アルヴァは苦悩するようです
決闘の日程が決まり、アルヴァは悩み続けていた。決闘の内容を、ではない。何しろ決闘は一対一で行われ、見学するのは王族と相手貴族の親族のみだ。アルヴァとしてはもう少し大勢になると思っていたが、そこはラディリアスが気を使ってくれた結果だろうとアルヴァは考えているが、それに対して悩んでいるわけでもない。アルヴァが悩んでいるのはただ一つ。決闘の件をどうやって母親に説明するのかだった。
(怒られるだろうなぁ…… かといって黙っててバレたら余計に怒られるだろうし……)
チラリと頭の上の親友、ラビィに意識を向ける。それに気づいたラビィは何か用かと言わんばかりにアルヴァの頭を軽く一回叩いた。密かに会話をするようにも出来るが、そこまですることではないと考え、何でもないと伝えるためにアルヴァは軽く頭を振る。
(ラビィはきっと母さんの味方だろうし、相談しても『諦めろ』としか言わないだろうしなぁ……)
(私が相談に乗ろうか~?)
(間に合ってます)
即レイに断りを入れ、アルヴァはどうにか授業が終わるまでには決意を固めようと心に決めるのだった。しかし、そのように決意を固めたところでそのような付け焼刃の決意が長続きすることなく、授業が終わるころにはまた悩みだしていた。
「アルヴァ様、どうかしましたか?」
帰る時刻になっても全く動こうとしないアルヴァを不思議そうに見ながらイーステリアは声をかけた。隣には既にマリナがいる。
「まぁ、ちょっと……ね」
流石に何でもないというわけにもいかず、アルヴァは曖昧な反応を返す。
「わたくしではどうにもならないかもしれませんが、お悩みをお聞きしてもよろしいですか?」
アルヴァが悩むようなことは余程のことと捉えたのか、イーステリアは真剣な表情で問いかけた。
「いや、そこまで深刻な話じゃないんだけどね」
そんなイーステリアの表情に苦笑しながら、アルヴァは事情を説明する。すると、イーステリアは一瞬理解できないかのようにきょとんとした表情になり、そして微笑んだ。マリナは口元を押さえて微笑んでいる。
「だから、深刻じゃないって言ったでしょ?」
「笑って申し訳ありません。でも、少し意外でした」
「わたしもです。アルヴァ様も人の子なのですね」
『これでお前も周りからどう見られてるのか自覚したか?』
ラビィの言葉が止めとなり、アルヴァは何も言えなかった。アルヴァとしては確かに少しは変なことをしている自覚はあったが、まさか人間として見られていないとは思わなかったのだ。
(や~い、人外~)
(うるさい)
レイの一言に頭の中で答えながら、これからの行動に気を付けようとひっそりと決意をするアルヴァ。ただ、それが長く持たないのは今までの行動を見れば火を見るよりも明らかだが。
「そんなに帰りにくいというならわたくしたちもついていってよろしいでしょうか? そうすれば、わたくしの方からも事情を説明できると思います」
(確かにイリスが危険がないと保証してくれれば、母さんも安心してくれるかな。イリスは曲がりなりにも王族だし)
「ありがとう。お願いしていい?」
「! はい! ありがとうございます!」
アルヴァは何故かお礼を言ってくるイーステリアの反応が理解できなかったが、本人が嬉しそうだったため、口に出さなかった。
「わたしもついていっても宜しいでしょうか?」
マリナは遠慮がちに手を挙げてそう言った。
「あ、そっか。ごめん、元々訓練もするからイリスが来る地点で連れていくつもりだったんだ。許可を取るのを忘れてた」
アルヴァの答えにマリナは困ったように苦笑した。
気持ちが決まればアルヴァの行動は早かった。すぐに荷物をまとめ、学園の入り口でルナと合流。そして、クランに向かった。
「ただいま」
すっかりここに帰ることになじんだアルヴァはそう声をかける。受付には暇そうにいつものようにクランマスターのマーカスが座っていた。
「おう、お帰―――」
アルヴァを見た瞬間、マーカスは言葉を失った。より正確には、アルヴァの後ろに控える二人を見たからだが。
「この二人はイリスとマリナだ。学園で得た友達だ」
その言葉に驚いたのか、イーステリアとマリナはマーカスへの挨拶も忘れて視線をアルヴァに向ける。まさか友達と認識されているとは思っていなかったようだ。
「あ……あ……」
マーカスは譫言の様に同じ言葉を繰り返す。どうしたんだとアルヴァが声をかけようとした、その瞬間だった。
「アルヴァが彼女連れてきたぞー!」
それは外まで聞こえるのではないかという大声だった。あまりに突然のことに理解が追いつかず、アルヴァはもちろん、イーステリアもマリナも呆気にとられて何を言われたのかわからなかった。そんな風に茫然としている間に騒がしい足音を立てながらワンダとエリーゼが駆けつけてきた。
「うわ! ほんとだ!」
二人を認めたエリーゼは好奇な視線を向ける。
「あらあら」
ワンダもすぐに状況を理解したのか、楽しそうに微笑んだ。
「彼女!? わたくしが!?」
「わたしもですか!?」
二人はここにきてやっと現実に思考が追いついたのか、イーステリアは嬉しそうに顔を赤らめ、マリナは困惑したようにイーステリアとアルヴァを交互に見た。
「お前もやるな。というか、ちゃんと男だったんだな」
マーカスは受付から立ち上がると、本当に嬉しそうに右腕でアルヴァの肩を組んだ。
「お前は人間離れしたところがあったから普通に学園生活を送ってるのか心配だったんだ。よかったよかった」
ここでも人間扱いされていなかったのかとアルヴァはげんなりする。ただ、自分の腕が治ったとき以上に上機嫌のマーカスを見て、アルヴァは何も言えなかった。
「本当に良かったわ。学園に馴染めてないんじゃないかと心配だったもの」
「そうそう。むしろ迷惑かけてないようでよかったわ。クランの評判にもかかわるし」
『言われてるぞ?』
アルヴァはどう答えていいのかわからず、曖昧な笑みを浮かべた。こういう時は反応しないに限ることを前世の経験から学んでいた。
「初めまして。わたくしはアノウン家次女、イーステリア・アノウンと申します」
イーステリアはそう言って優雅に頭を下げた。その瞬間、先ほどまで騒いでいたマーカス、ワンダ、エリーゼが固まった。
「わたしはマリナ・ランベールと申します。アルヴァ様とは親しいお付き合いをさせていただいております」
続けてされた自己紹介に反応する余裕は三人にはない。むしろイーステリアの衝撃が大きすぎてマリナの自己紹介で少し落ち着きを取り戻したくらいだ。
「き……貴族様……いえ、王女様とは知らず、失礼しました!」
マーカスは正気を取り戻してすぐに頭を下げた。ワンダとエリーゼは何かを恐れるように頭を下げながら震えている。
「あの、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ? わたくしはあくまでアルヴァ様のお……お友達です」
「わたしも貴族とは言っても田舎の貧乏貴族です。皆さんとあまり変わりません」
そう言われて、はいそうですかと頷けるわけもなかったが、怒らせてはいないとわかって三人は安堵した。
「お前、なんで当たり前のように貴族様と友達になってるんだよ。ここは普通、同じ平民だろ?」
「……色々あったんです」
アルヴァは説明しようとして、どうやってまとめればいいのかわからず、結局説明を諦めた。
「あの……ほんとに不敬罪とかならない……ですか?」
エリーゼは使い慣れない敬語につまりながらも問いかけた。
「もちろんです。アルヴァ様と親しい方たちにそのようなことは致しません。むしろ、いつも通りに話していただいて大丈夫です」
イーステリアは苦笑しながらそう答える。その言葉を聞いて、エリーゼは胸を撫で下ろした。
「ま……まぁ、ある意味アルヴァらしいと言えばらしい……か?」
マーカスは自身を納得させるためか、誰に言うでもなく、ほぼ呟くように言った。
「確かにそうね」
マーカスの言葉にワンダも頷く。
『これもある意味信頼だな』
ラビィの言葉にアルヴァ以外の全員が笑い出した。アルヴァは納得のいかない表情をしていたが、その事には触れず、とにかく話を進める。
「とにかく、僕達は今日は村に帰りますから」
「なんだ、二人を実家に連れて帰るのか?」
マーカスは茶化すようににやにやとした表情で言った。
「一体何があったの?」
対して何かを察したらしいワンダは真剣な表情で問いかけた。アルヴァは隠すことではないとイーステリアやマリナに捕捉されながら何があったのか説明していく。説明が進むごとにマーカスの表情が険しくなっていく。
「……そんな事になっていたのね」
「お前は本当に無茶しやがって……」
マーカスは呆れたように頭を抱える。エリーゼは事態が大きすぎて実感できていないようだったが、ただ漠然と大変な事態だということだけは理解しているようだった。
「無茶でも何でもないですよ。あの程度の実力じゃ僕に傷つけることはできません」
「そういう問題じゃないだろ。お前、ある意味では国に喧嘩を売ったようなもんなんだぞ? 勝ったらそうですかで終わると思うのか?」
アルヴァもそこには気づいていた。たとえ勝ったとしても、その結果が本当に認められるのかと。それ以上に命を狙われる可能性もある。ただ、アルヴァはそこまで結果を気にしていなかった。
「別に国が敵に回っても問題ないですから。それにきっとラディリアスさんが頑張ってくれます」
「お前、王族を名前で呼ぶって……」とマーカスは呆れていたが、それ以上の言葉が浮かばなかったのか、結局何も言わずにため息をついた。
「わたくしも微力ながら力になりたいと思っていますのでご安心ください」
イーステリアにはほとんど影響力などないのだが、それを知らない人からすればその言葉はとても頼りになるものだったようで、三人は安心した表情になった。
「まぁ、俺が言うのもなんだが、アルヴァのこと、よろしく頼みます。少し常識はずれなところはあるが、優しいやつなんだ」
「はい。それは存じています。安心してください」
その言葉にマーカスは嬉しそうに頷いた。アルヴァはお節介だなぁと思いながら、少し嬉しい気持ちになった。
マーカスたちに断りを入れるとその場を後にした。そして、すぐに向かう。
「ここがアルヴァ様の部屋ですか……」
イーステリアは物珍しそうに部屋を観察する。とはいっても部屋にはベッドぐらいしか置いてないのだが。
「初めて男の人の入りましたが、こんなにも飾り気がないものなのですね」
マリナも物珍しさからか、遠慮がちに部屋を見渡している。
「僕の場合は荷物は【道具箱】の中に入れられえるから、置いておく必要がないからね」
「そういう意味ではないのですけど……」
イーステリアは困ったように微笑んだ。イーステリアにとっては部屋は寛ぐ場所なのだが、アルヴァの言葉からは倉庫としての役割しか感じなかったのだ。
「とりあえずいつまでもここにいても仕方がないから行こうか」
そう言ってアルヴァは【隧道】を発動して繋げる。その見慣れた光景に二人はもう驚くことはなく、アルヴァに続いてその空間に空いた穴をくぐるのだった。




