学園に入学する前の話し合いのようです
その部屋には円卓があり、その机を取り囲むように十数人の大人が座っている。しかしその中に二人、他の人とは異なる空気をまとう人物がいた。一人はこの学園を運営する最高責任者である、見た目若き女性だった。しかし、この場の誰もが彼女を侮ることはない。彼女こそエルフにして、この学園に二百年間、学園長に君臨し続ける傑物なのだ。
しかし、そんな彼女を恐れないのか、だらだらと面倒くさそうにしている男性が一人。彼はサムエル・レオンハート。人間でありながら若くして天才の名を冠し、欲しいままにする人物である。その能力故に、彼に文句は言えても首にはできなかった。
通常この部屋では会議が行われ、皆で話し合いをして学園に関する様々なことを決定するのだが、今は様子が違う。皆が目の前に用意された紙に向かい、必死の形相で作業していた。ただ学園長とサムエルだけは、学園長は涼しい顔で、サムエルは面倒くさそうにしながらもしっかりと作業をこなしていた。彼らが行っているのは学園を受験した者たちの試験の解答用紙だった。他と空気が違うとは、単に二人だけが採点に困っていた様子がないというだけだ。
「あの、よろしいでしょうか?」
一人の女性が申し訳なさそうに学園長に声をかける。学園長は自分の作業の手を止め、顔を上げた。
「どれですか?」
「こちらです」
学園長はその女性から回答用紙を受け取ると、ざっと目を通す。
「この部分が違いますので、減点でお願いします」
「ありがとうございます」
女性は深々と頭を下げると、自分の座っていた席に戻っていった。
彼らがこんなに苦戦しているのには理由がある。それは試験の問題に魔法理論の問題があるからだ。そもそも学園にいる教師たちすべてが魔法に精通しているわけではない。中には騎士や戦士のような前衛を専門とする者もいる。その人たちに魔法理論は理解できないのだが、受験した者たちの採点を魔法理論に精通している数人で行うには時間がかかりすぎる。そこで答えがわかりやすいものと明らかに不正解のものを全員で分担し、微妙なものを今のようにわかる人に問いかける形式にしているのだ。
「こうやって見ていると、今年は優秀な生徒が多いようですね」
学園長は場を和ませるためか、はたまた皆に息抜きを促したのか、一段落ついたとみて誰でもなく声をかけた。
「確かにそうですね。魔法理論も今年の一年生に迫るような子もいましたし、その子は将来有望ですね」
「こっちにも歴史にやたら詳しい奴がいたな」
「面白い着眼点で答えてる子もいましたよ」
一人目を皮切りに、各々が自分で採点した中で気になっている受験者の話をしていく。しかしその話し合いはいつしか変な回答をしている受験者の話になっていった。
「これなんて文字が間違っていて読めないんだよな。ある程度予想するとまともなことを書いてるだけにもったいない」
「平民出身者にはたまにあるよな。採点で点数をあげられないのがもったいない気がするよな」
「まぁ、僕が見た中で断トツにおかしな回答してるのはこのアルヴァって生徒だな」
そう言って男性は嫌味ったらしい笑みを口元に浮かべ、皆に見せつけるように振る。
「確かその子は例の村から来た子ですね?」
学園長は男性の表情に眉を一瞬ひそめたが、すぐにいつもの表情に戻り、問いかけた。
「えぇ。毎年のことですが、この村の出身者は本当に学というものがない」
男性の見下したような態度に半数の教師たちが不快そうな反応を示した。しかし、誰もその男性に注意することはない。注意したところで面倒ごとになるのが目に見えていたからだ。
「今年は文字は勉強してきたようですが、他は本当に酷い。魔法理論など荒唐無稽なことばかり書いてありましたよ。書けばまぐれで正解するとでも思ったのだろうか。本当に愚かとしか言いようがない」
「口を慎みなさい。彼は国の要望で来ていただいているのですよ?」
「お金欲しさに子供を差し出すとは、平民は浅ましいものだ」
その言葉に一人の女性が勢いよく立ちあがった。しかし、何も言わずに男性を睨みつけるだけだ。
「おっと失礼。ここには平民出身者もいらっしゃいましたね。もちろんあなた方は違うと理解しているよ」
そういう問題ではないのだが、誰一人としてそのことに触れることはない。彼の名はルークス・モールストン。伯爵家の次男で、典型的な貴族であり、平民を人とも思わない人物だった。彼がこれほどの発言をしても問題ないのは、モールストン家の力に他ならない。
そんな険悪な空気の中、サムエルはおもむろに立ち上がると、いまだにひらひらと掲げられているアルヴァの解答用紙をひったくるように取った。
「……何か用か?」
気分が良くなってきたところに水を差され、気分を害したのか、ルークスはサムエルを睨むように見る。しかし、サムエルにはルークスの問いかけが聞こえていないのか、アルヴァの解答用紙を一心不乱に読み進めている。
(なんだこのとんでも理論は! こんなことが可能なのか!? いや、この理論を書いたのは他でもない、あの少年だ。そしてあの少年は見事な魔法を披露した。つまり、この解答も本当の可能性が高い!)
その結論に至り、サムエルは嬉しさのあまり笑い声をあげる。久しぶりに見る未知を前に、その喜びを隠しきれなかったのだ。
「そうだろうそうだろう。その解答は笑えるよな」
ルークスはサムエルの反応に賛同者が現れたと勘違いしたのか、先ほどまでの態度が嘘だったかのように嬉しそうに笑う。しかし、勘違いしたのはルークスだけではなかったようで、周りの教師たちもあり得ないものを見たように驚いた表情でサムエルを見ている。ただ一人学園長だけが訝し気にサムエルを見た。
「これは俺がもらっても?」
サムエルは学園長のほうを見てそう言う。
「どうぞどうぞ。採点も終わっているし、点数も記録してあるから大丈夫だ」
学園長に対する問いかけにもかかわらず、ルークスが自慢げに答えた。
「問題ありませんが、その解答用紙をどうされるのですか?」
ルークスの態度にため息をつきながら、学園長はサムエルにこたえる。
「自室に飾って楽しむんじゃないですか? 天才の考えなど僕にはわからないけど」
ルークスはそう言って馬鹿にするような視線をサムエルに向けた。日ごろから勝手気ままに振舞うサムエルをルークスは快く思っていないようだ。
「学園長、お願いがあります」
サムエルは学園長の疑問には答えず、改まった様子で学園長のほうを向いた。
「なんでしょう?」
秘密主義はいつものことだと学園長は頓着せず、話の続きを促した。
「俺を7クラスの担当にしてください」
学園のクラスは魔法科と騎士科の二つに分けられ、それぞれが1から7までの七つに分けられる。そして、数字が大きいほど優秀な生徒が集められることになっていた。各クラスの上限人数は三十人だが、毎年最大人数がいるわけではない。サムエルはアルヴァは当然7クラスになると確信していた。
「いつもは嫌がるあなたにしては珍しい申し出ですね」
「きっと精霊目当てでしょう。レベルが八百もあるとかにわかには信じられませんが」
「ルークスさん、黙っていていただけますか? わたくしはサムエルと話しているのです」
あまりに鬱陶しかったのか、学園長は注意する。ルークスは気にしていないのか、答えず、ただ肩をすくめた。これで優秀でなければ家の力でも即首にされているだろう。
「それで、何を考えているのですか?」
ルークスに注意した学園長だったが、さすがに何もないとは考えなかった。サムエルは今までさんざん担当クラスを持つことを拒否し続けてきたのだ。ただ、学園長には精霊が目的ではない思っていた。サムエルがたかがレベル八百という高レベルという俗物的な理由だけでこれほど興味を持つとは思えなかったからだ。
「面白いやつを見つけまして」
そう言ってサムエルはひらひらと解答用紙を振った。それだけで学園長はサムエルの言いたいことを察した。
(アルヴァという少年のため? しかし彼はステータスも魔法技術も戦闘技術も記述試験もかなり悪かったはず。彼が興味を持つような要素はないはずですが。それに、彼が7クラスに入ることなど決してありません。いったい何を考えているのでしょう?)
学園長はそう疑問に思いながらも不可解すぎて何を問えばいいのかわからず、口を閉ざした。
そう、サムエルは一つ間違いを犯していた。サムエルの中ではアルヴァは優秀な魔法使いだ。筆記試験は不明だが、その卓越した魔法技術は自分自身の目で確認しており、疑う余地はない。報告されたアルヴァのステータスと、自身が計測した魔力量の差もサムエルの興味を持つには十分な要素だ。
しかし、サムエルはその秘密を誰にも話していないのだ。自分一人でその秘密を独占したいという欲から、魔法試験の結果を誰にも説明していなかった。もしサムエルが報告していればアルヴァの7クラスの配属もありえただろう。しかし、秘密が秘密である以上、アルヴァの7クラスへの配属はありえなかった。
「それで、俺が7クラスを担当しても問題ありませんか?」
しかし、サムエルは浮かれてその事実に気づけない。今はただ手元にある解答用紙に書かれていることが事実かどうか確かめたくて仕方がなかった。
「えぇ、構いません。そのようにしておきます」
「感謝します。じゃあ、俺は自分の研究に戻ります。人手はもう足りますね?」
「はい。ご協力ありがとうございました」
学園町の言葉に頷くと、サムエルは早足に自分の研究室に向かう。結論から言えば、解答用紙に書かれていることは真実であり、その事実にサムエルが歓喜したことは言うまでもない。しかし、その事実もやはり誰とも共有されることはなく、サムエルの真の目的が達成されることはなかったのは言うまでもない。
サムエルは出来るだけ報われないで欲しいのは私だけ?




