ノーレスとの話し合いのようです
アルヴァは確かに次の日の朝にノーレスにギルドを尋ねるように言伝を頼んだ。それは間違いない。ただ、アルヴァは時間を指定せずに頼んだ自らの軽率さを恨んでいた。
「早くないですか?」
眠いためか、アルヴァの言葉には棘があった。
ノーレスが現れたのは早朝も早朝、朝日が見えるか見えないかの時間帯だった。もちろん空の一部は未だに紺色の部分を残し、町は静まり返っている。
「朝ということでしたので、詳しい時間がわからず、このような時間になってしまいました。申し訳ございません」
ノーレスは本当に申し訳なさそうに言っているが、アルヴァにはそれが嘘であることは分かっていた。この世界に時計というものはあまり普及していない。あるにはあるのだが、魔法具として存在しているため、気軽に手に入る価格ではないのだ。なので一般的には時間で約束は取りつけず、どのくらいの時間に会うのかを伝えるのが普通だった。そんな中で、明確ではなくても細かく時間を指定できる方が良いため、『太陽が頭の上に来る頃』や『星が見え始める時間』など、細かく時間を指定する言葉が存在していた。アルヴァが口にした『朝』もその中の一つであり、『朝』とは『朝食をとり終わった後』という意味になる。そんなことをノーレスが知らないとはアルヴァには思えなかった。
「もしもお休みでしたら改めてお伺いする予定でしたが、起きていたようで安心いたしました」
もちろんアルヴァは寝ていた。そんな時間に起きるようなことはない。ただ、寝ている間も魔力感知を使い続けているため、ノーレスの接近を感知し、起きてしまったのだ。
「嫌がらせですか?」
アルヴァはジト目でノーレスを見る。するとノーレスは意外そうな表情になった。
「そんな滅相もない。ただ、今から話す内容は内密にしていただきたいものなので、できるだけ皆さんが活動していない時間を選んだだけです。アルヴァ様もそのつもりだと思ってのですが、違いましたか?」
それらしい内容を言っているが、だったらほかの方法で対処すればいいだけなので、アルヴァにはでまかせであることは容易に想像できた。
「わかりました。とりあえず中へどうぞ」
アルヴァは面倒になり、追及を諦め、ノーレスを中に案内して椅子に座るように勧めた。ノーレスが座ったことを確認すると、アルヴァはその向かい側の椅子に腰を下ろした。
「他の方々は?」
「まだ寝てます。その時間を狙ってきたんじゃなかったんですか?」
アルヴァがそう指摘したが、ノーレスはにこりと笑っただけでそれに関しては何も言わない。
「では、早速ですが本題に入りましょう」
そしてそう切り出した。その言葉にアルヴァはため息をつく。
「わかりました」
しかし、アルヴァもそこまで追求するつもりはなかったのか、ノーレスの提案通り、本題に入る。
「それで、五十層の魔石が必要とはどういうことですか?」
「別に五十層の魔石でなくてもいいのです。ただ、それなりの大きさの魔石さえ手に入れば」
「どういうことです?」
「魔石は魔法具を作るために使用するのですが、そのためにはできるだけ大きな魔石が必要なのです。なので国に保管されている最大の魔石を用意してもらおうかと思いまして」
「簡単に言ってくれますね」
「あなたにとっては簡単なことではありませんか?」
確かにアルヴァにとっては難しいことではない。時間さえ許すのなら今すぐにでも五十層に行き、魔石をとってくるのは造作もなかった。
「それはノーレスさんでも可能ですよね?」
五十層のボスのレベルは二百レベルであり、ノーレスのレベルは二百五十を超える。十分に討伐可能レベルだった。
「それは本気で仰られていますか?」
ノーレスは困ったように問いかけた。
「え? できますよね?」
アルヴァは何故問われたのかがわからず、質問で返す。
「はっきり言って不可能です」
ノーレスはそう前置きをして理解できていないアルヴァに説明する。
「いいですか。確かにレベルが高く、ステータスが高い方が有利なのは認めます。しかし、少しの違いはスキルや技術で容易にひっくり返ってしまいます」
それはアルヴァも十分に理解していた。現在筋力の低いアルヴァが力負けしないのも魔力操作という技術のおかげだからだ。
「そのうえ、ダンジョンにはたくさんの魔物が存在し、それら全てを回避することなど不可能です。四十一層からの魔物のレベルをご存じですよね?」
四十一層から五十層までの平均レベルはおよそ百レベルであることは十分に理解していた。しかしアルヴァはそこまで説明されてなおわかっていなかった。その表情を読み取ったのか、ノーレスは呆れたように説明を続ける。
「端的に申し上げます。あのように大量の魔物が跋扈し、一人ではろくに休息もとれない空間で五十層までたどり着き、同程度のレベルの魔物と戦うというのはわたくしとしてはご遠慮願いたいものです。もっとも、わたくしと同程度のレベルの方と五人パーティを組めるのなら別ですが」
そこまで説明されてアルヴァはやっと理解することができた。そもそもノーレスは魔力操作が出来ず、ステータスに変化はない。しかし、魔物のほとんどは魔力操作を行っており、ステータスは元々よりも強化されているのが普通だ。そのうえ、ダンジョン内では安全を保障される場所は少なく、満足な休息を得ることは難しかった。
(そもそも数で来られたら魔法がないと厳しいよね。昔はみんな初歩の魔法ぐらい使たんだけどなぁ)
まだまだこの時代の常識で知らないことが多いと反省しながら、頷く。
「理解しました。ただ、そんな魔石、何に使うんですか?」
魔法具で使うことは先ほど説明されているのでわかっている。この問いかけた具体的には何に使うのかということだった。それを正確に理解し、ノーレスは答える。
「実はもうすぐわたくしの主の妹であらせられるイーステリア様が学園に入学なさるのです。なので主はイーステリア様に特別な杖を贈ろうとお考えなのです」
「イリアに?」
「はい」
アルヴァが偽名で答えたのにもかかわらず、ノーレスは誰だかわかったように頷く。
「それがどうして五十層の魔石って話になるんですか?」
「出来る限り素晴らしいものをというのが主のご要望です。ですが、あまりに深い階層の魔石ではいらぬ騒動の引き金になりますので」
「つまり、五十層の魔石である必要はないんですね?」
「そういうことになります。ところでアルヴァ様は杖をお持ちで?」
「あ、一応用意してます。必要になるって話は聞いていたので」
誤魔化すためには必要になるのでと言外に意味を込めて伝える。
「見せていただいても宜しいですか?」
「いいですよ」
そう言ってアルヴァは【道具箱】から杖を取り出した。
「どうぞ」
アルヴァが差し出した杖を、ノーレスは大切なもののように両手で受け取る。そして、じっくりと観察を始めた。
「見たところ普通の杖ですね」
「買った杖に少し手を加えただけですから」
「手を加える? ということはご自分で?」
ノーレスは意外そうな表情でいった。
「そんなに意外ですか? 前に渡した魔法具も、僕が作ったものですよ?」
「はい? あれは古代の魔法具では?」
確かに聞いたこともない魔法具ではあったが、古代は現在よりも魔法技術が発達していたという証拠が各所から見つかっている。なのでノーレスは勝手に自分の中でそう結論づけていた。
「あんなの古代にもないと思いますよ?」
【解析】の魔法具はアルヴァのスキル、【魔法創造】があるため作れたものだ。いくら今より昔の方が魔法技術が優れたとしても作れたとはアルヴァには思えなかった。
「流石はブラット様が探されているお方ですね。わたくし達の尺度でははかれません」
「お世辞はいいです。それよりそろそろ杖を返してもらってもいいですか?」
「そうですね、申し訳ありません」
そう言って、ノーレスは杖をアルヴァに両手で持って大切なもののように返す。
「ところでこれは単なる好奇心なのですが、その杖に刻まれている魔法は何ですか?」
「刻まれてる魔法?」
アルヴァはノーレスの問いかけの意味が分からず、首を傾げる。
「おや? まだ刻まれていないのですか?」
「なんで杖に魔法を刻まなきゃいけないんですか?」
魔法陣を魔石に刻みこみ、そこに回路を組むことで魔力を送り込むだけで魔法を即時に発動できるようにする方法をアルヴァは知っていた。もちろん昔も必要に応じて作っていたし、現在でもアルヴァが作る魔法具は全てそういった構造だ。そこに魔石をさながら電池のように繋げば、魔力が足りなくても魔法を発動させることも可能だ。しかし、その方法は無詠唱で魔法を使えるアルヴァにとっては無用の長物だった。もちろん、余程複雑な魔法ならば話は別だが。
「なぜって…… 魔法を即座に発動させるため、数回は己の力量を超えた魔法を使うためというのが一般的です。アルヴァ様は刻むつもりがないのですか?」
「自分で使った方が早いので」
アルヴァがそう答えながら、目立たないために自分の杖に魔法を刻むことをこっそりと決意した。
ノーレスはアルヴァの答えに一瞬驚いたようだが、すぐに納得したように頷いた。
「なるほど、無詠唱ですな」
「そういうことです」
そう声ながら、アルヴァはふと思いついたことを提案する。
「そうです。せっかくですからイリアの杖、僕が作りましょうか?」
「あ……アルヴァ様が?」
ノーレスはその提案を予想していなかったのか、目を見開いて驚いていた。
「魔石はこっちで用意しますけど、その他の材料はお願いしてもいいですか? あと、刻む魔法はどうしますか?」
断ることはなさそうだと思ったアルヴァは話を進めていく。
「材料は勿論用意させていただきます。刻む魔法についてもお任せしてよろしいですか?」
「え? 僕が決めていいんですか?」
本人の要望はないのだろうかと不思議に思いながら問いかけた。
「イーステリア様はまだまだ魔法を使うことに不慣れなので、得意な魔法もないのです。ですので、アルヴァ様のおすすめを刻んでいただければ幸いです」
「ちなみにイーステリア様の魔法スキルは風魔法と土魔法です」と付け足す。ノーレスとしては杖の出来は深く考えなかった。全て初級魔法でもアルヴァが作ったものと言えばイーステリアは喜ぶだろうと考えたのだ。
「わかりました。僕なりに使える構成を考えてみます」
「よろしくお願いいたします」
ノーレスはそう言って頭を下げる。そして立ち上がった。
「今日は有意義なお話が出来ました。ありがとうございます」
「僕も早朝に来た時は少しイラっとしましたけど、最後にこんな面白い依頼をもらえて満足してます」
実はアルヴァは前世では魔王としてまとめ上げる傍ら、趣味で魔法具を作っていた。それは今世でも変わっておらず、材料さえあれば何かを作っていた。
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。材料は今回のように部下にお伝えください」
「わかりました。あ、報酬はできた杖と交換ということでお願いします」
その言葉にノーレスは「わかりました」と答えると、ギルドから出て行った。しかし、すぐにアルヴァはその後を追う。
「あと、ギルドへの依頼の撤回をお忘れなく!」
ノーレスは振り返り、苦笑すると頷く。そして今度こそ歩いてどこかに行ってしまった。
(杖に刻む魔法は何にしようかな? 土魔法と風魔法なら攻守のちょうどいい魔法を刻めそうだし、一つか二つは切り札みたいな強力な魔法も入れたい。あと、魔石はどうしよう? やっぱり作った方が早いよなぁ)
アルヴァはそんな風にこれから作る杖のことを考えながらギルドに戻る。そんな楽しそうなアルヴァを、実は起きていて成り行きを見守っていたラビィは呆れたようにため息をつくのだった。




