ある教師の仕事
いつもの視点とは違う人です
そこは開けた空間だった。円形の壁に囲まれたその空間にはぽつんぽつんと的のようなものが等間隔に一直線に五つ設置されており、そこから離れた場所には一人の女性が立っていた。その近くの机の上には魔法を使用するための杖の魔法具が置かれている。その近くには椅子に座り、机に突っ伏した男性がおり、その姿勢のまま目の前にある魔法具を指でいじっていた。男性の近くには的がたくさん用意されており、試験が一回終わるごとに的を取り換えていた。
今回もまた試験を受けに来た少年が魔法を発動させ、それの制御がうまくいかず、的に届かずに効果を失った。その少年に女性が何かを告げると、少年は会場から出ていく。その間に男性は的を交換していた。
「なぁ、これは毎回全部変える必要があるのか?」
男性は面倒くさそうに女性に言った。
「この試験では毎回変えるのが規則です。貴方から望んで教師になったのです。これぐらいの仕事で文句を言わないでください」
「はいはい」
男性はそう答えながら渋々的を交換していく。そして先ほどまでのように机に突っ伏し、指先で魔法具をいじった。
(今のところ反応なし。もしかして学園に来るっていう俺の考えは間違いだったか?)
男性は教師となり、試験の監督官となることで自分だけが気付いている強大な魔力を持つ者を探していた。しかし、貴族の試験だった昨日も、平民の試験である今日も今のところ魔法具に反応がない。
(昨日は重傷者が出たってことで少し試験会場を離れたが、まさかその時にいたのか? 俺がいない時に試験を受けたやつも後で確認しておかないとな)
そんなことを考えながら男性は試験を眺める。今回は的を一つ焦がすことに成功していた。
(ま、入学前の平民なんてあんなもんだよな。貴族連中ですら同時に当てられるのは二つが普通。今回は四つ当てるやつもいたが、破壊した奴は皆無。例年通りといえば例年通りだな)
あまりにも平凡な結果に辟易しながら、男性はやる気なさげに試験を眺めている。こんなことなら探し出すための魔法具を作ったほうが早いんじゃないのかと男性が考えている間に、次の受験者が入ってきた。
「お名前をどうぞ」
「アルヴァです。こちらをどうぞ」
そういってアルヴァと名乗った少年はある紙を女性に差し出した。
(あれ、成人してるのか? どう見ても十歳くらいだが。というか、頭の上のホーンラビットはなんだ? それに後ろに控えてるのはまさか侍女か? というか、あれは昨日の精霊か?)
男性としては本人よりもそちらが気になったのだが、男性が問いかけるよりも先に女性が口を開いた。
「……なるほど。あの村から来た子ですか。貴方の場合は試験の結果によらず入学することになりますが、試験はしっかりと受けてもらいます。よろしいですか?」
「はい」
(あぁ、あの村から来たのか。辺境だから栄養が足らずに成長できなかったのか? というか、ホーンラビットには一切触れないのか? まぁ、あいつのことだから規則にペット可とあるからだろうが。精霊の話も知らないだろうな)
男性がそんな益体もないことを考えている間に、女性は話を続けた。
「ところで、後ろの女性は?」
「僕と同じ受験者のルナです。同じ村の出身者というわけじゃないですけど」
「ではルナさんはアルヴァ君の後になります。よろしいですか?」
その女性の問いかけにルナは頷いた。
「では、これからアルヴァ君には的に向かって魔法を放ってもらいます。出来るだけ同時に狙ってください。ところで貴方は的を狙う魔法は使えますか?」
「はい、大丈夫です」
「そうですか。ではこの線からお願いします。自分の杖がある場合は自分のものを使ってもらって構いません。ない場合はこちらのものをお使いください」
「大丈夫です」
そう言ってアルヴァはどこからともなく杖を取り出した。
(平民なのに杖を持ってるのか。珍しいな。ん? 今どこから出した? 見えないとこに持ってたのか?)
男性は集中して見ていたわけではないため見逃したのだろうと結論付ける。
「いつ始めてもらってもかまいません。好きな時に始めてください」
「分かりました」
アルヴァはそう答えると、杖を前方に構えた。そして、魔法を発動させる。
(水か。珍しくもない属性だな)
男性がそんなことを考えている間にアルヴァの杖の先端に水の球が発生する。それは徐々に体積を増大させていった。
「ちょっと!?」
試験管の女性は少し慌てた声を上げる。その光景に男性はやる気のなかった目に少しやる気を宿らせた。
(あの大きさは中々だな。普通はこぶし大もあれば大きい方だ。それが今は人が包まれるぐらいまで増大している)
学生になる前の平民にしては珍しい魔力量に男性は少し興味がわく。しかし、次の瞬間にはその水の球は飛び散るように消失した。魔法の発動の失敗。その結果に男性は一気に興味を失った。しかしその瞬間、男性が持っていた魔法具が光り輝いた。
あまりに突然のことに男性は反応できなかった。しかし、今なお魔法具は光り輝いている。
(見つけた! ついに見つけたぞ! こいつだ! あの強大な魔力の発生源!)
男性は一人興奮して光り輝く魔法具を握りしめる。そんな感じに男性が自分の得た結果に感動している間に、アルヴァは杖をしまっていた。
「終わりました」
アルヴァは魔法が霧散したことも気にせず、何事もなかったかのようにそう告げる。
「そ……そうですか。では、これで試験は終わりになります。次はルナさんです。準備してください」
女性はアルヴァの言葉に少し不思議そうにしながらも、職務を遂行するためにルナに声をかけた。
「貴方はさっさと的を変えて下さい」
女性は魔法具を見て固まっている男性に呆れたような視線を向けながら言った。
「わかってる」
感動に水を差された男性は不満そうだが、事実を伝えるつもりもないため、渋々新しい的を持って移動する。
(大丈夫だ。アルヴァという名前は覚えた。あの村の出身者だ。入学することも決まっている。あとはどのクラスになるのかが分かれば、そのクラスの担当になればいい)
男性はこれからどうするべきかを考えながら的を交換していく。無傷の的を交換なんて非効率的だと思いながら、しっかりと交換していく。
(しかし、数年前にあれだけ強大な魔法を発動させた奴があの程度の魔法の発動に失敗するものなのか? それとも数年前のあれも今みたいに失敗したのか?)
男性は椅子に座り、そんなことを考えながら回収した的を観察する。しかし、的には何の異常も見られない。
「ん?」
それを見つけたのは偶然だった。何かあるのではないのかと考えたからこそ気づけたことだった。それを見た瞬間、男性はただただ言葉を失った。なんと的を上にかざすと、中心にほんの小さな穴が開いていたのだ。男性は慌てて残り四つの的を確認すると、すべての的の中心に一見してわからない小さな穴が開いていた。
(冗談だろ? こんなことが人間に可能なのか?)
魔法を扱うことは良く作業に例えられる。字を書くことや絵を描くことなどの一つ一つの作業が魔法を制御するということだ。つまり、魔法で二つの的を狙うことは、両手で同時に違う文字を書くぐらいの難易度だ。これは練習すればできないことではない。しかし、五つとなると話は別だ。
(俺でも四つが限界だ。これ以上になると難しさが格段に上がる。一説には人間には両手、両足の四つを動かしているからそこまでは対応できるとかあったな)
「きゃぁ!」
男性が思考に没頭している間に試験は進んでいたのか、女性から悲鳴が上がる。何事かと男性が思考を中断し、意識を女性に向けると、女性は的の方向に視線を向け、茫然と立ち尽くしていた。男性は意味が分からず女性の視線を追っていく。そしてその光景を見た瞬間、男性も言葉を失った。
(的が……ない!?)
的が全て破壊されただけならば男性はそこまで驚かなかっただろう。いや、十分に驚いたかもしれないが、現状よりはましだっただろう。
そこには何もなかった。的はおろか、それを固定していた台すらも。唯一原因だろう小さな炎が的の名残のように燃えていた。男性は理解できず、頭を抱えた。的の台はまがりなりにも鉄で出来ていたのだ。燃えて消失するなどありえなかった。
「なにがあった?」
とにかく疑問を解消するには話を聞くしかないと思った男性は女性に問いかけた。女性ははっとし、男性の方を向いた。
「今の見た!? この子すごいわ!」
興奮した様子で女性は男性に近づいた。
「見てないから聞いてるんだが?」
「なんで見てないの!? あの魔法を!?」
いつにない様子の女性に男性は辟易しながら、先を促す。
「いいから何があった」
「あの子、魔法具も詠唱もなくて魔法を発動させたのよ! それも、的すべてを一瞬で焼失させる威力と制御! こんな子見たことないわ!」
(これが八百レベルの精霊の実力か? 少し見くびっていたかもな)
精霊は回復魔法が使える。そう覚えていたために男性は他の魔法が不得意だと思い込んでいたのだ。
(アルヴァも精霊も普通じゃないとなると、まさかあのホーンラビットも?)
ちらりと男性が視線をアルヴァたちに向けると、ルナは誇らしそうにしており、それを見たアルヴァは呆れたようにため息をつき、ホーンラビットはあくびしていた。
(ホーンラビットは考えすぎだな。しかし、あの二人が普通じゃないのは確かだ)
「なるほどな。だが、これは試験だ。いつまで受験者を待たせるつもりだ? 議論するのは試験後にすべての結果を集めてからだろう?」
「そ……それもそうね」
あまりに興奮して自身の役割を失念していたのか、一度深呼吸をすると、ルナのほうを向いた。
「ルナさんの試験はこれで終わりになります。結果は一週間後に発表となりますので、見に来てください。アルヴァ君は入学が決定していますが、その日に教室の割り当てもありますので、忘れずに来てください」
アルヴァは「わかりました」と答え、ルナは無言で頷くと、試験会場から離れていった。
「台がなくちゃ試験にならないから、俺が代わりのものを持ってくる」
男性はアルヴァたちを追うため、そんな大義名分を口にする。女性はいつもにないやる気を見せる男性に訝しんでいたが、必要なことは確かなので、「わかったわ」と答えた。
男性は軽く走るようにアルヴァたちを追う。するとゆっくり歩いていたのか、すぐに追いつくことができた。男性は気づかれないように離れた地点で歩みをアルヴァたちに合わせる。
「どうかしましたか?」
しかし、アルヴァは当たり前のように振り返り、遠くにいる男性に声をかけた。あまりのことに男性は言葉を発することができない。そんな様子も気にせず、アルヴァは言葉を続ける。
「走って追いかけてきたようだったので、何か用があるのかと思ったんですけど、違いましたか?」
「あ、いや…… 的の台を取りに行くところでな。焦って走ったが、走る必要もないかと思ってやめただけなんだ。紛らわしくてすまない」
男性はとっさにそんなことを口にした。正直にアルヴァに用があると口にしても問題がないはずなのだが、男性にはなぜかそれは躊躇われた。
「そうでしたか。うちのルナがご迷惑をおかけします」
なぜ誤魔化したのか男性が理解出来ないうちにアルヴァは言う。
「気にするな。これも仕事だからな」
「そう言ってもらえると気が楽になります」
(こいつ、本当に平民か?)
平民はまともに教育を受けていないものがほとんどだ。にもかかわらずアルヴァはとても丁寧に対応している。成人しているとはいえ、平民にしてはおかしかった。
(没落した貴族か何かか?)
男性は頭の中では思考を巡らせながら、会話はしっかりと続ける。
「事実だからな。まさか壊せるとは思わなかったがな。あれ、鉄だぞ?」
「ははは……」
男性の言葉にアルヴァは乾いた笑い声を出した。その場は誤魔化そうとしているのはすぐに分かったが、その反応から言及しても無駄だろうと男性は考えた。その時、アルヴァの頭の上のホーンラビットが前足で二度アルヴァの頭を叩いた。
「あ、すみません。この後用があるので、ここで失礼します」
「あぁ、こちらこそ引き止めて悪かったな」
アルヴァは最後に頭を下げると、倣うようにルナも頭を下げた。そしてそのまま今度は早足で移動していった。
(さっきの反応は誤魔化そうとしていた。つまり、アルヴァはルナの実力を知っていたってことだ。そしてそれを隠そうとしている素振りが見える。ルナが使った魔法。見てはいないが相当高度な魔法だろう。実力を隠しているはずなのになぜそんな魔法を使った? そして、それをルナに教えたのは誰だ? 今時魔法具なしで無詠唱できる人間がそんなにいるとは思えない。それなのにそれを教えたやつがいる)
高度な魔法の無詠唱を教えるためには、それ以上の使い手でなければならない。そうでなければ制御を失ったときの事故に対処できないからだ。しかし、現在ではそれほどの使い手は少ない。いや、この国にはいないと言っていいだろう。
(実に面白い二人だ。まずは経歴を調べることから始めなければな。このサムエル・レオンハートの好奇心を満たしてくれればいいが)
男性ことサムエルは口元に笑みを浮かべながら、これから何をするべきかの予定を組み立てていった。願わくば、つまらない人生の刺激になってくれることを願って。
刺激のある人生は楽しいけど、平穏が一番だと思う




