サムエルはやっと気が付くようです
思い通りの展開にならなくなってきました
学園に所属する教師となったサムエルは上機嫌で廊下を歩いていた。何しろ探していた少年、アルヴァが今から行く教室にいるのだ。もちろんそれはサムエルの妄想であり、実際はアルヴァは今から行く7クラスではなく1クラスなのだが。もしサムエルが事前に名簿を確認していればこんなことにはならなかっただろう。
(これであいつからいろいろな情報を引き出すことができる。素直に聞いても答えないだろうが、授業の質問としては答えるしかないだろう)
サムエルは直接聞くことを躊躇っているわけではない。ただ、素直に教えてもらえるはずがないと思っているのだ。
(技術や知識は特別であればあるほど価値があり、秘めようとするもの。俺だって全て公表してるわけじゃない。時間はある。少しずつ聞き出せばいい)
アルヴァが勇者が生まれたという村の出身者であることがサムエルに味方した。この学園は基本的に誰でも自由に辞められるのだが、村の出身者だけは勝手にやめることが許されないのだ。
(授業の課題として行っても十分に確認できるだろうな)
そんなことを考えているうちにサムエルは7クラスの教室の前に到着する。そして、意気揚々と扉を開けた。そして、黒板の前に立つ。
「このクラスを担当するサムエル・レオンハートだ」
その名前を言った瞬間、教室の中はにわかに騒がしくなる。サムエルの名はその業績とともに広がっているのだ。
「自己紹介は必要ない。どうせ覚える必要もないし、必要な名前なら勝手に俺が覚えるからな」
その宣言に教室の中はさらに騒がしくなる。サムエルは今のお前たちには興味がないと言い放ったのだから当然だった。騒がしい教室を全く気にせず、サムエルは教室全体を確認した。
(アルヴァがいない?)
急いで今度はすべての生徒の顔を一人一人を確認するが、精霊の少女は確認できてもアルヴァはどうしても確認できなかった。
「サムエル先生、どうかしましたか?」
動かなくなったサムエルに誰かが確認するように声をかけた。
「おい、そこの精霊」
サムエルは生徒の問いかけに反応することもなく、近くにいた精霊の少女のルナに声をかけた。その精霊という言葉にまたも教室が騒がしくなるが、サムエルに収める気などない。
「なに?」
ルナは教室内に精霊は自分しかいないとわかっていたため、自分のことだと思い、サムエルの言葉に反応する。
「お前の主はどうした?」
「別の教室」
「何故だ?」
「知らない。決めたのはそっち」
「こっちが決めた? あいつはこのクラスじゃないのか?」
「違う。1クラス」
サムエルの言葉にルナは淡々と答えていく。気を遣うような相手ではないため、ルナの反応はいつも以上に淡白だ。その言葉遣いをサムエルが気にしている様子はないのだが。
(どういうことだ!? あれだけの実力者がなぜ1クラスなんだ!? ほかのやつらの目は節穴か?)
自分が隠したことなど棚に上げ、サムエルは憤慨する。それからの行動は素早かった。
「連絡事項はあるが、どうせ各自家で聞いているだろう。よって連絡することはない。以上」
サムエルはそう宣言すると、混乱してどうすればいいのかわからない生徒たちを無視し、サムエルは7クラスの教室を後にする。そしてほとんど走っているような速度で1クラスを目指した。
(情報を隠したことが裏目に出たな。こんな基本的なことを見落とすとは。俺としたことが浮かれすぎだ)
頭の中で反省しつつ、もうどうにもならないことだと切り捨て、これからのことを思考する。
(だが、クラスが違うだけだ。1クラスなんて誰もやりたがらないクラスなら、代わってやると言えば喜んで代わるだろう)
そう考えている間にサムエルは1クラスの前に到着する。
「それでは皆さんも自己紹介といきましょう」
そんな声が中から聞こえ、今なら問題ないだろうと判断したサムエルは、勢いよく扉を開け放った。
「待て」
その声に教室中の視線がサムエルに集中する。しかし、本人はどこ吹く風とばかりに気にせず、教壇の前で話していた教師、ルークスに近づいた。
「サムエル先生、何か用ですか?」
「担当教室を代わってもらう」
そうサムエルが告げると、ルークスは一瞬驚いた表情になったが、すぐにいやらしい笑みを浮かべた。
「唐突にどうされたのですか? 7クラスをと望んだのはほかならぬあなたではありませんでしたか?」
「気が変わったんだ。お前も7クラスの担当をやりたがっていただろう?」
サムエルが毎年7クラスの担当を望んでいたのは知っていた。今回は横やりを入れたが、ならばなおさらに喜んで交代するだろうとサムエルは考えた。
「しかし、勝手に代わっては学園長の決定に逆らうことになります。僕の一存では決められません」
だが、ルークスはサムエルの予想に反し、難色を示す。不思議に思いながらも、サムエルは話を続けた。
「じゃあ、学園長の許可があればいいんだな?」
「いいえ、今更変更しては混乱が生じるでしょう。それに、あなたの気分だけで変更していては、混乱が生じます。最初にわがままを聞いてもらったのですから、その決定に従うべきでしょう?」
ルークスは別に交代することに抵抗はない。そもそも7クラスの担当は望んでいたことであり、それができるのなら願ってもないことだ。しかし、ルークスは素直に頷く気はなかった。
(こいつ、日頃からいけ好かないやつだったが、自分の7クラスの担任を蹴るほど俺に嫌がらせをしてくるとはな。この様子じゃこれ以上頼み込んでも無駄か?)
サムエルはちらりと教室内を確認する。そこには確かに目的の人物、アルヴァが興味なさげにこちらに視線を向けていた。
「お前がそういうなら学園長に判断してもらう。それなら文句はないな?」
「ええ、もちろんありません」
ルークスにとってはどちらの結果に転んでも問題なかった。もし変更されれば7クラスの担当になれるし、そのままでも王女のいるクラスの担当になれるのだから。
「わかった。邪魔したな」
そう言ってサムエルは教室を後にする。これ以上言い争っても意味はないとわかったからだ。
(次は学園長のところだな)
サムエルは7クラスに戻ることなく、学園長のいるだろう執務室を目指す。今度は慌てることなくゆっくりと歩いて学園長のいる部屋の前まで移動した。
部屋の扉をノックすると、「どうぞ」という許可する声が聞こえる。それを受けてサムエルは部屋の中に入った。
「サムエルではないですか。担当教室への伝達事項は終わりましたか?」
「そんないつも通りのお知らせなんて親から聞いてると判断して切り上げました」
「そういうわけにはいかないでしょう? 今年は特に貴族ではないルナという精霊がいたはずです。連絡は重要です」
そう言って学園長はため息をついた。
「それで、今度は何を言いにきたのですか?」
サムエルが意味もなくここには来ないだろうということは分かっていたため、学園長は早々に用件を問いかけた。注意しても無駄だと諦めているということでもある。
「俺を1クラスの担当にしてください」
「……今度は1クラスですか。あなたは一体何を考えているのですか?」
「何をとはどういうことですか?」
サムエルのとぼけたような返答に学園長はため息をついた。
「それは本気で問いかけていますか?」
そして、真面目な表情になり、学園長はサムエルをまっすぐに見つめた。
(まぁ、無理だろうな)
これだけ連続で色々な要求をし、しかも7クラスから1クラスへと普通はありえない変更を要求するれば、何かあると勘繰られることは分かっていた。
(学園長ならば伝えても問題ないだろう。その方が今後動きやすくなる)
もし変更を要求し、通らなかった場合、サムエルとアルヴァとの接点はなくなる。しかし、ここで学園長にアルヴァの能力を伝えることで、自分以外にアルヴァを教えることはできないと判断されれば、魔法の授業でアルヴァと接点を持てる可能性が高い。それを見越しての行動だった。
「わかりました。すべてお伝えします。しかし、このことは学園長と俺との秘密としてください。それが条件です」
「……わかりました」
サムエルはこれまでに自分がしてきたことを順序だてて話し出した。数年前の膨大な魔力を感知したことから、入学のための試験で何があったのかを事細かに、まるで報告書のように学園長に伝える。はじめは訝しげな表情をしていた学園長だが、次第に驚きの表情になり、そして最後には呆れたようにため息をついた。
「つまりあなたはそれらの結果を知りながら、その知識を独占するために情報を秘匿したということですか?」
「俺は何も邪魔をしたわけじゃありません。気づかない人たちが無能なだけです」
現にサムエルは試験で気づいたことを口にしなかっただけで、その場にいた人たちは確かにそれを目にしている。それでも気づかないなら自分のせいではないと本気で考えていた。
「確かにあなたの意見も一理あります。しかし、そうならないために色々な方が試験の結果を目にできるようにしているのではないですか?」
そう言われればサムエルに返せる言葉はない。サムエルはただ面倒くさそうに肩をすくめるだけだった。その様子を見て、学園長はため息をついた。
「今更クラス分けも担当も変更できません。しかし、魔法の授業の担当はサムエル、あなたがやることを許可します。幸いにもルークスは騎士科の担当教師です。文句は出ないでしょう」
「ありがとうございます」
十分な結果を得られ、サムエルは満足げに頷いた。
「そこまで分かっているのなら、あなたにお伝えすることがあります」
「なんですか?」
改まった様子の学園長に不思議に思いながら、サムエルは先を促す。
「実はさるお方から連絡があったのです」
「さるお方?」
学園長がそう呼ぶ人物は実は多くない。学園長自体がかなりの権力を有しており、国王よりその地位を約束されている人物だ。そんな学園長がそう呼ぶ人物など、サムエルには二人しか思いつかなかった。
(この場合は国王か、それに類するものだな)
もう一人を即否定し、サムエルはそう推測する。さすがにそれを問いかけようとは思わなかったが。
「簡潔お伝えすると、用件は二つ。一つ目はイーステリア様をよろしく頼むということ」
「イーステリア様? 王女が入学してるんですか?」
それは珍しいことだった。王族は通常、王城で専属教師をつけて教育を受ける。この学園に入学することはないのだ。
「はい、1クラスに入学しています」
「1クラスに? 王女はそんなに魔法が使えないのですか?」
アルヴァの話からそれていることに気づいていたが、おそらく意味があるのだろうと思い、サムエルはそのまま話に付き合う。
「いいえ、4クラスに入れるほどの実力でした」
「じゃあ、なぜ1クラスに?」
「アルヴァという少年と同じクラスにという要望でした」
その名前にサムエルは驚いた。まさかここでアルヴァにつながるとは思っていなかったのだ。
「幸いに入学試験の折に問題を起こし、罰として1クラスが決定していた生徒がいたため、その生徒とイーステリア様を入れ替える形で何とかなりました。その生徒の親も本人の実力以上のクラスとの交代なので、喜んで応じてくださいました」
サムエルにはそんな事情はどうでもよかったが、学園長は気にせず続けた。
「そして、その後に一つの忠告があったのです」
これが本題だと思ったサムエルは、黙って続きを待った。
「『何があってもアルヴァという少年の機嫌を損ねるな』」
その言葉にサムエルは戦慄する。その言葉はアルヴァを守るようなものではない。王族の誰かがアルヴァを恐れて発せられた文字通りの警告だったのだ。
「この言葉の意味は分かりますね?」
これは自分への警告でもあると判断したサムエルは頷く。
「アルヴァはそれほどの人物だと?」
「私はアルヴァと言う人物を詳しく知らないので何とも言えません。ただ、そのような忠告とあなたの意見があった以上、並大抵の実力ではないでしょう。少なくとも王女であるイーステリア様を近づけてでも取り入れたいと考える方がいるほどなので」
王女が平民と行動することを許可する。それは異常事態といっていい。貴族にとって異性に近づけるそれすなわち、婚約を容認したということなのだから。
「分かりました。細心の注意を払います」
「精霊の件と合わせ、お願いします。何があっても対処できるようにあなたを選んだのですから」
(くそ! 7クラスの担当をすぐ許可されたのも、アルヴァの件が了承されたのも王族絡みのことがあったからか。能力を認められたといえば聞こえはいいが、つまり、何があっても対処しろってことだ。これじゃあ完全に貧乏くじだ)
つまり、今回の入学者の中で悩みの種である精霊のルナ、王族のイーステリア、そして謎の少年アルヴァ。この三人の責任者にサムエルは選ばれたのだ。何もなければいいが、サムエルには何かが起こる気がして仕方がなかった。
はめられた。サムエルがそれに気づいた時には全てが手遅れだった。
次回からアルヴァ視点に戻ります




