ラディリアスは王に謁見するようです
「面を上げよ」
王の言葉を受け、ラディリアスは顔を上げた。アルヴァの決闘が二日後と迫った今日、決闘の準備に奔走していたラディリアスだったが、何故今呼び出されたのかが理解できなかった。しかし、嫌な予感だけは敏感に感じ取っていた。
(今更呼び出しとはいったい何事だ? 決闘の準備は着々と進んでいる、問題はない)
そう考えながらもラディリアスの不安は一切なくならない。なぜなら隣に常ならばともに呼び出されるはずのない人物、ドラゴン部隊隊長の存在だった。
(今からの話は決闘絡みであることは間違いない。何を企んでいる?)
表面上は恭しく、しかし考えることをラディリアスはやめるつもりはなかった。目の前の王が何も企んでいないとは思えなかったのだ。
「ラディリアス、決闘の準備は滞りないか?」
「はい。既に万一に備え、決闘場の強化も終え、当日観覧する方々への案内も完了しております」
観覧するのは王と妃、そしてラディリアスとイーステリア、後は関係者親族だけだ。
「団長、そなたの息子の様子はどうだ?」
「は! 現在も自宅で切磋琢磨し、少しでもお見苦しい戦いにならぬよう精進しております。王に気にかけていただけたとわかれば、息子も喜び、更に訓練に力が入ることでしょう」
その答えに王は満足そうに「うむ」と頷く。
「アルヴァという平民はどうだ?」
「いつものように学園に通っている刻限と存じます」
実際はアルヴァが何をしているのかラディリアスは知らなかったが、アルヴァのことなのでいつも通り過ごしているだろうと考えての答えだった。
「当日に現ないことなどないだろうな?」
「心配には及びません。居場所は常に把握していりますので」
もちろんそれも嘘だが、一応アルヴァには監視をつけているので、全くの嘘というわけではなかった。本人にはばれているので、今は連絡要員として重宝していた。
「ならば良い。歴史に類を見ない決闘だ。つまらぬ結末だけにはするなよ?」
「「は!」」
ラディリアスと団長は同時に答えた。その答えに満足したのか、その場の空気が少し緩んだ。
「もっとも、平民ごときに遅れをとるような心配などありますまい」
それを感じ取ったのか、団長は冗談のようにそう口にした。
「油断は禁物――――と言いたいところだが、お前の言い分は理解できる。学園が卒業間近ならば多少期待も持てるが、入学して間もないこの時期では差は歴然」
そう言った王はラディリアスに視線を向けた。
「ラディリアスよ、アルヴァという平民の実力はどの程度なのだ?」
「ご懸念には及びません。その実力はノーレスも認めるところです」
(その気になれば王都すら更地に変えられる者の実力なんて想像もできないのが本音だが)
ラディリアスは心の中でそう付け足した。すると、その言葉を聞き、団長が突然笑い出した。
「隣国ルージュから逃げ帰ってきた臆病者に何が分かるというのですか?」
団長は嘲るような表情を浮かべながらそう言った。
「彼は実力者です。その目は確かです」
「それはおかしなことをおっしゃいますね。自身の力を試すために隣国へ行き、帰ってくるなり冒険者をやめた者が実力者とは。ラディリアス様のお言葉とは思えませんね」
(ドラゴン部隊はこの国最強の部隊。その長たる自分がこの国最強という自負があるのだろうが、その実力はノーレスと比べるべくもない。実力を上げるでもなく、その劣等感からこのような場でノーレスを貶めようとは愚かな男だ)
「それは、決闘の結果で証明出来ると思います」
ラディリアスは団長の嫌味に辟易としながら、いつの調子で答えた。その様子が気に入らなかったのか、団長は表情を歪める。
「両者ともやめよ。ラディリアスの言う通り、結果が全てだ」
「……申し訳ございません。熱くなりすぎました」
団長は素直に頭を下げる。
「良い。自分の息子のことだ。熱くなるのも理解できる」
「寛大なお言葉、嬉しく思います」
「しかし、ラディリアスがそれほど自信があるとは、まさか手を貸しているのではあるまいな?」
むしろ貸してもらっている側なのでその言葉にラディリアスは心の中で苦笑した。
「まさか、そのようなことはございません」
「まぁ、魔法具などの使用は禁止されておらん。むしろ貸してやると良い。そうでなければ試合にすらならぬだろうからな」
王もラディリアスの言葉を信じていないのか、そう言った。本来貴族と平民の技術の差はそれほどなのだ。
「要請があった時はそうしようと存じます」
流石に王の助言を無碍にするわけにもいかず、かといって嘘をつくわけにもいかず、ラディリアスはそう答えた。その答えに王は頷く。
「しかし、不正は許さぬ。両者とも不正が発覚すればただでは済まぬと心得よ」
「しかし王よ。我らはその誇りを胸に生きておりますが、平民はその限りではありません」
(アルヴァが勝った場合に難癖をつけるための布石か?)
「ふむ、一理あるが、平民にそのようなことが出来るのか?」
「平民の決闘を見に来るのは母親とナンガルフの二人とのことですが、そのナンガルフというものが曲者なのです」
ナンガルフの名前を聞き、ラディリアスは内心舌打ちをした。
「ナンガルフ……聞き覚えのある名だな」
「ナンガルフとは伝説となりつつある冒険者の名です。その活躍は目覚ましいものだったとか」
「なるほど、そなたはその者が妨害するのではないかと考えているわけだな?」
「は! その通りです! ラディリアス様がそのようなことをすることは有り得ませんが、卑しい平民は勝つために何をするのかわかったものではありません」
(お前がいうな。これだから誇りを口にする貴族はたちが悪い)
団長の物言いにラディリアスは怒りを覚えた。そもそもラディリアスは既に団長が秘密裏に決闘で息子を補助する魔法師を準備していることを掴んでいるのだ。それでもラディリアスはなにも口にしない。したところでこの場で聞く耳を持つものなど存在しないのだから。
「一理ある。何か考えがあるのか?」
「は! 当日は平民の護衛も兼ね、騎士を一人派遣したく思います」
「なるほど。平民を監視しつつ、もし今回のことに不満を持つ他の者たちに襲われぬよう守るということだな?」
「その通りでございます」
「では、そのように計らうがよい」
(負けそうになった時の人質か? 本当に好き勝手に言ってくれる。このことがアルヴァにバレるだけでも大事だというのに!)
「ラディリアス、問題はないか?」
「問題ございません」
実際は問題しかないのだが、ラディリアスはそう答えるしかなかった。いくらラディリアスが声高に叫んでも、二人が笑い飛ばすのは自明だからだ。
「では、ラディリアスは下がると良い」
何故自分だけがと思ったが、なんとなくこれから行われる会話を想像し、ラディリアスはげんなりした。
ラディリアスは軽く挨拶すると、すぐにその場を後にし、城内の廊下を考え事をしながら歩いていく。その後ろを付き従うようにノーレスが無言で続いた。そして部屋に到着し、椅子に腰を下ろすと口を開いた。
「ノーレス、質問がある」
「なんでございますか?」
ラディリアスは謁見中のやりとりをかいつまんで伝える。その話が進むごとにノーレスの表情は険しくなっていった。
「これがわかった時、アルヴァはどう行動する?」
「想像したくもありません」
ノーレスの答えにラディリアスは頭痛を覚えた。
「やはりか…… 具体的には?」
「騎士が近くにいることまでは我慢してくださると思います。母親を王都に招くのですからそのくらいの覚悟はあるかと」
「そうか。なら幸いだな。で、もし人質にとられた時はどこまで被害が及ぶ?」
「命令を下した者までは確実でしょう。傷つけた場合は最悪王都がが消える覚悟が必要かと」
「団長と王の命で止まればまだ軽微ということか…… 『貸し』で止まってくれると思うか?」
「断言は出来ませんが、おそらくは……」
そんな曖昧な答えにすがるしないのかとラディリアスは頭を抱えた。しかし、見捨てるわけにもいかず、最良の結果を招くために指示を出す。
「では、ノーレスに『貸し』を独断で使用する許可をする。もしもの時はなんとしてでも止めろ」
「承知しました」
(まぁ、そんな瞬間など訪れない方が良いのだが、備えないわけにはいかないからな)
ラディリアスはため息をつくと、決闘の場で起こりうる最悪に備えるために、様々な対策を続けるのだった。
あれ?もともとラディリアスがアルヴァと敵対するはずだったのに、いつの間にか苦労人になってしまった。なぜ?




