アルヴァは村に招くようです
【隧道】を抜けた先は森の中だった。ただ、地面は踏み固められており、ある程度の人通りを感じられる。そして、少し進んだ先に木で出来た壁のようなものが見えた。
「あそこに見えてるのが僕の故郷の村だよ。今は壁のせいで何も見えないと思うけど」
「この村は魔物に襲われないのではありませんでしたか?」
村の噂を聞いたことがあったのか、壁があることにイーステリアは首を傾げた。
「わたしも聞いたことがあります。勇者の威光が今尚残っているとか、聖獣が守っているとかいろいろな噂を聞きました」
マリナは「事実ならば羨ましい限りです」と続けた。領地の魔物で苦労しているのかなと推測するが、それを問いかけることはなかった。
「まぁ、聖獣というのはある意味間違いじゃないかな」
『余計なことを言うな!』
ラビィが焦ったようにアルヴァの頭をとてつもない音をたてながら殴った。その音に二人はびくっとなるが、アルヴァが平気そうなため、何も言わなかった。
「ラビィ様、どうかされたのですか?」
「村が襲われなかった理由はラビィなんだよ。僕が前世で住んでいた場所をずっと守っててくれてたんだ」
アルヴァは嬉しそうにそう言う。その声は親友を自慢する年相応の少年のように見えた。
「そうなのですか!?」
『まぁ…………そうだ』
ラビィは照れくさそうに認めた。
「だから今では壁があるのですね」
ラビィは現在、王都でアルヴァと行動を共にしている。なので村を守ることが出来ないのだ。
「まぁ、念のためにね。とりあえず村に入ろうか」
アルヴァの言葉に二人は頷き、三人は村に向かって歩き出した。村では既に三人を確認していたのか、近づいていくと、すぐに見張りらしき男性が声をかけてきた。
「お、アルヴァじゃないか。外からなんて珍しいな」
「今日はお客さんもいるから、直接中はまずいと思ってやめておいたんだ」
「客っていうのはその二人か? んん!?」
見張りらしき男性は近づいてきて何かに初めて気づいたように、アルヴァの隣にいる二人を凝視する。そして―――
「アルヴァが彼女連れてきたぞー!」
そう叫んだのだった。ついさっきも見た同じような反応にアルヴァはため息をつき、イーステリアとマリナは苦笑するしかなかった。
「その反応はもう見たから、とりあえず門を開けてください」
「いやいやいや! それどころじゃないだろ! 彼女なのか!? 彼女なんだろ!?」
「はぁ……」
見張りはらしき男は反応の薄いアルヴァを気にすることなくしゃべり続けている。
「いいから早く開けてください。強行突破しますよ?」
「もしかして母親に紹介―――待て待て待て! お前が言うと洒落にならない! 今開けるから待ってろ!」
慌てた様子で見張りらしき男は見張り台から壁の内側に飛び降りた。
「あの、かなりの高さですが大丈夫なのでしょうか?」
組み上げられた見張り台の高さはとても飛び降りられる高さではない。そこを平然と飛び降りた見張りらしき男をマリナは心配しているようだった。
「魔力操作もちゃんとしてたみたいだし、あのくらいなら大丈夫だよ」
「え?」
その聞き慣れた言葉に思わずマリナは聞き返したが、それに誰かが反応するよりも先に門が開いた。門は下から持ち上げ、跳ね上がるように開くようで、ゆっくりと持ち上げながら門番らしき男はアルヴァたちに近づいてきた。
「よく考えたらお前だったら一人でも門を開けられるんだから、俺の許可いらなくないか?」
「見張りは不審者を選別するのが仕事です。もしもあなたが僕を入れないと判断するなら僕ですら入れない。特例は作るべきじゃないんです」
「そういうものか? まぁ、お前がいいならいいんだが……」
見張りのような男性は納得がいかないような反応を示したが、アルヴァはそこまで説明する気が起きなかったのか、見張りのような男性の横を通り過ぎ、門をくぐった。それを確認した見張りらしき男は門を閉めた。
「改めてようこそ。何もないところだけど、ここが僕の生まれ育った村だよ」
マリナは辺りを見渡したがすぐにやめた。この村には珍しいものなど何一つなかったのだ。領地にある村と何一つ変わらなかった。ただ、イーステリア初めて見た村に感動しているのか、物珍しそうに周りを見ていたが。
「と言っても見所もないだろうし、とりあえず村長に挨拶しに行こうか」
アルヴァは苦笑しながらそういう。未だイーステリアは物珍しそうにしていたが、そのうち飽きるだろうと判断したのか、アルヴァは案内を再開した。
「は、はい!」
風景に集中していたイーステリアは二人が歩き出したことに遅れて気づき、少し速足で二人に追いついた。しばらく歩いていくと、ほかの家とあまり変わりのない、少しだけ大きい家に到着した。アルヴァはその家の扉をノックする。ややあって「どちら様?」という言葉とともに扉が開き、女性が出てきた。
「シルビィおばさん、こんにちは」
「あらアルヴァ君、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「友達を連れてきたから紹介しようと思って」
アルヴァがそういうと、シルビィの顔が破顔一笑した。
「アルヴァ君に友達なんて今日はいい日ね。それで、どこにいるの?」
アルヴァが扉の前にいるためシルビィからは見えなかったようで、アルヴァは一歩下がって二人が見えるようにした。
「初めまして、イーステリアです」
「マリナです。よろしくお願いします」
二人はあえて家名を名乗らなかった。名乗ればまた驚かれると思ったのだ。
先ほどまで笑顔だったシルビィの笑顔がさらに強くなった。
「まぁまぁ! ご丁寧にありがとう。私はシルビィよ。よろしくね」
「おい、どうしたんだ?」
入り口で話し続けているシルビィを不思議に思ったのか、ダウが顔を出した。
「お、アルヴァじゃないか。どうしたんだ? ん? 後ろの二人は彼女か?」
何故みんな同じ結論に達するのか不思議に思いながらも、アルヴァは答える。
「友達だよ。名前はイーステリアとマリナっていうんだ」
さすがにいつものようにイリスと呼ぶことなく、ちゃんと名前を紹介した。
(アルヴァ様、ちゃんとわたくしの名前を憶えてくださっていたのですね!)
とイーステリアは心の中で感動していた。
「友達か…… まぁ、今のお前にはちょうどいいかもな。初めての友達だ。大事にしろよ?」
「ダウおじさんに言われるまでもないよ」
「そうか」
アルヴァの答えにダウは優しい笑みを浮かべた。
「そうだ、お前に聞きたいことがあったんだ。シルビィ、悪いが―――」
「呼んできますよ。親抜きじゃあんまりですからね」
ダウの言葉の先を制したシルビィはもともとそのつもりだったのか、先を読んだようにそう言った。
「良ければ二人もどう?」
シルビィの言葉にイーステリアとマリナは不思議そうにお互いの顔を見た。
「はい、喜んで」
「わたしもお供します」
「じゃあ俺も―――」
「お前は今からお前が来なかった間にあったことの報告がある。シルビィに任せろ」
アルヴァの肩をダウはがっちりと掴む。
「いやいや! それは村長の仕事じゃないか! 僕はまだ成人したての子どもみたいなものだよ!?」
「ここまで村の方針に口出ししておいて今更それが通るわけないだろう? いろいろ仕事があるんだ、大人しく残れ」
シルビィは微笑ましそうに笑顔を浮かべながら、「じゃあ、行ってきますね」とイーステリアとマリナを伴って歩き出した。
「あれは良かったのですか?」
イーステリアは未だに言い争いをしているアルヴァの声を後ろに聞きながら問いかけた。
「いつものことだからいいのよ。それにあなたたちとはゆっくりお話したかったし」
「お話……ですか?」
シルビィの言葉にイーステリアは少し身構える。その様子を見て、シルビィはにこりとほほ笑む。
「詳しいお話はアルヴァ君のお母さんも交えてしましょう?」
何を聞かれるのかイーステリアは戦々恐々としていたが、心が見えるマリナはシルビィに悪意は見えず、特に気にしていないようだ。そんな三者三様の心のまま、三人はアルヴァの住んでいた家の前に到着した。そしてシルビィはノックをした。すると、すぐに声がして扉が開いた。
「シルビィさん、今日はどうしたの? あら? 後ろの二人は?」
現れた女性―――アルヴァの母親は不思議そうに首を傾げた。
「わたくしは―――」
「あぁ! イリスちゃんとマリナちゃんね? 話はアルヴァから聞いてるわ。汚いところだけど入って」
名前を知っていたことにイーステリアとマリナは驚くが、そんなことお構いなしにアルヴァの母親は二人を案内する。
「二人はここでいい? シルビィさんはここね?」
アルヴァの母親は二人が呆気に取られている間に席に座らせ、飲み物を瞬く間に用意した。
「こんなものしかないけど」
そう言ってアルヴァの母親が用意したのは一口で食べられる大きさの果物だった。
「遠慮しなくていいからね?」
「あ……ありがとうございます」
イーステリアは食べた方がいいような気がしてその果物に手を伸ばす。そのまま食べられることは知っていたため、つまんで口の中に入れた。それを見たマリナも続くように果物に手を出す。
「美味しいです」
「初めて食べましたけど、甘みの中に少し酸味があっておいしいです」
「お口にあってよかったわ」
アルヴァの母親は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「それで、今日はお二人はどうしてこの村に?」
アルヴァの母親は二人に問いかけるというよりはシルビィに聞いているのか、そちらに視線を向けて言った。
「それを聞きたくてここに来たのよ。まだ事情は聞いてないの」
そう言ってシルビィは視線をイーステリアに向ける。
「それは……」
イーステリアは自分が話していいのかわからず、俯いてしまった。代わりにマリナが口を開こうとしたその時、アルヴァの母親が眉を下げて困ったような表情になった。
「ごめんなさい。別に責めたかったわけじゃないの。ただ、あの子が学園でうまくやってるのか気になってたの」
「学園で……ですか?」
「そうなの。あの子はたまに心配で帰ってきてくれるのは嬉しいんだけど、向こうで何があったか聞いても『特に何もなかった』としか言わないから」
アルヴァの母親は困ったようにため息をついた。その反応でイーステリアは何故ここにアルヴァ抜きで連れてこられたのかを理解した。
「それなら学園でのアルヴァ様についてわたくしがお話します」
「わたしも少しならお力になれると思います」
「そう? ありがとう」
それから二人は学園での生活について語った。アルヴァがどんなことをして、どんな風に日頃過ごしているのかを、わかる限り丁寧に。それを聞くたびにアルヴァの母親は時には嬉しそうに頷き、時には驚いた表情を浮かべ、二人の話を楽しみながら話しやすいように相槌を入れていた。これをアルヴァの母親が計算でやっているのなら脅威だろう。しかし、本人にそのつもりはなく、ただいつも通り話しているに過ぎない。もしも計算でやっているのなら、マリナが途中で気づいただろう。それ故に二人は話の勢いのまま、決闘の話までしてしまっていた。
「あ……」
マリナが気付いたころにはもう遅い。『決闘』という言葉は確実に二人の耳に届いている。イーステリアも遅れて自分の失敗に気づいたのか、困ったように視線を彷徨わせていた。
「あの子はほんとに無茶ばっかりして……」
アルヴァの母親は怒っているような困ったような表情を浮かべた。
「アルヴァ様は悪くないのです。ただ、平民を見下す人たちに怒って……」
少しでも失敗を取り返したいのか、イーステリアはそう口にした。
「どうせあの子とのことだから、ラビィちゃんを攻撃されて怒ったんでしょ?」
その的確な指摘にイーステリアは頷くしかない。
「あの子は昔っからそう。こっちの心配なんて気にしてないんだから。そんなところまであの人に似なくていいのに……」
「そこまでにしなさい。お客さんに愚痴を聞かせてどうするの?」
シルビィの指摘にアルヴァの母親は我に返ったのか、恥ずかしそうに笑った。
「ごめんなさい。私ったらつい……」
「大丈夫です。それよりも、アルヴァ様は昔からラビィ様に過保護なのですか?」
イーステリアはアルヴァの母親に気を使わせないためにすぐに話題を変えた。
「えぇ。ラビィちゃんがいくら問題ないって言っても駄目だったわ」
(アルヴァ様だってラビィ様が強いのはご存じのはず。じゃあ、何故?)
流石にまだそのことをアルヴァに問う気にはなれず、イーステリアはその疑問を頭の隅に追いやった。
「過保護なのは誰に対してもあまり変わらないけどね。なにしろ母親や村のみんなのためにここまで村を開発してくれたんだから」
シルビィの言いたいことがいまいち伝わらなかったのか、イーステリアは首を傾げた。しかし、マリナには思い当たる節があったのか、はっとしたような表情になった。
「おかしいと思っていたんです。この村には確か補助金が支払われていたはずです。それなのにこの村の人たちは自給自足をしているように見えました」
「補助金ね、そんなものもあったわね。久しくもらってないから忘れていたわ」
「待ってください! 補助金は今も支払われてるはずです」
イーステリアは何度もこの村については調べている。その過程で確かに補助金に対する金の動きを確認していた。
「それを調べるのはお偉いさんの仕事だからわからないけど、受け取っていないのは確かよ?」
もちろんシルビィは事実を知っている。しかし、困ってもいないのにわざわざ口にするつもりはなかった。
「わかりました。帰り次第早急に確認させます」
イーステリアは王女の顔になり、そう言った。
「そんなに急がなくていいのよ? この村はアルヴァ君がもたらしてくれた技術と知識で充分にやっていけているから」
シルビィとしてはこの平和な暮らしを守れるなら、そんなことはどうでも良かった。むしろ不要だと思っているようだった。少し重たくなった空気を払拭するようにアルヴァの母親は手をたたいた。
「はい、難しい話はそこまで。それよりもアルヴァが村で何をしたのか、聞きたくない?」
「はい!」
イーステリアは身を乗り出しそうな勢いで返事をする。そんな様子にアルヴァの母親は嬉しそうに、シルビィは少し呆れたように、マリナはいつものこととなれたように、三者三様の反応を示した。
アルヴァの母親から語られるアルヴァが行ったことにイーステリアは驚きながら、マリナは真剣に聞いていた。その後合流したアルヴァが母親に説教されたのは言うまでもない。
村の発展については物語に関係ないため、長すぎると割愛しました。




