王女は確かめるようです
イーステリアは今日もアルヴァとの訓練を終え、兄であるラディリアスの待つ部屋へ向かっていた。訓練に明確な手ごたえは感じられないが、手応えらしきものはないが、確かに自身の魔力を動かせるようにはなってきていた。
「ノーレスはどうですか?」
少し後ろに控えるノーレスに、イーステリアは振り返ることなく問いかけた。
「はい。わたくしは動かせるようになっています。ステータスも確かに変化しているのを感じます」
魔力操作によるステータスの変化を感じ取っているのか、ノーレスの声は嬉しさが滲み出ていた。実際はイーステリアのステータスも変化しているのだが、元々のステータスが低く、変化が感じ取りにくいのだ。
(もっとわたくしも頑張らないといけません。今までの弱いわたしではダメ。そうでなければアルヴァ様の隣にいる資格すらない)
ノーレスの答えにイーステリアは決意を新たにする。その後は静かに移動し、イーステリアは兄の部屋に到着した。
「今日もいつも通りの訓練だったかい?」
挨拶を終え、ラディリアスはそう問いかけた。
「はい。今日も魔力操作でした」
それを聞いてラディリアスは少し考える様子を見せた。
「技術を出し惜しんでいる可能性は?」
「アルヴァ様はそのような方ではありません!」
イーステリアの反応にラディリアスは呆れたような表情になる。
「それは信頼ではなく、妄信だ。少しは成長したかと思えば、まだそんなことでは困る」
「いいえ、お兄様。これは信頼です」
その答えが意外だったのか、ラディリアスは少し驚いたようだ。
「アルヴァ様は正直な方です。信頼には信頼で応え、騙すことを嫌悪する方です。自身の利益のみを追求し、他人を蹴落とす貴族とは在り方が違うのです。お兄様こそ、貴族の世界に浸りすぎてそのような感覚を失ってしまったのではありませんか?」
イーステリアの言葉にラディリアスは一瞬呆気にとられたが、すぐに笑みを浮かべた。
「なるほど、悪くない返しだ。アルヴァには今回の件以外でも感謝しなければならないな」
ラディリアスは満足したように頷く。その様子にイーステリアはきゅっと少し強く手を握った。
「……お兄様は何故わたしくの命を狙ったのですか?」
イーステリアはさらに握った手に力を込めた。
「……なんだ、知っていたのか」
ラディリアスは意外そうな声を出しながらも、口元をにやりと歪めた。
「はい。騎士団長にお聞きしました」
イーステリアは以前にアルヴァに注意された意味を今では理解していた。初めは何故親しい人に相談しなければならないのかを理解できなかったが、全てを知った今ではそれがわかった。
「何かを調べてると思ったけど、本当に優秀な人だ」
「本当に私もそう思います。わたくしは当時はただの偶然だとしか思っていませんでしたから」
「そんなわけないだろう。お前は王城の警備を甘く見過ぎだ」
以前に王城を抜け出した時、何故あの時に限って簡単に抜け出せたのか。それは裏でラディリアスが抜け出しやすいように警備に穴を開けていたからだった。その後の冒険者の手配も馬車も全てラディリアスの掌の上だった。
「ですが何故、関係のない冒険者までも巻き込んだのですか?」
「関係ない? 彼らがまともな冒険者だったと思っているのかい?」
「彼らはわたくしの為に最後まで盗賊と戦ってくださいました。そんな彼らを侮辱するような発言は控えてください」
イーステリアは少し語気を強めて言った。
「そこまでは調べられなかったんだね」
ラディリアスは仕方がないと思ったのか、説明を始めた。
「彼らは冒険者として護衛を請け負い、その人達をたまに盗賊に襲わせたり、奴隷として売りつけたりして儲けてたんだ。もちろん依頼は達成しているように証明書を依頼主から貰った後にね」
護衛依頼の場合、達成したかどうかは依頼主本人からギルドへ報告をするか、達成証明の書類を依頼主に書いて貰い、冒険者がギルドに持っていくことになっていた。
「冒険者が守ったのは商品を取られたくない欲だ。決して守ろうというわけじゃない。もっとも、その欲のせいで逃げることができなくなったようだけど」
そう言ってラディリアスはその冒険者をあざ笑うように笑みを浮かべた。その表情には侮蔑の感情が見て取れた。
イーステリアは何も言えなかった。すべてはラディリアスの謀略であることは理解していた。しかし、その作戦に参加した者たちが総じて犯罪に手を染めていたとはイーステリアも知らなかったのだ。
「そんな者たちを使ってまで、何故わたくしの命を狙ったのですか?」
イーステリアは感情を押し込めてラディリアスに問いかけた。
「君は国益にならないと思ったからだ」
「国益?」
ラディリアスの答えにイーステリアは理解出来ず、その答えを鸚鵡返しにその言葉を口にした。
「かつてのお前は自分勝手でその場の思い付きのみで行動していた。騎士団長などはこれからの成長を見守るべきだとお前をかばっていたが、僕にはそれが許せなかった。わかるか? お前がわがままを言うたびに様々な人間が振り回され、お前が勝手な行動をするたびに多大な人たちに迷惑がかかる。平民ならば相手にしないということもできるが、こと王族相手では皆は行動を起こすしかない。それをお前は全く分かっていなかった」
その言葉にイーステリアは何も言えなかった。確かに以前の自分は周りに迷惑をかけ続けていた。自分が王族であり、その立場がどれだけの力を持つのかを理解できていなかったのだ。
「だから僕はお前が国のためにならないと思った。だから事故に見せかけて殺すつもりだったんだ」
その言葉を聞き、イーステリアの体はびくっと跳ねた。まさか直接的な言葉を言われるとは思わなかったのだ。
「では、なぜおやめになったのですか? それはアルヴァ様がいらっしゃるからですか?」
しかしイーステリアは気丈に振舞う。ここで折れてしまっては意を決して問いかけた意味もなくなるうえ、かつての自分に戻ってしまうような気がしたのだ。
「それもある。ただ、それだけじゃないよ」
ラディリアスはそう言って優しそうに微笑んだ。
「お前が本気で変わろうと学び、行動を改め始めたからだ」
その目はかつてイーステリアの見た、優しい兄の目だった。
「言い訳になるが、僕はお前を殺したかったわけじゃない。だが、肉親とはいえ国益を損なう者を見逃したとあっては今までの行動の正当性が失われてしまう。だから僕は心を鬼にするしかなかった」
「それは騎士団長よりお聞きしました」
イーステリアはそう答えながら騎士団長の言葉を思い出していた。ラディリアスは権謀術数を張り巡らせるが、決して誰かを蹴落とそうとしているわけではない。ただただ国のため、その身を粉にして動いているのだと。そう騎士団長に聞かされていた。
(もちろんその行動すべてが正当化できるかどうかは分かりません。独善と言われても仕方がない。それでもお兄様は一度も自身の利益を優先したことはない)
「それでも、他に方法はなかったのですか? わたくしのこと以外にも強引に魔法具や技術を集めていたことも聞いています」
しかし、その手法が強引であり、アルヴァさえも巻き込んでいたことを聞いているイーステリアはそのことを追求する以外の選択はなかった。
「無理だ」
イーステリアの言葉をラディリアスは一言で切り捨てる。
「お前は知らないだろう。この国は隣国の奴隷なのだ」
「隣国の? それは一体?」
イーステリアも隣国ルージュについては知っていた。千年以上の歴史を持つ国で魔物が大量に跋扈する土地とこの国との間に存在する国で、この国よりも強い魔物に囲まれた場所にある。故に力を得た冒険者は隣国に行ってしまう。ただ、この国に何かあれば助けに来てくれる。それくらいがイーステリアの認識だった。
「我が国とルージュとは同盟国であり、こちらが食糧を供給する代わりにかの国は魔物の脅威よりこの国を守る。そういう条約を結んでいる」
「はい。そのおかげで国民は平和に暮らせています」
「その通りだ。しかし一方で、隣国はこの国に知識を、特に魔法や魔法具などの軍事利用可能な知識を秘匿しているんだ。だから僕たちは常に軍事的に隣国よりも劣っている」
「それの何がいけないのでしょう? ルージュが守ってくれるのですから、問題ないのではありませんか?」
イーステリアは意味が分からず、首を傾げた。その反応を見て説明が必要と感じたのか、ラディリアスはため息をつく。
「武力で劣るこの国は、隣国に対抗するすべはない。もし隣国が考えを変え、この国に攻め込んでこれば、我が国は一瞬にして滅びるだろう」
「隣国はこの国建国の時よりの同盟国です。そのようなことはないと思います」
流石に杞憂ではないかとイーステリアは説明されてなお首を傾げた。
「お前にはわからないだろう。隣国と交渉するときに我が国が強気に出れない理由が。隣国に守られている現体制では、永遠に対等とはなれない。それを改善することが僕の目標だ」
ラディリアスが何を見て、何を考えているのかはイーステリアにはあまり理解できなかった。しかしラディリアスがそれにこだわっていることだけは分かった。
「まぁ、こちらにはアルヴァがいる。彼がこちらにいる以上、隣国も交渉に応じるしかない。それがなかったとしてもイリス、君がアルヴァから技術を手に入れられる。どちらに転んでも問題ない」
『もちろん、ノーレスだけでもいいんだけどね』とラディリアスはおどけたように肩をすくめた。
「では、お兄様は本当にこれ以上何もする気ないないと?」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか? もちろんそんなつもりはない。万が一にも機嫌を損ねたら、平気で国を捨てそうな感じだからね」
「それはわたくしも感じています。でもそれは誰の助けもいらないというよりは、頼ったことのない感じがしますけど」
「曲がりなりにも元魔王だ。まとめ上げる立場としてはそうなるのも理解できるよ」
(それでもわたくしはアルヴァ様の隣に立ちたい。そのためにはアルヴァ様に頼られるほど強くならないと)
もちろん学ぶことも怠るわけにもいかないとイーステリアは決意を新たにする。
「報告はもう終わりでいいか?」
「はい、お兄様。お時間をとっていただきありがとうございました。それでは、失礼します」
「あぁ、この調子で頑張るといい」
ラディリアスがまだ処理をしなければならない仕事がるのか話を切り上げたため、イーステリアはそれに従い、退出した。
(さて、今日の感覚を忘れないうちにお勉強の時間まで魔力操作を復習しましょう)
まだまだ強くなっている実感もないまま、イーステリアはさらなる成長を目指して歩き出した。
この話、いる?




