アルヴァは企むようです
ラディリアスの自己紹介に驚いたのはマリナだけではなかった。アルヴァも予想していたとはいえ、まさか次期国王だとは思っていなかったのだ。
(イーステリアという王族と関わりを持った以上はある程度覚悟はしてたけど、これは思った以上に厄介かな。ある意味では都合がいいけど)
アルヴァは自分の中でこれからのことを考えながら、跪いた。慌てた様子でマリナも頭を下げる。
「お初にお目にかかります。僕がアルヴァと申します。殿下にお目通り叶い、恐悦至極に存じます。平民の身分なので言葉遣いなど至らぬ点もあるかと存じますが、ご容赦頂ければ幸いです」
そんなアルヴァの恭しい態度にぎょっとしたようにイーステリアとマリナは見た。ラディリアスはそんなアルヴァの様子を見て苦笑する。そして、その場にいるノーレスに視線を向けた。それだけでノーレスはラディリアスの意図を察したのか、扉の前に行き、鍵を閉めた。
「気にするな。そもそもそんなものをお前に求めているわけではない。流石に度が過ぎるのは困るが、ここは非公式の場。さらに言えば防音だから外に漏れる心配もない」
「そう言ってもらえると僕も楽かな」
一瞬にして言葉遣いを変えたアルヴァにまたもラディリアスは苦笑しながら、イーステリアとマリナ、そしてアルヴァに座るように促した。ラディリアスが一人で座り、アルヴァの両隣にイーステリアとマリナが座る形だ。
「さて、単刀直入に聞く。今日は何の用だい? こう言ってはなんだが、僕は君に嫌われていると思うんだけど」
「そこはどっちでもないです」
アルヴァは苦笑しながら答える。
「ただ、関わる気がなかったのは事実ですけど」
(かかわる気がなかったのに来たのはつまり―――)
「僕の力を借りたいと?」
「そうです」
「それならば、わたくしを頼ってくれればいいじゃないですか」
イーステリアは自分ではなく真っ先に兄であるラディリアスに頼ったことが許せないのか、不満そうに言った。
「まぁ、僕はそれでもよかったんだけどね。せっかくだから盛大にやろうと思って」
イーステリアはアルヴァの答えが理解できず、首を傾げた。しかし、マリナはなんとなく察したのか、それともアルヴァの心を見たからか、顔を青くしていた。
「それで、僕に何をしてほしい?」
「お願いというか、確認です。ある貴族を滅ぼしたいんですけど、問題ありますか?」
まるでお店でメニューを注文するかのように軽く放たれた言葉にラディリアスは呆気にとられた。いつにない主の反応を楽しんでいるのか、ノーレスはラディリアスの後ろでこっそりと笑みを浮かべている。
「どうしてそんな話になるんだ?」
本来ならかなり危ない発言なのだが、そのことにラディリアスは触れない。それは大言壮語と思っているからではない。できると思っているからこそ、わざわざ許可を取り、何をしようとしているのかを問いかけているのだ。
「そ……それは、わたしの方からご説明します」
マリナは振り絞るように声を出した。本来なら話に割り込むべきではない。下手をすればラディリアスの不興を買い、命をなくすこともあり得る。しかし、それでもマリナは我慢できなかったのだ。昨日の件をアルヴァが語ればその時のことを思い出し、その心をマリナは直視しなければならなくなる。それが今のマリナには王族に不興を買うことよりも恐ろしかったのだ。
だからマリナは懇切丁寧に語った。できるだけ客観的になるように、目の前のラディリアスに集中して、アルヴァの方を見ないように心掛けながら。
「なるほど、それでその無礼を働いた貴族を滅ぼしたいということか?」
「そうです」
そのアルヴァの答えにラディリアスはため息をついた。
「正直に言えば無理だ」
ラディリアスはそう言って、しかしさらに続ける。
「しかし、圧力はかけられる。というか、罰を与えたのに反省していないのは僕としても見過ごせない」
「やっぱりそうですか」
アルヴァははじめからわかっていたのか、納得したように頷いた。
「わかっていらしたのですか?」
イーステリアはではなぜ問いかけたのかわからず、首を傾げた。
「普通に考えて自国の貴族を滅ぼすことを許可する王族はいないよ」
アルヴァはそう言って笑う。
「でもお前は僕が許可すれば迷いなく滅ぼしたのだろう?」
「もちろんです」
アルヴァの答えにイーステリアはぞくりと背中に冷たいものを感じた。それが恐怖であることは理解できなかったが。
「まぁここからが本題なんだけど、その貴族と僕が決闘する舞台を整えてほしいんです」
「決闘? それはお互いに戦うあの決闘か?」
「はい。貴族間ではお互いに譲れないときに誇りをかけて決闘を行い、物事を決められる法律がありますよね?」
「確かにある。ただ、そんなものが使われた例など、この数十年ない。もちろん、婿決めや侮辱されたなどで個人で争うことはあるだろうが、王族が許可し、立会人になった決闘となると話が違う」
「でも、まだ法律としては残っている。そしてそこには貴族でなければならないとは書かれていないはずです」
流石のラディリアスもそこまで記憶していなかったのか、片手をあげてノーレスに合図をする。
「確かにそのような条文はございません」
「なぜそのようなことになっている?」
「そこまで法律に明るい平民がいないこと、更には決闘は王族に嘆願が必要なため、平民にはできるわけがないと明記されなかったのだと思われます」
ノーレスの答えにラディリアスは納得する。それと同時にその法律は改訂しなければと心に誓う。
「わかった。その場は僕が責任をもって立会人をしよう」
「ありがとうございます」
アルヴァはしっかりと頭を下げる。その様子を見て、ラディリアスは自身の中のアルヴァの人物像を修正する。
(強大な力を持つが、ある程度の礼儀や社会規則を守る気はある。そして、根に持つ人間でもなさそうだ)
「あ、それともう一つお願いがあります」
「なんだ?」
「先ほどの騎士に逆恨みされ、何かこちらが害を受けたために反撃した場合、罪に問われないようにしてください」
「……わかった。その時は力添えをしよう」
ラディリアスとしてはそんなことはないと言いたかったが、先ほどの出来事を聞いた限りではありえると判断したため、答えに少し間が開いてしまった。
「それで、そちらの要求は何ですか?」
アルヴァから放たれた言葉をラディリアスは本当に一瞬理解できなかった。しかし、何を言われたのかすぐに理解し、苦笑を浮かべた。
「良い。必要ない」
「え?」
今度はアルヴァが言葉を理解できず、驚きを露わにする。
「正直に言えばお前に借りを作れたら嬉しい。しかし、お前を無理に縛ることはこちらの印象を悪くする。故に恩を感じる必要はない。もっとも、魔法具で満足できているとも言えるがな」
それは紛れもないラディリアスの本心だった。アルヴァを何か利益や権力で縛ることはできるだろう。しかし、度が過ぎればアルヴァは躊躇いなくいなくなる。少し話しただけだが、ラディリアスにはそう感じられていた。
「貴方、いいですね」
アルヴァは何かに満足したように笑みを浮かべた。
「僕の性格を読んだ上での発言なんだろうけど、僕はとても気分がいいです。いいですよ、この件は借り一つと思ってくれていい。何でも一つ、必ず僕にできることは叶えよう。ただし、ある条件に抵触しないときに限りね」
アルヴァの言葉は王族に向けた言葉遣いではない。しかし、ラディリアスはそんなことよりも今の言葉の意味を自分の中でかみ砕くのに精いっぱいだった。
(借り? あの隣国が探している人物に借りだと? それも僕が想像もつかないような技術や知識を持つ存在に? まさかこれほどの幸運が舞い込むとは思わなかった!)
「その条件とは?」
心の中では浮かれていても、ラディリアスは冷静に必要なことを問いかけた。
「ダンジョン外の魔物の討伐。ただしこれは状況によるから聞いてくれるとありがたいです」
なぜそんな条件を出されたのかラディリアスは理解できないが、とりあえず話を先に進める。
「他には?」
「魔王との争いには駆り出さない。しかし、防衛なら請け負う」
「攻め込むことはしないと?」
「そうです」
その言葉をラディリアスは自分の中で吟味する。もちろんこれらの条件を除外されたところで困ることはないが、疑問は残る。故にラディリアスは思ったことをぶつけた。
「ずいぶん魔物贔屓じゃないか?」
「違います。僕はどちらにも平等なんです」
「平等?」
「そうです。僕はどちらの味方ではないからこそ、どちらも攻め滅ぼしたりしません」
それができることなのかはラディリアスにはわからない。しかし、どちらかに攻撃すれば状況を変えることが出来る力がアルヴァにあることは間違いない。ラディリアスはアルヴァの言う平等の意味を少し理解することが出来た。
「しかし、なぜ平等なんだ? お前は人間だろう?」
ラディリアスにとっては何気ない問いかけだった。しかし、その問いかけにイーステリアとマリナが気まずそうに視線をそらした。その意味を理解する前に、アルヴァが口を開く。特大の爆弾を伴って。
「今はね。僕は前世は魔王だったんだ」
「なに?」
何の冗談なんだとラディリアスは一瞬不快感を露わにした。しかし、頭は勝手にあらゆる情報と関連付けていく。
(強大な能力と知識。隣国が血眼になって探す意味。王族に対しても全く物怖じしない精神。その理由は転生者だから? 能力や知識もそれで説明できるが、隣国が探す理由は―――!)
まるでラディリアスの思考を中断させるかのようにアルヴァは【威圧】を発動させる。
「考えるな。理解しろ。我が前魔王だ」
「っ……はぁ……!」
【威圧】は一瞬のことだったが、そのあまりの恐怖に呼吸することすら忘れていたラディリアスは無理やりに呼吸を再開させる。しかし不思議なことに両隣のイーステリアとマリナは不思議そうにラディリアスを見ていた。
(スキルの範囲を操作したのか? とんでもない技能だ。それに、何故二人は今の言葉に反応しない? まさか知っていたのか?)
「もう一度言う。理解しろ。今のが証明に足りないというならば、周辺の地形を変えて見せるがどうだ?」
「おやめください! 理解いたしました!」
ラディリアスは思わず王に従う家臣のように跪いた。本当の魔王かどうかなどもうどうでも良かった。ただ実感としてその事実が頭に刻み込まれていた。
「とまぁ、そんな感じなんです。少し強引でしたけど、納得しやすいかなと思って」
アルヴァの態度が変わったことを気にする余裕はラディリアスにはない。精神的にはただ跪くのをやめ、座り直すだけで精いっぱいだった。
「確かに強制的に理解させられた。さっきの借りの件は信用していいんだな?」
「もちろんです。まぁ、信用できないでしょうけど」
「いや、他の貴族よりは信用できる。滅ぼせるというのも満更嘘でもないのだろう?」
「あれ? ノーレスさん、本当に話してなかったんですか?」
「もちろんでございます」
その答えにアルヴァは笑みを浮かべる。
「ますます気に入りました。じゃあ、もう話していいですよ?」
「許可を頂きありがとうございます。主の命に答えられないのは苦痛でしたので」
そう言ってノーレスは深々と頭を下げた。
(最初の印象が悪かったけど、話してみると案外まともなんだな。どうも己の利益だけで動く俗物じゃないのは確かかな)
「それじゃあ、決闘の件はよろしくお願いします」
そう言ってアルヴァは立ち上がった。
「これから何か予定があるのか?」
ラディリアスは元々イーステリアとマリナがいる予定ではなかったため、これから何かあるだろうと推測しながら問いかけた。
「イリスとマリナの訓練をする予定です」
「わたくしが魔法具を使いこなせないため、教えていただける約束だったのです。訓練場を使用しようと考えています」
アルヴァの言葉をイーステリアが補足する。ラディリアスとしてはどういうものなのか気になったが、これから公務もあるため、同行することはできなかった。
「そうか。ではイーステリア、後でどういうものか教えてくれるか?」
「はい、お約束します」
「では、失礼します」というイーステリアの言葉を皮切りに、マリナもアルヴァも退出の挨拶をして、部屋から出て行った。それを見送ると、ラディリアスはため息をついた。
(とんでもない事実を聞いたところだが、聞かないわけにはいかないな)
「ノーレス、口止めされていた件を聞こうか」
その言葉にノーレスはラディリアスの心情を察して苦笑しながら、しかし容赦なく、自身の知った驚愕の事実を伝える。その事実にラディリアスが頭を抱えたのは言うまでもない。
実は苦労人のラディリアスです




