その日はそのまま帰るようです
現在のアルヴァの体力は11/203です
誰もが言葉を失い、静まり返った空間で一番初めに動いたのはルナだった。ただ静かに歩き出し、自然な動きでラビィを抱き上げる。そこで次にラビィは正気に戻り暴れまわるが、ルナはがっちりと両腕で抱えているため、抜け出すことはできない。そんな何気ない行動により、青年の命が救われたことに誰が気付けるだろうか。
『放せ!』
「だめ」
ルナはただ抱えているように見えるが、その両腕の力はレベル八百にふさわしく強く、いくらラビィのレベルが四百を超えようと振りほどくことは出来ない。
次に正気に戻ったのは周りで傍観していた誰かだった。悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように走り回り、その場は大混乱となった。
「は……はは…… あの平民が悪いんだ! 素直に俺の言うことを聞いていればこんなことにはならなかった!」
誰に向けた言葉かはわからないが、青年は言い訳のように叫ぶ。職員らしき女性はそこで正気に戻ったのか、すぐにアルヴァに駆け寄った。
「なんてことをしてくれたのですか!」
その声に青年は反応し、声のした方を見る。そこにいたのはイーステリアだった。
「貴方は自分がしたことの意味がお分かりですか!?」
「これはイーステリア様、そのように声を荒げ、どうされたのですか?」
青年はそんな場違いな言葉でイーステリアに答える。その落ち着いた態度にイーステリアはさらに怒気を強める。
「どうしたではありません! このような場で魔法を、それも無抵抗の平民に向けるなど何を考えているのですか!」
「そ……それはあの平民が―――!?」
そう答えながらも青年は自分のしでかしてしまったことに今更ながらも思い至り、言葉が続かなかった。青年が命の危機を感じたことは事実だ。しかし、そういったところで信じる人はこの場にはいないだろう。
「この件に関しては後程正式にお話があるでしょう。わたくしは有耶無耶にするつもりはありませんので」
そう言ってイーステリアは踵を返し、倒れているアルヴァに駆け寄る。それに続くようにマリナも歩き出した。
「ひどい……」
イーステリアはアルヴァの状態を見て思わず声を漏らした。マリナなどは言葉を失い、目をそらしている。アルヴァの背後を彩るように血だまりが広がり、炎弾により服が焦げ、やけどは体にまで広がっていた。
「医務室に運びます! お手伝いください!」
職員らしき女性は必死の表情でイーステリアの背後に控える騎士に声をかける。しかし、騎士は無反応を貫いた。そもそも勝手に行動することはその騎士に許されてはいなかったのだ。それが分かっていたからか、職員らしき女性は一瞬顔をゆがめたが、諦めたように立ち上がった。
「ここをお願いします! 私は助けを呼んできます!」
「わたしが運ぶ」
職員らしき女性が一言残して立ち上がった瞬間、ルナがそう言って右腕だけで抱え上げた。もちろん左腕ではラビィを拘束したままだ。
「どこに運ぶ?」
「……こちらです!」
職員らしき女性はいくら小柄とはいえ、アルヴァを小脇に抱えるルナに一瞬茫然としたようだが、すぐに持ち直したのか、少し慌てたように歩き出した。
「では、わたくしたちにこの場はお任せください」
イーステリアの言葉に職員らしき女性は一瞬戸惑ったような表情をしたが、すぐに「お願いします」と言って今度こそ歩き出した。その後にルナはぴったりと同じ速度で進んでいく。それから移動すること数分、職員らしき女性は躊躇うことなく扉を開けた。
「やはり誰もいませんね。その子は好きなベットに寝かせてください」
職員らしき女性はそう指示を出すと、すぐに踵を返し、どこかに行ってしまった。それを見届けたルナはそっとアルヴァを近くにあったベッドに横たえた。流石のラビィもこれだけ時間があれば落ち着いたのか、暴れることなくルナの腕から抜け出すと、アルヴァのお腹の上に飛び乗った。
『起きろ』
そう言ってラビィは前足でアルヴァの頬を軽く叩く。するとアルヴァにあった傷は見る見るうちに回復し、服が傷ついている以外は元通りになった。
「危なかった…… 本当に死ぬかと思った……」
アルヴァはゆっくりと体を起こし、自分の体の調子を確認していく。ラビィはアルヴァが体を起こしたことで体から転げ落ちるが、すぐにアルヴァの頭に飛び乗った。
『何が死ぬかと思ただ! アルヴァお前、どういうつもりだ!』
ラビィは相当怒っているようで、後ろ足でげしげしと何度も頭を蹴りつけた。「ごめんごめん」とアルヴァは軽く答えているが、ラビィの蹴りは一切の手加減は無く、アルヴァでなければ頭は陥没しているだろう。
「あの場ではあれが最適だと思ったんだよ。やり返したら大問題だろうし」
アルヴァにとってはあの時の魔法を防ぐことなど造作もなかった。むしろ魔力操作だけでそれ以外何もしなくてもその場にいるだけでダメージは無かっただろう。しかし、それをしてしまえば騒ぎになることは目に見えていた。なのでアルヴァには受けるという選択しかできなかったのだ。
『お前の理屈は分かるが、だったら当たったふりでいいだろ! それぐらいできるだろ!』
「それだと目敏い人が気付くかもしれない。僕の実力はまだばらすわけにはいかないからね」
アルヴァは実力を最後まで隠せるとは思っていない。しかし、入学当初からばらしていこうとも考えていなかった。出来るだけ平穏に。それがアルヴァの願いだった。
『だとしても、そこまで深手を負う必要はなかったと言ってるんだ!』
「僕に注目を集めるって意味もあるんだよ。ルナのステータスはあの場にいた人たちにばれちゃっただろうし」
「わたしのせい?」
アルヴァとラビィが言い争いを繰り広げていると、ルナは悲しそうにそう問いかけた。
「わたしが言うことを聞いて明日にしてれば大丈夫だった?」
ルナは今にも泣きだしそうに瞳が潤んでいく。
「主様が傷つくことなかった?」
その様子を見て、アルヴァは立ち上がり、優しく微笑んで、ルナをしっかりと見た。
「それは違うよ、ルナ。君のステータスはいずればれるものだ。それは僕も変わらない。それに、大丈夫だと許可をしたのは僕だしね。本当にダメだったら止めてるよ」
「でも、主様はあんなに傷ついて……」
「あんなの怪我のうちに入らないよ。前世ではもっとひどい目にあったからね」
『それを基準にするのがそもそも間違ってることに気づけ……』とラビィは呟いているが、ルナが悲しんでいる手前、強く言うことが出来ずに呟きになり、誰の耳にも届かなかった。
「でも……」
「むしろ僕のわがままに付き合わせて、今日試験を受けられなくなってごめんね?」
そう言ってアルヴァはルナの頭を撫でる。見た目的には子供が大人の頭を頑張って撫でているようにしか見えないが、当人たちに気にした様子はない。
「大丈夫」
「じゃあ、これでお相子だね」
そのアルヴァの言葉にルナは少し考えるようなそぶりを見せ、そして小さく頷いた。それを見たアルヴァは満足したように頷くと、撫でるのをやめた。ルナは少し名残惜しそうだったが、アルヴァはそれに気づかないふりをした。
「ここです! 早くしてください!」
「言っておくが俺は治療は専門外だ。見ても何もできないかもしれんぞ?」
「私よりは分かるはずです! 重症なんですから急いでください!」
「そんな数秒で変わるようなら、もう助からないと思うんだが?」
「冷静な分析はいいので少しは急いでください!」
そんな言い争いが廊下から聞こえ、その声はだんだん近づいてきていた。アルヴァは片方の声は職員らしき女性のものだとすぐに気づいたが、もう一人の声に聞き覚えはなかった。
(治療魔法の出来る人を連れてきたのかな? あれ? 神の奇跡とか言って聖職者以外は切り傷治す程度じゃなかったっけ?)
アルヴァがそんなことを考えている間に、職員らしき女性が勢いよく扉を開け放った。
「もう大丈―――あれ? 立ってる?」
慌てた様子で飛び込んできた職員らしき女性はアルヴァの姿を認めると不思議そうに首を傾げた。
「なんだ、無事じゃないか。問題ないなら俺は戻るぞ?」
連れてこられた男は面倒くさそうにそう言った。
「待って待って! 確認させて! どうなってるの? さっきまであんなに血を流してたのに……」
職員らしき女性は連れてこられた男の腕を引っ張り、引き止めながらアルヴァに問いかける。
「わたしが治した」
その実問に答えたのはルナだった。
「お前が?」
先ほどまで面倒くさそうだった男は突然何かに興味を持ったようにルナに近づいた。アルヴァはルナをかばうような位置取りをしようとしたが、ルナに腕で遮られ、前に出ることが出来なかった。
「はい」
「つまり、その男は重傷だったと?」
「はい」
その答えに男が職員らしき女性に視線を向ける。すると何故か職員らしき女性は得意げに頷いた。
「重傷を治すような回復魔法はいまだ発見されていない。聖職者の中で数人出来ると言われているが、それだけだ。それをお前ならできると?」
男は観察するような視線をルナに向ける。
「彼女は八百レベルの精霊なので、可能性はあると思いますよ?」
「精霊!?」
男はレベルに一切反応反応することなく、ただ精霊という種族に好奇心を刺激されたのか、嬉々とした表情でルナを見た。
「これが精霊? 背中の剣が本体か? これほどのレベルの精霊ということは、相当古くから存在するのか? 生まれた時からその姿か? 成長はしないのか? レベルも変わらない? 魔法は生まれた時から使えるのか? どんなスキルを持っている?」
男は質問なのか独り言なのかわからない言葉を連ねていく。その様子にルナは引いていた。
「やめなさいよ。おびえてるわよ?」
職員らしき女性は呆れたように男に声をかける。
「ん? あぁ、これは申し訳ない。珍しい存在に我を忘れていたようだ」
そう言って男は軽く頭を下げた。しかしその視線からは好奇心が消えていない。
「この人はこういう人だから気にしないで。悪い人ではないから」
職員らしき女性は苦笑しながらルナやアルヴァに顔を向けてそう言った。
「こう見えても俺はこの国一番の天才だ。何かあれば俺を頼るといい。代わりに実験に付き合ってもらうけどな」
男は冗談とも本気ともとれない態度でそう言う。害はないと判断したのか、ルナはただ頷いた。
「じゃあ、問題なさそうだから、今日は帰ってもらっても大丈夫よ。ただ、試験はもう受けられないから、明日改めてきてもらうことになるけどいい?」
「大丈夫です」
アルヴァはそう答え、ルナは頷いた。
「俺はもう失礼する。何事もなかったようだし、計測の途中だったからな」
そう言って男は返事も待たずに去っていった。
「本当に自分勝手なんだから…… まぁ、今年は教師の仕事を受けたみたいだし、進歩はしてるとは思うんだけどね」
職員らしき女性はアルヴァに向けてそう言っているが、アルヴァには何のことだかわからずに曖昧にほほ笑んだ。
「あの、もう帰ってもいいですか?」
「ええ、大丈夫よ。今日のことはこちらで処理しておくわ。決して曖昧にはさせないから安心して」
「お任せします」
アルヴァはそう答えて「失礼します」と頭を下げて部屋を後にした。それにルナも続く。
「ルナも試験は明日になるから我慢してね?」
アルヴァはそう言いながら【道具箱】から新しい服を取り出し、破れた服の上から着て、体裁を整えた。
「うん」
ルナはどこか申し訳なさそうに、しかしそれ以上何も言わずに素直に頷いた。そんな様子にアルヴァは苦笑しながら、それ以上何も言わずに歩いていく。それから歩くこと十数分、アルヴァは突然その歩みを止めた。
「あれ? ここはどこ?」
「こっち」
アルヴァの中では今日も平和です




