アルヴァを観戦するようです 前編
わけもわからないままアルヴァに【隧道】の魔法であけた穴に押し込まれ、それ以降も全く状況が理解できないままエリーゼは今、王族であるラディリアスにもてなされていた。
「紅茶です。どうぞ」
「あ……ありがとうございます」
エリーゼはなんとかそれだけの言葉を絞り出し、目の前に置かれたティーカップに視線を向けた。
(明らかに高そうな装飾…… それっていくらするんだろう?)
周りを見れば優雅に紅茶を口に含んでいるイーステリアとマリナを横目に確認でき、自分も飲んだ方がいいかと思ったが、手を出してもし壊したときのことを思い浮かべ、結局手を出せなかった。
「さて、そろそろかな」
ラディリアスはそう言って少し顔をあげた。そこには空中にアルヴァの様子が映し出されている。
(さっきこれまでの事情を説明されたけど、何一つ理解出来ないんだけど!?)
完全に置いてけぼりにされているエリーゼだが、目の前に映し出された映像の意味だけは理解できたため、とりあえず目の前のことを理解することに努めていた。
「目の前にあっても信じられない魔法具ですね」
イーステリアは机の上に置かれた魔法具を見つめながら言った。
「本人曰く使いきりらしい。これが普及すればどれだけこの国を強化できるか想像もできないよ」
ラディリアスはそう言って肩をすくめた。
「ラディリアス様、始まるようですよ」
ノーレスがそう言うと、その場にいた全員が映像に視線を向けた。その映像では今まさにワイバーンたちが飛び立ち、アルヴァの上を飛んでいるところだった。
『驚いたか! これが我らドラゴン部隊だ! 貴様のような平民が日頃見ることも出来ない最強の部隊だ! 命乞いをするなら今のうちだぞ!』
『面倒なので、さっさと来てください』
アルヴァのその一言にドラゴン部隊の隊長が怒りに震えるのが見て取れた。
「挑発――――ではないのだろうな」
「はい。彼の性格を考えれば、本当にそのやり取りが面倒に感じたのでしょう」
「アルヴァ様は自分に敵対する人にはとことん冷たいですから」
その言葉にエリーゼも頷いた。身内に甘いのに比例するかのように敵には容赦がないことは、短い付き合いの中でもエリーゼは理解していた。
「始まる」
ルナの一言に全員が表示された画面に集中する。エリーゼもそこに意識を集中すれば、今まさにドラゴン部隊が魔法を放つ時だった。
「あれは防げるものなのですか!?」
イーステリアは慌てたようにルナに問いかけるが、ルナはいつもの様子で答える。
「防ぐまでもない」
その言葉の瞬間、魔法は一斉にアルヴァに向かって放たれた。魔法で発現した炎弾はあらゆる方角からアルヴァに襲いかかり、着弾した瞬間に土煙を広げ、視界が遮られた。エリーゼは目をそらし、イーステリアは心配そうにしながらも画面を見つめていた。
「本当に何もしていなかったようだが、アルヴァは無事なのか?」
土煙で見えなくなった画面に視線を固定したまま、ラディリアスは問いかけた。しかし次の瞬間、土煙は風に吹かれたように散り、アルヴァは姿を表した。その姿を見て、その場にいたものは安堵する。ルナだけはいつもと変わらなかったが。
『な……なぜ無事なのだ!? どうやって防いだ!?』
『これが【魔力操作】。うまくなればこのように自分だけでなく衣服も守れるようになるよ』
『わけのわからぬことを!』
隊長は怒りを顕にしながら次の魔法の準備を始める。
「今のはこちらに話しかけているのか?」
「そのようです。おそらく、わたくし達の行っている【魔力操作】を極めていけばできる芸当なのでしょう」
ラディリアスの言葉にノーレスは答えた。エリーゼは聞いた事のない言葉に内心首を傾げたが、説明されるはずもなく、ただその【魔力操作】によりアルヴァが無傷であることだけは理解した。
「……脅威的だ。あれならば常に【魔力操作】をしていれば身の安全は保証されたようなものってことか」
続けて「なら僕も練習すべきかな」とラディリアスは誰に言うでもなく呟く。そんなやり取りの間にアルヴァは二回目の魔法を防いでいた。二回目ともなると心配しているものはその場にはいなかったが。
『本当に良い魔法具を持っている様だな!』
隊長は忌々しそうに言う。
『じゃあ次は魔法を見せよう』
アルヴァは隊長の言葉を完全に無視し、自分のやりたい事を淡々と続けていく。ただ、次の瞬間起きたことをエリーゼは全く理解できなかった。ただ一人理解しているルナはその魔法名を告げる。
「【過重力】」
空中の画面ではそれを裏付けるかのようにワイバーンが落下し始める。疎らに落下しているのはそれぞれのワイバーンにレベルの差があるからだろう。ルナの呟きのような一言にいち早く反応したのは意外にもマリナだった。
「この魔法はわたしにも使えるのでしょうか?」
「練習すれば」
マリナの言葉にルナが端的に答える。ただその言葉にマリナは、希望に満ちた目で画面を見つめていた。
(これがアルヴァの魔法…… 少しは理解していたつもりだったけど、今までですら手加減してたってこと?)
実際はこれでも本気ではないのだが、エリーゼは知る由もない。
『聞け、ワイバーン! これより去るものにこれ以上の危害は加えない! 今すぐ去れ!』
そのアルヴァの言葉にワイバーン達は困惑した様子で反応した。不思議なことに傷ついて動けないワイバーンはおらず、それが困惑に拍車をかけているのだろう。
「本当に約束は守るのだな」
ラディリアスの呟きにノーレスだけが意味を理解し、「そのようです」と答えた。
『助けたい者がいる場合は一緒に逃げても構わない! 十秒だけ待つ! 決断しろ! 』
その瞬間、画面の中のワイバーンが一瞬ビクッとなった。
そこからは早かった。我先に飛び立つもの、背中に乗っていた騎士を咥えて飛び立つもの、乗っていた騎士を説得しているのか鳴き続けているものなど、反応は様々だったが、皆一様にその場から逃げようとしているのは一致していた。
「何があった?」
「アルヴァが【威圧】した」
「なるほど、それは逃げたくなる」
ラディリアスはルナの言葉にアルヴァに【威圧】されたことを思い出し、当然の行動だと納得した。
『待て! どこに行く!』
隊長のワイバーンは隊長を気にした素振りもなく、我先にと飛び立っていった。
『他のワイバーンは相棒の騎士を気にかけてるのに、信頼ないんだね』
『貴様! 俺のワイバーンに何をした!』
『何もしてないよ。それだけワイバーンと信頼関係がないんでしょ』
ただ力が強いものに従うのがワイバーンだ。そしてもっとも強いものを頂点に群れを形成する。しかし、例外的に自分を世話してくれる生き物には唯一懐く性質がある。それを利用してドラゴン部隊は作られたのだ。
『あのワイバーンが一番信頼していたのはあなたじゃないわけだ』
『黙れ! 気味の悪いホーンラビットといい、今回の件といい、貴様が魔物を操る元凶だな!』
『はぁ…… 会話できないことは理解しました。もう黙っててください』
アルヴァは逃げ出したワイバーンが遠くに行ったことを確認したのか、視線を上空に向けた。
『じゃあ、最後に本当のドラゴンに匹敵する魔法を見せよう』
そう言ってアルヴァは持っていた【黒剣】を構えた。そして魔法陣を展開する。
「何をするつもりだ?」
「わたしを使うほどの魔法。大きいのが来る」
ルナの言葉にその場にいた誰もが言葉を失った。あれだけのことができるアルヴァが繰り出す大きいと説明された魔法を想像し、戦慄したのだ。
「何が起こる!?」
流石にまずいと思ったのか、ラディリアスは強く問いかける。しかし、その程度の迫力ではルナはどこ吹く風だ。
「大丈夫。被害はアルヴァが止める」
つまりは被害が出るほどの魔法なのかと諦めにも似た感情がエリーゼを支配した。
『ははは! 何も起きないではないか!』
隊長は馬鹿にしたように笑い声をあげるが、その視線が上を向いた瞬間、声もなく固まった。
「本当にまずいかも?」
ルナはアルヴァが発動した魔法を理解したのか、表情は変わらないが声からは困惑が感じられた。
「だから何が起こる!」
「外に見える」
ルナの答えにラディリアスは窓際に駆け寄り、アルヴァがいる方角を見た。ただラディリアスはその光景を見て、確認したことを後悔した。
「【隕石】」
ラディリアスの眼前には、遠近感を間違えていると思えるほどの巨大な岩が落下してるところだった。隊長目線では大地が降ってきたと錯覚してもおかしくはないだろう。もっとも、それを理解したころには手遅れなのだが。
「――――――」
ラディリアスの叫びは誰かに届く前に轟音がかき消した。その音はアルヴァのいる場所はおろか、王都中に鳴り響き、その音は王城にいるエリーゼたちのもとに届いた。
その轟音が通り過ぎても誰一人として動き出すことは出来なかった。画面に映るものも土煙ばかりで何も確認することが出来ない。
「……今すぐ父上に謁見してくる。これだけ緊急事態だ。突然だなどど拒みはしないだろう。全てが無事だとしても人心の不安は計り知れない。少なくともすぐに騎士を動かし、原因究明しているふりはしないといけない」
呆然と土煙を眺めていたラディリアスだったが、突然そう言った。
「ノーレスはすぐにアルヴァのもとに行き、止めろ。借りを使えば止まるはずだ」
そしてそうノーレスに指示を出すと、他の誰にも声をかけることなく部屋を後にした。日頃のラディリアスからすれば配慮に欠けた行動だったが、あいにくエリーゼは初対面のため、むしろあの状況の中、的確に指示していくラディリアスに流石王族と尊敬のまなざしを向けていた。
「あ、画面が!」
イーステリアの声にエリーゼは画面に視線を戻す。するとあれだけあった土煙がまるで収束するように集まり、ただの土としてアルヴァの後ろに積み上がった。隊長は何が起こったのかいまだに理解できないのか、呆然とその場に座り込んでいた。
被害状況は画面を見る限り何故かなかった。ただ、よく見れば近くにある森に向かって大きな何かが通過したような跡が残っていた。
「直接当たらないようにアルヴァが逸らした」
エリーゼがそれを見て首を傾げていることに気が付いたのか、ルナは短くそう言った。
「逸らさなければあれがあの場を破壊したのですね……」
マリナは削り取られた森を見て、その破壊力に戦慄する。
「しかし、あちらに逸らして他に被害はないのでしょうか?」
イーステリアは森の被害よりもそれによる人的被害の方が気になったようだ。
「多分大丈夫」
そこまではルナにはわからなかったがようだ。しかし、その言葉からアルヴァはそんなことはしないという信頼を感じ取れた。
(そもそも隕石がわからないのは私だけ?)
エリーゼの心の声が届くはずもなく、やはり誰からも説明されることなく、画面の中のアルヴァが動き出した。
『次は当てる。ここまでしてもまだ僕たちを狙うのか?』
『…………』
アルヴァの問いかけに隊長は答えず、ただ項垂れたように、座り込み、頭を前に倒した姿勢で動かない。まるで糸の切れたマリオネットの様に、生きているのかも不安になるほど身じろぎ一つなかった。
その様子を見てアルヴァはため息をつくと、隊長にゆっくり歩いて近づいていく。そして隊長の目の前に立った。
『これが最終通告です。もっとも、僕としてはその腰の剣で抵抗された方が後味悪くなくやれます』
「これって止めないとダメじゃないの!?」
会話の流れから不穏なものを感じ取ったエリーゼはイーステリア、マリナの順に視線を向ける。ただ、二人は困ったように微笑むだけだった。その表情は自分たちにできることはないと悟っているようだった。
「わたくしが行ってまいります」
そう言って名乗りを上げたのはノーレスだった。
「幸いにもこの魔法具にはアルヴァ様の側に転移する機能もあるようですので、ラディリアス様のお言葉通り、わたくしが止めて参ります」
『あ、ワイバーンを助けたからってあなたが助かるとかそんなことはないです。もちろんラディリアスには殺さないようにとは言われてますけど、あなた一人くらいならなんとかなるでしょう』というアルヴァの言葉を聞きながらノーレスは画面を映し出している魔法具に手を伸ばし、魔法具に触れる。そしてはたと止まった。
「これはどのように使えば転移できるのでしょうか?」
「え……?」
その言葉にエリーゼは言葉を失った。
「まずいですね。わたくしは直接足で向かいます。イーステリア様は魔法具での転移を引きづ付きお試しください」
「どう使うのですか?」
「触る以外の説明がなかったのでわたくしはなんとも…… ただ、初めの起動はそのボタンに触れた時に起動しました。ご参考までに」
ノーレスは検証している時間すら惜しいのか、言いたいことだけ言うと、部屋を出て行ってしまう。残された四人はただ呆然とノーレスを見送るしかなかった。
「ルナちゃん分かりますか?」
イーステリアは困った様子で問いかけるが、ルナはふるふると首を振った。
「ですよね……」
「というか、アルヴァは元々使わせる気なかったんじゃない……んですか?」
「あ!」
エリーゼは取り繕うようにつけられた言葉を気にしている余裕はその場にいる誰にもなかった。マリナの驚き声に視線を画面に向けるとアルヴァが魔法の発動準備を始めていたのだ。
『反応もないのに話しかけるのにも飽きたので、もう終わりにしますね』
アルヴァが魔法を発動しようとした、まさにその瞬間だった。隊長は弾かれる様に腰から剣を抜き、アルヴァに切りかかった。それに気づいたイーステリアとマリナは驚いていたが、エリーゼは問題ないと安心していた。なにしろエリーゼは以前にナイフが刺さらなかったアルヴァを目撃していたのだから。
「え……?」
ゆえにその光景を一番理解できなかったのはエリーゼだった。振り上げられた剣は奇麗にアルヴァの右肩を切り裂き、右腕を切り落としたのだ。
『油断したな! あの程度の幻覚で俺を陥れようなど、所詮は平民の浅知恵! 貴様御自慢の魔法具も、我が魔法具の前には無意味だったようだな!』
イーステリアとマリナの悲鳴を聞きながら、エリーゼは地面に倒れこむアルヴァをただ呆然とその視界にとらえていた。




