ラディリアスは王に謁見するようです
遅くなりまして申し訳ございません。
部屋を後にしたラディリアスは、その足で王に会うため、この時間にいるであろう謁見の間を目指していた。
(アルヴァが派手な魔法を使った意図は理解出来る。相手を殺さずに今後手を出させないようにするためには、その気が起きないように心を徹底的に折るしかない。強い言葉や行動もそれを意図したものだろう。今後のことを考えれば有効だけど、出来ればこっちにも配慮して欲しかった)
ラディリアスはアルヴァの性格からアルヴァの考えを正確に見抜いていく。
(あの魔法での人的被害はないと考えていい。ただ、民衆は騒ぎ立てるだろう。それを宥めるためには早急に騎士を動かし、自然災害だと結論付ければいい。魔物の仕業ではないと分かれば安心するだろう)
ラディリアスは早く歩きながら今後の行動を決めていく。
(問題は父上がどこまで僕の言葉を信じて従うのかだ。これまでの事を考えると素直に僕の言葉に従うとは思えない。今回の災害をどこまで把握し、どこまで深刻に考えているのかが問題か)
これからの事を頭の中で細かくまとめている間にラディリアスは謁見の間の前に到着していた。
「急を要する案件である。扉を開けよ」
「しかし、現在は他の方が謁見中でして……」
「急を要すると言っているだろう。ことは一刻を争うんだ。開けよ」
騎士は逡巡したが、すぐに覚悟を決めたように扉を開けた。
「すまない。あとで埋め合わせはしよう」
通り過ぎようとしたとき、ラディリアスはそう騎士に小さく声をかけた。それを聞いた騎士は驚きの表情を浮かべ、ラディリアスに見えないと分かっていながら、無言で敬礼をした。
謁見の間には王が正面に鎮座しており、その両脇を守護するように騎士が控えていた。そしてその王の正面ではある貴族が何かを報告しているところだったが、その貴族を気にせずにラディリアスは堂々と歩いていく。
「ラディリアス、何か用か? 今はその者の報告を聞いている最中だ。あとにしてくれないか?」
「父上、それどころではないでしょう? 先ほどの轟音をなんだとお思いですか?」
「大方魔法具の暴発だろう? よくあることではないか」
王は呆れたようにそういうが、呆れたいのはラディリアスの方だった。
「確認もされていないのですね」
そう言ってラディリアスは露骨なため息をついた。
「外の森をご覧ください」
そう言われてその場にいた者は一斉に外を見た。そして遠くの森に広がっている大きく抉られたような跡を見て、言葉を失っていた。
「ラディリアス! 何があったのだ!」
王はことの緊急性を感じ取ったのか、未だに目の前で呆然としている貴族のことも忘れたかのように慌てた様子で言った。
「王が指示したこれが結果ですよ」
「なんだと?」
王は思い当たる節がなかったのか、あごに手を当てて考え込む。その様子を見てラディリアスは呆れをより強くした。
(自分が何を敵に回したのかも理解していないのか…… 報告もしてるはずなんだけど……)
「アルヴァを始末するように指示したはずです。その結果、ドラゴン部隊はすべて敗北しました」
「なに!? あ……あり得ん! 調べた限りアルヴァという少年はレベル五の弱者だ! いくら優れた魔法具を持とうと、いつまでも使用できるものではない!」
王はそう反論するが、その定型文と化している反論にラディリアスはもう呆れることにも疲れ、それでも諭すように言う。
「僕は何度も報告したはずです。アルヴァに関する情報については事細かく、逐次書類にして。お読みになられていないのですか?」
読んでいないことを分かっていながら、ラディリアスはそう問いかけた。
「確かに読んでいる。しかし、あのようなものはものは市政の噂に過ぎないとの報告もある」
その言葉でラディリアスは報告を読んでいるのは嘘だと察してしまった。そして自分にとって信じやすい、都合のいいものを信じてしまったのだろうと理解した。
「『ハイリとブラッド』」
その言葉に王は露骨に反応した。
「見つけたのか!」
それを見つけることは王国にとって大きな意味を持つ。それだけに王の反応はラディリアスにも理解出来た。
「えぇ、それも同じ報告書に記載してあったはずです」
「う……うむ。もちろん読んでおる。ここに来ているのかと年甲斐もなくはしゃいでしまっただけだ」
貴族の前だからか、王はそう見栄を張った。
「して、その者はどこに?」
ここまで言っても察しないのかと王の平凡ぶりにラディリアスは辟易する。しかし、ここで対話を諦めれば王都がどうなるかわからないため、会話を続けた。
「王がドラゴン部隊を送り出したため、交戦中です」
「ま……まさかアルヴァなのか?」
「はい」
王は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに余裕を取り戻した。その反応の意味が分からず、ラディリアスは内心訝しんだ。
「それは僥倖だな。お前は既に親睦を深めているのだろう? こちらに取り込むのもたやすいな」
見当違いなことを言い始めた王にラディリアスは現実を突きつける。
「父上自ら抹殺を命令しておきながら、そのようなことが可能だとお思いですか?」
「何を言う。私はそのようなことを命じた覚えはない。そのような証拠があるのか?」
別にその記憶がないわけではないだろうが、そう言えば問題ないと王は本気で考えていた。
(あのアルヴァにそんな戯言が通じるわけがないだろう。機嫌を損ねるのが関の山だ)
ラディリアスは内心そう考えながらも、なんとかしようと別の内容で口を開く。
「そもそも僕とアルヴァはまだそれほど親しいわけではありません」
「平民が王族と繋がりを持てるのだ。お前がどう思おうと、あちらからすり寄ってくるだろう」
(実際は僕がすり寄っているような状況だけどね)
そう考え、ラディリアスはその状況がおかしくて苦笑した。
「父上、アルヴァはそれほど甘い存在ではありません。彼は地位や名誉に一切関心がない。自らの親しい者に降りかかる災いは、それが誰によるものであろうとその災いごと消し去るでしょう。彼に証拠など必要ないのです」
「そのような者がいるはずがないだろう。お前のやり方が生ぬるいのだ」
(取り付く島もなしか。まぁ、仕方がない。アルヴァも約束している以上、命を取りはしないだろう)
ラディリアスは説得を諦め、緊張していた体の力を抜いた。そして、今後のことに思考を切り替えた。
「では、王のお手並みを拝見いたしましょう」
「なに?」
「間もなくアルヴァがここに現れるでしょう」
アルヴァがそう言っていたわけではない。しかし、王という命令を下した首謀者に対してアルヴァが何もしないとはラディリアスは考えられなかった。
(問題はいつ来るのか、か)
「その平民がここに現れると? ははは! 見張りもいる中、どうこの謁見の間に現れるのか知りたいところだな」
「では、現れた場合はアルヴァに応じてもらえると言うことですか?」
「そのようなことがあればすぐにでも――――」
王はそこまで口にして言葉を忘れたように呆然とラディリアスを見た。正確にはラディリアスに焦点は合っておらず、その後ろを見ているようだ。
(やはり来たか)
ラディリアスは振り返ることなく、王の視線の先にいる者の正体を察していた。この魔法が使えないように制限されている王城内で自在に魔法を使える者の心当たりなど一人しかいないのだから。
「な……なんだ貴様は! どこから現れた!」
王はそう声を荒げるが、護衛の騎士達は動けない。あまりの非現実的な光景に思考が停止しているのだろう。
アルヴァからの返答はなく、代わりにラディリアスと王との間に何かが降ってきて大きな音をたてる。
(ドラゴン騎士団長か。一応生きているようだ。上から降ってきたということは鎧を着た彼を投げたのか。魔法……ではないね。これも魔力操作の恩恵というわけか。アルヴァほど小柄で力がないものでこれなら、鍛えた者はもっと力が出せるのか? それとも魔力量に依存するのかな?)
もう自分にできることはアルヴァがやり過ぎた時に止めることくらいだと悟り、ラディリアスは関係ないことに思考をめぐらす。
「お前が、僕を殺せとこいつに命じた王か?」
「き……貴様! 私を―――!」
「うるさい」
その瞬間、ラディリアスは部屋の温度が急に下がったような錯覚を覚えた。
(アルヴァの【威圧】か。僕に向いていないのにもかかわらずこれだけ感じるのだから、父上は生きた心地がしないだろう)
「僕が質問しているだから、答え以外の言葉はいらない」
アルヴァの声は平坦でその感情はうかがい知れないが、いまだに【威圧】が変わらないことを考えると、その感情は推し量ってしるべしだ。
「もう一度聞くけど、お前がこいつに僕を殺せと命じた王か?」
「な……なんの話だ? 私には身に覚えがない」
王は慌てた様子でなんとかそう答える。その表情には恐怖がありありと浮かんでいた。
「覚えがない? じゃあ、この国の最高戦力であるドラゴン部隊が勝手に僕を襲ったと?」
「私にはなんのことだか分からない。事実を確認するゆえにこれをやめよ」
王は何をされているのか分からないだろうが、原因は目の前の少年にあると察してそう命令する。
「なんのことだか分からない……か」
アルヴァが呟くようにそう言うと、【威圧】による息苦しさがなくなった。
(今の言葉を信じた……というわけではないだろう。さて王よ、お手並み拝見といこうか)
なんとなくこの後どうなるのかを察しながら、ラディリアスは意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
「本当に何も知らなかったのか?」
「私にはなんの話なのか分からない。そやつが何かをしでかしたのか? 詳しく事情を説明せよ」
王の言葉にラディリアスは背後からアルヴァが笑った気配を感じた。
「そうか。お前はただの無能か」
「なに?」
その言葉に王は過剰な反応を見せなかったが、それは先ほどの【威圧】を恐れているだけであり、腹の中では怒りで煮えくり返っているのは想像に難くなかった。
「自分の国の最高戦力が勝手に動いているのにも関わらず、それに一切気付かなかったという。それを無能以外にどう評価しろと?」
「その程度のこと―――!」
そこまで口にして王は慌てて口を閉じた。気づいていたと口にすればアルヴァの怒りを買う。しかし、このまま嘘をつけば無能の評価を受ける。アルヴァにどう思われようと関係ないだろうが、この場には護衛の騎士や報告していた貴族の男がいる。そちらの方は問題だった。
(もう王は二択を選ぶしかない。もしくは論点をずらすかだけど、アルヴァにその手が通用するかどうかは疑問だ。もっとも、アルヴァの【威圧】に恐怖し、騎士に拘束させるという当たり前の行動を思い出せないほど混乱した思考で、まともな結論に至れるとは思えないけどね)
「その程度? 気づいていたってこと?」
「ち……違う! そやつが巧妙に隠しておっただけだ! 此度の軍の派遣もグリーンドラゴンの討伐と報告を受けておる。まさか平民を襲うためとは思わなかったのだ」
「じゃあ、結局ドラゴン部隊の動きを正確に把握出来なかったわけだね。まぁいいや。そんなことを追求するためにここに来たわけじゃないから」
(なに? 父上を叱責するために来たんじゃないのか?)
ここにいたりアルヴァの予想に反する言葉を聞き、ラディリアスは嫌な予感を覚えた。
「な……何が目的だ!」
「別に難しい話じゃないよ。ラディリアスに殺すなって言われてるし、隊長を僕の気が済むまで拷問するのもまずいんだろう?」
その問いかけに王は答えなかった。そんな事いいわけがないので頷いても良かったのだが、アルヴァの意図が読めず、頷くのをためらったようだった。代わりにラディリアスが答える。
「無傷で五体満足であればいい。精神に異常が出るのも困る」
ラディリアスは振り向かず、最低限の限度を伝えた。
(どちらにしろこのままドラゴン部隊の隊長を続けることはできない。ならば引継ぎの出来る状態であればいい)
ラディリアスは既に隊長を見限っていた。隊長の今後を心配するよりもアルヴァを確保する方が今後有用だからだ。それは、王にとっても変わらなかった。
「ラディリアスの言う通り、それでお前の気が済むなら好きにするといい」
(これだけの異常性を見せたんだ。父上もアルヴァが『ハイリとブラッド』の関係者であることはもう確信しているだろう。そんな相手を敵に回すのは得策じゃないのは流石の父上も察したみたいだね)
「そう。なら好きにさせてもらおうかな」
アルヴァはそう言って歩き出し、ラディリアスの横を通り過ぎると、隊長の傍に立った。
(何をするつもりだ?)
ラディリアスは未だにアルヴァの行動が読めずに内心首を傾げていた。しかし次の瞬間、ラディリアスの理解できない現象が起こった。アルヴァを囲むように魔法陣が展開されたのだ。
(なんだこれは!? 立体的に絡み合うように展開されている魔法陣なんて聞いたことがない! まさかこれは発動する魔法なのか!?)
ラディリアスの混乱をよそに、アルヴァはその魔法名を呟いた。




