アルヴァはギルドに向かうようです 前編
長期休暇を間近に控え、アルヴァは思い出したようにギルドに向かっていた。学園に通っている以上、ギルドに顔を出せないのは仕方がないのだが、ギルド長からノーレス経由で大事な話があるから顔を出してくれと頼まれれば、出向かないわけにはいかなかった。ただ、細かな時間の指定はなかったため、アルヴァはゆっくりと徒歩で向かっていた。
今回はラビィもルナも連れてきておらず、珍しく一人だ。二人にはイーステリアとマリナ、ノーレスの魔法訓練をお願いしていた。『頼むから騒ぎを起こすなよ?』とラビィには心配されていたが。
(ラビィはいつまでたっても心配性だなぁ。そうそうトラブルなんて起こるわけないのに)
アルヴァはそう考えながら、いつまでも心配性な親友を思い出し、苦笑した。ラビィとしてはアルヴァにトラブルを起こさないようにと注意したつもりだったのだが、その思いは本人に全く届いていなかった。
(そういえば、ゆっくり街を眺めながら歩くの初めてかもしれないなぁ……)
街の中を歩くのは初めてではないが、目的もない散策は初めてだと、ギルドを尋ねるという目的を頭の隅に追いやり、アルヴァは色々な建物や通りに並んでいる屋台を眺める。
(あれ、美味しそうだなぁ…… お金あったっけ?)
アルヴァはそう考えながら腰についている鞄から一枚の金貨を取り出した。以前までならばこのような鞄を持ち歩くことはなかったが、【道具箱】を人前で使うべきではないと学んでからしっかりと自重していた。
(これなら足りないってことはないよね)
金貨は実質この国での最高額硬貨なのだが、あまり興味のないアルヴァは足りればいいかなどと軽く考えていた。ただ、それをすぐに後悔することになる。
アルヴァは意気揚々と何かの肉の串焼きを売っている屋台に近づいた。
「どうしたボウズ、お使いか?」
相変わらずの対応にアルヴァは苦笑しながら、訂正することもなく話を続けた。
「五本ください」
アルヴァは一本でよかったが、自分の分だけではなく、これから尋ねるギルド長や受付のメイプルのためのお土産にしようと多めに注文した。
「わかった。少し待っててくれ」
既に焼いているものがあるのだが、まだ焼きあがってはいないようで、屋台のオヤジは串を裏返した。
「それで、いくらになりますか?」
「銅貨五枚でいいぞ」
「じゃあ、金貨一枚で足りますね」
そう言ってアルヴァは金貨一枚を屋台の親父の前に置いた。屋台のオヤジは一瞬固まったが、すぐに正気に戻り、慌て始めた。
「ま……待て! いや、待ってください! まさか貴族様……ですか?」
屋台のオヤジは確認するように低姿勢で問いかけた。
「違いますよ?」
「そ……そうですか……」
屋台の親父はアルヴァの答えに納得は出来なかったのか、低姿勢で丁寧な言葉遣いを意識したまま、話を続ける。
「悪いんだが、金貨で払われてもおつりがないんです。銀貨なら大丈夫なんだが……」
「おつりならいらないですよ?」
本当はそんなつもりはなかったが、今から【道具箱】から取り出すわけにもいかず、アルヴァは後で稼げばいいかと楽天的に考え、そう答えた。
「そういうわけには……」
屋台のオヤジは何か周りを気にしながら置かれた金貨には一切手を出す様子がない。追い返さないところを見ると、アルヴァを貴族の息子がお忍びで街を散策していると思っているようだ。
「売ってくれないんですか?」
「そういうわけじゃないが……」
屋台のオヤジは困惑した様子で言葉を濁す。無理だと突っぱねたいが、貴族である可能性を考え、強く出られないようだ。なんとなくアルヴァもそれを察していたが、否定したところで信じるのは難しいだろうとそのことについては触れなかった。
互いが互いに気を使っているため、言葉を発することができずに、嫌な沈黙が続く。その沈黙を破ったのは当事者の二人ではなく、第三者だった。
「はい」
アルヴァがふと声をした方を見下げると、そこには幼女が立っていた。手をアルヴァに差し出しており、その手には銅貨が五枚乗せられている。
(これはどういうことなんだろう?)
幼女は何が楽しいのか満面の笑みを浮かべており、反応のないアルヴァを気にすることなく、手を差し出し続けている。アルヴァは困って屋台のオヤジを見るが、オヤジは嫌な顔をして幼女を見ており、アルヴァの視線に気づいていない。
「はい」
幼女は更にアルヴァの視界に入るようにアルヴァの顔に手を近づける。よく幼女を見れば、着ている服は薄汚れており、身体や髪の毛も決して清潔とは言えない。屋台のオヤジが嫌な顔をしているのはそのためだろう。
(この子は貧民街に住んでいるのかな?)
アルヴァは王都の一角にある貧民街を思い出す。そこまで治安が悪いわけではないが、貧富の差の象徴として貧民街は発展した街には必ずと言っていいほど存在する。この王都も例にもれず、貧民街は存在した。ただ、そこまで荒れていないのは流石は王都と言ったところだろう。
「どうかしたの?」
アルヴァはこのままでは埒が明かないと思い、幼女に声をかけた。
「お金ないんでしょ? だから、はい」
幼女は説明しているつもりなのだろうが、アルヴァはその内容が理解できず、首を傾げた。
「クレア!」
そんな時、誰かの名前を呼びながらこちらに走り、近づいてくる少年が現れた。
「ター兄」
アルヴァに手を差し出していた幼女、クレアは手をそのままに、声のした方に振り返った。
駆け寄ってきた少年はクレアの伸ばしていた手に気づき、さらに正確に言うならばその銅貨を見て、クレアの腕をつかんだ。
「なにしてるんだ!」
その少年はクレアに少し怒気を含んだ声で言う。ただ、つかむ力は強くないのか、クレアは痛がっている様子はない。
「このお兄ちゃんが困ってるみたいだから、これをあげようとしてたの」
クレアは困ったようにアルヴァを見る。アルヴァは何も言わず、成り行きを見守る。
「だからって…… いいか、クレア。それがないと今日と明日のご飯が買えなくなるんだ。大切なものなんだ」
「でも、このお兄ちゃんは困ってる」
「それは、クレアには関係ないだろ?」
クレアは何か言いたそうだったが、言葉が思いつかなかったのか、悲しそうに俯く。
「行くぞ」
そう言って少年が手を引くが、クレアは一向に歩き出す素振りがない。少年は困ったように何も言わずにクレアを見ている。
「何も買わないならどっか行ってくれるか?」
屋台のオヤジは不機嫌そうにそういう。その表情には薄汚い人にいつまでも居座られると困るとありありと書かれていた。それを見た少年にもその気持ちが伝わったらしく、屋台のオヤジを睨みつける。
「ん? そうだね。もう諦めようかな」
しかし、その屋台のオヤジの言葉に反応したのはアルヴァだった。屋台のオヤジは意味が分からなかったのか、茫然となり、すぐに慌て始めた。
「い……いや! 今のはあんたに言ったわけじゃ……!」
「買おうとしてたのは僕だけでしょ? 他に誰がいるの?」
「いや、それは……」
屋台のオヤジは言いよどむ。下手なことを言い、貴族と思われる少年の不興を買うことを恐れたのだ。もうすでに今更不興も何もないのだが、屋台のオヤジは気づいていない。
「でも、この金貨じゃ買えないみたいだし…… あぁ、そうか」
アルヴァは何かに気づいたように置いておいた金貨をつかんだ。そして、そのままそれを幼女に差し出した。
「ねぇ、その五枚の銅貨とこれを交換してくれないかな?」
アルヴァの案、それは金貨が役に立たないのだから銅貨五枚と交換してしまえばいいというものだった。相手も損をすることはないのだから問題ないとアルヴァは軽く考えていた。
しかし、それを目撃した少年と屋台のオヤジは固まってしまった。どこの世界の銅貨と金貨を交換するような人がいるだろうか。現実で言えば十円玉を一万円札と交換するようなものだ。得したと何も考えずに交換する人はそんなにいないだろう。むしろ何かあると疑ってしまうのが普通だ。
「あたしの方が枚数多いから嫌」
しかし、クレアの答えはその上をいった。アルヴァの提案も中々だが、クレアの答えも変である。
クレアはさっきまでアルヴァに渡そうとしていたことを忘れたわけではない。クレアはクレアで銅貨の価値はご飯を買えるものだと理解できているが、金貨は見たことがないため、その価値を理解できないのだ。
あまりに混沌とした状況についていけず、少年と屋台のオヤジは茫然として口をはさむことが出来ない。
「一応これでもご飯買えるよ?」
価値を理解できていないのだろうとアルヴァは説得を試みる。
「でも、今買えなかった」
当たり前の事実を指摘され、アルヴァは苦笑した。
「確かにそうだね。じゃあ、どのくらいなら交換してくれる?」
「ご飯」
「ご飯?」
「一週間分のご飯」
「もしかして、食べるご飯を言ってる?」
アルヴァがそう聞くと、クレアは頷く。クレアにとってはお金の価値など関係なく、ただご飯と交換できるから大切だと、全てはご飯を基準に判断しているに過ぎないのだ。銅貨五枚でちゃっかり一週間分の食料をねだるあたり、クレアは中々に強かだったが。
「わかったよ。お腹いっぱいに食べさせてあげる」
「ター兄も?」
幼女は心配そうに自分の兄を見た。
「もちろん」
のけ者にする気はなかったアルヴァは笑顔のまま、頷いた。
「じゃあ、はい」
納得したのか、幼女は再び銅貨五枚をアルヴァに差し出した。
「ま……待て!」
流石に見過ごせなかったのか、幼女の兄は今までの会話を理解することを放棄した。
「お前! 何のつもりだ!」
「大丈夫、盗ったりしないよ。それとも君は金貨の方が良かったかな?」
「そ……そういう問題じゃない! 何をたくらんでるんだ!」
少年は一瞬心を惹かれたようだが、頭を振ってすぐにアルヴァを睨みつけた。
「警戒するのもわかるけど、それなら先に金貨を受け取ればいいんじゃない?」
「に……偽物かもしれないだろ!」
「偽物の作製、使用は死罪だよ?」
実際は死罪よりも重たいのだが、詳しく説明してもわからないだろうと説明を省く。
「だ……だけど……」
少年は何も言い返せなくなったが、それでも信用したわけではないのか、アルヴァを睨み続けている。
「まぁ、いきなり信用しろっていうのも無理ないよね。じゃあ、僕は今から冒険者ギルドに行くんだけど、ついてくる? 買ったものは君たちが持っててくれればいいから。あとこれもね」
そう言ってアルヴァは少年の手を取り、その手のひらに金貨を一枚乗せた。流石に予想外だったのか、少年はその格好のまま固まってしまった。
「それなら問題ないでしょ?」
「い……え……あ……」
少年は予想外のことでうまく反応できなかった。見たことのない大金を実際に手にしたことにより、そこに意識が持っていかれ、混乱してしまったのだ。
「うん」
代わりに答えたのがクレアだった。混乱している少年を尻目に、クレアは銅貨五枚をアルヴァに手渡した。
「じゃあ、串焼きの代金ね」
アルヴァは交渉成立とばかりに、少年が動き出す前に屋台のオヤジに銅貨五枚を手渡した。
「分かったよ……」
屋台のオヤジは理解することを諦めたのか、何も言わずに焼きあがっていた五本の串焼きを何か葉っぱのようなものに包むとアルヴァに手渡した。そしてアルヴァはそれをクレアに手渡した。クレアはそれを満面の笑みで受け取るのだった。
混乱していた少年が現実に追いついたのは、そこから更に数十秒経ってからだった。




