学園でクラス分けのようです
アルヴァは学園の前に張り出されているクラス分けの表の方を遠くから眺めていた。
「行かないの?」
あまりに遠くから眺めているため、ルナは掲示板の文字を見ることができない。もちろんルナより小さいアルヴァは人垣で全く確認できないのだが。
『これだけ人がいる中に突っ込みたくないんだろ。そのうち減るだろうから、それまでゆっくりしてればいいんじゃないか?』
ラビィは相変わらずアルヴァの頭の上でくつろぎながらそう言う。
「わかった」
ルナも納得したのか頷き、それ以上何も言うことはなく、ただじっと掲示板のほうを見て立っていた。長い長い沈黙の中、その沈黙を破ったのは第三者だった。
「アルヴァ……様?」
そんな驚いたような声に振り返れば、マリナが目を見開いて立ち尽くしていた。
「マリナさん、おはよう。どうかしましたか?」
「お体は大丈夫ですか!? ご無事だったのですね!?」
マリナはアルヴァにかけ寄り、体を隈なく調べていく。見ず知らずの自分をそんなに心配してくれていたことに驚きを感じながら、流石に恥がしかったアルヴァはそっとマリナを押し離した。
「ご心配おかけしました。この通り、体に問題ありません」
「本当ですか? 無理していませんか?」
「嘘でないことは分かりますよね?」
マリナは人の心を色で見ることができる。嘘の判別など造作もないことのはずだった。
「そうですね、お騒がせしました。何事もなく良かったです」
そう言ってマリナは微笑む。
「改めまして。おはようございます、アルヴァ様、ルナ様、ラビィ様」
マリナは仕切り直すように挨拶をする。マリナには相変わらず従者はおらず、どうも今日は一人で歩いてきたようだ。
マリナの挨拶に三者三様返事する。もちろんラビィの声は「モキュウ!」としか聞こえないが。
「皆様は確認しに行かれないのですか?」
マリナは掲示板にちらりと視線を向ける。
「混雑してるからしばらく待とうと思って。慌てても何も変わらないですから」
「結果を早く知りたいとは思われないのですか?」
「僕の場合は強制なので」
クラス分けもあるので気になる人は気になるだろうが、学園に全く思い入れのない、むしろやめたいと思っているアルヴァはどうでもよかった。
「そうでした。話していると忘れてしまいますが、平民でしたね」
マリナは困ったように微笑む。口調や仕草からある程度教育を受けたように見えるアルヴァは、決して平民には、特に辺境から来た人には見えない。
「はい。なのでマリナさんは僕のことは気にせず見に行ってください」
「わたしは人混みが苦手なので、もう少し待っていたいと思います」
マリナのスキル【心眼】は常に発動しているわけではないが、使っているときに大勢の人を見ると、様々な色が一度に見えることになるため、気分が悪くなることがあった。そんなこともあり、人混みは出来るだけ避けるようにしていた。
「昨日もそうでしたけど、マリナさんはどうして一人なんですか?」
「単純にお金の問題と、候補がいないのが原因です」
マリナはアルヴァの質問に正直に答える。アルヴァとイーステリアに関係があり、アルヴァの近くにいればイーステリアと近づけることを考えれば、アルヴァに嫌われないようにするのは必須だった。もっとも、この程度ならば、調べればすぐにわかるということでもあったが。
「候補がいない?」
「心を覗かれて気分の良いことはないでしょうから」
「なるほど」
アルヴァにとってはどうでも良いことなので気にしていなかったが、噓の分かるマリナのスキルは人によっては厄介だろうとアルヴァは考えた。
「それでも一人は危ないんじゃないですか? 仮にも貴族様ですよね?」
「一応近くまでは馬車でお送りいただいているので、身の危険を感じることは少ないです」
全くないと答えないマリナの貴族社会の闇を感じながらも、アルヴァはそこを追求しなかった。
その後は珍しくアルヴァはマリナに質問を続けた。マリナも仲良くなることは好都合だったので、渡りに船とばかりにそれに答えていく。アルヴァとしてもマリナの才能はこのまま埋もれさせるにはあまりにも惜しいため、仲良くして、鍛えていきたいという思惑があった。その両者の都合が今の状況を作り出していた。
そんな風に雑談をしている間に、掲示板の前からは一人、また一人と人はいなくなっていく。ほとんどの人がいなくなったのを見届けると、アルヴァとルナ、マリナは掲示板に歩みを進めた。
「僕のクラスは……」
アルヴァは1クラスから順に自分の名前を確認していく。すると、すぐに自分の名前を確認することができた。
(う~ん……1クラスかぁ。手を抜いていたといっても平均位を目指したつもりなんだけどなぁ。思ったより優秀だったか。まぁ、今の時代の能力を改めて知れたってことで良しとしようかな)
アルヴァとしては中間の実力を見せることでこれから多少普通から外れても気づかれにくくしたかったのだ。しかし、その目論見はもろくも崩れ去ってしまった。そもそも、アルヴァを行ったことに誰かが気付いたならば、その地点で平均などありえないので、目論見は初めから破綻しているのだが。
「1クラスみたいだ」
「わたしも1クラスでした。同じですね」
「私、7クラスだった」
ルナは少し寂しそうにそう告げた。一人だけのけ者にされたような気がしたのだろう。
「ルナが魔法試験でやりすぎるからだよ? 抑えてって言ったのに」
自分のことは棚に上げ、アルヴァはそう指摘する。
「あれでも抑えた」
「まぁ、そうなんだけどね。こうなったら仕方ないよ。大丈夫、授業が別々なだけで、休み時間は自由なんだから、1クラスに来ればいいよ」
「そうする」
ここでわがままを言ってもどうしようもないと思ったのか、不服そうにしながらもしぶしぶ頷く。
それから三人は教室を目指して移動を開始した。途中でルナだけが7クラスのため分かれたが、アルヴァとマリナは揃って1クラスに向かった。
道中、すれ違う人たちの視線がアルヴァに突き刺さる。その原因をなんとなく察しながら、全力でその視線を無視する。
「申し訳ありません」
隣のマリナに頭を下げられ、意味がわからずアルヴァは首を傾げる。
「何のことですか?」
「注目を浴びて不快な様子だったので……」
「あぁ、なるほど。でもそれはあなたが謝ることではないでしょう?」
「ですが、この注目はおそらく私のせいで……」
そこまで言われ、アルヴァはマリナが何を気にしているのかを理解した。マリナは良くも悪くも目立つ存在だ。その能力と容姿はほとんどの人に知れ渡っている。注目されることが日常茶飯事であるため、今回のことも自分が原因だと考えているのだとアルヴァは推測した。
「あ、いや、これは僕が原因だと思いますよ?」
今回は自分に視線が集まっているだけであり、マリナは無関係の可能性が高いため、マリナが気に病んでいるのが申し訳なかった。
「でも私は……」
「有名なので注目を浴びることはあると思いますけど、今回は僕が無傷で現れたのが原因だと思いますよ?」
「あ……それもそうですね」
先程自分も取り乱したことを思い出したのか、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
そんな注目の中、アルヴァは気にすることなく進み続け、教室の前に到着した。アルヴァが教室の扉を開けると、一斉に視線がアルヴァに集まった。しかしアルヴァはそのことは気にせず、辺りを見渡す。
(机と椅子はあるけど、どこに座るのかの指示はないみたいから、自由なのかな?)
そう一瞬で結論づけ、空いている席を目指す。
「アルヴァ様!」
「イリア?」
振り向くとそこには席から立ち上がったイーステリアがいた。イーステリアは走るようにアルヴァに近づくと、その勢いのままアルヴァに抱きついた。その瞬間、教室内にざわめきが広がっていく。
「ご無事だったのですね! わたくしは信じていました!」
今にも泣きそうな声でイーステリアは抱きつきながら言う。
「そんなに心配してくれていたんですか?」
(マリナもイリアもそんなに親しくないのにこんなに心配してくれるなんて優しいんだな)
そう考えながら顔は見えないが泣き出しているイーステリアをどうしようかと悩む。
「当たり前です! もちろんアルヴァ様ですので問題ないとは思っていましたが、あんな血まみれで、もしもと思うと心配でたまりませんでした!」
「心配かけてごめんなさい。僕はこの通り、もう大丈夫です」
アルヴァは安心させるように声を出すことを心がけながら、そっとイーステリアを離す。そして、自分の持っていたハンカチをイーステリアに差し出した。
「これで拭いてください」
周りで「今どこから取り出した?」「王女とどういう関係だ?」「というか、頭の上の魔物はなんだ?」と更に騒ぎが大きくなっているが、アルヴァは目の前のイリアを優先する。
「ありがとうございます」
イーステリアは受け取ったハンカチで涙を拭く。その後、じっとハンカチを見つめた。
「どうかしましたか?」
「こちらはわたくしが汚してしまったので、後日新しいものをお持ちしますわ」
「そこまで気を遣って頂かなくても大丈夫ですよ?」
「いいえ、ご用意させていただきます」
そう言ってイーステリアはハンカチをしまった。これ以上固辞しても仕方ないので、アルヴァはその提案を受け入れた。
「分かりました。楽しみにしておきます」
「はい!」
何故か嬉しそうなイーステリアを不思議に思いながら、アルヴァは改めて空いている席に向かう。空いている席はイリアの隣で「空けておきました」とイーステリアが用意していたものだった。逆隣はマリナのために用意されていた。そのことにマリナは恐縮していたが。
「昨日はあの後どうされたのですか?」
「皆さん、連絡があるのでお好きな席に座って下さい」
イーステリアの発した質問に答える間もなく、教室に登場した教師により、会話は中断される。席に座っていなかった人は思い思いの席に着席していく。全員が座ったことを確認すると、その教師は話し出した。
「まずは自己紹介から。僕の名前はルークス・モールストン。皆さんのクラスを受け持つ教師です。何かあれば僕に相談ください」
全員に話しかけているような口調だったが、ルークスの視線はほぼイーステリアに注がれていた。と言うのも、ルークスはこの教室の担当になった時、学園長に怒りすら覚えていた。しかし、ルークスは今では納得していた。
(この優秀な私がこんな落ちこぼれのクラスの担当になった時は何かの間違いかと思いましたが、まさかイーステリア様がいらっしゃるとは。これならば僕が担当になったのも納得です)
イーステリアは王族であり、その身の安全は何よりも優先しなければならない。いざと言うときには守れるだけの実力が必要になるはずで、そのために選ばれたのが自分であるとルークスは信じて疑わない。しかし実際には、ルークスは実力のある者を導いているように見えて、その実は生徒たちが勝手に切磋琢磨したことであり、ルークスの指導はほとんど役に立っていない。逆についていけず、脱落した生徒がいるほどだ。本人が優秀であることと、実家の権力でこの場に留まっているが、実は指導者としてはあまり良くなかった。なので学園長は1クラスの担当にし、指導とはどういうものなのかを考えて欲しいという思惑があるだけだった。
「それでは皆さんも自己紹介といきましょう」
クラスの名簿を確認すらしていないルークスは自己紹介を促す。もちろん、イーステリア以外を覚えるつもりはないのだが。
「待て」
まさに一人目が自己紹介を始めようとしたその時、突然扉が乱暴に開かれた。
アルヴァの目標は穏便に学園をやめることです




