アルヴァはギルドに向かうようです 後編
数秒して思考が現実に追いついたのか、それとも諦めてしまったのか、ギルド長は大きくため息をついた。
「意味が分からない。説明してもらえるか?」
ギルド長は二人に座るように促しながらそう言った。
「なんだ、アルヴァは人間には説明していなかったのか? いいだろう。俺が直々に説明してやる」
エクスは座りながらそう言った。
そしてエクスは語りだした。しかしその表情は嬉しそうであり、もともと誰かと共有したがっていた様子が伺えた。
「あれは数年前。俺が魔王となって二年が過ぎようとしていた頃だ。俺はその頃には既に世界三大脅威の一角として恥ずかしくないレベルに達しており、魔物どもの統括に奔走していた」
そういってエクスは過去を見るように遠くに視線を向けた。
世界三大脅威とは、『青竜』『黄竜』『赤竜』『白竜』『黒竜』の五体のドラゴン、『這いずるもの』、そして『魔王』を含み、世界三大脅威と呼んでいた。
「待ってくれ。世界三大脅威は伝説のようなおとぎ話じゃないのか?」
ギルド長は頭痛を覚えたのか、こめかみを押さえながら言った。
「その一つである俺を目の前にして、本当に作り話だと思っているのか?」
そう言われればギルド長としては納得するしかない。代わりに別のことを質問する。
「ドラゴンや魔王は分かるが、『這いずるもの』とはなんだ?」
エクスは知らなかったのか、視線でアルヴァに話すように促す。自分しか知らないと察したアルヴァは答えた。
「ダンジョンの深層にいる特定の場所にいない珍しい魔物です。遭遇することはないと思いますけどね」
その答えにギルド長は安堵した。もしその魔物が世界のどこかにいるなら、脅威以外の何ものでもないからだ。
「話を戻すぞ。俺はついに魔物どもを統括し、組織としても安定しようとしたとき、こいつは現れたんだ」
そう言い、エクスは当時のことを思い出したのか、困ったように視線をそらした。
「俺は本気で応戦した。だが、こいつにまるで、ドラゴンと戦うゴブリンの様に手も足も出なかった」
『まぁ、力の差がありすぎて悔しくもないがな』と呟くように付け足す。しかし、すぐに気を取り直し、話を続ける。
「その時に俺とアルヴァの間である契約が結ばれた。それが、『アルヴァが自身と周りの人間に危害が加わらない限り、魔王軍に手を出さない』という契約だ」
「なるほど、話はわかった。つまりお前はその時の契約をアルヴァが破ったと通告し、契約違反による代償を請求しに来たということだな?」
「そうだ」
ギルド長の言葉にエクスは大きく頷く。その様子を見て、ギルド長は大きく息を吐いた。
「魔王は思ったよりも理性的なのだな」
「当然だ。まぁ、アルヴァが怖いというのもあるけどな」
「それで、僕はどういう違反をしたの? 本当に心当たりがないんだけど」
アルヴァは二人が話している間に自分の行動を振り返っていた。しかし、どんなに思い返しても手を出した覚えはなかった。
「少し前の話だ。王都とお前の動きを偵察していた魔物が消えた。レベル200を超える個体で、そう簡単にやられるような奴じゃない」
「それだけじゃ僕が原因って分からないよね?」
確かにこの近辺ではかなりレベルが高い魔物なので早々討伐されないだろうが、全くないとは言い切れないはずだとアルヴァは反論する。
「もちろんそれだけだったらこうやってこない」
百も承知とばかりにエクスは話を続ける。
「そいつの足跡をたどると、そいつが消えた現場は大きく抉れていた。あれは前に俺に向かって放った【隕石】の魔法の痕跡に似ていたが、心当たりはないか?」
そう言われてアルヴァは確かに少し前に【隕石】を使ったことを思い出した。しかし、その時に巻き込んだ魔物はグリーンドラゴンだけだったと反論しようとして、固まった。
(あの時に巻き込んだ魔物は突出していた。もしかして巻き込んだのはグリーンドラゴンじゃなくて……)
「なんだ、心当たりがあったのか?」
我が意を得たりとばかりににやりと笑みを浮かべた。その表情はアルヴァの反応からもう確信しているようだ。
「ギルド長、一つ確認があるんですけど――」
おそらく間違いなのだが、アルヴァは一縷の望みに賭けて、ギルド長に声をかけた。
「最近現れたグリーンドラゴンの目撃情報ってありますか?」
「ん? あぁ、国に依頼したグリーンドラゴンの件か。それなら生存が確認され、確かタークネット達が依頼を遂行中のはずだ」
決定的な言葉にアルヴァは全てを察した。
「お前、グリーンドラゴンと勘違いしてたのか? グリーンドラゴンなんてレベル70しかない魔物だぞ?」
エクスは呆れたようにそう言った。
(それはドラゴンじゃないだろう……)
アルヴァはそう思いながらも自分のミスは明らかなので、何も反論できなかった。
「わかった、僕のミスは認めるよ。ごめん。ただ、わざとじゃないんだ」
そう言ってアルヴァはエクスに頭を下げる。
「分かっている、お前がわざわざそんなことをしないだろうことは。だから言っただろう? 代償を請求しに来たと」
「そうだったね。じゃあ、君のレベルを50上げるってことで手を打たないかな?」
アルヴァは頭を上げると、ちょうどダンジョンに行く予定もあるため、そう提案する。
「今回はレベル200もある魔物だったんだ。俺のレベルを200上げるのが妥当だろ?」
「そんなわけないだろ? レベルを200にするのと、君をレベル200上げるのと同等なわけないよ」
エクスのあまりな請求に、アルヴァは呆れながらそう言う。
「お前の過失に対する請求だ。同等で済むわけないだろ?」
エクスは納得できないとばかりにそう反論した。
「レベルを安全に50も上げられるんだから、十分だと思うけど?」
「……100だ」
エクスはアルヴァの言葉に一理あると思ったのか、それともこのまま交渉しても無駄だと思ったのか、数値を下げた。
「80だね。これ以上を言うなら、レベル250の魔物で手を打ってもらうけど?」
「……わかった。だが、きっちり80、レベルを上げてもらうからな?」
エクスはこれ以上何を言っても仕方がないと思ったのか、了承する。そもそも250レベルの魔物など、エクスのレベルが上がれば用意できるようになるのだから。
「もちろんだよ」
アルヴァも80レベル位なら危険を冒さなくても出来るため、落としどころとしては双方納得できるものとなった。
「話は終わったようだな」
黙って見守っていたギルド長が口を開いた。
「詳しい話は聞かないし、正直聞きたくもないが、一つだけ確認させてくれ」
ギルド長は真剣な表情で、エクスを見た。
「なんだ? 人間を殺すなというなら聞く気はないが?」
「いや、まぁそこはなんとなく察してる。俺が聞きたいのはお前もギルドに登録するのかということだ」
そのギルド長の言葉の意味が分からず、エクスは不思議そうに首を傾げた。
「なんでそんな話になる?」
「今の話はレベル上げの話だろ? そうなると、ダンジョンでやるんじゃないのか?」
「まぁ、そうだな。地上では効率が悪いからな。それがどうかしたのか?」
なおもエクスは意味が分からず、不思議そうに問いかけた。
「ならばエクスも冒険者として登録しなければならないだろ?」
「何故だ?」
エクスは意味が分からなかったのか首を傾げたが、アルヴァはギルド長が何を言いたいのか理解した。
「この国のダンジョンは出入りが管理されてるから、資格がないと勝手に入れないんだよ。エクスも毎回遠くのダンジョンに移動するのは面倒でしょ?」
「あ〜……確かにそうだな」
エクスは事情を理解したのか、アルヴァの言葉に頷く。
「それで、なぜお前がそこまで俺に親切にしてくれるんだ?」
何かの裏を感じたのか、エクスは睨みつけるようにギルド長を見た。その視線の意味を正確に読み取り、ギルド長は肩を竦めた。
「当たり前だろう。ここでお前らが色々やらかしてくれたら、誰が責任をとると思ってるんだ?だったら最初から協力して、魔王なんて知らなかったと言い張った方がまだマシだ」
(なるほど、さっきメイプルさん達を部屋から出したのは安全確保もあったけど、何も知らないようにするためでもあったのか)
ギルド長の言葉にアルヴァは心の中でその判断力に感心していた。
「俺に暴れるつもりはないが、お前からすれば確かにそうだな。ならばありがたくお前の提案にのろう。そして、冒険者として登録する以上、ある程度はそちらの依頼も受けよう」
そう言ってエクスはギルド長に拳大の石を投げ渡した。ギルド長は反射的にそれを受け止める。
「これは?」
「それを砕くと俺に分かるようになっている。まぁ、簡単な魔法具だ。何か用がある時はそれで呼び出せ」
「……討伐も大丈夫なのか?」
ギルド長は手元の石をじっと見ながら恐る恐ると言った様子で問いかけた。
「問題ない。まぁ、それが配下だった場合は勘弁して欲しいけどな」
「同じ魔物なのにいいのか?」
ギルド長は不思議そうにそう問いかけた。
「お前は人間全てを殺さないのか?」
その答えを聞いて、ギルド長はちらりとアルヴァを見た。そして何を思ったのか分からないが、静かに目を閉じ、数秒後に目を開いた。
「じゃあ、何かあればお願いしよう。無理でなければ日頃から簡単な依頼をこなしてくれると嬉しい」
「わかった」
「それじゃあ、今からエクスの書類を作成するから、少し待っててくれ」
そう言ってギルド長は立ち上がると、近くの机の引き出しから紙を取り出すと、そこに何かを書き始めた。
「試験は受けなくていいの?」
自分がギルドに来た時のことを思い出したのか、アルヴァはそう問いかけた。
「必ず受かるようなやつを受けさせるわけないだろう。俺の権限で合格にしておく」
『正直お前の試験もなくて良かったと思ってるよ』とギルド長は付け加えた。
その後、ギルド長はエクスにいくつかの質問をして、書類に書き込んでいく。
(僕の時はこんなになかったのに……やっぱり回復魔法使いはそういう意味でも冷遇されてるのかな?)
一応【剣士】として登録して、得意な魔法を【水魔法】としたエクスを見ながら、アルヴァはこっそりとため息をついた。
「ギルド長はこんなに協力して大丈夫なの?」
ギルド長の立場が気になり、アルヴァはそう問いかけた。
「まぁ、最悪の場合は魔王の監視目的とか動向を把握するためとか独自に調査してたとかなんとでも言えるからな」
ギルド長はなんでもない事のように言っているが、そんなわけないとアルヴァには理解出来ていた。
いざとなったら自分もできる限りはしようと心に誓った。
「よし、これで問題ないだろう。後はこれを受付に出しておいてくれ」
そう言ってギルド長はエクスに書類を渡した。
「わかった。この恩には必ず報いる」
エクスはそう言って書類を受け取る。本当に義理堅い魔王だなと思いながら、ギルド長は苦笑した。
「じゃあ、アルヴァは魔石の件はよろしく頼む」
「わかりました。それでは、失礼します」
そう言ってアルヴァは頭を下げた。エクスは頭を下げなかったが、『またな』と言って、アルヴァに続くように退室した。
「これって見ようによっては俺の所に世界最強級の戦力が集まってるってことだよな?」
ギルド長は手元に残ったエクスに渡された石を眺めながら呟かれた独り言は誰にも届かずに空間に溶けていった。




