見学する教師は脅威を目撃するようです
時は決闘が始まる少し前に遡る。観客席ではとても面倒くさそうに、肘をついた手に顎を載せているサムエルと、いつものように姿勢正しく学園長が座っていた。
「なんで俺までこんな結果の分かり切ったものを見なきゃいけないんだ?」
サムエルは独り言ちる。
「どうしたのですか? 少し前まではしゃいでいたではありませんか」
それを聞き取った学園長は不思議そうに問いかけた。
「それはアルヴァが使う魔法や技術に興味があったからです。あんな相手じゃアルヴァの力を引き出せるわけがないので。見るだけ無駄です」
少し前まではアルヴァの力の一端を観察できることに心躍らせていたサムエルだったが、決闘相手を確認した瞬間、それは不可能だと気づき、一気に気持ちが萎んでしまったようだった。
「それでも帰ることは許可しません。そもそもこの度のことはあなたの監督不行き届きでもあるのですよ?」
学園長の指摘にサムエルは言葉に詰まる。しかし、すぐに気持ちを持ち直したのか、反論する。
「あんなの事故みたいなものでしょう! 四六時中監視してなきゃいけないのですか?」
「そうです。そのためにあなたにお願いしたのですから」
「……わかりました」
サムエルは反論を諦め、目の前の光景に視線を向ける。何を言っても無駄だろうと察してしまったのだ。
「それでいいのです。私達はいざというときの保険でもあるのですから」
「保険? 決闘は手出し無用じゃないですか」
「それでも大切な学園生徒の命を守るためならば、その規則を破るのはやぶさかではありません」
「いやいやいや。喜んで破るとか冗談でしょう?」
学園長が学園の子供たち(学園長視点で)を大切にしていることは知っていたが、まさか国に逆らうほどではないだろうとサムエルは考えていた。
「冗談だと思いますか?」
学園長の笑顔にサムエルは何も言えなかった。
(これは本気だな。勘弁してくれ……)
「俺は手出ししませんからね」
「ご自由に」
学園長は含みのある笑みを浮かべながらそう答えた。
(これだからこの人は苦手だ)
サムエルは不貞腐れながら意識をアルヴァに向ける。
「それでは、はじめよ!」という言葉とともに決闘が始まる。しかし、すぐには始まらず、二人は会話を始めた。
「おい、平民。俺は寛大だからな。先手は譲ってやるよ」
「なぜそんなに平民を見下す?」
「なぜ? そんなの決まってるだろ。平民は弱者だからだ。お前ら平民は学ぶ努力もせず、働く努力もしない弱者のくせに不平不満ばかり口にする。そんな愚かな平民は優秀な我々貴族が導かなければすぐに路頭に迷うことになる。お前ら平民は大人しく俺たち貴族の言うことを聞いていればいいんだ。それが出来ない弱者を間引くのも強者の務めだ」
(貴族だから偉いとかほんとに馬鹿げてるな。貴族は平民を助けるために努力し、守るための兵力を有し、いざというときに盾になる存在だから偉いんだ。だから特権を謳歌しても文句を言われない。その常識もわからないとは、あいつの親は何やってるんだ?)
この国では貴族とは魔物の脅威から民衆を守ることが義務とされている。それは建国の折、初代国王の宣言の中に含まれているからに他ならないがとにかく、貴族に生まれたから偉いというわけではない。だからこそ学園という仕組みが今もなお続いているのだから。
サムエルがちらりと横を見ると、さしもの学園長も困ったような表情を浮かべていた。
「つまり、強者は弱者をどう扱おうと自由ということか?」
「平民の割には物分かりがいいな。分かったらさっさと跪け!」
「それがお前の規則か。じゃあ僕もそれに従おう」
その瞬間、アルヴァが急速に魔方陣を展開した。
(あれは無詠唱か! 魔法具を持ってるが間違いない!)
「君が弱者だ。跪け」
その言葉とともにアルヴァは炎弾を撃ち出した。
(速い! 俺の知ってる無詠唱より格段に速い! 何が違うんだ?)
サムエルは反応しないように努めながら、次々に展開される魔方陣に目を奪われる。先ほどまで文句を言っていたことも忘れ、何も見逃さないようにアルヴァの魔法を観察し続けた。
「見事なものですね。わたくしよりも速い無詠唱とは。入学時の解答といい、彼の底は知れませんね。ただ、あの知識をどこから得たのでしょうか?」
サムエルは話しかけられているのだろうと察しながらも、独り言だと切り捨ててアルヴァの発動する魔法に集中した。
「なにが跪けだ! 貴様! 俺に向かってそんな口をきいていいと思ってるのか!」
魔法を阻止した対戦相手の青年は怒りもあらわに声を荒げるが、アルヴァの表情に気にした様子はない。
「初撃は耐えるよね。じゃあ、続けていこうか」
その言葉通りにすぐに魔法は発動される。
「おぉ! 今度は連続か!」
「今のところなんとか防いでいますね。このくらいなら耐えられるでしょう」
「無詠唱なだけで魔法具使ってもこのくらいの魔法なら使える学生もいますからね。むしろこの程度は耐えてもらわないと」
「確かにそうですね」
二人がそんな話をしている間にアルヴァの放つ魔法が一旦止まる。
「なんなんだ…… なんなんだお前は!」
青年は恐怖と怒りが入り混じった表情で叫ぶ。しかし、やはりアルヴァが気にした様子はなく、取り合うこともない。
「まだまだ余裕そうだね。じゃあ、更にいこうか」
無情な宣言に青年の顔から血の気が引けていく。しかし、そんな青年をさらに追い詰めるように魔方陣が五つ展開された。
「あなたから話には聞いていましたが、本当に五つの魔法を展開できるのですね」
「凄いでしょう?」
サムエルはまるで我がことのように嬉しそうに言う。
「しかしもし五つの魔方陣から魔法が連続で発動できるのなら既に学生どころかわたくしをも超える技術です。これは危険かもしれませんね」
今にも加勢しそうな学園長にサムエルは慌てた。
「いやいやいや、もう少し様子を見ましょう。さすがに無傷で終わるとは学園長も思っていませんよね?」
「……あなたの言う通りですね。冷静なつもりでしたが、わたくしは規格外の魔法技術に冷静さを失っていたようです。もう少し見守りましょう」
まるで二人の会話が終わるのを待っていたかのようにアルヴァの魔法が発動した。
「まじか! 属性まで変えるとかあいつ何種類の魔法が使えるんだ!」
「一体何種類のスキルを所持しているのでしょう? 確認できるだけでも【火魔法】【土魔法】【風魔法】のスキルは確実ですか。試験の時も入れれば【水魔法】もありそうですし、恐ろしいほどの才能ですね」
「というか、よく耐えますね。あいつそんなに凄い魔法使いでしたか?」
「いいえ、よく見てください。誰かが手を貸しているようですよ?」
サムエルはそう指摘され、初めて相手の魔法をまじまじと見る。
「……確かにさっきと障壁が変わってますね。あれって魔法師が良く使うやつじゃなかったですか?」
「えぇ、そうですね。しかも手を貸しているのは四人のようですよ?」
「それでも耐えるのが精いっぱいってことですよね……」
未だに続く魔法の猛攻にサムエルは青年に同情した。同時に自分でも耐えられるだろうかと妄想する。
(耐えるだけなら何とか出来るが、そう長い時間できるわけじゃない)
そう考えている間にアルヴァの魔法は停止する。しかし、いつでも発動できるようにか、魔法は保たれたままだ。
「今のを耐えるなんてさすがだね」
「今の本心だと思いますか?」
「どう頑張っても嫌味でしょう」
サムエルの問いかけに学園長は即答する。そう言っている間にアルヴァは魔方陣を八つ展開した。その光景にサムエルは驚愕する。
「あれで手を抜いてたって、どれだけ化け物なんだ!」
「サムエル! 障壁を展開します! 貴方もとっておきで手伝いなさい!」
学園長は慌てた様子でそういうと、迷うことなく魔法を発動する準備に取り掛かる。
「しかし、あれは作るのとか材料集めが大変で―――」
「後で前に貴方が欲しがっていた魔法具を差し上げます!」
その一言にサムエルは言葉を切った。
「本当ですか!?」
「いいから早く!」
「約束ですよ!」
約束を反故にする性格ではないとわかっていながらも、サムエルは念を押す。そしていつも持ち歩いている自分の身を守るとっておきの障壁を展開できる魔法具を使用し、青年の前に展開した。
「じゃあ、耐えようか」
間一髪だった。八つ全ての魔法陣から炎の矢が次々と射出される。青年にとっては生きた心地がしなかっただろう。しかし、サムエルと学園長の魔法により、何とか持ちこたえる。
「これって学園長と俺の障壁しか残ってないんじゃないですか!?」
「ええ! ですから真剣にやりなさい! いつまで続くか分かりませんよ!」
「この威力を連射とか冗談でしょう! 俺と学園長の障壁がなかったらあいつ、跡形もないですよ!」
「いいから無駄口をたたかずに集中しなさい! 破られますよ!」
そんな無限に続くのではないかと錯覚する魔法攻撃は唐突に終了する。青年はあまりの恐怖で既にしりもちをついており、立ち上がることすらできなくなっていた。
「なんとか持ちこたえましたか……」
「もうちょっと長かったら破られてたかもしれないですね……」
サムエルと学園長にどっと精神的疲労が襲い掛かっていた。それでも何とか乗り切ったことに学園長は青年の無事を思って、サムエルは達成感を感じて安堵の表情を浮かべた。
「これで彼も降参してくれるでしょう」
学園長はそう言って未だ立ち上がることが出来ず、震えている青年に目を向けた。
「まさかこれにも耐えるなんて驚きだよ。なるほど、魔法具に頼るようになって全てが後退したわけじゃなかったんだね。魔法具を使うことで魔法の連続使用に特化していったわけだ。納得したよ」
「あいつは何を言ってるんだ?」
アルヴァの言葉にサムエルは首を傾げるが、学園長の表情は険しくなった。
「どうかしましたか?」
サムエルはその表情を見て、不思議そうに問いかける。
「……いいえ、なんでもありません」
しかし学園長は杞憂と結論付けたのか、はたまた事実だとしても問題ないと割り切ったのか、いつもの表情に戻った。
「まぁ、どちらにしろ君にもうなす術がないのは変わらない。早く降参してくれる?」
「俺には後がないんだ…… 負けるわけにはいかないんだ……」
青年がアルヴァの問いかけに反応しているのかどうか怪しい口調でそういう。その表情には先ほどまでとは違う恐怖の表情を浮かべていた。そしてゆっくりとではあるが、手足に力を入れ、立ち上がろうと試みる。ただ、手足が震え、うまく力が入らないのか、何度も立ち上がるのに失敗していた。
「負けたら死んだと同じだ…… 負けちゃダメなんだ……」
青年は譫言の様に言葉を繰り返し、ついに立ち上がった。その様はまる何かに憑りつかれた人のようだった。
「なんでそこまでするの?」
そんな必死な様子にアルヴァは不思議に思ったのか、首を傾げながら問いかけた。しかし、それに答えることなく、青年はある一点を見つめると、急に眼に活力が戻った。
「ハハハハハハハハハハ!」
青年は狂ったように笑い出した。その様子にアルヴァの表情が訝し気に歪む。
「俺の勝ちだ! それ以上動くなよ、平民!」
アルヴァははっとしたように青年の視線の先を追う。サムエルも同じように青年の視線の先を追った。そこにはアルヴァの母親が座っており、その後ろには一人の騎士が立っていた。
「そこまでするのか!」
サムエルはその意味を理解し、嫌悪から顔を歪めた。サムエルの視線の先でアルヴァの母親も事態に気づいたのか、後ろを振り返る。
「……お前は手を出しちゃいけないものに手を出したな?」
「動くなと言っているだろう!」
青年はそう叫びながら腕を振り上げた。それに合わせるように騎士が剣を振り上げる。青年が腕を振り下ろせば騎士も剣を振り下ろすのだろうとサムエルが考えた瞬間、誰かが何をする間もなくアルヴァの母親の近くで座っていたイリスの膝の上からラビィが跳び上がり、騎士を蹴り飛ばした。
あり得ないほどの轟音を響かせながら騎士は吹き飛んでいき、壁に激突して動かなくなった。鎧はラビィが蹴った場所が足の形で凹んでいた。
あまりの突然のことで青年は腕を振り上げたまま放心する。そんな中ですぐに声を張り上げる人物がいた。
「平民が危険な魔物を連れている! 討伐せよ! そしてそれを連れ込んだ者たちも拘束せよ! 歯向かうようなら殺しても構わん!」
そう声を張り上げたのは青年の父であり、ドラゴン騎士団の団長だった。まるでこの事態を想定していたかのように次々と騎士が現れ、アルヴァの母親たちを取り囲んでいく。
「あれ、まずくないですか?」
サムエルはその光景を眺めながらどこか他人事のように学園長に問いかけた。
「まずいなんてものじゃありません! 今すぐにありったけの魔法具で障壁を展開する準備を!」
少しずれたような答えにサムエルが学園長を見れば、その視線は騒動の方を向いていなかった。どこを見ているのかとサムエルがその視線をたどると、その視線の先にはいつの間にか魔法陣の展開をやめたアルヴァが立ち尽くしていた。
「せっかく君たちの規則に従ったのに、最後は結局力で解決するのか。ならば、その規則に従おう」
そう言いながらアルヴァは魔法を構築していく。先ほどまでとは違い、展開されている魔法陣は一つ、しかし、それがどんどん複雑になっていく。
「貴様らにも分かるように魔法陣も展開してやろう。そして、それを恐怖とともに心に刻め」
「アルヴァ! やめないさい!」
自分の窮地など眼中にないとばかりにアルヴァの母親は叫ぶが、アルヴァは止まらない。その間も魔法陣はサムエルの理解が及ばないほどに複雑になっていく。
(あれだけの魔法を個人で発動できるのか!?)
サムエルは学園長に言われた通りに障壁の準備をしながらも、今ある知識で魔法陣を何とか理解しようと頭を動かし続ける。しかしサムエルにわかるのは、ただ途方もない魔力が必要であるということだけだった。
魔法陣の構築が終わり、魔法は既に発動しているのだが、今のところ何も起きていない。しかし、サムエルは何が来るのかと身構えていた。
(それにしてもなぜ誰も動かない? そして何故騎士たちは跪いている?)
騎士や団長はアルヴァの【威圧】スキルでそれどころではなかったのだが、サムエルは知る由もない。
誰もが動けない中、徐々に辺りが暗くなり始め、王都を暗雲が覆っていく。それはアルヴァの魔法の効果であることは誰もが理解していた。
「味わえ。これが力だ。災害魔法【竜巻】」
これは前世でアルヴァが作り出した魔法の一つで、あらゆる魔法の要素を含む複合魔法だ。そのあまりの威力にアルヴァが『災害』と名付けた、自然災害を模した魔法だった。
「おいおい、冗談だろう……」
サムエルは魔法名から察して空を見上げ、引き攣った表情を浮かべた。上空の暗雲からゆっくりと雲の渦が伸びてきていた。その大きさは小さく見えるが、それは遠く、対象物がないからにほかならない。
「あれって障壁でどうにかなりますか?」
「ならなければ王城―――いえ、王都が被害にあうだけです」
その答えにサムエルは「ですよね」と答えることしかできなかった。




