アルヴァは平和な日常を送るようです
国王との一件から二か月が経過していた。ドラゴン部隊の隊長は表向きは、グリーンドラゴンとの交戦中に部隊を率いることが不可能なほどの怪我を負ったことになっており、引退を余儀なくされていた。そもそもレベル1では隊長はおろか、兵士すら続けることは不可能であろうが。新しい隊長にはラディリアスの推薦があった者が就いたとアルヴァはラディリアス本人から報告を受けていたが、アルヴァにとってはどうでもいいことだった。
隊長の息子たちがどうなったのかをアルヴァは知らない。ただ事実としてある教師は学園から消え、一人の生徒が自主退学したという事があったくらいだった。
国王はあの一件からアルヴァに何もしかけてくることはなくなった。少しは何かあると思っていたアルヴァは少し拍子抜けだったが、イーステリアいわく、『お父様も自分の命を懸けるほどではないと考えたのだと思います』とのことだった。
それ以来、心配事がなくなったアルヴァは退屈な学園生活を満喫していた。
「アルヴァ様、昼食はどうされますか?」
いつものようにイーステリアはアルヴァに声をかけてきた。マリナもイーステリアの後ろに控え、アルヴァの答えを待っている。
「今日も食堂でって思ってるけど、先に行っててくれる?」
「何かご予定でも?」
「あれだよ」
アルヴァは視線でその方向を示しながら苦笑した。つられてイーステリアとマリナがその方向を見れば、偉そうに入り口で仁王立ちするサムエルがいた。
「なるほど、今日もいらしているのですね。では、後程お会いしましょう」
イーステリアはそういうと、優雅に一礼して去っていく。それに続くようにマリナも一礼すると、イーステリアの隣に並んだ。
(マリナもイリスに対して普通に接せられるようになってきたようで良かった)
おしゃべりしながら食堂に向かう二人を微笑ましく見送りながら、アルヴァはサムエルの方へ向かう。
「遅いぞ。いつまで待たせるつもりだ?」
「約束した覚えはありませんよ。それで、今日はどんな要件ですか?」
サムエルの態度はいつものことと割り切り、アルヴァは先を促した。
「あれから回路をさらに改良した。確認してくれ」
そう言ってサムエルは一枚の紙を差し出した。
アルヴァはラディリアスとの約束通りに魔法具作成の技術の伝授に選ばれたのがサムエルだった。
この国での魔法具作成のの第一人者であること。アルヴァの技術が得られるならどんなことでもすると本人が懇願してきたことが選ばれた理由だった。
ただサムエルは全てを教えられることを拒んだ。あくまで基礎的な知識だけを欲しがり、自分で創意工夫することにこだわったのだ。アルヴァも魔法具を制作するものとしてその気持ちを理解できたため、今回の様に出来たものを確認し、そこに改良の余地があれば伝えるという形に落ち着いたのだった。
「なるほど、前回よりかなり効率よくなりましたね」
常人ならば何が書いてあるのかを理解するのに数日は要するだろう複雑に絡み合った回路を見て、すぐに内容を理解したアルヴァはそう言う。
「そうだろう?」
サムエルの自慢気な態度にアルヴァは苦笑する。
「でも、こことこことここ。基本が出来ていません。そのせいで魔力効率が落ちてます」
そんな自慢気なサムエルに、アルヴァは容赦なくそう指摘する。
「なんだと?」
そう言ってサムエルはひったくるようにアルヴァの手元から紙を奪う。そして言われた場所の一つを凝視し始めた。
「一部で効率を考えるのではなく、全体の流れを見ないといけないですよ」
そう指摘され、確認したサムエルは悔しそうに顔を歪めた。しかし問題があることは分かったのか、言い訳などはしなかった。アルヴァはその反応が好ましかったのか、いつもとは違い、嬉しそうにほほ笑んだ。
「これだけの短期間で今の説明だけで納得し、理解出来るとはさすがですね。僕は数年かかりました」
「当然だ。俺は他の凡人とは違う。お前の知識などすぐに吸収し、数年で技術も超えてやる。覚悟しておけ」
サムエルはにやりと笑い、そう宣言する。それを目撃した他の生徒たちは関わり合いになりたくないのか、そそくさと二人のそばを通り過ぎていく。
アルヴァはそんなサムエルを見て、学園長にサムエルに技術を教えて欲しいと頼まれた時のことを思い出していた。
『昔はあの子も素直で優しい子だったのです。ただ、あの子は大人と比べても遜色がないほど優秀でした』
それは他愛のない昔話だった。ただアルヴァにとっては少し理解出来る話だったため、静かに聞いていた。
『何かを作るたびに私に嬉しそうに報告するあの子が可愛くて、私は知る限りの知識をあの子に与えました。その結果、あの子の知識も技術も私を超えてしまった』
そう言う学園長は淋しそうに微笑んだ。
『それからのあの子は本当につまらなそうでした。対等に話し合える相手すらあの子には私ぐらいしかいなかったのです。その私でさえ、あの子の知識についていくのがやっとでした。身勝手なお願いであることは重々承知しています。あの子のこと、よろしくお願いします』
アルヴァはそこまで思い出し、目の前のサムエルを見る。その自慢げな様子を見て、学園長の話が本当だったと納得していた。
「それは楽しみですね」
だからアルヴァは同じ顔を浮かべ、そう言った。アルヴァにとっても魔法具の話が出来る数少ない人物であることは同じなのだから。
「そうだ、もう一つ確認したいことがある」
先ほどの話は終わったとばかりにサムエルは紙を懐にしまう。
「なんですか?」
「お前のに教えてもらった知識で過去の伝説と言われた魔法が可能かどうかを再検証したんだ。【隧道】【天使の雫】まではおおよその予想はついた。他の伝説の魔法も説明は出来ないが、可能なのはなんとなくわかる」
サムエルはそこで言葉を切った。アルヴァはそこまで考えていたのかと、優秀な生徒であるサムエルに好感を持った。
「ただ、【死者蘇生】だけは分からない。教えてもらう者として邪道なのは分かるが、あえて聞く。【死者蘇生】は可能なのか?」
悔しそうなサムエルにアルヴァは苦笑しながら答える。
「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。あの魔法は僕も作るのにかなり苦戦しましたから」
その言葉に、サムエルはすぐに反応した。
「作った? あの魔法の製作者はまさかお前なのか!?」
アルヴァの事情を知っているアルヴァは、アルヴァが作ったという発言を疑うこともなく、むしろ先を促そうとアルヴァの両肩に手をかけ、揺さぶる。なんとなくそんな反応をされると思っていたアルヴァは、慌てることなく答える。
「はい。【隧道】も【隕石】も作ったのは僕です。まぁ、その中でも【死者蘇生】は数年かけて作った僕の最高傑作です」
「じゃあ、存在するんだな!?」
「もちろんです。ただ、僕の【死者蘇生】は五分以内じゃないと効果がありませんので、まだまだ完璧とは言えませんけど」
その言葉を聞いてい、サムエルは手を放し、少し考え、口を開いた。
「だが、あれは回復魔法の理論に反するんじゃないのか?」
「はい」
サムエルの質問にアルヴァは簡潔に答える。その答えに言葉を続けようとしたサムエルはしかし、何も言わずに口を閉じた。
「いいんですか?」
サムエルが飲み込んだ言葉をアルヴァは察しながら、その質問に答えることなくただ問いかけた。
「お前は自力でたどり着いたんだろう? 俺がこれ以上助言を受けたら面白くない」
サムエルはそう答え、にやりと笑う。
「絶対俺の力で完成させ、お前が作ったものより優れた魔法にしてやる。そうすれば俺の方が上だ」
「そうですね。楽しみにしています」
アルヴァはそう答えると、これ以上時間をかけると昼食を食べ損ねるため、断りを入れてその場を後にした。サムエルもこれ以上聞きたいことはないのか、軽く手を振ってアルヴァと別れた。
アルヴァが食堂に到着すると、イーステリアとマリナはずっと待っていたのか、アルヴァを見つけると声をかけた。
「待っててくれたんだね」
「はい。お一人で召し上がるとなると気まずいかと思いまして」
確かに二人に見られながらの食事は気まずい気がしたアルヴァはすぐに注文を済ませ、席に座った。
「では、いただきましょう」
イーステリアの言葉を受けてマリナもアルヴァも食事に手を付けた。その後は会話もなく、三人は食べ終わる。
「アルヴァ様、申し訳ありませんが、会話が外に漏れないようにしていただけますか?」
アルヴァは頷くと、すぐに魔法を発動し、音を遮断する。
「何かあったの?」
余程の事があったのかとアルヴァは遮音してから問いかけた。
「最近、教会の者たちがアルヴァ様について調べているようです」
「教会?」
教会という言葉にアルヴァは顔をしかめる。前世も含め、アルヴァは教会にいい印象はなかった。
「まだ噂の段階ですが、アルヴァ様が回復魔法を使用したことについて調べているようなのです。心当たりはございますか?」
「あるよ」
アルヴァはクランマスターであるマーカスを治した時を思い出していた。大勢に見られたのはあの時だけで、それ以来騒ぎらしい騒ぎもないのでアルヴァは忘れかけていたが、なんとか思い出すことが出来ていた。
「お気をつけください。詳しい情報はまだありませんが、回復魔法は神を信じる力が強いほどより回復が可能と言われています。それなのに教会に属していないアルヴァ様が回復魔法を使用したとなれば、どのような反応があるのか分かりません」
「分かった。気をつけるよ」
アルヴァはそう答えながら、神という言葉に、アルヴァはこの世界に初めて転生した時に出会った幼女の事を思い出していた。
(あれを信じると回復魔法が強化される?そんな神様じゃない気がするけど……)
「教会の全てが悪いわけではありません」
そんなことをアルヴァが考えているとマリナが珍しく少し語気を強めて言った。
「わたしは教会に何度もお世話になりました。皆が皆、優しい方たちばかりです」
マリナは回復魔法のスキルを持っている。その関係で教会に通っていた時期があるのだろうとアルヴァは察していた。
「確かに無駄に警戒する必要もないよね。僕のことを調べているからといってそれで不思議なことじゃない。むしろ、強力な回復魔法を使った人がいるって情報があれば、教会としては調べるのが普通だろうし」
そのアルヴァの言葉にマリナは一瞬驚いた表情を浮かべた。
「そうですね。ただ一応伝えておこうと思っただけなのです。ごめんなさい」
イーステリアは申し訳なさそうに言った。
「い……いえ! 気にしないで下さい!」
イーステリアもマリナもお互いに頭を下げる。その様子を見て仲がいいなとアルヴァは微笑んだ。
『そんなに気になるなら教会を見に行くといい。実際に雰囲気を感じればわかることもある』
このままでは話が続かなくなると思ったのか、ラビィが口を開く。
「なるほど、一理あるね」
「そういえばわたくしもしばらく教会へは足を運んでいません。いい機会かもしれませんね」
「その時はわたしがご案内しますね」
頭を下げるのをやめた二人はそう言った。これで問題ないだろうと感じたラビィはいつものようにアルヴァの頭の上でくつろぎ始めた。
「いつ行きますか?」
「もうすぐ学園が長期休みです。その間にしませんか?」
「ではせっかくですからルナ様やエリーゼ様にも声をかけましょう。きっと楽しいですよ」
ただでさえ小市民なエリーゼは本人の知らないところで予定が決定した瞬間だった。本人がいれば断れないとわかりながらも大慌てしているところだろう。
「ルナならもうすぐ来るだろうし、エリーゼにも今度伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
遮音は必要ないと判断したアルヴァは魔法発動を止めた。それに合わせたかのようにルナが近づいてくる。そして当たり前のようにアルヴァの隣に座った。
三人の会話を聞きながら、確かに学生生活も悪くないと、三人を眺めながら考えていた。




