アルヴァは知らないところで恨みを買うようです
別視点になります。
ある青年は苛立っていた。最近は青年の情緒はいつも不安定であり、機嫌が良かったり悪くなったりところころ変わるのだが、本人に自覚はほぼない。今も何故苛立っているのか、本人もよくわかっていなかった。
(昨日の平民のことといい、入学試験といい、最近ついてないな。なんで俺が注意を受けないといけないんだ? たかだか平民一匹が死にかけただけだろ?)
青年はその件で既に父親に呼び出され、厳重に注意を受けていた。しかし、なぜ自分が責められたのかわかっていなかった。自分が理不尽に咎められたとしか考えられないのだ。
(平民の一人や二人、殺したところで何の問題がある? 誰でもやってることだろ?)
誰もが行っていることではないが、そういう貴族は少なからず存在する。その事実故に青年は自己を正当化していた。そもそも青年が責められたのは平民アルヴァを傷つけたからではない。あの場にいた貴族全員を、さらには王族を危険に晒したことが問題なのだ。しかし青年は自分の中では無礼な平民を懲らしめただけという都合のいい記憶しか残っておらず、その考えに思い至ることはなかった。
(イーステリア様も王族が招待したことになっている平民とはいえ、あのように庇い立てる必要もないだろうに。平民も平民だ。イーステリア様の隣にいていいのは俺のような高貴な血筋のものだけ。平民のような薄汚れた血筋の者は近づくのも恐れ多いと自ら離れるべきだろう。イーステリア様の優しさに漬け込む卑しい生き物が)
いろいろ思い出していくうちにで苛立ってきたのか、青年はやり場のない怒りを胸の内で燻ぶらせる。そんな気分のまま自宅の屋敷に問い着すると、入り口に執事が青年の帰りを迎えるように立っていた。
「今帰った」
「おかえりなさいませ。早速ですが旦那様が執務室でお待ちです」
「父上が?」
青年は面倒くさそうに顔を顰めた。父親から呼び出されるのは面倒ごとしかないからだ。
「はい。先ほどから坊ちゃまをお待ちです」
執事は頭を下げたまま、そう告げる。確実に面倒ごとだと察した青年は更に顔を顰めた。
「坊ちゃまはやめろ」
青年はそう呼ばれることが嫌いだった。子供の頃から執事はそう呼んでいるのだが、今ではそう呼ばれるたびに子ども扱いされている気がするのだ。しかし、青年は知らない。執事は青年の精神や思考が未熟であるがゆえに未だに子供のままだと教えるために坊ちゃまと呼んでいることに。
青年はイライラしながらも後回しにするわけにもいかず、父親の待つ執務室に向かった。扉の前に到着し、二度ノックをすると中から「入れ」という声が聞こえ、それに従って青年は中に入った。中では青年の父親が書類と格闘していた。青年の父親は鍛え抜かれ、引き締まった体であることが服の上からも伺えた。顔は厳つく、子供によっては泣き出すものもいるだろう。そんな彼は慣れた様子で目の前の書類を片付けていく。青年はそんな様子を眺めながら、机の前に立って父親が声をかけてくるのを待った。
「待たせたな」
一段落ついたのか、父親は青年に顔を向ける。
「父上、用件は?」
少し緊張を滲ませながら、青年は声を出した。
「学園での生活はどうだ?」
そのありきたりな問いかけに内心拍子抜けしながら青年は答える。
「今のところ問題ないよ。授業の内容も難しくないし、実習はまだ始まってないから」
「問題ない……か」
その言葉を聞いて、父親の目が少し鋭くなる。それを青年も見て取っていた。
(なんだ? どうしたんだ?)
心当たりのない青年は動揺したが、父親に伝わらないように努めた。
「では、昨日学園で問題は起こしていないわけだな?」
そう言われた瞬間、青年の顔から血の気が引いていき、青くなっていく。
「ま……待って! あれには事情が―――」
「黙れ!」
青年が何かを口にする間に父親の一喝で青年は口を噤むしかなかった。ここにきて青年は父親が今までにないほど激昂していることに気づいた。
「俺はお前に言ったはずだ。もう問題を起こすなと。それから何日も経たぬうちにこれだ。お前は俺の話を理解できなかったのか?」
「違う! あれは平民が机の上に魔物を置いていたからで、皆だって迷惑してたんだ!」
その答えに父親は露骨にため息をつく。
「どうやら俺の言葉は理解できなかったようだな」
そして、失望した目を青年に向ける。
(そんな目で俺を見るな!)
そう言いたい青年だったが、言えるわけがなかった。父親はドラゴン部隊の団長を勤め上げる、飛竜とともに部隊でグリーンドラゴンを討伐したこともある傑物である。そして、青年の兄は剣術のスキルと魔法の才能を持った、今では学園の教師を務めるほどの秀才だ。そんな中、青年は魔法の才能はあったが、それもありふれた火属性であり、剣術のスキルもない青年は兄と比べられ、その劣等感を日々感じていた。青年が平民を見下すのも、家で見下されることへの鬱憤晴らしもあるのかもしれない。
「お前は実力で4クラスに入れたと思っているだろうが、そうではない。元々騒動の責任を負って1クラスになるところを王女様たっての希望で、王女と入れ替わる形で4クラスに入れただけだ」
「そ……そんな!」
青年は自分の実力が評価されたのだとばかり思っていたため、その事実は寝耳に水だった。
「もし騒動がなかったとしたら何クラスだったか聞きたいか?」
その問いかけに先ほどのことすら心の整理もついていない青年は反応することさえできない。ただ漠然と悪いことだけは理解できた。
「理解したか? だが、悪い話はこれからだ」
これ以上何があるんだと叫びたい気持ちになりながら、何とか残った理性でその言葉を飲み込む。
「先ほど王城から決闘の申し込みがあった」
(決闘?)
その聞きなれない言葉に青年はどう答えればいいのかわからず、内心焦っていた。ここで反応を誤るとさらに父親の不興を買うことになるからだ。
あまりに反応のない青年を見た父親は察したのか、ため息をつく。
「決闘とはお互いに譲れないものがあるとき、それを決めるために戦う決まりのことだ」
そう言われて青年は思い至ったのか、はっとした表情になる。しかし同時に理解できないことが増えた。
「僕がですか?」
しかし青年はすぐに疑問を問いかけず、確認のための質問をした。
「そうだ」
「誰とです?」
それが青年の疑問だった。王族なら決闘をするまでもない。問題があるならば処分すればいいからだ。なので青年はその相手が気になった。青年には決闘を申し込んでくるような貴族に思い当たる節はなかったからだ。
「それが問題の平民だ」
青年は意味が分からなかった。貴族同士の決闘ならわかる。いや、それが王城から届く地点で訳が分からないが、それでも理解できなくもない。しかし、その相手が平民となると理解が追いつかなかった。
「決闘とは我ら貴族に許されたことでは?」
「そんなものは知らない。しかし、この書状は正式なものだ」
父親も理解できなかったのかと青年は安堵した。しかし、現実は何も解決していない。
「正式なものである以上、この決闘は受けるしかない。平民相手に逃げだしたとあっては我が一族の恥だ」
そんなことを悩んでいたのかと青年は拍子抜けした。
(つまり父上は決闘を受けなければならないことに悩んでいたのか)
その程度なら問題ないと、青年は心が軽くなるのを感じた。
「それなら問題ありません。平民ごとき、俺の相手じゃありません」
「……本当にそう思っているのか?」
父親の態度に引っ掛かりを覚えたが、心が軽くなった青年は気にせず答える。
「はい。ですが平民が卑怯な手を使ってこないとも限りません。その対策のために数人父上の魔法士を貸していただけませんか?」
流石に負ければ後がないとわかっている青年は、万が一すらなくすためにそう提案する。言った後にやりすぎたかと思ったが、父親はその言葉を聞いて熟考する。
「……いいだろう。四人用意しておく」
了承され、青年は気分を害した様子のない父親に胸を撫で下ろした。
「では、日程については知らせてき次第、執事から伝えるようにする。それまで励むんだぞ?」
「わかってるよ」
青年はそう答えると、退出の許可を受け、部屋を後にした。執務室で一人になった父親は思考する。
(平民が卑怯な手を使ってくるなど下手ないいわけだったが、ただの平民と侮ることはないようで安心した)
父親はそう考え、安堵する。
(あいつは平民だと見下しているが、王女様や王太子と話せ、このように決闘を要請できる者がただの平民のわけがない。調べさせてはいあるが、勇者の村の出身ということ以上の情報は、腕を失うほどの大けがを治しただの、目の前で突然現れたり消えたりするだの荒唐無稽な噂ばかりで事実がつかめない。それほど王族が力を入れて欺瞞情報を流している証拠だ。それほどまでにアルヴァという平民には価値があるということだ)
その噂は全て事実なのだが、父親の常識が邪魔をして事実として受け入れるのを邪魔していた。
(そんな王族が大切にしている平民に決闘を許可したということは、勝つ算段があるということだ。それがなんであるかはわからないが、これまでのことを鑑みると王族が直接妨害してこないとも限らない。そのための魔法士だが、あいつはうまく使えるだろうか)
そこまで考え、父親は頭を振る。
(いや、今はあいつの心配より家門の心配をするべきか。最悪の場合、あいつを切り捨てることも考えなければならない……か)
できればそれはやりたくないと思いながらも、それでもやらなければならないと父親は自分の中でこれからの最悪を考え備えていく。そんな親の心など知る由もなく、青年はどのようにアルヴァに恥をかかせようかとしか考えていなかった。
青年に名前を付ける気はあんまりありません




