルフは期待に満ちた顔で微笑んだ。その表情に呆れながらも、アルヴァは準備を開始する。まず行うのは魔力操作。
そもそもアルヴァが行なっている魔力操作は、なにも魔法のためだけではない。そもそも魔力とは魔素と呼ばれるエネルギーを蓄えられる総量であり、魔素は魔物の素という意味でつけられた言葉であるが、実際の魔素は万物に宿るエネルギーであるために、様々な現象に干渉する性質を持つ。その方向性を整え、誰もが使いやすくしたのが魔法なわけだが、それ以外にも活用できるのだ。
魔力操作で魔素を操り、意図的に全身に魔力を巡らせる。それだけで魔素はアルヴァの肉体を頑丈なものに作り変え、身体能力を上昇させる。さらに補助魔法【神の一声】により、更に身体能力を向上させた。
「あの、一応聞きますけど、本気で良いんですよね?」
「そうして頂けると私は嬉しいですね」
ならばこの準備で問題ないとアルヴァは安堵する。後でやり過ぎと言われないためにも、この確認は大切だった。前世ならもう少し強化できたが、今のアルヴァにはこれが正真正銘本気だった。
「少し、動きを確かめさせてください」
「えぇ、いくらでも待ちますよ」
その言葉に甘え、アルヴァは軽く地面を踏みつける。それだけで地面が軽く凹み、振動が伝わっていく。それを両足で何度も繰り返し、自身の足の具合を確かめていく。
「なっ…………」
ナンガルフがその現象に驚愕し、固まっているが、アルヴァはそれには気付かず、自分の体の調子を確認していく。
次は腕力の確認で、手頃な木や岩がないと見ると、地面を殴りつけた。それだけで足で踏みしめた時よりも大きく地面が凹み、轟音が辺りに響き渡る。ある程度離れたとはいえ、その音だけで町から誰かが確認に来てもおかしくないほどだ。
(うん。問題なさそう)
これだけのことをしたのにもかかわらず、アルヴァの肉体にダメージはない。改めて手を開閉しているが、違和感はなさそうだ。
「準備できました」
「申し訳ありませんでした」
ナンガルフは突然頭を下げる。その行動が理解できず、アルヴァは眉をひそめた。
「どうかしましたか?」
「それだけの力を見せられては、わたしでは敵いそうにありません」
「ただ、力が強いだけですよ?」
本当の戦いとは力だけで決するものではない。相手の力をうまく利用して攻撃することも出来るのだから、ただ強いだけでは何にもならないことをアルヴァはよく知っていた。
「わかっております。謝罪はそれに対してだけではないのです」
ナンガルフは謝罪とは裏腹に満面の笑みを浮かべていた。戦ってもおらず、なぜそのような表情をするのかアルヴァには理解できなかった。
「では、何故?」
だから問いかけただけなのだが、そこでアルヴァはあり得ない答えを聞くことになる。
「ハイリとブラット」
その突然の一言にアルヴァは言葉を失った。その言葉がナンガルフから放たれたことを疑ってしまったほどだ。ブラットは前世での親友の名前であり、ハイリは前前世での名前なのだ。その名前がナンガルフの口から放たれたことが、未だにアルヴァは信じられず、動揺していた。
「その名前がどうかしましたか?」
しかし、アルヴァは努めて冷静に問い返す。その名をどういうつもりでナンガルフが口にしたかわからない以上、迂闊に反応するわけにはいかなかったのだ。
「そうですか。ハイリは名前だったのですね」
ナンガルフはアルヴァの反応に満足そうに頷いた。その反応にアルヴァはますますわけがわからなくなる。
(ハイリとブラットと言っておきながら、ハイリが名前だとは知らなかった? ブラットは名前だとわかっていた感じだけど、どういう事だ?)
目の前で起きていることが何も理解できず、ただ理解するために考え続けるアルヴァ。その答えはすぐにナンガルフの口からもたらされた。
「ここではアルヴァ様と呼ばせて頂きます。流石に前世のお名前で呼ぶのは失礼と思いますので」
今度こそアルヴァの思考は停止した。アルヴァが転生したことを知っているのはあの場にいた僧侶のオルタナとブラット、そして本人であるアルヴァだけなのだ。それも二千年前の出来事であり、それを記憶している人間などいるわけがないとアルヴァは決めつけていたのだ。
しかし、ナンガルフは事情を理解しているとしか思えない言動を繰り返している。その根拠はなんなのかがアルヴァには理解できなかった。
「驚きも当然のことと思います。詳しく事情を説明しても?」
「……頼む」
もうアルヴァはそう言うしかなった。隠したところで全てが筒抜けならば隠す意味がないからだ。
「わたしはあるお方に頼まれたのです。『いつかこの世界に我が親友が転生する。だが、いつになるかわからん。しかし、その力は健在だろう。だから異常に強い人を見つけたらこう言え。ハイリとブラットと』」
アルヴァはその言葉だけでなんとなく状況を理解でき、徐々に思考が動き始めていた。それと同時にあるお方の正体もわかり、そのらしくない行動にアルヴァは苦笑した。
「それで僕の反応を見たわけですね。ブラットもなりふり構わずって感じですね」
ブラットは人間嫌いだ。ドラゴンだった頃に人間に襲われたことがあり、アルヴァも初めは険悪な関係だった。そんなブラットがナンガルフにものを頼むということは余程会いたがっているのだろうと、アルヴァは少し嬉しくなった。
「二千年ほど様々な方にお願いしていたようですよ。人を助けるたびにお願いしていたと苦笑してお話してくれたこともあります。人の身では途方のない時間に、当時その一途な思いにわたしは感動を覚えたのを覚えています。だからこそわたしもお手伝いしているわけですが」
「それで、ブラットは生きているのですか?」
アルヴァにとって最も重要な、根本的なことを問いかける。その声は本人も気づかぬうちに期待に満ちたものになっていた。
「ええ、もちろんご健在です。しばらくお会いしてはいませんが、アルヴァ様のことを心待ちにしているはずです」
「僕も会いたいですね」
それは本心からの言葉だった。アルヴァの体感では大した時間ではないが、それでもブラットはアルヴァの親友の一人なのだ。会いたいともうのが自然だった。
「ブラット様は少し遠くにいらっしゃいます。すぐにでも向かいたいでしょうが、準備を必要ですので、もうしばらく辛抱ください」
「それぐらい待ちますよ」
今更子ども扱いされたような気がして、アルヴァは苦笑して肩をすくめた。その自覚はあったのか、ナンガルフも微妙な笑みを浮かべている。
「それで、ナンガルフは僕のことをどこまで知ってるんですか?」
「あなたが前回の魔王であることだけですよ。ブラット様いわく、『我でも勝てん。手を出すな』でしたが。確かに先ほどの力を見るに、わたしでは相手にもなりませんね」
それだけかとアルヴァは拍子抜けする。ブラットには前前世も話しているので、アルヴァのすべてを知っているといっても過言ではない。なりふり構わず探している間にもちゃんと情報は制限していたんだなと、感心していた。
「前回とはいえ、魔王と知っていてなお、僕が怖くないんですか? その気になればあなたはもとより、あの町を消し飛ばすのも造作もないですよ?」
これは若干見栄を張った一言だった。今の状態ではさすがにそこまで強力な魔法は使えない。使うためにはもう少し練習が必要だった。
「それでもあなたはやりません。ブラット様に人との融和を解いたのはほかならぬアルヴァ様のでしょう? そのような方がそのようなことをなさる道理がございません」
ナンガルフはそんなにもブラットを信頼しているのかとアルヴァは内心驚いていた。当初はなりふり構わずと思っていたアルヴァだったが、実は違うのではと考えを改めていた。
「そうですか」
これでひとまずアルヴァは確認したいことは確認した。これ以上ここにいる必要はないと感じたアルヴァは、帰路を促すことにした。
「確かにもう薄暗くなっています。急ぎましょう」
「必要ありません」
走りだそうとしていたナンガルフを呼び止め、アルヴァは右手を虚空にかざす。
――――――時空魔法【隧道】
アルヴァは魔法を発動させ、空中に穴をあける。その向こうには宿の部屋が見えている。
「ア……アルヴァ様? それは一体?」
ナンガルフの表情は完全に驚きを表していた。その分かりやすい表情にアルヴァは思わず少し笑ってしまった。
「使い手は少ないでしょうが、時空魔法ですよ。行ったことのある場所と繋げて瞬時に移動することができます」
「は……はぁ」
いまいち要領を得ない返事だったが、後で説明すれば問題ないとこの場は諦める。それよりも今はこの場から移動することが先決だった。
「とりあえず行きましょう」
アルヴァは安全を証明するために先に【隧道】を抜ける。ナンガルフもついていくことにしたのか、アルヴァに続くように【隧道】を抜けた。それを見届けてアルヴァは【隧道】を閉じる。
「元魔王というだけはあり、規格外の魔法を使えるのですね」
「そうですか? ブラットは使えましたけど?」
「伝説に出てくるような赤龍と比べられましても……」
ナンガルフは呆れたような、困ったような笑みを浮かべる。確かにそうかとアルヴァは納得する。それでも難しい魔法だとはアルヴァは考えていないが。
「それにしても、ダウおじさんはまだ帰ってきてないみたいだ。どうしたんだろう?」
帰ってきていないのがわかっていたからこその【隧道】での帰り道だったのだが、現状確認のためにアルヴァはわざと声に出した。
「おそらく物資の調達と、これからの金策を行っているのでしょう」
「金策?」
村は各家で作物を育てており、自給自足をしているとアルヴァは記憶している。それで貧しくも生きているはずなのだが、それなのになぜ金策しなければならないとはアルヴァには理解できなかった。
「あの村は保護されているという話は覚えていますか?」
「はい。それがどうかしましたか?」
(確か、勇者が生まれてきた村だから次も生まれてくるかもしれないとかわけのわからない理屈で保護されていて、十五になった子供を学園と呼ばれる場所に送り出すんだったっけ)
アルヴァの認識としてはその程度だったが、それで問題ないと質問はせずにナンガルフに先を促した。
「では、お聞きします。保護されているだけというだけで、あの村に人がいるのは何故だと思いますか?」
「何故って……」
確かにそれは妙だとアルヴァはそこで思考する。そもそも十五になった我が子を勇者かもしれないという名目で危険にさらす親ばかりではないのは理解できるだろう。中には栄誉と考える親もいるかもしれないが、あの村では十五になれば強制的に向き不向きにかかわらず強制的に送り出すしかないのだ。反発があってもおかしくはなかった。
そこまで思考し、アルヴァは先ほどの金策という言葉も含め、理解してしまった。その途端にアルヴァは顔を歪め、不快感をあらわにする。
「……なるほど。血を逃がさないためか」
「流石です」
そんなナンガルフの社交辞令も今のアルヴァには嫌味にしか聞こえない。
「つまり、あの村は勇者の血を継ぐ者たちが住んでいて、その者たちは決して村から出ることはできない。代わりに援助金という名のお金が国から出ているわけか」
何故勇者の生まれた村で勇者が生まれて来ると期待されているのか。それは勇者の子孫が生活しているからに他ならないのだ。なぜか人は血が繋がっているというだけでその才能や能力を受け継ぎやすいと考えている。それが本当にどの程度のものなのかもわからないのにもかかわらず、多かれ少なかれ人は信じる。その結果、勇者の子孫に勇者は生まれるはずだという結論に達したのだろうとアルヴァは考えた。
「はい」
「なんとも気分の悪い話だな」
「しかし、元々は形がい化していた風習で、国の方でも何度も廃止の議論はあったのです。何しろ確かに十五になれば学園に入りますが、読み書き計算、体を鍛えると最高の環境が整っていることに変わりなく、三年もすれば帰ってくるのですから、今まで村の者たちに不満はほとんどなかったと思います」
「ただ、魔王が復活して事情が変わったわけか」
そこでアルヴァは魔王だったころの自分に戻っているのを感じ、一度心の中で切り替える。
「はい。しかし、今更断れないのが村人の悲しいところでしょう。今までさんざん悠々自適に過ごしてきたわけですから」
確かに村人は文句を言いづらいだろうなとアルヴァは苦笑した。
「だけど、それが金策にどう繋がるのかがいまいち理解できないです」
「そこは国とは関係なく、ビールド様が関係しています」
ここにきてまたビールドかと、面倒ごとの予感にアルヴァはため息をついた。
次に続きます