アルヴァはギルドに向かうようです 中編
『絶対に銅貨五枚の責任はとってもらうからな!』
混乱から復活した少年はそう言い放つと、少女であるクレアの手を取り、アルヴァを後ろから睨みつけながら、ぴったりと張り付いてついてきている。ただ、クレアはそこまで警戒していないのか、アルヴァを睨み続けている少年を不思議そうに見つめていた。
少年はアルヴァと話す気はないようだが、少女はアルヴァと言葉のやり取りするのは楽しいようで、そのおかげで様々なことを知ることができた。
(この二人は肉親で、兄の名前がターブで、妹がクレア。両親はおらず、大人の手伝いをしながら生計を立てている。孤児院は教会が運営しているところがあるが、たまに寝泊まりするためにお世話になることはあるが、すべてそこでお世話になっているわけではないって感じかな)
アルヴァは少し貧民街の事情に詳しくなりつつ、ちらりとクレアを見る。
(だけど、それだと僕が信用された理由が分からない。ターブはずっと警戒していたけど、クレアはずっと僕を信用してた。もしかして……)
アルヴァは眼鏡の魔法具を使い、クレアのステータスを覗き見る。その瞬間、アルヴァの予想が正しかったことが証明された。
(やっぱり【鑑定】のスキル持ってたかぁ)
前にも説明したが、【鑑定】のスキルは【解析】のスキルと似ているが、内容は全く別のスキルだ。
【解析】のスキルは生き物に使えばそのもののステータスや能力が、物に使えば素材や性質が見えることになる。
対して【鑑定】のスキルは人物に使おうが、物に使おうが見えるのはあくまでその使用者に対してどのような価値があるのかが見えるものだ。
【鑑定】のスキルはその性質上、本人の価値観に左右されるスキルなので、【解析】よりは使いづらいスキルだった。たが、商人には喜ばれる、引く手数多なスキルであることは変わらない。
(ただ、クレアがお金の価値を正しく理解してるとは思えない。さっきも金貨の価値がわかっていなかったし、何を基準に【鑑定】してるのかはわからないな)
【鑑定】スキルについては本人に聞いて、ギルドに相談しようと決めながら、未だ睨んでくるターブを説得できるのかと不安になりながら、アルヴァはクレアの話を聞いていた。
「やっと来たか」
アルヴァの目の前にそう言いながら誰かが立ち塞がる。アルヴァにはその人物に見覚えがあった。
「エクスじゃないか。こんなところにいて大丈夫なの? というか、なんでこんなところにいるの?」
「お前に用があるに決まってるだろう。それに、これに関しては誰も気にしない」
その男は見せつけるように背中の翼を羽ばたかせる。それを見たターブが反応した。
「魔人なんて珍しいな。お前の知り合いなのか?」
「魔人?」
それはアルヴァの聞き覚えのない種族だった。アルヴァの記憶ではこの世界に存在する人類は人間、ドワーフ、エルフの3種で、少なくともアルヴァが魔王の時代はそのような種族は存在していなかった。
しかし、ターブの反応を見る限り、珍しくはあるが一般的に知られている人種なのは間違いようだ。
「お前、魔人も知らないのか?」
翼の男は呆れたようにアルヴァを見ている。
(魔人は常識の範囲内なのか…… 今度ノーレスにでも聞いてみよう)
そう思うと同時に、頭の中でナンガルフが『わたしに頼られないのですか?』と言う姿をアルヴァは思い浮かべていたが、すぐに気にしないように頭から消した。
「それより、何の用なの? 時間がかかるようだったら後にして欲しいんだけど」
「何かあるのか?」
「ギルド長に呼び出されてるんだ。あんまり待たせたら悪いからね」
ゆっくり寄り道しながら向かっていた自分の行動を棚に上げ、アルヴァはそう答えた。ターブの件もあるが、そこまで詳しく伝えるつもりはアルヴァにはなかった。
「まぁ、俺も急ぎの用ってわけじゃないが、待ってるのも暇なんだ。ついていくぞ?」
「僕はかまわないけど…… いいの?」
「俺が聞いてるんだが?」
それはそうだとアルヴァは心の中で納得し、それ以上問いかけるのをやめた。
「わかった。あ、道中でも聞けるけど?」
「さすがにそこまで適当な用じゃない。俺にとっては深刻だ」
いったい何の用なんだろうとアルヴァは思考を巡らすが、思い当たることは一向に出てこない。あとで聞けばいいかとすぐに思考を切り替え、不満げに見てくるターブの視線を感じながら、アルヴァはエクスとともにギルドに向かった。
「メイプルさん、こんにちは」
ギルドに到着してすぐ、アルヴァは受付嬢をしているメイプルに声をかけた。
「アルヴァ君! 来てくれたんですね! あれ? 後ろの方々は?」
「魔人はただの暇人です。この子二人についても実はお話があります」
その紹介にエクスは不満そうに鼻を鳴らすが、何も言わなかった。
「分かりました。ギルド長に話をしてきます」
「おい! 俺との話はどうしたんだ!」
大人しくなりゆきを見守っていたターブは、慌てたように大声を上げた。アルヴァとしてはメイプルに要件を伝えた時に伝わっていると思ったのだが、ターブは聞いていなかったようだ。
「それも含めてギルド長と話をするんだよ。ギルド長なら信用できるでしょ?」
アルヴァはここまでついてきた地点で、ターブは少なくともギルド、もしくはギルドに属する誰かを信用していることは予想できていた。その予想通りにターブはその言葉に何も言わなかった。
(信用してるのはギルド長だったのかな? 一方的に信じてるだけかもしれないけど、どうなんだろう?)
そんな事をアルヴァが考えているうちに、メイプルは急ぎ足で戻ってきた。
「ギルド長の許可が出ました。皆さんできていいそうです」
メイプルの案内で四人はギルド長の待つ部屋まで移動した。そしてメイプルが代表して部屋の扉をノックする。
「メイプルです。案内してきました」
「入ってくれ」
許可を受けてメイプルは扉を開け、四人を部屋に招き入れ、その後自分も部屋に入って扉を閉めた。
「よく来てくれた――――って、ターブとクレアじゃないか。これはどういう組み合わせだ?」
ギルド長はターブとクレアを知っていたようで、驚いたようにアルヴァとターブを交互に見た。
「ギルド長! 聞いてくれよ! こいつメチャクチャなんだ!」
自分の味方になる大人を見つけたからか、ターブは今までの鬱憤を晴らすかのように今までの経緯をまくしたてた。しかし内容は支離滅裂で中々理解出来ず、ギルド長は困ったようにアルヴァを見た。
「まぁ、簡単に言うと、僕はこの子たちの一週間分の食事を用意する代わりに、お金を借りたんだ」
「違う! 俺は銅貨五枚を取り返しにきたんだ!」
アルヴァの説明を、ターブは一蹴する。ギルド長はなんとなくアルヴァの主張が正しいことを感じながら、とにかく話を進めるためにターブに話を合わせる。
「アルヴァなら銅貨五枚くらい持ってるだろ。なぜ自分で払わなかった?」
「外では変な行動をとらないように心がけてるんだ。だから【道具箱】が使えなかった」
アルヴァがそう答えると、ギルド長はため息をついた。
「つまり、アルヴァはこいつから銅貨五枚を借りて、その場で返すお金はあったが、目立つ行動をしないようにしたため、俺に仲介して貰おうとしたってことか?」
「そうです」
アルヴァとしては伝えたいことは伝わっているため、頷いた。
「なぜ諦めなかった?」
「最近無視していたので、ギルド長とメイプルさんのおみあげにして、機嫌をとろうかと……」
アルファは目を逸らしながらそう答える。ギルド長は自分に気を遣ったことがわかり、苦笑した。
「それはありがたく頂こう。ただ、ターブは銅貨五枚を返せといい、アルヴァは一週間の食料の保証をすると意見が違うのはなんでだ?」
「それはそう言ったのが兄じゃなくて妹の方だからかな」
「クレアが?」
ギルド長は意外そうな顔をしてクレアを見た。すると、今まで大人しく話を聞いていたクレアが口を開いた。
「一週間のご飯くれる?」
「クレア、それはターブも納得しているのか?」
ギルド長がいつもより優しい声でクレアに聞いた。するとクレアは困ったようにターブを見る。
「だめ?」
クレアの言葉にターブは困ったようにクレアから目を逸らした。
「なぁ、本当に一週間分用意してくれるのか?」
ターブは落ち着いた声でアルヴァに問いかけた。味方の大人がいる状況で、ターブは冷静になることが出来たようだ。
もともと銅貨五枚より一週間分の食料の方が得なのは誰が考えても明らかだ。それでもターブが納得しなかったのは、ただ騙そうとしているだけではないかという想いがあったからだろう。
「いいよ。ただ、僕が常にいられない。だからお金は多めに用意するから、ギルド長がどうにかしてくれると助かります」
後半は自分に対する言葉だと察したギルド長が頷く。
「まぁ、それくらいならいいだろう。メイプル、頼めるか?」
ギルド長の言葉にメイプルは「はい」とだけ答えた。
「ターブ、クレア、これでいいか?」
ギルド長の言葉にターブとクレアは頷く。
「じゃあ、先にお金だけ預けておきますね」
そう言ってアルヴァは【道具箱】から素早く金貨を何枚か取り出し、メイプルに手渡した。そのあまりな金額に、メイプルは受け取ったまま固まる。しかし、なんとなくそうなるような気がしていたギルド長はメイプルの反応を見て苦笑した。
「ギルド長、実はまだ話があるんだ」
「それよりまず、そちらの御仁を紹介してくれないか?」
マイペースなアルヴァにギルド長は視線で何も言わずに立っていたエクスを示した。
「あぁ、忘れてた。こいつはエクス、僕の知り合いで、僕に用があるらしいんだけど、ギルド長に話があるからって言ったらついてきた暇人です」
あまりにぞんざいな紹介にギルド長は珍しいものを見るようにエクスに視線を向けた。
「俺のことは気にしなくていい。俺の用は急ぎじゃないからな」
アルヴァにしたのと同じ説明をエクスはギルド長にも口にした。
ギルド長としてはアルヴァと親しい様子のエクスという魔人が気になったが、追求するのも躊躇われ、結局何も聞かずに話を進める。
「じゃあ、こちらの用を早く済ませよう。それで、アルヴァの話ってなんだ?」
「まず確認なんだけど、クレアのスキルをギルド長は知ってますか?」
「いや、平民のスキルは成人する年齢にならないと調べないが…… クレアのスキルに何かあるのか?」
「この子、【鑑定】のスキル持ってるよ。自在に使いこなせるわけじゃないようだけど」
「なんだと!?」
ギルド長は驚いたようにクレアを見る。クレアは何が起こっているのかわからないのか、不思議そうに首を傾げた。
「なるほど、お前がわざわざ連れてきたのはそれを伝えるためでもあったのか」
「ギルドでも【鑑定】スキルは貴重でしょ?」
全体の割合から考えると、【解析】スキルの方が珍しいが、それは決して【鑑定】スキル持ちが多いという意味ではない。一般的には【鑑定】スキルもレアスキルの一種だった。
「もちろんだ。よく知らせてくれた。おかげで孤児院一つを救えそうだ」
ギルド長が何を考えているのかアルヴァには分からなかったが、クレアの話と総合し、なんとなく推測できた。
(ギルド長は貧民街にある孤児院を個人的に助けていた。いくら教会が運営する施設とはいえ、そこまで手厚い支援じゃないっていうのは、ターブとクレアを見ればわかる。ただ、クレアが【鑑定】スキルを持ってるとわかった今、クレアがそのスキルを使いこなせればかなりのお金を稼げる。それが孤児院を救うほどかは分からないけど、より良い方向に向かうのは確かかな)
まだクレアの意思を確認していないが、それはギルド長がうまく誘導するだろう。
(小さい子からの搾取に感じないこともないけど、それはこの子が大きくなってどう考えるかかな)
アルヴァはそこまで考え、気にしてもしょうがないかと思考を打ち切った。
「悪どいことはなしだよ?」
ただ、一応ギルド長に釘を刺したが。
「当然だ。クレアやターブとゆっくり話して決めるさ」
アルヴァの言葉にギルド長は表情を改めて、答える。
「それならいいんです。それで、僕を呼び出したのは何かあったんですか? 大事な用って聞きましたけど」
アルヴァがそう答えると、ギルド長は先ほどまでとは一転、目線をそらした。
「実は、魔石がまだまだ不足していてな……」
「わざわざ僕に言うってことは、三十層より下の魔石ですか?」
普通の魔石ならわざわざ呼び出したりしないだろうとアルヴァは問いかけた。
「そうだ。色んなところからせっつかれてる。どうも国が買い占めてるようで、出回らなくなって困ってるそうだ。ただ、時期的に珍しいことだ。心当たりはないか?」
そう言われてアルヴァはラディリアスとサムエルのことを思い出した。
(これは僕が教えた魔法具作るために買い占めてるのかな?)
「心当たり、あります」
元を辿ればアルヴァがしたことが原因なので、アルヴァとしてはどう反応すればいいのか分からなかった。
「そうか。需要はまだありそうか?」
「むしろ増えてもおかしくないと思います」
しばらくは試行錯誤が続くはずなので、需要が途切れることはないだろうとアルヴァは考えながら答えた。
「なら頼む! 魔石を取ってきてくれ!」
ギルド長はそう言いながら頭を下げた。
「頭下げなくていいです! とってきますから!」
自分が原因なだけにアルヴァは居心地が悪くなり、慌ててギルド長に声をかけた。
「そう言ってもらえると助かる」
事情を知らないギルド長はほっとした様子で頭をあげた。
「じゃあ、早速取ってきますね」
まるで薬草採取のような気軽さでアルヴァはそういうと、立ち上がった。
「待て、俺の用がまだだ」
ここまで大人しく話を見守っていたエクスが抗議の声を上げた。
「えぇ…… ここで大丈夫な話?」
アルヴァは露骨に嫌そうな顔をするが、エクスに気にした様子はない。
「お前が気にしないなら大丈夫だ」
エクスの言葉にアルヴァは一抹の不安を覚えたが、それを気にせず話をつづけた。
「ならいいけど、何の用?」
「お前の一方的な協定違反があった。よって俺は約定通り、人間の国を亡ぼす。異論はあるか?」
その発言に、今までぞんざいな扱いをしてきたアルヴァだったが、表情を引き締めた。
「身に覚えが無いとしか言えない。詳しく説明してくれない?」
本当に身に覚えのないアルヴァは、エクスに説明を求めた。
「ま……待て! なんだ今の聞き捨てならない言葉は! 説明してくれ!」
不穏な空気を感じたギルド長は、このままではまずいと思ったのか、口を挟んだ。
「お前のような人間にはかかわりのない話だ。今はアルヴァと話している。黙っていろ」
エクスの言葉は決して大きくなく、威圧的な感じもしない。しかし、エクスから放たれた異常な気配に、ギルド長は口をつぐむしかなかった。
「……メイプル、二人を退出させろ」
そんな中でもギルド長は安全確保のため、メイプルにターブとクレアの退出を指示する。
メイプルは声を出す余裕はなかったようで、ただ頷くだけだったが、今にも泣きだしそうなターブと、何故かじっとエクスを見ているクレアの手を引いて、部屋から出ていった。
「逃がしたか。今すぐどうこうする気はなかったが、判断としてはまともだな」
「お前は何なんだ……」
ギルド長はいつでも行動できるように少し椅子から体を浮かせながら問いかけた。
すると意外なことに、エクスは困ったようにアルヴァに視線を向けた。
(まぁ、ここまで話しておいて誤魔化すのは良くないかな。いつかは説明しないといけないことだったし)
その視線を受けたアルヴァはそう一瞬で判断し、許可するためにエクスに頷いて見せた。するとエクスは嬉しそうに口元を歪め、背中の羽を大きく広げた。
「俺の名はエクス! 魔王だ!」
その口上に、ギルド長は反応できず、しばらく呆然とするのだった。




