アルヴァは現実を知るようです
決闘の結果が有耶無耶のまま延期となった次の日、アルヴァの監視役(本人にばれているが、伝言には便利であることと、監視者たちの訓練にも最適ということで継続中)からの伝言でアルヴァはラディリアスのもとを訪れていた。もちろん正面から訪問しても会えるわけがないので、【隧道】を使って直接部屋を訪れている。
「きたか」
突然の訪問に驚くことなくラディリアスは椅子に座り、寛いでいた。その後ろにはいつものようにノーレスが控えている。
「今日は一人か?」
「ラビィとルナは置いてきました。何かあるといけないので」
ルナはマリナとイーステリアとともに、ラビィはクランにアルヴァがお願いをしていてもらっていた。
「既に予測済みか」
「騎士の件もありますから」
ルナとラビィは昨日の決闘のことで何かあるといけないので付けた護衛だった。母親は既に村に帰っているので、すぐにどうにか出来る事はない。
「今日呼び出したのもその件なんだ」
ラディリアスはどこか申し訳なさそうに言った。
「騎士の件は問題なく処理できた。表向きは身勝手な復讐に走った騎士が勝手にやられたことになっている。だが、それですべて丸く収まるわけでもない」
「どこまで警戒されてますか?」
「ラビィは完全に危険魔物扱いだ。すぐにでも処分……のために動き出すだろう」
言葉に反応したアルヴァから漏れ出た【威圧】に一瞬言葉に詰まるが、それでもラディリアスは言い切った。
「僕は?」
アルヴァは努めて冷静になろうとしているのか、声は押し殺したように平坦だった。
「古代の魔法具を使ったんじゃないかって事になってるよ。切り札だからもう同じことは出来ない話になってる」
そこまで言って、ラディリアスはため息をついた。
「妄執とは恐ろしいものだね。古代の魔法具ってことにしておけば信じられるのに、それが個人の能力だというと途端に否定的になる。まぁ、自分もそうだったから何か言えた義理はないんだけどね」
ラディリアスはそう言って肩をすくめた。
「つまり、僕は警戒されてない?」
「警戒はされていないが、狙われるのは確実だ。既に王とドラゴン部隊の隊長との話し合いは終わっている。今から王を説得したとしても、止まらないだろう」
「じゃあ、ギルドで聞いた僕向きの依頼が罠なのが確定したかな」
そんなアルヴァの言葉にラディリアスは驚きの表情を浮かべる。
「既に動いていたのか…… 隊長は許可を取る前にやっていたようだ」
「それで、どこまでやっていいの?」
アルヴァとしてはそこが重要だとばかりに問いかける。
「とりあえず殺すのはなしで、出来ればドラゴン部隊のワイバーンは無傷だとありがたい。あれは国防の要なんだ」
ラディリアスとしては無理難題を言っている自覚はあった。だからこそ、ここから交渉していくつもりの言葉だった。しかし―――
「わかった」
それをあっさり了承され、ラディリアスは言葉を失った。そして知る。自分はまだアルヴァの実力を理解できていないのだと。
「なるほど。お前にとっては我が国の軍は子供と大人ほどの力の差があるんだな」
「はい。僕もそれをさっき知りました」
「さっき? そういえば先ほどから様子がおかしいがそれが原因か?」
ラディリアスはアルヴァの言葉遣いが常とは違うことに違和感を覚え、気になっていたのか、そう問いかけた。
「愚痴なんですけど、聞いてくれますか?」
「俺で良ければ聞こう」
好奇心が疼いたのか、ラディリアスはすぐに許可した。
「実はここに来る前に学園長の所に行ってきたんです。そこで聞いたのはこの時代の普通の魔法技術でした。それがまさか、まさかこんなに劣化しているなんて……」
思い出したらその時のショックを思い出したのか、アルヴァは頭を抱えた。その様子にラディリアスもノーレスも驚き、言葉を失っている。
「それほど酷いのか?」
この国の技術がないことは承知しているが、それがどれほどか分からないラディリアスは困惑しながら問いかけた。
「正直言って何もかも足りない。これじゃあなんで僕が転生したのか分からなくなる。ラディリアスが嘆くのも分かったよ。だから、これからはもう少し技術開発に協力しようと思う」
「本当か!?」
願ってもない提案にラディリアスは驚きの声を上げた。
「もちろん。まぁ、こっちである程度制限はさせて貰うけど」
「構わない。それでも未知の技術は願ったり叶ったりだ。そもそも前にもらった【解析】の魔法具もどこから手をつけていいのか分からない状態だ」
(まぁ、あれは魔法自体がずるいから調べられなくても仕方ないと思うけど)
それが分かっていながらアルヴァは指摘しない。それもこれから教えていけば分かるだろうと考えたようだ。違いを指摘するのを面倒くさがったのもあるが。
「あと、もう一つお願いがあるんだ」
「技術提供の対価ならなんでも答えよう」
約束を取り付けたラディリアスは上機嫌にこたえる。
「なら、無理を承知で言うけど、僕を学園から卒業、もしくは退学にしてほしい」
アルヴァが学園に通っているのはあくまで今までの補助金の分の対価は払うべきだと思っているからだ。別に通いたいと思っているわけではない。むしろ出来るなら早くブラッドに会いに行きたいくらいだった。
「つまり学園を辞めたいのか?」
「はい」
ラディリアスは考え込む。やはり無理なのかとアルヴァは半ば諦めていた。
「まず、君が学園を辞めることは出来ない」
「やっぱりそうですよね……」
「ただ、僕の権限と学園長の推薦があれば、学園に在学しながらも自由に活動することは可能になる」
続けられたその言葉に、アルヴァはぴたりと止まった。
「そして僕は問題ないし、おそらく学園長は問題ないだろう。君に教えることがあるとは思えない。ただ、本当に辞めてしまうのか? こう言ってはなんだが、今はそうではないかもしれないが、学園での生活も楽しめるのではないか?」
ラディリアスは純粋にそう思ったのか、アルヴァに問いかける。
「学園生活……ですか」
確かにアルヴァは学校に通ったことがない。人生で初めての学校が今通っている学園だ。アルヴァはラディリアスに指摘されて、初めて学園について真剣に考え出した。
(学園を楽しむなんて考えたこともなかった。確かに元々学園には卒業まであるつもりだったし、このまま楽しむのも悪くないのかな?)
「辞めることが重要で、急用があるなら別に良いが、どうだ?」
「いつでも自由に活動してもいいなら、もうしばらく学園にいたいと思います。イリスやマリナにもう少し教えたいこともありますし、今技術提供するといった手前、すぐにいなくなるのもどうかと思うので」
「そうか。好きにするといい」
ラディリアスの反応は淡白だったが、内心では喜んでいた。隣国との会合が控えているため、『ハイリとブラッド』に関係のあるアルヴァに今いなくなられると交渉に使えなくなるからだ。
(いや、そもそもアルヴァから技術が得られる以上、そこまでこだわるものでもないか?)
そこまで考え、選択肢は多いに越したことはないと結論付けた。
「それで、話を戻すが依頼の内容はどのようなものだ?」
「グリーンドラゴン討伐の補助ってことらしいです」
情報を共有するため、アルヴァは答える。
「グリーンドラゴンか。なるほど、確かに報告があったな。そのためにドラゴン部隊を動かすのが大義名分か。そして、事故に見せかけて殺すのにもちょうどいい」
「どんな魔物なんですか?」
「知らないのか? 元魔王なのだろう?」
ラディリアスは意外そうに問いかけた。
「僕が魔王だった頃にそんな魔物はいなかったので」
「なるほど、魔物も変わっていくのか。研究者が聞いたら喜びそうな話だ」
そう言ってラディリアスは笑みを浮かべる。
「グリーンドラゴンとは体の色が緑色の地を這うドラゴンだ。一体で町一つを壊滅させる力がある」
「じゃあ、ドラゴンの中でも最弱の個体ですね。話を聞く限り、ドラゴン部隊とちょうど同じくらいの脅威ですね」
「あれで最弱なのか…… ドラゴンとはそれほどの脅威なのだな」
アルヴァの言葉にラディリアスはげんなりする。
「僕の知っているドラゴンは最も弱くてこの国を一月で滅ぼせると思います」
「ほとんどが移動時間ですけど」と続けられ、あまりの脅威にラディリアスは苦笑するしかなかった。
「まさしく天災か」
「相手にしない方がいいっていうのが正直なところです。基本的にこちらから手を出さなければドラゴンは動かないので」
「そうか」
ラディリアスは何か言いたげにしていたが、アルヴァは気づかないふりをして話を変える。
「そうだ。これを渡しておきます」
そう言ってアルヴァは丸い透明な石を取り出した。
「なんだこれは?」
「一度だけ僕とその周辺を映せる魔法具です。そして触れれば一度だけ僕の側に瞬間に移動できます」
その魔法を作ったのはもちろんスキルである【魔法創造】ことレイである。
「またとんでもない魔法具を……」
「まぁ、何か言いたくなったらこれを使って下さい」
「わかった」
その場に行ってできることなどあるのだろうかと思いながらも、アルヴァの実力をその目で確認する機会でもあるため、ラディリアスはそれを受け取った。その時、突然ノーレスが動き、ラディリアスの耳元で何かを告げる。そろそろ時間がないのかとアルヴァは察した。
「じゃあ、僕は依頼の時間もあるから、そろそろ行きますね」
「そうか。俺がいうのもおかしな話だが、気をつけろ」
「気にしないでください。あなたのせいではないので。ただ、負傷兵を受け入れる準備はしておいてください」
ラディリアスはそれに首肯でこたえる。それを確認すると、アルヴァは来た時のように【隧道】で退室した。
(さて、ラディリアスと約束もしたから、自分たちの技術がどれほど劣っているのか、身をもって知ってもらおうかな)
依頼で示された場所を目指しながら、アルヴァはそう考えた。




