ラビィは現状に苦悩するようです
(あいつ、やりやがった!)
今尚魔法を発動させ続けるアルヴァを見ながらラビィは頭を抱えた。
(いつものことだが、母親が攻撃されそうになったからって怒るなよ! そもそもそう簡単に傷つくわけないだろうが!)
アルヴァの母親にはアルヴァが作り出した防御用の魔法具がいくつも渡されている。その効力は全て発動すれば城を城壁ごと貫くと言うドラゴンの【ブレス】ですら一度は防ぐ性能がある。間違ってもこの場にいる人間がアルヴァの母親を傷つけることなどできるわけがないのだ。
(いつかは力を示さなきゃいけなかったのは分かる。だが、早すぎる! こんな誰もアルヴァを理解しないうちに力を使えば、ただ恐怖が広がるだけだぞ! お前を理解しつつあるのはイーステリアとラディリアスだけだ! それだけじゃ―――待て、ラディリアスは王太子じゃなかったか? まさかあいつ、頭を挿げ替えるつもりか!)
そもそもアルヴァがこんな大規模な魔法を使ったのはなぜなのか。相手が許せないだけならば、その人物を狙い打てばいい。中から外に干渉できない障壁があっても、アルヴァにとっては貫けないわけもない。にもかかわらずこれだけの魔法を使ったということは思惑があるからで、それは決闘に乗じて他の者も巻き込もうとしているのではないか。ラビィはそう考えたようだ。
(今はとりあえず現状の対策からだ!)
『ナンガルフ!』
頭の中の疑念をすべて振り払い、現状を変えるためにラビィはナンガルフを呼ぶ。
「はい。問題なく障壁は発動できます。数分は耐えられるでしょう」
まるで分っていたかのようにナンガルフは魔法の準備を終えていた。
『よし! イーステリア、マリナ、絶対その場から動くなよ?』
ラビィの言葉に二人は頷く。混乱しており、頷くしかできなかったのかもしれないが。
(ひとまずここまでは問題ない。あとは現状と俺が蹴り飛ばした騎士か。まったく、あいつさえいなければこんなことには……ん?)
半ば八つ当たりをするようにラビィは騎士を睨みつける。しかしその人物の見覚えのある顔に一瞬志向が停止する。
(……あぁ、そりゃそうか。よく考えれば、まともな騎士がいくら命令とはいえ、一般人に刃を向け、あまつさえ切り殺そうなんてするわけないか。なら、まだアルヴァを止めれば挽回できるな)
『ナンガルフ、度々悪いがラディリアスに伝言を頼めるか?』
「えぇ。なんとお伝えすれば?」
『アルヴァが約束した騎士の処分を頼む。これだけ言えばわかるはずだ』
「分かりました。では、少し失礼します」
ナンガルフは頭を下げると、すぐに行動に移す。その間、アルヴァが発動した魔法は学園長とサムエルが展開した障壁に阻まれていた。
「よく耐えるね。まぁ、時間の問題かな」
アルヴァは余裕の表情で魔法を発動し続けている。対して学園長もサムエルも必死な表情で魔法を維持していた。
「や……やめろ!」
事態に思考が追いついたのか、青年は声を荒げて叫ぶ。しかし、アルヴァはそれに冷たい視線を向ける。
「やめろ? 弱者は強者に従うのが規則なんでしょ? 大人しく従いなよ」
その言葉に青年は驚きの表情になり、すぐに悔しそうに顔を歪めた。言い返さないのはここまできて実力差がわからないわけではないからだろう。
「君一人でこんなことが準備できるとは思ってないよ。少なくともあれも関与してるんでしょ?」
アルヴァは視線だけで相手を示す。青年は何も言わなかったが、アルヴァにはどちらでも良かった。
「ただ、僕にとってはちょうど良かった。これなら事故も起こしやすい」
(やっぱりあいつ、やるつもりか!)
ラビィが自分の推測が正しかったことを理解し、アルヴァを止めるために飛び出そうとした、まさにその瞬間だった。
「そこまで!」
その声にアルヴァは不満そうに視線を向けた。
「天候により決闘を正しく見届けられないと判断し、この決闘は改めて仕切り直しとする!」
ラディリアスの宣言にアルヴァは竜巻を消す。魔法陣が消えたために魔法の発動が終わったように見えるが、ただ、暗雲は消えていないため、まだ完全に終えてはいないようだ。
(よくやったラディリアス! これでアルヴァも止まるしかない!)
アルヴァはあくまでも決闘を行なっていて、それに巻き込まれる形をとろうとしていたが、ラディリアスの一言でその大義名分を失った。これ以上の無茶はしないだろうというのがラビィの予測だった。
流石に王族を危険に晒してまで決闘を続けるつもりはなかったようで、素直に皆避難を開始した。
「アルヴァ様も手がかかりますね」
いつの間にか戻ってきていたナンガルフはラビィの背後に立っていた。
『まったくだ』
「ラビィちゃんもナンガルフさんもごめんなさい。アルヴァには後でちゃんと言っておくわね」
(アルヴァもそうだが、母親も凄いな。これだけのことが起こっても動じないのはあの子にしてこの親ありだな)
ラビィは護衛され、退場していく王やその周りの人間たちを眺めながら、一人(一匹?)ため息をついた。
「終わった……のか?」
青年は放心状態のまま、呟くように言った。
アルヴァはその言葉に応えることなく跳躍し、学園長の前に着地した。そのあり得ない身体能力に驚愕しながらも、学園長は口を開く。アルヴァがこれ以上何かする前に阻止するためにラビィはアルヴァの側に移動した。
「何か御用ですか?」
「なぜ邪魔をしたんですか? 決闘は手出し無用と言われてましたけど」
先程までの様子が嘘のように落ち着いた様子でアルヴァは不思議そうに問いかけた。
「はい。決闘の結果に手を出すつもりはありませんでした。しかし、命が失われるのを見逃すわけにはいきません」
「それも含めての決闘だと思いますけど? 手を出したら厳罰なのはご存知ですよね?」
「そうですね。しかし、まだまだ子供の、学生のやることです。ならば私は大人として、そして導く教師として、見捨てるわけにはいきません」
そばにいるサムエルは「俺は命令されただけだ」と弁明しているが、アルヴァはそちらには頓着しない。
「なるほど。それがあなたの信念ですか」
「それほど大それたものではありませんよ」
学園長の言葉にアルヴァは一つため息をついた。
「それで、そんなことを聞いてどうするおつもりですか?」
学園長は気を張る必要はないと判断したのか、いつものように微笑んで問いかけた。
「いや、単純に気になったので」
「え?」
予想と違ったのか、学園長は間抜けな表情になった。
「正直、邪魔されるのは想定内だったのでいいんです。それにあなたも自分の信念に従って行動しただけなら、僕から言えることはありません」
「……なるほど。なんとなくあなたの為人を理解できた気がします。それで、これからどうするおつもりですか?」
「とりあえずは様子見ですね。まぁ、多分学生を巻き込むような騒動にはならないと思います。あれももう僕に喧嘩を売ろうなんて思わないと思いますし」
そう言ってアルヴァは未だに闘技場内で放心している青年に視線を向けた。
「……そうですか。ならば私の出る幕はありませんね」
「じゃあ僕はこれで失礼します。多分今から色んな人に怒られないといけないので」
アルヴァは苦笑してそう言った。その表情が意外だったのか、それとも言葉が意外だったのか、学園長は先ほどとは違う笑みを浮かべた。
「それは大変ですね」
「自業自得なので」
そう言いながらも落ち込んだ様子のアルヴァに学園長は苦笑した。
「それでは迎えもいるので失礼します」
アルヴァはラビィに視線を向けながら言った。
「あ、後日時間がある時に学園長室にいらしてください。お話ししたいことがあります」
背を向けたアルヴァに学園長はそう声をかけた。
「今じゃ駄目なんですか?」
「あなたにはまだ予定があるようなので」
学園長は離れたところで立ってアルヴァを見ている母親に視線を向けながら言った。それを見たからか、それとも予定と言われたことが気に入らなかったのか、顔をしかめた。
「わかりました。落ち着いたら向かいます」
「なるべく早くお願いします」
その言葉にアルヴァは軽く頭を下げてその場を後にする。話が終わるのを待っていたラビィはアルヴァの頭の上に飛び上がった。そして思いっきりアルヴァの頭を殴打した。そのあまりの音に学園長とサムエルが体を硬直させるが、二人を見ていないアルヴァとラビィは気づかなかった。そしてそれを合図にしたようにアルヴァは魔法を解除したのか、空の暗雲が散っていった。
「痛いじゃないか」
『これだけで許されるだけありがたいと思え。まったく、無茶苦茶するんじゃない』
「でも、相手が先に―――」
アルヴァの言い訳にラビィはニ撃目を入れる。
『うるさい。あそこまでする必要がないのはわかってるんだ。言い訳するな』
アルヴァはそれには答えず、黙り込んでしまった。自分でも言い訳でしかないと分かっていたのだろう。
『まぁ、俺は別にいいが、母親は知らないからな』
アルヴァの視線の先には微笑んで立っているアルヴァの母親がいるが、怒っているのは誰の目にも明らかだった。
「ねぇ、どうにか―――」
『ならん』
アルヴァの言葉をラビィは一蹴する。目に見えてアルヴァが意気消沈していた。
(まったく……ホントに世話のかかるやつだな)
ラビィはどこか楽しそうに微笑んだ。
その後、アルヴァは自宅まで連行され、母親に一時間ほど説教されることになるのだが、ラビィはもとより、ナンガルフもイーステリアもマリナの助けもなかったことだけをここに記しておく。
このまま大人しく終わるはずもなく……




