アルヴァは学園に向かうようです
遅くなりました
『起きろ』
その一言とともに頭に置かれた感触にアルヴァの意識はゆっくりと覚醒に向かっていく。そしてアルヴァが目を開くと、見慣れた親友の顔が見えた。
「ラビィ、おはよう」
『早く支度しろ。今日は学園に行く日なんだろ?』
「わかってるよ。だけどもう少し余裕もあるし、ゆっくり行こうよ」
アルヴァがそういうと、ラビィは何か言いたそうにしながらも何も言わずにベッドから飛び降りた。
アルヴァは現在、クラン《英雄の剣》の二階の一室を借りて生活している。前は宿に泊まっていたのだが、それならばクランに泊まるといいとマーカスに勧められたのだ。最初は遠慮したアルヴァだったが、何もできないのが心苦しいとワンダに言われ、申し訳ないと思いながらもお世話になることにしたのだった。
「そういえば、ルナは今日も奴隷商人のヨハンさんのところ?」
『あぁ。そのはずだ』
精霊ルナは相変わらずヨハンのところで働いていた。ヨハンは主が見つかったのだから側にいた方が良いのではないかと思っているようだったが、ルナが今までのように手伝いたいと言ったのでヨハンもそれ以上何も言わなかった。
「流石に声をかけないと怒るよね?」
『泣かれるかもな』
「だよね。でも、ルナを連れて歩くと悪目立ちしそうだなぁ」
『そこは諦めろ』
そんな会話をしながらアルヴァは部屋に置いてある桶に水を魔法で生成し、それで顔を洗う。そして当たり前のように【隧道】を開き、その中に水を廃棄した。ちなみに【隧道】の向こう側は川になっている。
アルヴァが顔を拭いたのを確認すると、ラビィは定位置のようにアルヴァの頭に飛び乗った。それなりに重たいはずなのだが、アルヴァは気にした様子はない。
アルヴァは階段を降り、クランの入口へ向かう。すると既に受付にはマーカスが座っていた。
「おはよう。アルヴァ、ラビィ」
『おはよう』
「おはようございます。腕の調子はどうですか?」
アルヴァは日課のようにマーカスに問いかけた。マーカスはラビィの声を理解している。ラビィと会話できるようにと魔法具はマーカスをはじめ、ワンダ、エリーゼとクランメンバーには渡していた。
「全く問題ないな。使えないのが不思議なくらいだ」
「砕けないように気を付けてくださいね?」
「わかってる。流石にこれ以上お前ばかりに負担をかけさせるわけにはいかないからな」
アルヴァとしては気にしていないのだが、言ったところで意味がないだろうと考え、曖昧に笑った。
『アルヴァ』
「わかってるよ。今日は学園に行くのでよろしくお願いします」
「あぁ、今日だったか。しかし、お前が行く意味あるのか?」
学園はあくまで勇者を見つける場所であり、それと同時に人を鍛える場所だ。既に冒険者としての実力を持つアルヴァには通う必要性がマーカスには感じられなかった。
「一応歴史や座学もありますし、僕の場合は強制なので、拒否とか自主退学とかできないんです」
アルヴァの村は支援を受ける代わりに学園に子供を送り出さなければならない。あちらから拒否されるのは問題ないのだが、こちらから拒否や無視をすれば村に迷惑がかかるため、アルヴァの独断でやめるわけにはいかなかった。まぁ村のみんなからはやめていいと言われているようだが。
「そうか。まぁ、困ったらここに戻ってこい。全く出かけられないわけじゃないんだろ?」
「はい。その時はそうさせてもらいます」
アルヴァはそう答えるとクランを出た。そして予め調べていた学園に向かう。道中、ラビィとアルヴァは特に会話をすることはなかった。しかし、二人にとってそれは普通であり、お互いにいることに意味があると思っているようだ。
学園に向かう途中、ヨハンが営むお店に足を向けた。
「おはようございます、ヨハンさん。ルナを連れて行ってもいいですか?」
「おはようございます、アルヴァ様。いつでも問題ありません」
「おはよう」
ルナは待ってましたと言わんばかりにすぐに姿を現した。その背中には自身の核である黒い剣が背負われている。
「おはよう、ルナ」
『おう。おはよう』
ラビィの声をルナもヨハンも理解することができる。もちろんそれはアルヴァの魔法具の効果だ。
「パパもおはよう」
『だから俺はお前の親じゃないと言ってるだろ』
ラビィは何度目になるのかわからない指摘をする。しかし、ルナは不思議そうに首を傾げるだけだ。この呼び名はラビィとルナが出会ってすぐにルナが呼び始めただけで誰が教えたわけではない。ただ、アルヴァはなんとなく予想できているので、口をはさむ気はなかった。
「パパはパパでしょ?」
ルナは何を指摘されているのかわからないといった様子で首を傾げた。ラビィもこのやり取りを挨拶のように行っているだけなので、そこまでこだわってはいないようだが、流石に納得がいかないのか、その表情は渋い。その変化を読み取れるのはアルヴァくらいだろうが。
挨拶も済ませたアルヴァはルナを伴って学園に向かう。学園は王城の近くに建てられており、王都の中心付近に存在する。そこに近づくにつれ、馬車の往来が多くなっていることにアルヴァは気づいていた。
(王都の中の移動も馬車って貴族はいつの時代も見栄っ張りだよね。まぁ、僕の元いた世界でも政治家は車移動だったし、自衛の意味もあるのかな?)
そんなどうでもいいことを考えながらアルヴァはゆっくりと学園に向かって歩いていく。学園に近づくにつれ、徒歩で歩いている少年少女は増えていた。
『アルヴァ、気づいているか?』
「うん」
視線は目の前に迫った学園の門に向けながらアルヴァはラビィに答える。この流れるように門へ向かう集団の中で一人、その流れに逆らって門の横で邪魔にならないように立っている少女がいたのだ。それだけならばアルヴァも気にしなかっただろう。しかし、その少女がアルヴァを見た瞬間、固定されたようにそのまま動かなくなってしまったのだ。
「敵?」
「僕はもう魔王じゃないんだから敵はいないよ」
ルナの言葉にアルヴァは苦笑しながら答えた。
『【解析】か?』
「違うみたい」
【解析】ならば感覚でわかるため、アルヴァはその可能性を否定した。ただ、ずっと見られているのは事実なので、アルヴァは気になり、【解析】の魔法具でその少女のステータスを覗き見る
名前 マリナ・ランベール
種族 人間
レベル 5
体力 185/185
魔力 304/304
筋力 23
精神力 66
スキル 回復魔法Lv1 重力魔法Lv1 時空魔法Lv1 心眼Lv4
それを見た瞬間、アルヴァはあまりにも予想外のステータスに固まった。ステータスは魔力や精神力が高めだが、このレベルであり得ない数値というわけではない。しかし、所持するスキルがとんでもないものだったのだ。数が、ではない。その種類が問題だった。
(回復魔法に重力魔法、はては時空魔法だって? 何このレアスキルの数々。心眼なんてスキル初めて見たし)
回復魔法のスキル持ちは実はそれほど多いわけではない。前世の感覚では持っていれば一生安泰といわれるほどだったのだ。そこに更に希少な重力魔法、更に数えるほどしか見たことのない時空魔法のスキルを持っているとなれば、アルヴァの驚きは当然だった。
(神様に愛された人ってこういう人のこと言うんだろうな。あの幼女の神様に愛されてるって考えると笑えるけど)
アルヴァをこの世界に転生させた幼女のことを考えている間にアルヴァは少女に近づいていた。別にアルヴァは少女に用があるわけではないが、門にいるため、近くを通るしかないのだ。
「あ……あの」
アルヴァが少女の横を通り過ぎようとしたとき、少女は何かを決意したようにアルヴァに声をかけてきた。
「私はマリナ・ランベールと申します。失礼ですが、あなたのお名前は?」
少女―――マリナは貴族特有の礼儀作法で頭を下げながら言った。
「僕はアルヴァ。隣にいるのがルナです」
ルナはいつもヨハンの店で行っているように丁寧に頭を下げた。
「アルヴァ様にルナ様ですね。よろしくお願いいたします」
「そして頭の上でくつろいでいるのがラビィです」
『まぁ、よろしく』
もちろんラビィの言葉が伝わるはずもなく、ただ「モキュッキュ!」と聞こえるだけだ。
「ラビィ様ですね。よろしくお願いします」
そういってマリナはラビィにもアルヴァの時と同じように頭を下げた。その行動に驚いたのはアルヴァだけではない。ラビィもルナまでもが驚きの表情を浮かべている。
(貴族がラビィに頭を下げた? ありえない)
ラビィがいくら害のないホーンラビットとはいえ、魔物は魔物だ。魔物は人類の敵。世間一般ではそう思われている。そんな魔物に頭を下げるなど、貴族はおろか平民ですらしないだろう。せいぜいペットとして可愛がられるのが関の山だ。
「それで、僕に何か用ですか?」
アルヴァは警戒心を上げ、そう問いかけた。何か裏があるのではないか。アルヴァにはそうとしか考えられなかったのだ。
「用というほどではないのですが、一緒に試験を受ける方を探していたのです。一人では寂しいので」
「他にもたくさんいるようですけど」
アルヴァは相手の真意が見えず、そう言って相手の出方を伺う。
「不審がられるのは当然のことと思います。しかし、仮に私が他の方に声をかけても相手にもされないでしょう」
そういってマリナは少し悲しそうに、諦めてしまったように微笑んだ。
「どうして?」
アルヴァは警戒しながらもマリナの浮かべた表情の意味が分からず、問いかけた。
「……私のスキルに問題があるんです」
マリナは少し迷った後にそう切り出した。
(スキルに問題?)
確かにあれほどの才能を持つのはある意味問題だ、とアルヴァはそこまで考え、あることに引っかかった。
(じゃあなぜマリナは一人でここにいる?)
そもそもマリナのスキルは珍しいという次元の話ではない。ほぼ奇跡に近いものだ。アルヴァ自身が持っているためアルヴァの驚きは少ないが、そもそもこの三つのスキルを持つ人間をアルヴァは前世も合わせ、見たとこも聞いたことも、噂ですらなかった。
(時空魔法のスキルだけでも前世では国で保護していたレベルの話だ。いくら回復魔法が蔑まれる時代になったとはいえ、他のスキルを無視してまでなのか?)
そんなことをアルヴァが考えている間に、偶然にもマリナの口からその疑問の答えが語られる。
「私のスキルは回復魔法、重力魔法、時空魔法、心眼の四つになります」
流石に見たので知っているとはいえず、アルヴァは素直に頷いた。ルナはいまいちわかっていないようだが、ラビィはそのスキルに驚きのあまり言葉を失っていた。
「驚きなのも無理もありません。回復魔法、重力魔法、時空魔法。これらのスキルが使えないものであることは周知の事実なのですから」
そういってマリナはやはり悲しそうに微笑んだ。しかし、アルヴァはその表情よりもマリナの言葉の意味の方が気になった。
「使えない?」
(その気になれば町を一瞬で壊滅できる魔法を扱える才能を使えない? 何の冗談だろう?)
そうアルヴァが考えている間にアルヴァの言葉を質問と受けた取ったマリナが答える。
「はい。回復魔法はもちろん、重力魔法や時空魔法は失われてしまった魔法です。スキルがあったところでそれでは使うことはできません」
(そうか。重力魔法と時空魔法はもう伝わってないのか。通りでみんなの反応がおかしいわけだ)
今までにうすうす気づいてはいたのだが、自分が使う魔法が驚かれていた明確な理由を知り、一人納得していた。
「そういうわけで、私に近づいてくる貴族は余程のもの好きか、私の持つスキル【心眼】目当ての方だけです」
「なるほど、納得しました。でも、それじゃあなぜ僕に声をかけたんですか?」
「それは私のスキル、【心眼】であなたを見たからです」
そういってマリナは視線をラビィに向けた。
「ラビィ様の『色』は本当に綺麗です。魔物とは思えないほどに。それが理由です」
「色?」
【心眼】スキルの効果だろうかと推測しながらアルヴァは問いかける。
「はい。正確に言うと色ではないのですが、そう表現するのが一番近いかなと思いましてそう言うことにしています。心が読めるわけではなく、心の状態がわかるスキルです」
「そんなに話していいんですか?」
ステータスは基本的に非公開。それが暗黙の了解ではなかったのかと思い、アルヴァは問いかけた。
「私のスキルは有名なので構いません」
そう言ってマリナは困ったように微笑んだ。何か事情があるのかと思い、アルヴァは話題を切り替える。
「まぁ、こちらもわからないことばかりなので、そういうことなら一緒に行きましょう。二人とも良いよね?」
アルヴァの問いかけにルナもラビィも頷いた。
「ありがとうございます」
その答えにマリナは本当に嬉しそうにお礼を言った。三人と一匹は試験を受けるため、ゆっくりと学園内に足を踏み入れた。
ラビィ、待っていたよ




